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青艦ステラ  作者: 奈津
4/11

第一話・④

人選、出陣、初めての。



これはまずい、と思う間もなく、けたたましい警告音が二重になる。

シールドに衝撃が加わった時に通知される警告音だ。


「…行こう」

焦りを顔に出さないように努めて、椅子から立ち上がる。

静かに頷いた綾くんの顔は顔面蒼白だった。

ああ、お茶漬け冷めちゃうな、と心の隅で呟きながら、鳴り響くアラート音の中を振り返らず駆け出した。



***



「遅れました…!」

半ば叫びながら、綾くんがドアをくぐる。

スタジオの中からちらりとこちらを見た楊先輩の顔に笑顔はなくて、周りには管理職の人たちがずらりと並んでいた。

楊先輩はすぐに上司たちの方に向き直り、難しい話をまとめているようだった。その輪の中に妃さんもいて、端末に素早く何かを打ち込み続けている。

警報は鳴り止まない。俺たちの背後からも続々と隊員が集まり続けていた。

鳥型来襲の警報は、全員集合の合図でもあった。


「逃げんかったか。偉いな」

背後からかかった声に振り返れば、今日の当直メンバーの一人、(カガリ)さんが笑っている。

「逃げるなんて……」

「逃げるちゅうか、分かってても身体動かん奴もおるからな……ヒロくん、パイロット向いとるなあ」

「あ、ありがとうございます…」

そう言うその人の目が、褒める時のものとは少し違う気がして。

でもその違和感を確かめる暇なんてあるわけなく。

「ほな、行こか」


指し示されるまま、楊先輩たちのすぐ隣、パイロットが集まっている方へ向かう。

「おう、お前ら。今の状況を説明する。聞き漏らすなよ」

一番のベテラン、(シン)さんが眉ひとつ動かさず話し始めた。緊張を必死に抑えながら、耳を澄ます。


「まず標的だが、鳥型1体。特徴、大きさは標準。今スタジオの真上のシールドに何度も突進し、破壊を試みている」

そう言いながら差し出された端末には、リアルタイムで暴れ狂う怪物の巨体が、薄緑のヒビの入ったシールド越しに映されていた。

小さく息を飲んで、ほんの少しだけ綾くんが後退りをするのを視界の端に入れながら、自分も引きずられないよう奥歯を噛み締める。


(これが……鳥型)


何度も資料で見たことはあるけど、現物が今基地を襲っているとなれば話が違う。

ついさっき燎さんが言っていた身体が動かない恐怖というものが少しわかる気がした。

(そんなこと…言ってる場合じゃないけど)


「シールドは緊急硬化状態で、もうしばらくは保つだろうがその後は保証がない」

「5分でカタつけろってことですね」

「そうだな。それ以上長引くなら確実にこちらにも被害が出るだろう」


(被害…)

それは、嫌だ。ぐっと拳を握り締める。


「それで、誰が行くんです?」

燎さんが軽い調子で聞いたのは、何より重い問い。

津さんは厳しい顔でそちらを睨みつけた。

「お前は確実だ、馬鹿野郎」

「でしょうね。No.5(サンク)、支度しときます」

それだけ言って、すっと燎さんはコクピットの方へ向かっていってしまう。そのいつも通りの姿に、尊敬を通り越して圧倒されるような心地がした。


(もし自分もって言われたら、あんな風に動けるだろうか)

今日の当直は綾くんだけど、でも。

(行けって言われたら、俺だ)


