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体育を怖がっている(6)

[これまでのあらすじ]

体育のペアづくりは四日市さんと男女でペアを組むことにより何とか事なきを得る。しかし僕は極度の運動音痴であるせいでまだまだ体育の授業で気が抜けないのであった。

 今、僕たちは準備体操を終え、今ペアのうち最初にシャトルランを走る半数、前半組が定位置についている。

 走る順番を決めた方法は単純。出席番号が手前の方が先に走る。「よっかいち」と「おそれすぎ」だから必然的に僕の方が先に走ることとなった。

 体育の授業において、ペアづくりというものは、失敗すれば確かに後の活動に響くものの、所詮それは単なる体育の序章に過ぎない。それよりも何よりも、運動能力の不足により授業中にいかに悪目立ちしてしまわないかということこそが体育では重要となってくる。新学期が始まってから特に体育では一度たりとて気は抜けない。一旦悪目立ちをした時点で負けが確定する。

 このシャトルランが第一の勝負の分かれ目だ。

 ここで、皆にとって恐らくお馴染みのシャトルランであるが、一応大まかなルールを確認しておこう。

 ドレミファソラシドの電子音が一回鳴り終える前に手前側の白線から向こう側の白線まで移動する。そして同様に引き返す。これが延々と繰り返される。音楽は移動回数を重ねるごとに速くなっていく。音楽に出遅れたせいで移動しきれなくなったらその時点でリタイアが確定する。そしてこのリタイアの直前までの折り返しの回数を測定するのだ。

 半ば公開処刑に近しいこの競技において、一番最初にリタイアした人物は運動神経が著しくないと見なされ、悪目立ちする危険がある。そうなってくると最悪の場合クラスでいじめの対象になりかねない。

 従ってこのシャトルラン、誰よりも先にリタイアすることだけはあってはならない。それだけは避けるよう必死にもがく必要がある。

 ━━そう肝に銘じ、僕はスタートの電子音と同時に決死の覚悟で走り出した。

 最初の方はわりと余裕もあったものの、やはり40回を過ぎたあたりからだんだんとキツくなってくる。

 僕はこれまで運動神経がクラスでもずば抜けてない部類だった。だからシャトルランの際も、小中と一発目にリタイアしてしまうことが多かった。やはり高校でも同じようになってしまう運命なのか。それだけは嫌だ。避けたい。

 ああ、でももう無理だ。全身がしんどい。鉛のように重い。動けなくなってしまいそうだ。気も遠くなりそう。一体いつまで続ければ良いんだ、往復というこの単純作業。ああ、早く降りたい。休憩がしたい。降ろして。━━いや、ダメだ。誰もまだリタイアしていないじゃないか。もう少し頑張れ。諦めちゃダメだ。そう思っているはずなのに、なぜか自分を甘やかしてしまう。ついにはこんな悪魔のささやきまで聞こえてくる始末。

 ━━僕の気にし過ぎているだけで、別に誰も僕のことなんか気にしていないんじゃないか。だから早々に諦めてリタイアしても別に運動音痴だ、なんて思われないんじゃないか━━。

 そうやっていつものように自分に言い訳をして諦めてしまいそうになったとき、

「頑張れ」

 小さいが、確かにこんな声が聞こえてきた。幻聴か。いや違う。確かにこの耳は聞いた。

 バカな。他人から応援してもらえるだなんて最後まで残って走り続けている人の特権であって、間違っても序盤でダウンしそうな人間に対してこんな声かけをしてくれる人などいないはずなのに。一体誰が。

 そう思って声のする方を見やったとき、そこには四日市さんがいた。

「ダーリン、ファイト!」

「ダ、ダーリン!?」

 何だそれは、と思わずズッコケそうになり、しばらくして今はそういうカップル設定だったことを思い出す。彼女の声に気づいた者が笑っているが、それでも彼女は一向に気にする気配がない。それどころか、

「ダーリン、ファイトーー!」

 一層声を張り上げてきた。バカじゃないのか。そんなに大きな声を出したら周囲に丸聞こえじゃないか。

「おいおい、できたてカップルがもういちゃついてるぜ」

 事実、彼女の横で見物していた男子生徒がそう言って冷やかし、その冷やかしに周囲も同調する。

 ━━だがそんな侮蔑を含んだ冷やかしなど、やがて全く気にならなくなった。僕は今、ただ四日市さんのことしか見えていなあ。

 そうだ彼女のためにも、もう少し、あと少しだけ、頑張れるかもしれない。僕はそう思い、汗を拭って本腰を入れ直した。息切れがするが、最後の力を振り絞って、何とか電子音に食らいつけるよう全力で走った。

 その結果、80回もいったのはもう奇跡としか言いようがない。去年までの中学での結果が総じて40回前後であることを踏まえると大躍進と言えるだろう。全て彼女のおかげだ。

 でも良いのだろうか、四日市さんは。僕なんかの彼女だと思われて。こんなにも強く認識されて。それは彼女にとって当然不名誉なことであるはずだから、そのためにもいつまでも体育の授業の度にこの二人でペアを組み続けるわけには行かないな。

 ━━僕は自分がリタイアしてから四日市さんにお礼を言いに行った。

「僕のこと、応援してくれてありがとう」

 すると彼女はなぜか驚いたような顔をした。

「え、あたしの声聞こえてたの?」

 聞こえるように言ったんじゃないのか。

 うん、と頷くと、

「か、勘違いしないでよね、あたしはただ、さっき君がペアを組んであたしが孤立するのを防いでくれたお礼に応援しただけ。あとあんたがあまりに早くリタイアしすぎて衆人環視の下、大恥をさらしたら可哀想だからファイトって言ってあげただけよ」

