体育を怖がっている(3)
[これまでのあらすじ]
痴漢被害を助けた四日市優花から、自身が怖いものを克服するのを手伝ってほしいと頼まれた僕、恐杉はその次の日、何事もなかったかのように過ごしていた。しかし体育の時間の直前、体育のペアづくりを目前に、打つ手がなく困窮した彼女から助けを求められる。自身を助けたら何でもするという彼女の必死な態度を見て、僕は考えついたペアづくりの必勝法を伝えようとする。
「二人いる先生のうち一人とペアを作ってできるだけ早く体育倉庫に逃げ込んでおく方法だ」
「先生と、ペアを?」
うん、と僕は頷いた。
「何もペアを組むのは生徒でなくてもいい。なら誰も初っ端からペアを組もうとは思わず、確実に空いている先生とペアを組んじゃうってわけだ。運動神経が他人と補い合えない程とことん悪いから、ペアになった生徒に迷惑かけてしまうとか言ってね。運動神経なんてはじめの授業ではわかりっこないし、僕らは中高一貫校ではない高校1年生。だから中学時代の情報が高校に入ってくることはないから、中学時代もそのように先生とペアを組まされてきたとか言えば、その時点で最低一回は先生と組める。そこで虚偽の申請をしたと勘繰られないように必然的に運動神経の悪さを君が過剰に演じてみせることになる。そうしたらもっと組める」
何事もそうだが、自分を良く見せようとして演じるのは難しいが、悪く見せようと演じるのなら容易いからな。
━━完璧だと確信して堂々と伝授した方法だったのだが、それを聞いた彼女はなぜか呆れ返ったような顔をした。
「は!?いやいや、それはないでしょ。無理無理。まさか君の口からそんな非合理的な意見が出てくるなんて」
「買いかぶりすぎだよ。僕は心配性なだけで結構非合理な存在だ」
それにまさか君の口から、って言われるほど四日市さんと話したことないし。
「分かってるの?この作戦の問題点はあたしが問答無用で孤立してしまうということ!確かにあたしはペアを作ることができたらいいとは言ったけど、先生とペアなんて組んだらどっち道あたしはクラスで孤立しちゃうじゃない!第一欠席者が出て女子の人数がたまたま奇数だったらいいけど今日は偶数だから」
そこまで言いかけて彼女はハッとした。
「そうか。偶数である状態だからこそ有利なんだ。あたし以外の人間をもう一人、一人だけ孤立させる事ができるから」
「そうだ。皆ペアづくりに必死だから案外一度ペアができた生徒のことは見向きもしない。だから先生と組んでもそこまで気にはされないよ。保険をうって早々逃げ込んでいるしね。それよりも皆孤立している子を必死で探すはずさ。そして、ペアができたメンバーはそれで満足して他人に無関心でいるか、意地の悪い人でも、孤立したメンバーの方に目が行くはずだ。ああ、まだコイツ、ペアが見つけられていないの、可哀想、てな。まさか生徒同士のペアができる可能性のある序盤から先生とペアを組んでいるヤツがいるだなんて想像もしていないだろうからな。そして次回以降はその孤立したヤツと堂々と組めば良い。そうすりゃ、君だけでなく孤立したヤツも次からは孤立に怯えず堂々としていられる」
まぁ、仕組み的には松阪さんが言っていたズル休み、つまり仮病で一回休んで次から出席するようなものだが、仮病を使うよりこの方法を使うほうがはるかにリスクが少ない。仮病に対しては最近学校側も厳しいしな。それに早い段階から本当に3人組が成立した場合、仮病であれぱ不参加であるしかないが、仮病でない場合早々に3人組を引き裂いて2人組同士にすることができる。〇〇さんがオッケーしてくれたのでやっぱり組むことにしますとかいったら、生徒と組むという自然な流れを止める先生は流石にいないだろうからな。
圧倒的に嫌われている場合は別として、彼女のようにある程度の良好な人間関係がある場合はこの3人組を引き裂く方法もまた有効な手段になりうる。
「なるほど」
「ただこの方法は一つ決定的な欠点がある。それは」
「あ、分かったわ。あたし自身の孤独感は防げないということね!」
僕は頷いた。理解が早くて助かる。
「その通りだ。クラスメートから孤立してると思わせないことは可能だが、君自身にとって今日の体育が相当後ろめたいものになることはどうしても避けられない」
