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1 お亡くなり

※急遽、思い付きで書いてみようと思った二作目の実験作品です。投稿はかなり不定期になると思いますが、何卒よろしくお願いします。(ちなみに一作目はまだ続いています)

 1 お亡くなり


 中小企業に勤め、資料課という地味な部署に所属する夏見(なつみ) 爽士(そうじ)は二十八歳のそこそこ顔立ちの整った小奇麗な男だ。


 小学校の低学年の頃から野球をしていてカラダは引き締まっていた。

顔は細面で二重で目尻が鋭い。

 

 ピッチャーをしていた爽士は、かなり肩が良い方だった。球種は二種類しか使い分けなかったが、コントロールが良くスピードもあった。

 小学校の頃は、モテたものだ…。


 そんな爽士だったが、高校の夏。エースで登板した地方の予選二回戦で、相手チームの打者に打たれまくり、チームは敗退した。

 泣きながら現実を知った爽士は、野球を辞めた…。


 その時から、爽士は自分が平凡な人間だと思うようになり、目立たず、静かに、無難に生きて行くようになった。


 東京に出て、そこそこの大学に入った爽士は、そこそこの中小企業に就職した。

その時、配属されたのが資料課という、凄く地味な部署だった。

 

 資料課というのは、会社の過去のデータを管理して必要な時に他部署からの要請に応じて資料を出す、と言った仕事である。


 爽士の仕事の出来はと言うと、可もなく不可もなくと言った感じで、ごく普通のヒラリーマンだった。


 唯一、書類の整理能力やデスク周り、部署内の掃除などの片づけは目を見張るものがあった。

しかしその能力も、余りに地味で周囲から認められる事はなかった。


 特に社長には…。


 ある日、出勤した爽士は朝礼が終わった後、社長が夏見(オマエ)を呼んでいるぞ、と課長から言われた。


 この不景気なご時世だ。先月も他部署であったが一人、リストラされている。特に爽士のいる部署は地味な仕事である。

 情報というものはかなり重要なものなのだが、いかんせん、不景気には勝てなかった。


 そして爽士はついに、自分の番が来たことを悟った。

上司である課長や同僚、後輩は爽士が社長室に向かう中、ひそひそと話している。


 …どうせ順番だからな。


 爽士は随分と前から、覚悟は出来ていた。ノックをして、おはようございます。と挨拶をしてから入る。


 勧められれるままに、用意されていた椅子に座った。



 社長室を出た爽士は、晴々としていた。資料課は地下にある。薄暗いしカビ臭い。

何とか大学を出て就職した会社だった。五年ほど働いたが、正直面白くない仕事だった。


 …いや、世の中に面白い仕事なんてある訳ないだろうけど…。


「…すまんな、夏見…」


 課長はそう言って頭を下げたが、どっちにしろ各部署から一人づつ、クビにするヤツを出さないといけないのだ。

 爽士は解かっていた。まだ三十歳手前で独身だ。早くに順番が回ってくる事は承知の上だ。


「…いや、良いんすよ。気にしないで下さい、課長…」


 その日一日、勤務した爽士は定時の三十分前にデスク周りの片づけを始めた。

整理整頓、掃除が趣味の様な(そうじ)は、三十分掛からず、デスクの周りを綺麗にすると、課長、同僚、後輩に挨拶をして会社を退去した。


 そして、爽士は有給消化に入った。



 会社をクビになり、暇になった爽士は、かなり残していた有給の間、ひたすら掃除をした。


 アパートの玄関、リビング、キッチン、ユニットバス、ベランダ、クローゼット、冷蔵庫からエアコンなど、片っ端から綺麗にしていく。


 有給はかなり残っている。新しい仕事を探すのはゆっくりで良いだろう。


 窓を開けて空気を入れ替え、家具の上から埃を落とし、粘着コロコロでカーペットを綺麗にしていく。粘着力がなくなった部分を剥がすと、それを丸めてゴミ箱へと投げ入れ、掃除機をかけた。


 働いていた時でも、爽士はどんなに忙しくても週に二回、必ず掃除をしていた。丸めたコロコロのゴミは、かなり離れた所からでもかなりの確率で入れる事が出来る。


 これがパチンコだったら…と思うが、爽士はギャンブルはやらなかった。


 掃除が終わった後、窓を閉めようとした爽士は、うっかり置いたままにしていたコロコロに足を取られた。


 後方に、派手にバランスを崩した爽士は、リビングのガラステーブルに、激しく頭をぶつけて倒れた。


 倒れたままピクリとも動かない爽士。爽士の頭から血が溢れるように流れ出し、カーペットに大きな染みを作っていた…。


 夏見 爽士、享年二十八歳。掃除に明け暮れた人生が終わった…。

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