そう思いながら見つめた先で、今度こそ楊先輩がこちらを見た。周りの偉い人たちも皆、こちらを見つめている。

「……行けるか?」

楊先輩は笑わずに、真っ直ぐ俺を見てそう聞いた。

だから、俺は震える手も噴き出す汗も止まらない動悸も無視して、頷く。

「行けます!」


「俺も、行けます…!」

隣で響いた悲痛な声に、振り向く。

もう一人のStellaのパイロットが、楊先輩のことだけを見つめていた。

「行かせてください…!」

その声に楊先輩が答える前に、隣の副主任が口を開く。


「綾くん。君はNo.4(カトル)の操縦もできたよな?」

「え……はい、できます…!」

「今日当直のNo.4(カトル)のパイロットが体調不良で欠勤しているのは知っているだろう」

「は、はい…」

「では、君がNo.4(カトル)で出陣するんだ。できるね?」

「…できます」


恐怖に引きつった顔で、けれど真っ直ぐ前を見て綾くんは答えた。

厳かに頷く副主任の隣で、楊先輩はただこちらを見ていて。

「楊くん。それでいいな?」

「…はい」


ひとつ頷いて、楊先輩はいつもの親しげな顔を俺たちに向けて。

「あんまり力入れすぎんなよ。落ち着いて行動すれば必ず勝てる」

「…はい!」

綾くんと二人、声が揃う。


「それじゃ、行くぞ」

楊先輩はただ、笑ってみせた。




***



『今回出撃するのはMONDO、Stella、No.4(カトル)No.5(サンク)の4機だ』

インカムの向こうから、落ち着いた頼もしい声が聞こえてくる。

『Echoは状況次第で出撃する。まずはお前らでやる気出してけ』

『こちら楊。妃、お前シールド修復してなくて大丈夫なの?』

『もう俺なしで回るようになってる。あとはお前らのサポートするくらいしか仕事ねえよ』

『頼もしいねえ』


(……本当に)

この人たちはこの修羅場を潜り抜けたことがあるんだなと実感しながら機器を確認していく。

『ふざけるのは終わり。スタジオぶっ叩かれる前に出撃すんぞ』

『そうだな』

『対象はまだシールドを抜けていない。出撃してすぐ襲われることはないと思うけど、気をつけろよ』

妃さんは落ち着いた声でそう呟いて、まもなくMONDOが出撃していった。


『スタンバイ、オーケー?』

「OKです」

『あんま緊張すんな。きっとお前は、生きて帰れるよ』

「…はい」

温かい台詞が、ほんの少しだけ肩を軽くして。


『MONDO、発進確認。Stella、発進』

「Stella、発進」


夜より暗い空へ、飛び込んだ。





***






この無重力は、いつだって無情なほどに変わらない。

(…大丈夫、大丈夫)

いつも通りを心がけて四肢を操っていけば、思ったよりは早く体勢を立て直すことができた。

そして次の瞬間、目の前の光景に目を奪われた。


宇宙空間だから音はないのだけど、轟音が聞こえる気がする。

基地の頭上、数十秒かかる距離の先、薄緑のシールドに派手にヒビが入っている。

その外側で、狂ったように巨体がのたうち回っているのが透けて見えた。

鈍く光る鋼のような羽毛は血みどろで、明らかに負傷している。

鳥というよりは恐竜のような馬鹿でかい鉤爪、デクマを覆えるほど大きく、鉄のような硬さの翼、そして醜い顔と、破壊力の塊である嘴。

それら全てをいっぺんにぶつけ、更に流血しながらもシールドを破壊しようとする様は、やけを起こしているようにしか見えない。

けどだからこそ、恐ろしかった。

あのまま基地まで飛んでこられたら、無事で済むわけがない。

(俺たちで、止めなきゃ…)


『今シールドは緊急硬化中だが、通れるようにしたポイントが4つある』

インカムの向こうで楊先輩が話し始め、手元のサブスクリーンにシールドとポイントが表示された。

『ありがたいことに、鳥型は今シールドを壊すこと以外に意識がいってない。その間に回り込んで背後から攻撃して、奴をシールドから引き剥がす。攻撃を受ければ応戦の方を優先するはずだ。なるべく俺が囮になるけど、もし狙われたらお前らも覚悟決めろよ』

手元ではリアルタイムの映像に合わせて、それぞれが攻撃する場所が示されていた。

(俺の抜ける場所は、奴の左下)

頭の中でなるべく具体的にイメージする。

『シールドから引き剥がせれば満点。傷も負ってるし、駆除できるに越したことはないが、逃げても追うなよ。あと近づき過ぎればやられる、羽は金属の塊だと思え、近接武器はなるべく使うな。何か質問は?』


三者三様の大丈夫です、が響く。


『妃の言うこともよく聞けよ。じゃあ、散開だ』




***



(…弱ってるのか?)

