第6話 信じてたのに裏切られました
「……すみません。私、ルイスさんとは……」
「えっ……?」
ルイスは心底意外そうな顔をして、暫し呆然と立ち尽くした。
「……僕ではダメだっていうのかい?」
「わ、私はルイスさんと釣り合うような人間ではないですよ! 平民出身ですから!」
「そんなこと気にしない! それに、君はもう公爵家の養女じゃないか!」
「そんな、養女って言っても一度も公爵と話したこともないただの使い捨て養女ですよ? 公爵に取り次いだり、結婚のことを勝手に決めるなんて、私にはできません。……それに、私には以前からお慕いしている方が──」
すると突然、ルイスの顔から表情が消えた。
「ふーん、そうかい。どうやら僕が間違っていたみたいだね」
「えっ……」
「教えてあげるよ。僕は君に公爵令嬢として利用価値があると思ったから近づいたんだ。でも、蓋を開けてみたら公爵と話したことすらないただの平民上がり。しかも、よりにもよって貴族である僕の求婚を断るなんて。……平民上がりの世間知らずはこれだから困る」
「……ルイスさん」
ルイスの口からそんなセリフが出てくるなんて、私は信じられなかった。
ルイスは平民上がりの私にも優しく接してくれて、励ましてくれて。……でもそれは全部嘘だったというの?
きっと聞き間違いだ。そうに違いない! だって、あんなに優しい人が私を騙すようなことを言うわけがないもん。
「薄汚い平民風情が、気安く僕の名前を呼ぶな。反吐が出る」
「…………」
私は言葉を失った。助けを求めるようにメリーナの方を向くと、彼女もルイスと同じような目をしていた。
「騙される方が悪いのよ。あたしたち、最初からあんたみたいな平民上がりを認めてないの。あんたがあたしのお願いを聞いてくれないなら、もう用無しよ」
「そ、そんなぁ……!」
苦しくて、涙が出てきた。ルイスとメリーナのことは信じていたのに。貴族にもいい人がいるんだなって、2人みたいになりたいなって思ってたのに。
恐らく、仕組んだのはルイス。メリーナは彼の計画に乗った……というところだろうか。気がつかなかった私自身の鈍感さに嫌気がさす。
「おい平民。その服は僕があげたものだろ。平民がそんな服着てるんじゃねぇ。返せよ」
ルイスは私のドレスを掴むと、力任せに引き裂こうとした。私は必死に抵抗する。
「嫌だ! 絶対に嫌!」
「黙れよ。平民の分際で貴族に楯突くな。身の程を知れクズが」
「うぅっ……!」
その時私の顔に何か冷たいものがぶちまけられた。
「ぶわっ!」
慌てて顔を拭うと、目の前にはメリーナがグラスを手にして立っていた。彼女がグラスの飲み物を私にかけたらしい。
「平民は、惨めに濡れているのがお似合いよ。……ルイス、こんなやつやっちゃって」
彼女はそう言うと、私を羽交い締めにした。
「やめて! 離して!」
「うるさい。大人しくしろ」
私が足をばたつかせて抵抗すると、ルイスは私の腹を殴りつけた。痛い。
肺の中の空気が強制的に吐き出されて、意識を失いそうになる。
「ぐふっ……!」
抵抗できなくなった私のドレスを引き裂くルイス。私はたちまち下着姿に剥かれてしまった。
背後からメリーナの愉快そうな声が聴こえてくる。
「あはははっ、いいザマね。それじゃあこのまま壇上で晒し者にしちゃいましょっか」
「そうだな。この女の無様な姿をみんなに見せつけてやろうぜ」
ルイスは私を抱え上げると、そのまま舞台の方へと歩いていった。
私はなんとか身体を動かそうとするけど、上手く力が入らない。そして、ついに私はルイスとメリーナによって壇上に上げられてしまった。
「皆さん。この女は貴族のフリをして学校に紛れ込んでいた平民でした。こんな醜い格好をしているのがその証拠です。今から僕たちの手で罰を与えようと思います」
ルイスの言葉を聞いた貴族のたちからは歓声が上がった。
(誰も……私の味方はいないの?)
考えてみれば当たり前だ。ここにいるのは全員貴族。味方だと思っていたルイスとメリーナも、結局は私を貶める側だった。
(どうしてこんなことに……貴族になんてなるんじゃなかった。『あの子』に会えるかもなんて期待していた私が馬鹿だった。貴族はやっぱり平民を見下しているんだ)
「さて、まずはこの女を辱めてやらないとな。メリーナ、どうするのがいいと思う?」
「そうね。とりあえず素っ裸にして柱にでも括りつけて、王都の広場にでも晒しておけばいいんじゃない?」
「それも悪くないが……。どうせならもっと面白いことをしようじゃないか」
「どんなことするのよ」
「僕はね、こいつの尊厳を全て奪ってやりたいんだよ。だから──」
ルイスはそう言って、ニヤリと笑った。
「こいつを奴隷として売り飛ばす。ただの奴隷じゃない。男の慰みものとしてな。そんなことが公になったら公爵家もただじゃすまないだろう。……そこで、公爵家に代わって貴族の頂点に立つのが、僕たち子爵家や君の伯爵家ってわけさ」
「さっすがルイス。あったまいいわねー」
「そういうことだ。だが、まあ数日はメリーナの言うとおり、素っ裸で柱に括りつけて広場に晒しておこうか」
「賛成!」
私は絶望に打ちひしがれていた。まさかルイスやメリーナがここまでひどい人間だとは思わなかった。
でも、私だって彼らのことを何も知らなかったんだ。彼らは私にとって初めてできた友達で、頼りになる人だった。でも、もういい。もう、誰も信じられない。
ん? 待てよ? 本当に彼らが『初めて』だっただろうか? 『あの子』は……?
ルイスは私の下着に手をかけると一気に引き下ろした。考えるのを諦めかけていた私は瞬時に現実に引き戻される。
「きゃあああっ!!」
思わず悲鳴を上げると、ルイスが私の頬を張った。パンッ! と音がして目の前に星が散る。
「おい、静かにしろよ。あまりうるさいと殺すぞ?」
「……ッ!」
私は唇を強く噛んで、必死に声を殺した。
「へぇ、平民のくせによく見たらなかなか可愛い顔してるじゃん。ルイス、あたしにも触らせてよ」
「ああ、いいよ」
メリーナは私の頬に触れると、舌舐めずりした。
「ふふっ、あんたの泣き叫ぶ姿が楽しみだわ」
「…………」
もう、諦めよう。ここで何をしても無駄なんだ。私には何もできない。
そう思った瞬間、会場の入り口の方から大きな音がした。
「何事だ!?」
ルイスが音のした方を振り返る。するとそこには、華やかなドレスを身にまとった1人の少女が立っていた。