第1話 貴族の学校に入学します
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「……はあ、はあっ……また夢か……」
最近毎日同じ夢を見る。幼い頃の思い出。私が恋い焦がれていたあの子の夢。あの子は今どうしているだろう? 幸せになっているだろうか? それとも……
ずっと前のことだから、あの子の容姿も正確に覚えていないし、男の子か女の子だったかも定かではない。でも……
「会いたい……」
そう呟いた瞬間、扉がノックされた。返事をする間もなく、1人の小柄なメイドが部屋に入ってくる。彼女の名前はハンナといって、一応私の専属ということになっていた。
「お目覚めですかお嬢様?」
「ええ……まあ……」
ハンナは私の寝ていたベッドに着替えを投げつけてすぐさま立ち去ってしまった。「なんで私が平民上がりの娘の世話をしなきゃいけないの」とか思っているのがバレバレである。
「はぁ……」
私は今公爵家の養女になっている。娘のいない公爵は、遠い親戚の娘の中で容姿の優れた者を養女にとっていて、どうやら私もその一人らしく、両親から高値で買われてこうして公爵家にやって来た。
でも、仮とはいえ父親であるはずの公爵にはまだ一度も会えていないし、私の世話をする執事やメイドは「命令されたからやってるけど、本当はお前の世話なんかしたくないんだからな」みたいな雰囲気で接してくる。まあ、私は平民だし仕方がないのかもしれないけれど、さすがに故郷が恋しくなってくる。
「だからあんな夢を見るのかな……」
ふと窓の外を見ると、日が昇ってきていた。
「早く支度しないと……」
今日は学園の入学式だ。初日は色々と手続きがあると聞いているので遅刻はできない。
「はあ……」
ため息をつくと、憂鬱な気分になりながら着替え始めた。
養女とはいえ、貴族の仲間入りをしたからには、そのしきたりやマナー、さらには兵法や政治、魔法等について学ばなければならない。
それに、貴族の令嬢として相応しい振る舞いを身につけるためにも、これから通う貴族学校で礼儀作法をみっちり叩き込まれることになるだろう。
「気が重いよぉ」
思わず弱音を吐きながら、着慣れないドレスに袖を通す。そして、朝食を食べてから急いで馬車に乗って学校に向かった。
学校は王都の中でも中心地に近い王宮のすぐそばにある。だから、必然的に私もそこに通うことになっていた。ちなみに、学費は全て国持ちなのでタダだ。まあ、平民上がりの私に学費なんか払えるお金があるわけがないので、ありがたすぎる。
「さて、まずは教室に行って……それから……」
昨日渡された地図を見ながら校内に入る。
「えっと、ここが教室棟か。あれ? こっちが体育館?」
私は道に迷っていた。
だってしょうがないじゃん! この学校広すぎるし、平民上がりの私なんかに一日中召使いがついているわけでもないし! 誰かに道を聞こうにも、周りにいるのは偉そうな上級生ばかり。私の仕草から木っ端貴族だと思われているのか、誰も私に声をかけようとしない。
もう泣きそうになっていたその時、突然声をかけられた。
「君、新入生かい?」
振り向くとそこには背の高い男子生徒が立っていた。
「あ、はい。そうです」
「教室を探しているのかな? もし良かったら、僕が案内してあげるよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
その人は優しく微笑むと、ゆっくりと歩き出した。
「君、フェルグラント公爵家の子だよね? ──噂になってるよ。『平民上がりの公爵令嬢様が入学してくる』って」
彼はクスッと笑いながら言った。
「ええ、そうです。私、公爵家の養女になったばかりなんです。でも、まだ全然馴染めなくて……」
「貴族は皆平民を見下しているフシがあるからね……色々大変だろう?」
「はい……」
「でも、君は大丈夫だよ。なんせ公爵家の娘なんだ。きっとすぐに受け入れられるよ」
「だと良いんですけど……」
そんな話をしているうちに、教室の前に着いたようだ。
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。頑張って」
彼は手を振った。
「あのっ! お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか!」
私は慌ててそう尋ねた。
「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕はルイス・オッペンハイム。君と同じ1年生さ。何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るから気軽に話しかけてくれていいからね。それではまた」
「はいっ! 本当にありがとうございました!」
私は深々と頭を下げて、自分の席に向かう彼の後ろ姿を見送った。
「へぇ、あの子が噂の公爵令嬢様ねぇ……」
私が教室に入ると、数人の女子生徒達がこちらを見てヒソヒソと話していた。私は居心地の悪さを感じながらも自分の席に座る。すると、一人の少女が私の前に立った。
「初めまして。あたしはメリーナ。メリーナ・バウスネルンよ。あなたのことはお父上からよく聞いているわ」
彼女は私よりも少し身長が高く、長い黒髪が特徴的で、お節介そうな雰囲気を纏っていた。
「あ、どうも……」
「この教室にはあなたのこと悪くいう子がいるかもしれないけれど、気にしちゃダメだよ? あたしはあなたの味方だからね」
「あ、はい……」
「うんうん、素直でよろしい。あなたの名前は確か……」
「フィーネ。フィーネ・フェルグラントといいます」
フェルグラントの名字を名乗るのはまだ少し慣れない。
「よろしくね、フィーネさん。ところで、あなたはこの学校についてどれくらい知っているかしら?」
メリーナと名乗った彼女が尋ねてきた。
「えっと、貴族だけが通う学園で、この国で一番の教育機関だということは知っています。貴族のしきたりやマナー、兵法や政治、魔法について学ぶんですよね?」
「まあ大体合ってるね。ここは将来有望な人材を育てるために貴族達が集まってできた場所なの。そして、ここで優秀な成績を修めた者の中から優秀な軍人、政治家、官僚を輩出していくわけ」
「すごいですね……。私にはとても無理そうです」
「あら、平民も貴族も頭の造りは同じだっていうから、頑張ればあなたにもできるよ。自信もって」
そう言いながらメリーナはウィンクした。
「そうだと良いのですが……」