あと補足として一応言っておくが、今日はたまたま偶数人だったから良かったものの、はじめの体育で女子の人数が奇数となってしまいかつ何度も欠席者が出て奇数人が続くことがあると、先生とずっと組み続けなければならなくなって、流石にそのうちペアづくりに余裕が生まれてきた生徒から怪しまれるようになるかもしれないから、その手も使いづらくなってくる。
「確かにそうね。あたし自身は結局今日精神的にかなり苦痛が強いられるわけだし、万全の策ではないわね」
四日市さんは腕を組んで、うーんと悩んだ表情になる。
「そうなんだ。だから策がなかったらこのままで行くしかないが、別の策が思いつくならそれに越したことはないんだ。そこで君に一つ質問がある」
「何かしら?」
ここで急に質問されるとは思っていなかったらしく、驚いたような表情をしている。
「君は既に色々な手を打った末で僕に相談しに来ているんだよね?」
「ええ」
彼女はなぜか胸を張って言った。
「どこまでのことをしてあるのか聞かせてくれない?」
「いいわ。どれだけ状況が絶望的か教えてあげる!」
満面の笑みで四日市さんはひどく悲しいことを口にした。
その彼女が言うには、四日市さんにも先生とという発想こそなかったが、事前に親しい誰かとペアづくりをしようという発想はあったそうで、彼女は午前中ペアづくりをしようと友人たちに声をかけまくったが、全員に先約があると断られたらしい。なるほど、皆前もってよく考えている。上には上がいるもんだ。
僕ははたと困り果てた。頼んだ全員に先約があるだなんて確率論的に明らかにあり得るはずがない。示し合わせたかのように見事に断られているな、こりゃ。
いや、示し合わせたかのようにじゃない。実際に誰かが示し合わせたんだ。そう考えないと不自然だ。
それほど目立った動きは見受けられなかったものの、僕が気づかないうちに誰かが何らかの方法で示し合わせを女子全体に提案し、計画的に示し合わせを行ったのだろう。僕らですら事前にペアを決めるという発想に辿り着いたのだから、今日の体育の時間のペア決めのことをかなり前から気にしていた誰かにとってその発想をひらめくことは容易いはずだ。
そして、こればかりは僕の完全かつ決定的な盲点だったのだが、━━どうやら四日市優花の人間関係は、僕が想像するよりもはるかに浅いものらしい。
四日市さんがクラスメートの友人全てから異常なまでに嫌われ拒まれて嘘をつかれているという可能性もなくはないが、おそらくそれは違う。実際にはたぶんこうだ。四日市さんが偶然もしくは誰かの故意で示し合わせのコミュニティに参加できなかったと考えるほうが辻褄があう。だが偶然そうなったというのは、クラスの友人同士でペアを事前に割り振っておくことを考えついたヤツの周到な計画性を考えると除外される。つまり何者の故意によって四日市さんは示し合わせから除外された、すなはち彼女は示し合わせに参加するほどクラス内で影響力がなく、同時にクラスメートたちとそれほど親しい関係性が築けていなかったということだ。
━━いや待てよ、クラスの全員が示し合わせて予めペアを作っていたとしても、全員に先約があるということはどう考えてもありえない。理屈の上で実現不可能だ。だって彼女を含めて女子の人数は偶数なんだから。
だったら逆にその状況を利用するしかない。示し合わせを行った大集団に協力していないがゆえに、四日市さんのクラス内での立場を理解し始めている人間も多いだろう。そんな連中に対して、四日市さんが最底辺の一匹狼ではなく、あくまで格は落ちるがそれでもれっきとした別の小集団に属した人間であると錯覚させられればこの際十分だ。そう思うしかない。そして偶奇からして彼女とともに余るヤツ、すなはちその示し合わせに加担していないメンバーが最低一人はいるはず。その最低一人を探し出してそいつにペアを事前に申請するしかない。
示し合わせに加担しているかどうか、一人ずつ問い詰めていったらきりがないが、かといってぶっつけ本番でペア決めのときに運否天賦でアタックしていくのではあまりにリスクが大きすぎる。じゃあ残る方法は一つ。その最低一人が誰なのかを推理するしかないが━━そんなことが果たして可能なのか。残りされた僅かすぎる時間の中で!
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