番外・研究室にて
番外のオンナ。
「羽根一片からでも、解ることはとってもたくさんありますね」
闇に沈む研究室の中、彼女は唄うように話しかけた。
目の前に、相手はいない。手元を照らす蒼白いライトだけが、朧げに彼女の表情を浮かび上がらせる。
静かに微笑むその姿を。
「遺伝子、組織のかたち、どのようなダメージを受けてきたか……」
手袋を嵌めたその指先が、鈍色の台に載せられた掌ほどの大きさの赤い羽根を柔らかく撫ぜる。
その緋色はライトを浴びて、鈍色の背景にも負けず、輝いているように見えるほどの鮮やかさを帯びていた。
「…さて」
鈍色の台に取り付けられていたガラスの蓋を閉め、その下に取り付けられていたモニターを彼女は操作する。ピピ、と無機質な操作音が鳴り、そして静かに機械の動き出す音が響いた。
「……お願い……」
小さな呟きと共に、彼女は手元のライトを消した。真っ暗な部屋に機械のモーター音が静かに響いて、そして。
「……キレイ」
安堵と恍惚がないまぜになったような呟きが、部屋の中にこぼれ落ちる。
墨で塗ったような部屋のそこだけが、暗くなっていなかった。
ガラスの蓋の中から、その緋色の羽は確かに淡く蒼く光って、彼女の顔を朧げに映し出す。
まるで蛍のよう、と彼女は思った。
実物を見たことはないけれど、きっとそれよりもっと、綺麗だろうと。
「……マスター、やはりあの鳥は持っています」
『やはりね』
独り呟いた彼女の耳許、武骨なワイヤレスイヤホンからは、確かに低い男の声がした。
落ち着いたその声にはでも興奮も滲んでいる気がして、彼女の気持ちもどんどん高揚していく。
「あの鳥は、私たちが求めていた物です。きっと神が、私たちのためにあれを寄越したんです……ですよね、マスター」
『…………』
マスターは、応えない。
けれど彼女にはそれが肯定だと、解っていた。
「…はい、この合歓、必ずやり遂げます。どんな邪魔が入っても、あの鳥を──」
手に入れて、骨の一片までばらばらに。
そう呟いて、決意に満ちた笑顔の彼女は装置の電源を落とす。
真っ暗な部屋の中、ガラスの蓋を開け。
もう一度愛おしそうに、闇の中羽根を撫ぜた。