第一話・③
短い休息。
(………寝過ぎた…)
寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドの上で見つめた腕時計には夜半過ぎと表示されていた。
見事に生活リズムが乱れてしまっている。明日……いや、今日?は普通に日勤だし。
「……腹減った」
ぐう、と悲しげに腹の虫が鳴く。
今の時間だと、夕食の提供は終わり、食堂にももうスタッフはいないだろう。
ただ、人がいないだけで、ある程度のものなら自分で用意することはできるようになっているけど。
でもなあ、と思ったタイミングで、もう一度間抜けな音が腹から響いた。
(…行くか)
軽く食べて、さっさとシャワーを浴びて寝てしまおう。
***
(……幽霊でも出そうだよな)
昼間来た時より更にがらんとして、文字通り人っ子一人いない食堂は、カウンターの常備食コーナーが薄明るく照らされているだけで、部屋の大部分は闇に沈んでいる。
幽霊はさすがに見たことないし怖くもないけど、なんとなく物悲しい。
(まあ、ここに出るような人なら先輩だろうし、むしろ話を聞いてみたいかも……)
そんなことを思いながら炊飯器の蓋を開けていたら、ふと人の気配を感じて振り返った。
「あれ、ヒロ先輩じゃないですか」
今日はどうも、いつもと違うことがよく起きる。
そんなことを思いながら近づいてくる人影に挨拶をする。
「当直、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「お茶漬け、綾くんも食べる?作るよ」
「大丈夫です、俺自分で…」
「いいよ、すぐできるし」
言いながらもう一つ茶碗を取り、ご飯を盛った。
お茶漬けの素ももう一つ取って、すぐそばのテーブルまで持っていく。
「はい」
「…ありがとうございます」
そう呟いた綾くんは、お茶漬けの素をかけ、一緒に持ってきたケトルでお湯を注ぐ。
その顔には、明らかに疲れが滲んでいた。
(…から、ついお節介焼いちゃったけど……余計なお世話だったかな)
「…どうぞ」
「あ、ありがとう」
とりあえず、嫌ではなさそうだ。刺々しい雰囲気はない。
(良かった)
いつの間にか差し出されていたケトルを受け取り、自分の茶碗にもお湯を注ぐ。
水音だけが響いて、落ち着いた静けさがその場を満たした。
「…先輩は」
スプーンでお茶漬けを混ぜながら、ぽつり、彼が呟く。
動きを止め、ただ続きを待った。
「先輩たちは、すごいですよね」
「……楊先輩とか?」
確かに、自分も息苦しくなる時もある。その気持ちは痛いほど理解できた。
彼は、何かを堪えるように俯いた。
「俺、とても追いつける気がしないです」
少し暗い声の呟きに、答える言葉を探す。
「……俺もだよ」
けれど、それくらいしか、言える言葉が見つからなくて。
「……そういえば、ヒロ先輩は、普段どういう訓練をしてるんですか」
「え?色々やってるけど……」
「今度、ぜひ見せてください。……俺、諦めてはないので」
彼は急にいつもの調子でそんなことを言う。
その笑顔がどこか痛々しくて、何か言わないと、という気にさせた。
「……妃さんは、死なないことが一番大事だって言ってたから……生きてれば、いつか追いつけるって俺は思うことにしてる」
「……そういう考え方もあるんですね」
「こんな答えしか言えなくて、申し訳ないけど」
「なんでそんなこと言うんですか。おかげで少し前向きに考えられそうです」
「…なら良かった。今度訓練も見せるよ」
「約束ですよ」
彼は少し笑う。さっきよりは元気そうに見えた。
少しほっとしながらお茶漬けを掬った、瞬間。
甲高い音が絶え間なく鳴り響く。
いつものアラートとは違う、これは。
「…………鳥型?」
隣でぽつりと、綾くんが呟いた。