プロローグ
小さい頃、家の近くに大きな花畑があって、春にはチューリップやパンジーが一面に咲いて、秋になると今度はコスモスが咲き誇っていた。
でも、両親からはその花畑には近づくなと言われていた。なんでも、この辺りに屋敷を構える貴族が管理しているもので、平民が間違えて入っただけでも酷く怒られるのだという。
しかし、私はどうしてもその綺麗な花畑に行きたかったので、こっそり人目を盗んで遊びに行ったものだ。
「綺麗……」
色とりどりの花々を見て、私は思わず感嘆の声を漏らす。
それから、私は近くにあった花を摘んで花冠を作ったりして遊んでいた。するとある日……
「何をしているの?」
不意に声をかけられたのだ。驚いて振り返ると、そこには私と同じくらいの子どもが立っていた。着ている服は豪華で、ひと目で貴族だとわかる。私は怒られると思って身構えた。だけど、その子は怒っている様子はなく、むしろ楽しそうに笑っているではないか。
「綺麗だね。それ、どうやって作るの?」
その子は私が作った花冠を指さしながら聞いてきた。
「えっと、ここを持ってこうして……」
私が作り方を教えると、その子は目を輝かせながら見よう見まねで作り始めた。
「できた!」
そして数分後、その子の頭の上に完成した花冠があった。私のものに比べたらだいぶ不格好だったけれど、その子は嬉しそうだった。
「ねぇ、君もこの近くの子? 一緒に遊ぼうよ」
その子は手を差し出してきた。一瞬迷ったけど、結局断ることができず、手を繋いだまま花畑を走り回った。
「花冠の作り方なんて教えてもらったことなかったから、嬉しい!」
「そ、そう? よかった……」
「楽しいね」
「うん!」
その日を境に、私たちは毎日のように遊ぶようになった。貴族の子だからといって偉ぶったところもなく、まるで昔からの親友のような気軽さで接してくれた。それがとても心地よかった。
そんな日々を過ごしていくうちに、私はその子に惹かれていった。初恋をしたのだ。
でも、その気持ちを伝えることはできなかった。だって、私は平民の子だし、その子とは住む世界が違う。身分の差という壁が立ち塞がっていたからだ。だから、せめて想いだけは伝えたかった。
私は勇気を振り絞って告白することにした。まだ名前も知らないその子に……
『好き』
口で言うのは恥ずかしくて、ただ一言だけを書いた手紙を折り畳んで渡す。その子は手紙を受け取ると不思議そうな顔をして、「後で読むね」と懐に仕舞った。心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていた。断られたらどうしようかと思うと怖くて堪らなかった。
でも、答えを聞くことはできなかった。
その日もいつものように遊んでいると、突然屋敷の方から物々しい一団が走ってきた。屋敷にいた衛兵のようだ。
「お前か、毎日こそこそと花畑に立ち入っているのは! ここは貴族の敷地だ。平民が勝手に入っていい場所ではないぞ!」
先頭にいた男が怒鳴る。
「あ、あの、これは……」
思わず立ちすくんでしまった私の前に、その子が庇うようにして立ちはだかった。
「この子はただ花畑で遊んでいただけ、どうして責められる必要があるのですか?」
「し、しかし、そいつは平民なのですよ!」
「身分の違いがなんだっていうんですか! 彼女は大切な友人です。あまり失礼な態度を取るなら、こちらにも考えがありますよ」
その子は堂々と言い返した。
その背中は凛々しくて頼もしくて、まるで王子様みたいだったのを覚えている。
結局、私たちはそれ以降離れ離れになってしまった。貴族の子に平民の友人がいたことが知られてしまったのだ。しかも、貴族側はその事を問題視したらしく、その子には厳しい罰が与えられたらしい。私も、こそこそと花畑に通っていることがバレて両親にこっぴどく叱られ、警備が厳しくなったのもあってそれ以降花畑に近づくことはできなくなった。
数年後、私は両親の仕事の都合で生家を離れ、王都で暮らすことになった。
あの時以来、その子に会うことはなかった。




