第二話・④
げろげろ。
『あなたの名前は?』
当然のようにそう訊かれて、一瞬戸惑う。
「ええと……ヒロ。ヒロって言うんだ」
そう返しながらも、抱いていた疑問が色濃くなっていく。
異常なほど、人間らしいやり取り。
彼女は多分間違いなく、人間と交流したことがあるのだろう。
(もしそうじゃなくても……)
『ヒロ……ひろ。言いやすい名前ね』
自然に続けた彼女に、ふと意識を引き戻される。
「はは……そんなこと言われたのは初めてだよ」
『そう?』
「漢字で書くと難しいんだけど……っていうか、文字って、知ってる?」
『文字…?』
「そう、文字」
これも大事な、確認しなくちゃいけないことだ。
そう言いながら端末で文字を見せようとして懐を探って、そういえば検査で取り上げられていたことを思い出した。
と同時に、目の前のイスカが少し変な顔をして、頭を押さえる。
「……どうかした?」
『…なんか、急に……』
そう言うと同時に、顔を顰める。
『……痛い、かも』
「え…⁉︎」
彼女が覚醒してから、多分ちょうど24時間くらいだ。
遅れて何か、不具合が出てきたのだろうか。
だとしたらすぐ診てもらった方がいい、そう思って見たドアがタイミングよく開いた。
「…おっと、これは」
出てきたのは朔弥部長だった。少し驚いた顔をしている。
振り返れば、俺の後ろでイスカは蹲ってしまっていた。
「どこが痛い?」
意識は大丈夫だろうか、慌ててしゃがんで覗き込めば少し潤んだ蒼い瞳と目が合った。
「…っ……」
その瞳は、強烈な蒼。
何もかも吹っ飛びそうな輝きを秘めていて、一瞬怯んでしまう。
(っじゃなくて…)
『何……?』
「どの部分が痛むのか、教えてくれる…?」
『…頭……なにか、思い出しそうになって……あと、きもちわるい、かも』
すぐ朔弥部長に向き合って、今言われたことを告げる。
「頭が痛くて気持ち悪い、らしいです」
「…すぐ救護を呼びましょう」
顔色ひとつ変えず、部長は端末を操作して救護を呼び出した。
その冷静沈着な姿に、自分も平常心を取り戻さなければ、と気づく。
「……無理に思い出そうとしなくていいから、落ち着いて」
再びイスカの顔を覗き込んでそう伝えれば、少しだけ彼女も冷静さを取り戻したようだった。
『……落ち着く……』
「そう。深呼吸して」
『しん、こきゅう……?』
「息を吐いて、吸うんだ」
その額には脂汗が浮いてしんどそうだったけど、なんとか彼女は俺の指示に従おうとして。
「す……ゔ、ぇ……ッ」
息を吸った瞬間、えずき始めてしまった。
「えっ、ちょっ…」
狼狽える俺の横で彼女は口元を押さえ、何かを吐き出す。
その手の隙間から、青く半透明の何かが溢れ落ちて行く。
(え…………?)
もう完全に自分の想像を超えた展開に、呆然とそれを見つめるしかない。
吐瀉物というには綺麗すぎるそれは、透き通ったゼリー状の何かで、何故か見覚えがあった。
『…………最悪』
少し咳き込んだあと拳を作って、その青い何かを口元で拭いながら、彼女は小さく言い捨てる。
(思ったより……元気そうだな……?)
少し安心すると同時に、その姿が今までの姿とはだいぶ違う気がして。
けれどその違和感は、ちょうど辿り着いた救護とのやり取りやら運搬の手伝いやらをしているうちに、紛れて消えてしまった。
ストックがなくなったので短めになると思いますが毎週更新します。