シールドが近づく中、上を見上げれば鳥型の動きはさっきよりは弱々しい。

真っ赤な液体がべっとりとその翼にこびりついていて、その動きはすこしぎこちなかった。


(…怪物も、血は赤いんだな)

ふと不思議に凪いだ気分で、そんなことを思う。

ぐっとスピードを上げて、薄緑の障壁を越えた。



まだ鳥型とは十分な距離を取っているけど、やはり自分の機体の2倍以上の大きさを持つ怪物を目にすると、恐怖が込み上げてくる。

一方でその恐怖ごとどこかに隔離して、無表情に立つ自分がいた。

(…大丈夫、やれる)

楊先輩の号令を待つ短くて長い数十秒。

その間にふと、鳥型の右脚の先に何か色の違う物があるのを視認した。

(…何だ、あれ)

べっとりと血に塗れて、おそらく円筒形の何かだということしか分からない。けどよく見ると、鳥型はどうやらそれを右脚で掴み、庇いながら体当たりをしているようだった。

(何か、大事な物なのか)

戦闘にそんなものを持ち込むとは思えないけど、秘密兵器か何かだったら困る。

(もしそうなら壊さないと……)

とりあえず報告しようか、そう思った時だった。


『綾!来るぞ!』


楊先輩の鋭い叫び声と同時に鳥型の体が、ぐっと離れるように遠ざかる。

(気付かれた!)

右上から出たのは綾くんだ。明らかに狙われている。

考える暇はなく、遠距離武器で充填済みのレーザー砲をその背中に向けてぶっ放せば、次の瞬間その無防備な背中の鉄の羽毛は無惨に裂けた。

そしてその巨体が、ゆっくりとこちらを振り向く。

明らかに、俺のことを見ていた。


(…引きつける!)

レーザーの充填時間は約1分。他に鳥型を傷つけられるほどの遠距離攻撃手段はない。

今自分ができるのは、囮だけだ。

『ヒロ、離れ過ぎるなよ!』

妃さんの声がした。シールドを傷つけさせないように、けれどシールドからあまり離れないように。

(そんな芸当できるか…!?)

けどできなければそれは死を意味する。

正面は敵に向けたままシールドすれすれに後退し、手元に光線式剣(グロウソード)を装備させる。


(近接武器は使うなって言われてた、け、ど!)

思った以上に速く、鳥型がこっちに迫って来る。

グロウソードの間合いなんかお構いなしだ。馬鹿でかい嘴が目の前に迫り、間一髪で避けた。

一か八か、思い切りその首元を蹴り上げれば重い反動が来て、逆に後ろへ吹っ飛ばされる。

「っ………!」

硬化中のシールドに叩きつけられ、吸収しきれなかった衝撃が背中を突き抜ける。

殺られる、そう思った瞬間、一瞬の白い閃光が鳥型の右眼を貫通するのが見えた。


(MONDOだ…!)


『こっちにも来いよ…!』

どこか愉しそうな楊先輩の声が響く。

咳き込みながら、右眼を潰された怪物が狂ったように暴れてMONDOの方に飛んでいくのをただ見ていた。


No.5(サンク)No.4(カトル)!今だ速く攻撃しろ!』

無銘機(ナンバード)に無茶させんでください!追いつくので精一杯ですよ!』

『いっ今やってます!』


妃さんの乱暴な指示にそう返しながらも、下側から迫ったNo.5(サンク)が俺のすぐそばで、暴れ狂う怪物に一撃を放つ。

その光線は真っ直ぐに飛んで、鳥型の右脚を撃ち抜いた。

『ナイス!』

逃げ回りながら楊先輩が喝采を叫ぶ。


(恐ろしいスピードだ…)


