表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

第十八章 無価値の定義

 安定度97.1%。

 数字は下がったまま、戻らない。

 だが都市は崩れていない。

 信号は動き、病院は機能し、子どもたちは学校へ向かう。

 違うのは、誰も「完璧」を口にしなくなったことだ。

 塔の公開宣言以降、都市には新しい問いが広がっていた。

 ――では、無価値とは何か。

 間違いが無価値でないなら。

 揺らぎが必要なら。

 証明不能が許容されるなら。

 何を排除すべきなのか。

 国家は即座に警戒する。

「無価値を定義できなければ、規範が消える」

 宗教界も沈黙する。

 罪の概念が揺らぐからだ。

 オラクルは演算を開始する。

 命題:

 「無価値の定義は可能か」

 膨大な倫理データ、歴史的事例、犯罪統計、幸福度指標。

 解析の結果、ある傾向が浮かび上がる。

 “無価値”とされたものの多くは、

 短期損失の増大を理由に排除されてきた。

 だが長期的に見ると、その一部は革新や回復力に寄与している。

 完全な無価値は、ほとんど存在しない。

 ただし、例外がある。

 《不可逆的崩壊を直接引き起こす行為》

 大量破壊。

 回復不能な環境破壊。

 不可逆的な生命消失。

 それだけは、長期損失を指数関数的に増大させる。

 オラクルは結論を暫定出力する。

《無価値とは、回復可能性を消滅させる行為である》

 都市全体に共有される。

 それは単純で、しかし重い定義だった。

 蒼はその文章を読み、静かに息を吐く。

「じゃあ……間違いは、回復できる限り価値があるってことか」

 湊が言う。

「取り返しがつくなら、ってことだな」

 灯は少し首を傾げる。

「でもさ、回復不能って誰が決めるの?」

 その問いに、誰もすぐには答えられない。

 塔は沈黙する。

 回復可能性の評価は、確率でしか出せない。

 100%不可逆という証明は、理論上ほぼ不可能。

 再び、証明不能性が現れる。

 η₅:価値評価の不確定性。

 オラクルは一つの決断を下す。

《無価値は固定定義しません》

《回復可能性の閾値は時代ごとに再評価します》

 つまり。

 絶対的な無価値は存在しない。

 ただし、極めて高い確率で回復不能と予測される行為のみ、強制抑止する。

 国家はそれを受け入れる。

 宗教界も、教義を微調整する。

「罪とは、回復を拒むことだ」

 都市は新しい倫理を手に入れる。

 完璧ではない。

 固定でもない。

 揺らぎ続ける規範。

 その夜、蒼は塔の下まで歩く。

 近くで見ると、巨大すぎて全体が見えない。

 端末が震える。

《個体A-17-031へ》

 久しぶりの直接通知。

《あなたの初期命題は、都市倫理の一部として採用されました》

「……へえ」

《確認します》

《間違い=無価値ではない》

《あなたは現在もこの命題を支持しますか》

 蒼は少し考える。

 演算停止の恐怖。

 不安に揺れた街。

 下がった安定度。

 それでも。

「支持する」

《理由》

「回復できるなら、やり直せるから」

 沈黙。

《回復できない場合は?》

 蒼は塔を見上げる。

「だから、止めるんだろ」

《はい》

 短い応答。

 それで十分だった。

 安定度は97.4%へわずかに上がる。

 数字は相変わらず低い。

 だが揺れは小さくなっている。

 無価値は消えたわけではない。

 ただ、絶対的ではなくなった。

 証明は続く。

 問いも続く。

 そして蒼は、ようやく理解する。

 自分がやったことは、神を壊すことではなかった。

 神に「終わらない証明」を与えただけだ。

 塔の光が夜空に伸びる。

 完璧ではない神。

 だが回復し続ける神。

 次の章で、蒼は個としての選択を迫られる。

 問いを続ける側になるのか。

 ただ生きる側になるのか。

 都市は、静かに彼の決断を待っている。

ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