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第3話 ボンクラ貴族だと言ってやりました

 *



「では皆さん、また明日会いましょう。さようなら」


 帰りの会が終わると、私はすぐに教室を出た。今日は早く帰って、明後日の準備をしないといけないから。


「さようならフィーネさん」

「じゃあね〜。あたしもパーティー行くから、よろしくね」

「はい、こちらこそ」


 私は二人に別れを告げると、早足で帰路についた。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ、お嬢様」


 屋敷に帰ると、メイドのハンナが出迎えてくれた。私が学校で貴族としての振る舞いを身につけるにつれて、ハンナの態度も柔らかくなってきた気がする。


「ごめんなさい、遅くなってしまって」

「いえ、ちょうどお嬢様にお客様がお見えです」

「私に? どなたかしら……?」

「ティファート様と名乗られております」

「ティファート? どなたかしら?」

「侯爵令嬢様でおいでです」

「そうなのね。わかりました。応接室に通してください」

「かしこまりました」


 私は自室に戻り、急いで身支度を整えた。


(一体どんな人なのかな? 私に用事なんて……)


 私は少し緊張しながら、応接室の扉を開けた。するとそこには、見覚えのある一人の女性が座っていた。


「あなたは、アイリーンさん……!」

「あら、フィーネさんではありませんこと。ティファート侯爵家のアイリーン・ティファートですわ。ごきげんよう」


 アイリーンは、私の姿を見るとにやりと笑った。


「どうしてアイリーンさんがここに……?」

「もちろん、貴女の様子を見に来たのですわ。学校に通い始めて2ヶ月、もうすっかり貴族の暮らしには慣れまして?」

「はい、それは……おかげさまで……」


 私は戸惑いながらも返事をする。


「そうですか。それならば良かったですわ。ところで貴女……週末にオッペンハイム家で執り行われるパーティーに誘われましたでしょう?」

「え、えぇ……誘われたけれど……」

「そうですか。……平民上がりが貴族のパーティーに出ても恥をかくだけですわ。悪いことは言わないので、辞退なさい」

「……どうしてそんなことを言うんですか? せっかくルイスが誘ってくれたのに……」

「ふん、決まっていますわ。貴女のためを思って言ってますのよ?」

「私の……?」

「そうですわ。貴族にとってパーティーは社交の場。そこでうまく立ち回れない者は、社交界で爪弾きにされるもの。だから、もしパーティーに出るつもりなら、もっと上手く振舞えるようになってからにすることですわね」


 アイリーンは勝ち誇ったようにそう言った。


「私を誘ってくれたのはルイスです。それを断ったら逆に失礼になると思います!」

「はぁ……何も分かっておりませんのね。──これだから平民上がりは……」

「なっ……」


 私は思わず言葉を失う。


「いいこと、よく聞きなさい。貴族というのはね、家柄が全てなんですの。身分の低い者がいくら努力したところで、結局は生まれ持った才能や血筋に勝ることはできない。それが現実というものですわ」

「……」

「分かったら、パーティーに行くなどという愚かなことはやめて、元いた薄汚い家に帰ることですわね」

「……」


 私は何も言い返せなかった。彼女の言っていることは正しいのかもしれない。だけれど、親切にしてくれるルイスの好意を無下にすることはできないし……何より私は彼のことを……!


「お待たせしました。お茶をお持ちいたしました」


 私が悩んでいると、ハンナがティーセットを持って部屋に入ってきた。そして、紅茶を入れると、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「ふぅ……」


 ため息をつくと、アイリーンを見た。彼女は優雅にカップを口に運んでいたが、その表情はどこか不満げだった。

 私は意を決して自分の想いをぶつけることにした。


「……貴族って、怖い人たちなのかなと思ってました」

「……?」

「平民から税を巻き上げて、自分たちだけ贅沢して、気に入らなかったらすぐに領地から追い出したり殺したりする。そんな人たちだと思ってました」

「……偏見ですわ」


 アイリーンはカップをテーブルに置くと苦々しげにつぶやく。


「ええ、それは偏見でした。……少なくとも、ルイスさんやメリーナさんは平民上がりの私に親切にしてくれた。……小さい頃出会った花畑の『あの子』だって、平民の私と一緒に遊んでくれて、衛兵から庇ってくれたんです」

「……貴女は彼らがどういう意図で貴女に親切にしているのか、わかってませんわ。無償の優しさなんてありません。きっとなにか企んでいるはずですわ。──もしくは大馬鹿者か、どちらかですわね」

「……どういうことですか?」


 その時、私の中でなにかがプツンと音を立てて切れてしまった。

 自分のことはまだいい。だけれど、大切な友達のことや、『あの子』のことを貶されるのは許せないと思った。


「……どうして、そこまで他人を見下せるんですか? 自分よりも下の人間がいると安心できるからですか?」

「なっ!? ……平民上がりの小娘風情が何を言い出すかと思えば……。わたくしに向かってそのような口を利くとは、随分といい度胸をしてますわねぇ……!」

「どうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてください。……でも、これだけは言わせていただきたいです。──あなたにルイスさんの──花畑の『あの子』の何がわかるっていうんですか!」


 私は思いっきり叫んでしまった。

 アイリーンは呆気に取られたような顔をしていたが、すぐに怒りに満ちた顔になった。


「このわたくしを侮辱する気ですの? もう我慢できませんわ……!」

「あなたこそ、私の大切な友達を馬鹿にするなんて、絶対に許さない……!」


 私達は互いに睨み合う。


「だいたい、貴族が平民と仲良くするなんて、普通に考えておバカすぎますわ。わたくしたちは貴女とは住む世界が違ってましてよ!」

「あなたなんか、『あの子』の足元にも及ばない『ボンクラ貴族』ですね! 馬鹿なのはあなたの方です!」


 言ってしまった……。私は少し後悔した。アイリーンは途端に傷ついたような表情になって、自分の胸を右手でギュッと押さえた。


「なっ……貴女、もう一度言ってごらんなさい!!」

「もう言いました。何度も言わせるつもりですか?」

「こいつ……!! 生意気ですわ……!」


 アイリーンは憎々しげに言うと、ソファから立ち上がった。


「身の程知らずもここまでくると滑稽ですわね。何度も言いますが、貴女は貴族のことが何も分かっていませんわ!」

「これ以上何を言っても無駄ですよ。私はあなたに従う気はこれっぽっちもありませんから」

「おバカですわね。本当におバカな平民ですわ」


 吐き捨てるように繰り返すアイリーン。でも、何故彼女は苦しげに胸を押えているのだろう。まるで、なにかを必死に堪えているようにも見える。


「貴女にはもうなにを言っても無駄でしょう。……では、失礼しますわ」


 アイリーンはそう言って部屋から出て行った。私は彼女が出て行ってからもしばらく扉の方を見つめていた。


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