きらきら泥棒と見えないきらきら
よろしくお願いします。
かつてその街は、ひかりの街と呼ばれていました。
そこには、三つの特別なきらきらがありました。朝日に溶け込む窓辺の灯り。未来を映す子どもたちの澄んだ瞳。そして、人々の言葉の端々に宿る温かな希望です。街の人々は、自分たちがどれほど眩しい世界に住んでいるか、気づかないほど当たり前に幸せでした。
しかし、ある新月の夜、音もなくソレはやってきたのです。
漆黒のマントをなびかせ、影よりも深く、夜よりも暗い存在――――きらきら泥棒です。
第一の夜。
泥棒は、街中の窓の灯りを指先でなぞりました。翌朝、街は深い霧に包まれたように薄暗く、人々は電球を交換しても灯りは戻りませんでした。
第二の夜。
泥棒は、眠っている子どもたちの瞳をそっと撫でました。翌朝、教室から笑い声が消え、子どもたちの目は曇りガラスみたいになり、遊びも絵本もすべて灰色に見えてしまいました。「なんだか、全部どうでもいいや」と、街から活気が失われていきました。
第三の夜。
街は色彩さえ失いかけ、花々はうなだれ、川の水面は泥のように沈みました。人々は鏡を見るのをやめました。そこには、希望を盗まれ疲れ果てた自分の顔しかなかったからです。
しかし、泥棒がどうしても盗めないものがありました。
それは、街の広場の隅で、おばあさんが静かに灯していた『追憶の祈り』です。
おばあさんは暗くなった街で一人、目をつぶって思い出していました。かつて見た朝日の眩しさ、隣人と交わした握手のぬくもり。その記憶の輝きだけは、泥棒の手をすり抜け、おばあさんの胸の奥で小さな火を灯し続けていたのです。泥棒が最後の手を伸ばしたとき、おばあさんは優しく微笑んで言いました。
「あなたは外側の光は奪えても、私の心に灯ったあの日の光までは持っていけないわ」
その言葉が響いた瞬間、泥棒の黒いマントがパラパラと剥がれ落ちました。実は泥棒の正体は、誰からも思い出されなくなった『忘れ去られた孤独』――影のように薄く、震えている『ひとりぼっちの透明な子』だったのです。
おばあさんは、彼の手をそっと握り、静かに語りかけます。
「……ずっと、寒かったのね。誰にも見つけられずに、暗闇を歩くのは」
透明な子は、泣き出しそうな声で言いました。
「ごめんなさい。ぼく、みんなのきらきらが欲しくて、盗んでいたんだ」
おばあさんは、にっこり笑って答えます。
「いいのよ。あなたが欲しかったのはきらきらじゃなくて、誰かに見つけてほしかっただけなのよね」
「……見つけて、ほしかった?」
「そうよ。暗闇に一人でいるのは、とっても寂しいもの。でもね、今こうして私があなたの手を握っているわ。これからは、あなたはもう『透明な子』じゃない。私の大切なお友達よ」
透明な子の冷たかった手に、おばあさんの温もりがじわじわと伝わっていきます。
すると、不思議なことに、彼の心の奥が少し温かくなりました。これまで盗んできたきらきらは袋の中にしまってありましたが、それらは冷たく、ただの物でした。触っても、胸が弾むような感じはしなかったのです。
「あたたかい……。そっか、盗んだものじゃなくて、こうしてもらったものが、本当の光になるんだね」
透明な子の目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれます。
「今、あなたが感じているこの手の熱さが、あなたの『きらきら』になるわ。そして、あなたが誰かを温めたいと思った時、その光は、もう誰にも奪えないあなただけのものになるの」
ふるえている手を、おばあさんが優しく何度も撫でてあげます。優しさのきらきら。誰かを思う気持ち。確かに、そこに温かな光があるような気がしました。
「ぼくの、ぼくだけの……きらきら」
泣きやんだ透明な子は、ゆっくりと袋を開けました。中には、街から盗んだ無数のきらきらが詰まっています。すべてが、冷たく眠っていました。袋を逆さにすると、光の粒が夜空に向かって舞い上がり、街全体に降り注ぎました。
次の朝、窓からは温かな灯りがこぼれ、子どもたちの瞳が再び輝いています。大人たちの笑顔にも、光が戻りました。花は鮮やかに咲き、川の水面が太陽を映してまぶしく揺れます。かつてよりも少し静かで、けれど決して消えない深い輝きを湛えて、ひかりの街に新しい朝がやってきたのでした。
おばあさんは今も、あのベンチに座って誰かを待っています。ふわりとおばあさんの傍らに風が吹くと、にこっと笑って心の中で問いかけます。
「今日は、どんなきらきらを見つけたんだい?」
街は今もひかりの街と呼ばれています。でも、今の光は、以前より少し柔らかく、少し優しい光になりました。だって、そこには見えないきらきらが、みんなの心の中で静かに輝いているからです。
お時間いただきありがとうございました。
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