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遅刻と入学式

 何度かスヌーズし、いい加減にしなさい!と母に起こされていると勘違いするほどけたたましく鳴り響くアラーム音に気がついたのは午前八時五十分。時間を確認して飛び起きる。あと三十分後に入学式を控えている園守御影そのもりみがげには厳しい時間だった。

 「ヤバい!!今日遅れたらかさねに殺される!!」

 物騒な事を叫びながらびしょびしょに濡れたシャツに気が付く。今は四月の始まり、幾ら桜が咲いているとはいえ花冷えの時期である。夏の寝苦しい時期を連想するほどの汗に、自らが撃ち殺された悪夢を思い返した。

 (最悪だ…どうせならいい夢でもみて起きたかった…)

 と心の中でボヤキながらどうしようもない現実と向き合い始めた。夢での出来事よりまずは目下の悪夢をどう対処するべきかに思考をシフトしていく。

 残り二十五分、彼に残された時間は少ない。携帯の通知にあった「米武器開発企業CEO突如解任…」というニュースに気を取られかけたがテキパキと準備をこなす。十五分ほどで用事を済ませた彼は何を思ったか玄関ではなく、窓から身を乗り出した。学生寮五階、約十五メートルはあるであろう高さから躊躇いなく勢いよく飛び出した。接地面ギリギリで残された足で窓を閉め、静かに言葉を唱えた。

 「重力操作リバース!」

 突き出した右腕に引っ張られるような形で民家の屋根の上をリズミカルに進んでいく。学生寮から学校まで約二キロメートル、半分は住宅街で残りは大通りを一直線という塩梅だ。

 「コレにもかなり慣れてきたなぁ」

 呑気なことをつぶやきながら三分ほどで民家の群れを抜けた。大通りに出ると目立つため普通に走っていく。

 (残り一キロぐらいか、ギリ遅れる可能性あるな)

 などと考え、残りも使うことにした。

 「加速アクセル!」

 二百メートルを十五秒ほどで吹き抜ける風の如く駆けてゆく。そして、百メートルほど前に自分と似たような状況の生徒が二人いることに気が付き少し安心した。

 (加速使ってるのに中々差が縮まんねぇ、凄いなあいつら)

  そんなことを考えながら進んでいると、突然、前方二人の前の歩道の脇から黒猫が飛び出した。猫は段差に引っ掛かり体勢を崩し車道に倒れこむ。かなりのスピードで迫りくる乗用車、このスピードではブレーキは間に合いそうにない。刹那、前方を走っていた片割れの生徒が飛び出した。ショートボブの髪形にオリーブアッシュのよく似合う色白の女生徒は、猫を抱えたまま勢いを殺しきれず反対車線に飛び出す。

 「あ…」

 間抜けな声が、ただの傍観者となり果てた己の口から漏れ出した。反対車線からは、大型のトラックが向かってきている。およそ五メートルの間にある少しの余裕と絶望。

 (せめて立っててくれたらやり易いんだけどなぁ!)

 心の中で呟くと、意識を傍観者から当事者に切り替えて走り出す。それと同時に、女生徒に近かった男子生徒も車線に飛び出し女生徒の体勢を整えさせ肩を貸しながらその場を離れようとする。

 「重加速ブースト!」

 力いっぱい叫んだ少年は、死線の残り一メートルを二人と一匹を抱え第一宇宙速度で駆け抜ける。反対側にある公園の低木を背のクッションに何とか勢いを殺したのち、少年を下敷きにふかふかの芝生の上に放り出された。

 「アハハ!死んだかと思った~!」

 女生徒は呑気に猫を抱えたまま人の上でしゃべっている。

 「もう飛び出しちゃだめだよ~!」

 黒猫を放し、やさしく語り掛けると、猫はわかっているのかいないのかペコリと一礼のような行動をとりどこかに走り消えた。

 「頼む早くどいてくれ」

 「ん~?わあ!ごめんね!」

 「そっちの眼鏡も早くどいてくれ~…」

 下敷きになっている少年に気が付いた少女はサッと飛びのいた。が、首からヘッドホンをかけたダークブルーの髪色をした眼鏡の少年はまだぽかんとしている。

 「おーい、大丈夫?」 

 女生徒が少年の顔の前で手をひらひらさせると気が付いたように体をどけた。

 「悪い、衝撃で少しほうけていた。すまない」

 「いいよ、気にすんな」

 まだ少し痛む背中を起こしながら答える。

 「でもよ、いきなり飛び出せるか?普通」

 先ほど、学生寮の窓から飛び出した男の発言とは思えない質問が尊敬と冗談交じりの口調で飛び出す。

 「だって猫ちゃんだよ!?あんな可愛い子が轢かれるなんて地球ほしの損失じゃない?」 

 「マジか…」

 そのノリで命かけたのかお前…とドン引きしつつ質問を続ける。

 「眼鏡がいなきゃお前死んでたし、俺がいなきゃあんたら両方死んでただろ」

 「?俺のことは気にしなくていい」

 「おまえもかよ!」

 「でもどうにかなったじゃん!」

 「確かにな」

 「楽観的過ぎる…」

 少しあきれたが、みんな無事なので深く考えないことにした。

 「でも助かったよ!」

 「俺もだ」

 「「ありがとね!(な)」」

 あまり予想していなかった感謝を述べられ少し恥ずかしくなり、赤面を隠すように俯いた。

 「いいよ、俺も体が動いただけだから」

 「へんなの、結局みんな一緒じゃん!」

 確かに、と気が付いて三人は笑い出した。が、眼鏡が忘れていた悪夢のような事実を告げる。 

 「俺たち遅刻じゃないか?」

 顔がどんどんと蒼白になっていく御影、あ、そっか!と楽観的な女生徒、時計を確認する眼鏡の生徒。

 「二分、残っている。急ごうか」

 それぞれ準備を整えて公園内を走り出す。

 「そういえば二人とも白桜はくおうの生徒だよね?名前は?」

 「ついたら幾らでも教えてやる!急げ!!!」

 「随分と焦るんだな」

 「俺にとっちゃ死活問題なんだよ!」

 「アハハ!へんなの!」

 急ぐ二人をよそに公園から出るところで三人の足元ににかなり大きい魔方陣が発光していることに気が付いた眼鏡は足を止める。動きにつられて二人も駆けだすのをやめた。

 「なんだこれ…」

 そう呟くと三人の景色は一変した。かくして三人の物語は幕を開ける。どのような顛末になるのか神さえも知らぬまま。

 

 

 


 

 





 

 

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