 めちゃくちゃ早口でこうまくしたてられた。

「でもあんたにしては頑張った方なんじゃない?」

 もしかしたら四日市さんの声援を受けたからこそ、僕はこれまでよりも良い結果を出せたんじゃないだろうか。だとしたらこれについての感謝を伝えておくに越したことはないだろう。

「まあ君のラブコールのおかげかな、ありがとう」

 善意のつもりだったが、そう言うとすごくバーカ、と思い切り睨まれた。

 先程教師は、前半の組がリタイアしてからすぐに後半の組が走るのだと言っていた。僕が割と最後の方までリタイアせずに粘ったために、後半戦に彼女が走り出すまでに、彼女とペア決めの作戦会議をする時間を設けることはできなかった。先程のような他愛もない話をしているうちに先生の号令がかかり、彼女がスタートの位置に立つ。

「それにしてもあなたのようなどう見ても運動音痴な人間がまさか80回もの記録を叩き出すなんてね。腕が鳴るわね!あたしも負けないように走ろうかしら!」

「あんまり無理しすぎない方がいいよ?」

「解ってるわよ、それくらい」

 電子音の合図とともに、彼女たちが走り出した。

 それにしてもシャトルランって見る側はかなり楽なんだよな、走る側と違って。この落差には毎回驚かされる。

 ━━しばらくして僕は、四日市さんの様子がおかしいことに気づいた。かなり息切れしていそうでフラフラなのに、それでも彼女は走るのを止めない。意地でも走り続けるつもりだ。もう流石に限界なんじゃないだろうか。

 負けないように走ろうかしら━━。彼女の言った言葉が脳裏に反芻される。まさか僕に負けないなんて宣言したから無理したんじゃ、だとすれば僕のせいだ。僕が調子こいて80回も走ってしまったから。

 とうとう彼女が走れなくなって、頭から倒れてしまった。そしてそのまま起き上がる気配はない。

 それでもこの広い体育館の中でそのことに気付くヤツは誰一人いなかった。ちくしょう、なんで誰も気づかないんだ。

 彼女は恐らく気を失っている。だとしたら一刻も早く助けないと!

 僕は気がつくと彼女めがけて、一心不乱に駆け出していた。この異常な行動に対し、周囲が徐々にざわつき始める。そしてようやく事の重大さに気づき始める。

 ふと野次馬の一人が面白がってこんな事を言った。

「お、また彼氏が彼女を助けるのか?」

 悪気はなかったのかもしれない。だが、その一言を受けて、僕はとうとう怒りを抑えきれなくなった。彼女を支えながら、後ろを振り返って怒鳴るように言う。

「彼氏じゃなくても見過ごせないだろ、こんな状況!なんでお前ら誰一人助けに行かないんだ!人一人倒れているんだぞ!解ってんのかよ?」

 その後動揺する生徒たちを背にして先生に言い放った。

「この子は彼氏の僕が責任持って保健室に連れていきます!ですから先生はこのまま授業を続けてください!」

 そして彼女を肩に担ぎ、返事を待たずにそのまま教室を去った。もう後のことは考えられない。彼女を助けるのが一番だ。後ろから、僕の雰囲気に気圧されながら何とか先生が

「ああ、頼んだぞ」

 と添えるように形式的に言うのを聞いた。たく、どいつもこいつも他人のことは平気で見捨てられるし興味もないんだな。なんだか僕はやるせない気持ちになる。

 保健室で養護教諭に事情を説明し、彼女をベッドに寝かせてもらった。その後、養護教諭は間髪入れずに

「あっちょっと私今から急用で出かけなきゃいけなくて。折角君も来てくれたんだし、ついでにゆっくりしていけば?ちょっとだけこの部屋で待っていてくれない?」

 と頼んできた。よほど外出するチャンスを見計らっていたのだろう。僕に承諾してもらえなかったらどうしようという焦りが垣間見えた。

 僕は留守番させられるらしい。まあいいか。嫌いな体育を正当に休めるチャンスだし。そう思い、

「はい、解りました。そうします。先生の代わりに留守番しておきます」

 と答えた。そう聞いてすっかり安心しきった先生は

「ありがとう、すぐ戻ってくるからね。んじゃよろしく〜」

 と保健室を逃げるように去っていった。

「ありゃ大して感謝してないな」

 先生が出ていった後、僕は彼女のベッドのすぐ脇においてあった椅子に座った。彼女のベッドは、窓に隣接しており、僕はすることもなく窓の外の景色を見やる。

 ━━しばらくして彼女が目を覚ましたらしい。

「助けてくれてありがとう」

 その声に驚いて彼女の方を振り向いた。彼女は微笑んでいた。

 僕はすぐに

「別に人として当然のことをしたまでだよ」

 と言った。

 そう、他の奴らが見て見ぬふりしてそれをしようとしなかったことの方がおかしいのだ。

「それより気分良くなった?」

「大分ね、まあ大事を取って体育の授業は休むことにするけど。今回は体調不良だから正当に休めるしね」

 四日市さんはそう言って微笑んだ。それから少し間をおいて、寂しそうにこう切り出した。

「あたしさ。さっきいきなり松阪さんに裏切られて相当ショックだったんだけどね。実はペアを組む直前まで、もしかしたらそうなるんじゃないかって薄々心配してたんだよね」

「え?そうだったの?」

 彼女は頷いた。

「ていうのもね。実はあたし、前にも同じように裏切られたことがあるんだよね」

 そして、ゆっくりと自分の過去のことを語りだした。

参考文献:ウィキペディア『20メートルシャトルラン』

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