この基地最高性能のMONDOは、確かに鳥型を引きつけては躱すことを繰り返していて、鳥型はどんどん消耗していくようだった。

そのだらりと動かない右脚から、さっき一瞬目撃した何かが落ちて、ゆっくりと落下するのが見えた。


(っ、武器か何かだったら…)

故障した箇所もいくつかあるけどまだまだ動ける。

レーザーはまだ充填中だし最後の手段だから、近接武器でそれを破壊しようと近づいて、血に濡れたその落下物が青く発光していることに気づく。


「これって……救命ポッド……?」


それもStellaのだ、緊急用の。ちゃんと起動している。

(中にヒトが入ってるってこと…!?)

当たり前だけど、敵性宇宙生物が入れるような形ではない。

混乱しながら、近接武器の装備をしまう。

壊さないよう、何とかそのポッドを受け止めた。


(なんで……)


そう思った瞬間、真上から真っ直ぐに、楊先輩を無視した鳥型が突進してくるのが見えた。

『ヒロ!!』

楊先輩の叫び声。

考えるより先に発射ボタンを押したレーザーが充填不十分なまま発射されて、それでも止まらない巨体。

今度こそ死を覚悟した瞬間。


今度は鳥型の左眼を、真っ白な光が射抜いた。

その進路が右に傾く。

断末魔のように激しい動きを見せながらも、慌てて避けたStellaにぶつかることなく、翼の動きが弱々しくなり、とうとう止まる。

そのまま頭を垂れ、羽も力を失いだらりと垂れ下がって、血塗れの彫像のように、宙に浮いたまま動かなくなった。



『あ、あぶ、危なかった…!』

「り、綾くん………」



その数瞬は、皆で呆然としていたと思う。

『綾、お前、やったな…!』

妃さんが思わずといったように呟いて、ようやく起きたことに実感が湧き始めた。

(そ、そっか、俺、死ぬところだったのか……)

どっと汗が噴き出す。動悸がうるさすぎて死にそうだ。

(あれ……?もしかしてアバラ折れてない……?)

脇腹が痛い。だらだらと冷や汗が額を伝う。

『よ、良かったです……。もう死にましたよね、流石に……』

No.4(カトル)がシールドから少し遠くの、その死骸の方に、よろよろと近づく。

綾くんのどこか気が抜けたような声に遅ればせながら、達成感を感じた。

(やったんだ……)


「綾くん、ありがと……」

『ッ、まだだ!』


誰かの、鋭い声。

前触れは全くなくて、ただその目の前に映った醜悪な怪物の身体は、少し収縮したように見えた。

気のせいだったのかもしれないけど。


一瞬の閃光、そして衝撃。



「…っ、は……?」


一瞬、機体を襲った衝撃の酷さに、気を失ったようになっていたらしい。

必死に感覚を取り戻そうと、前を見ればメインカメラがズタズタになっていた。

乱れた映像の前で、痛みに耐えながら情報を得ようとして、目の前にあるはずの物がないことに気づく。


「……綾くん?」


鳥型の死骸、そして、ついさっきまで目の前にいたNo.4(カトル)の姿がない。

横を振り返れば、無数の金属片のような、肉片のようなかけらと共に、少し大きく、細長い物が漂っていた。


それが、No.4(カトル)の壊れた右腕だと理解するのに、しばらくかかった。


「……綾、くん……?」




『………………先、ぱ、…………約、束…………ご…め…………さ………』



耳元で、酷くノイズ混じりの、囁く声が途切れて、ノイズも間もなく消えて。


『綾、おい、綾……!生きてるか!?おい!』


後に残された妃さんの、必死の呼びかけを聞きながら、俺はただ呆然と、いつまでもその右腕を眺めていた。


いつの間にか守るようにStellaの手に握り締めていた、救命ポッドのことも忘れたままで。









────第一話・「一生一死」


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