vs幻想種《ウェアウルフ》
「じゃあ行こうか」
向かう先は約束の森。時間には少し余裕があったが意識がそれを許さない。これから起こることへの不安や好奇心を抑えきれず皆で早めに出立することにした。城を失ってしまえば皆等しく流浪人になろうかという境遇だが城への思入れが人一倍強いうさぎだけは不安の表情が色濃く出ている。
「大丈夫だよ。そんなに心配することないって」
うさぎの表情に気がついた日皆が優しく声をかける。実のところ売り言葉に買い言葉で試練を受けた三人も少し気負うところはあるらしい。御影は『俺らちょっと血の気が多すぎるんじゃないか?』と内心思ったほどである。そんな御影をよそに森は近くなっていく。
「でもさぁ、試練って何するんだろうな」
「ガーデンでは試練にも種類があります。知恵比べや、力比べ、迷宮脱出など多種多様ですが今回はおそらく力比べになるでしょうね」
真面目な表情で答えるうさぎ。実際彼女の読みは当たっている可能性が高い、名のある英雄や神様ならいざ知らず五層から降りてきた拠点も持たぬ逸れものがそこまで用意できているとは考えにくい。そんな話をしていると目的の場所に着いた。
「随分と早いじゃん。大人しく出ていく気になった?」
挑発しながら現れる狐の女獣人。彼女が行動をとったのを見て隣の狼の大男がのっそりと動き出す。
「五月蝿いです。早く始めましょう」
相手の挑発を意に返さず淡々と話を続けるうさぎ。今までに見たことのない程の無表情。それを見た三人は『ウサギは怒らせないようにしよう……』と固く心に誓うのだった。
「話が早くていいねェ!試練は決闘形式だ、ルールは単純。最後まで立ってたやつの勝ちってワケ」
「殺しはありですか?うさぎたちは命を取る気はありません」
淡々と繰り広げられていく物騒な会話に若干耳を疑う三人だったが、なにせ二度死にかけている。外れたリミッターのせいで、命を賭けることの感覚を忘れさせていた。
「殺しはアリだ。でもそこまで鬼じゃない、リタイア宣言した奴はその場で試練のメンバーから除外されるようにしてやる」
「わかりました。早く終わらせましょう」
「試練の勝敗は世界の判定に委ねる、ルールの補完もな。メンバーがいなくなればそこで終了、以上だ」
「残るは宣誓ですね。皆さま名前をお願いします」
「名前をどうすんの?」
「試練の開始にメンバーを登録する必要があるので、契約用紙が現れたら名前を言っていただければokです」
そんなことを言っていると空から現れた羊皮紙、物珍しそうに眺める三人と気怠そうに眺める狐の女獣人。向かい合う二組、幕開けは想像していたものより静かなものとなった。
「リサ•フォスベル」
「ガルガリオ•ガルガロッソ」
「園守御影」
「型置日皆」
「南雲蒼」
「——————」
ギアスが輝き出す。決闘の申し出は受理された。瞬間、移り変わる世界。目の前から二人組が消え、似た風景の森の中に飛ばされる。
「探すところからですかー」
「森自体は変わってないんだよな?」
「早くしないと日が暮れる。そうなれば厳しいぞ」
傾き始めた太陽は空と森を茜色に染めている。日没まで三十分あろうかという塩梅、蒼は少し焦りを見せていた。相手は獣人かつ狼と狐である、動物と機能が同じなら夜目が効く可能性も高く、学生三人は苦戦を強いられることになると考えた。
「うさぎも夜が得意というわけでもないですし、できればこのあたりで見つけておきたい所ではあるのですが……」
「視界もあるけど二人まとめて相手にするのもキツいと思うんだよね」
バツの悪そうに進んでゆく日皆、それもそうだ。いくら気が合ったとはいえ、出会って一週間も経たない四人にいきなり連携を取れも言われても厳しいものがある。見ただけでもわかる年季の入った二人組と新入り三人組とうさぎ一人では、比べるもなく優劣は明らかだ。
「俺と御影で狼男をやる。日皆とうさぎは狐女を頼めるか?」
「それが丸いかもね。力の相性もうさぎの方が良さそうだし」
「二人連携されるとキツそうだし闘るときは離れた方がいいな」
「そうですね。でもどうやって分断しましょうか」
『その辺りは私がどうにかするよ』と日皆が和かに答えた。三人にも特に作戦がある訳でもなかったので日皆に任せることにし、そうこうしているうちに日は沈み始める。辺りは闇に紛れ、陽の残り滓と満ちた月の明かりで満たされつつある。綺麗な球体を描く月、幸いにも視界に困ることはなさそうだった。
「みーっけ!」
唐突に現れる声と共にうさぎの頬を掠めていく鏃。背を指でツウと撫でられる様な冷ややかな殺意を宿したソレを躱わしたうさぎたちは戦闘態勢に入る。
「日皆さん!お願いします!」
『おっけい!』と軽い声と動きでリサの懐に入り込む日皆。腕を掴み力任せに放り投げた。距離にしておよそ二百メートル。細い木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでいくその姿は痛快だった。日皆に掴み掛かろうと空を切るガルガロッソの右腕。身を翻してリサを追いかけていく日皆とうさぎ。その背を追わせまいと間に入る御影と蒼。
「お前の相手は俺らだよ」
「邪魔をするなッ!」
「じゃあ俺らを退けてから行くんだな」
ガルガロッソから間合いを取り、構える二人。蒼の手にはナイフが握られている。それを理解してなお、臆する様子のない狼の大男。
「俺相手にそんなモノが役に立つと思っているのか?」
「ないよりはマシだろう」
「丸腰と同じだァッ!」
土煙をあげて踏み込むガルガロッソ、蒼の鳩尾を目掛けて撃ち抜く右ストレート。ミサイルが発射されたかの如く勢いで殴りつけられた蒼は勢いのままに木に衝突する。
「ッ!?」
ギリギリ両腕でガードを間に合わせたがそれでも肺が潰れるような感覚、息ができずに金魚のように口をパクパクさせるが、そこに留まるだけの時間的余裕はない。衝撃と共に意識も飛びかけたが、ガルガロッソはもう二打目を放つモーションをとっていた、よろめきながら息を整える蒼。その後ろから御影が飛び掛かるのが見えた。
「重加速+重力操作ッ!!」
蒼を庇うよりガルガロッソを退けた方が速いという判断、それ自体は間違いではなかった。
御影全力の首元目掛けたハイキック、音を置き去りにしたその威力は並みの生き物であれば木っ端微塵に弾け飛ぶだろう。しかしこの男は違った。直撃の直前、己の左腕で首を庇う余裕まで見せた狼の大男は右腕を地面に突き立て威力を殺しながら滑っていく。
「蒼、ちょっと休んでろ!」
朦朧とする意識のなか御影の声を聞き届け、その場にへたり込む蒼。今まで味わったことのない痛みに、感覚をシャットダウンしたがっていた本能に身を任せる。
「悪い……」
蹴りの勢いを殺し切り、態勢を整え御影の方に向かってくるガルガロッソ。狩人が絶好の獲物と出会った時の様な笑みから漏れる対象の息の根を止める事に特化した鋭い牙。御影の生存本能をフルスロットルで稼働させるには十分な脅威だった。
「オマエから死にたいらしいな」
「負けるのはアンタらだ。俺の師匠は随分と荒っぽくてね。この程度じゃ俺を殺せない」
精一杯のブラフ、当たれば致命は免れぬ破壊の極致。蒼に対して行われた一連の行動から自身の取れる選択肢を考える。
(直撃はまずい……が、あのスピードだと間合いもクソもねぇじゃねぇかクソッタレ)
ガルガロッソのとんでもない運動性能に悪態をつく御影、しかし相手のスペックは変わらない。
「そこまで余裕なら仲間の心配をした方がいい、リサは俺より闘りにくい」
「じゃあとっとと終わらせねぇとなァッ!」
眼前の敵を捕え、生命活動を停止させる為、迫り来る左腕。体躯を翻し寸前のところでそれを躱わす御影。突き出された左手を掴み支えにして繰り出される右脚での反撃。
ガルガロッソの顎目掛けて繰り出されるソレをカバーの右手に掴まれる。
「重さ、速さ、センス、全て申し分ないが俺には届かない」
「効かないってワケじゃなさそうだな。痩せ我慢かよ、後々響いてくるぜ?」
「俺にも幻想種としての矜持がある。お前たち人間に負ける訳にはいかない」
掴まれた足からミシミシと音が響く。盛り上がり始める筋肉に更に鋭く伸びる牙と爪。御影の全身の毛穴が逆立つ。焦燥と危機感、本能が「これはまずい!」と悲鳴をあげている。全身全霊を持って身を捻り掴んでいるガルガロッソの右手を左脚で蹴り穿つ、辛うじて脱出に成功しすぐさま距離を取る。
ナイフを持った一般人レベルの余裕から日本刀を持った達人を相手取る緊張感。それはここからの行動を一歩でも間違えると死を迎えることを意味していた。
(甘かった!あれでフルパワーだと思い込む俺の認識が!)
滲み出る脂汗、強張る筋肉、無駄な呼吸を許さぬ威圧感。どれをとってもこの世のものとは思えない凶悪な風貌がさらに緊張を掻き立てる。
「———さぁ、第二ラウンドだ。手早く終わらせよう」
踏み込みと共に抉れ上がる地面、先ほどとは比べ物にならぬスピードで突進してくる厖大な筋肉の塊、槍のように鋭い爪が首を刎ねようと肉薄してくる。
(直線ッ!このスピードなら軌道は変わらねぇ!)
経験と読み、合わせの回避、紙一重とも言える刹那の超反応。完全に不利に働くと考えていた命を賭けた究極の緊張感が御影の意識を覚醒させていた。
(ギリ躱せる……けど、攻撃を入れるイメージができねぇ。このままじゃジリ貧だな……)
ガルガロッソの樹々を利用した乱反射、バウンドの際の一瞬の停止を見逃さない。足の向きと鋭い殺意の矛先、残るは経験から読みで躱し続ける御影。しかしそう何度も読みは当たらない。微かな変化で集中が途切れる。先ほど倒れた蒼の意識が戻っていた。
「今動いちゃダメだ!」
ほんの一瞬の意識の解れ、たった一度のミス。つまるところは殺意の読み逃しだった。今まで己の頚に研ぎ澄ますように突きつけられていた殺意は、狙いやすい腹に。一瞬の出来事だった、その槍は命を取り立てる。生温い、命の原液。ぽたりぽたりと腕を伝って零れ落ちてゆく己のガソリン。
「チェックメイトだ」
勝ち誇るわけでもなく淡々と告げられる事実。身体の先っぽから力が抜けていく。己の身体に突き立てられた腕を掴みながらへなへなと崩れ落ちていく身体。
「ッ……ハァっ……ぁ……」
「蒼、悪ぃ……ちょっと休むわ」
御影の身体から引き抜かれる凶器。次の目標を仕留めるのに邪魔な肉体を放り投げて蒼を見遣る。
「次はオマエだ」
ゆっくりと蒼の方に近づいて行くガルガロッソ。蒼の中に燃えたぎる自らへの不甲斐なさと友を蔑ろにされたことに対する怒りが静かに爆発していた。