入れ替わり急展開
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クラスでの心証を知ってからは何事もなく平穏な日常。
円は放課後になると俺の家で白と一緒にいる。コミュニケーションを取りながら着々とデータを集めているようだ。俺はと言えば放課後は同好会に出席して光ちゃんのゲームをサポート、帰宅後は二人の様子を見守っていた。
そんな繰り返しを四日過ぎた頃――
「……シロも学校行きたいです」
夕方、円のお袋さんが用意してくれた弁当を三人で食べ始めると同時に、箸を動かさず白が呟く。
「マスターやトモさんのお話を聞いてばかりじゃなく、シロも学校を経験したいです」
寂しげな主張に俺と円も箸を置いた。
誕生してから白が外出したのは双葉町への買い物一度きり、誰にも見られないようにこの家で過ごしている。しかも日中は一人で留守番、帰ってきた俺と円の話を聞くのみ。
もうほとんどこの狭い家が白の世界、コミュニケーションを取れる相手も俺たち二人。加えて白には外の世界の日常や学校などを知識として持っているんだ。人格があるなら寂しいと感じるのは当然だろう。
でも気持ちは分かるけど学校は難しい。存在を秘密にしてるってよりも色々と。
「どうなんだ、円」
「無理だな」
「あう……」
やはりというか円は首を振り白は肩を落とす。
以前戸籍はどうとでもなるとは言ってたけど学校になれば学費を始めとした資金が必要、責任感ではどうにもならない現実がある。
「そのような顔をするな。今は無理だが検査が終われば通えるようにする予定でいる」
「ホントですか!」
なんて諦めていたのに円は可能を提示するので白の目が輝いた。
「おい、そんな簡単に言っていいのか?」
「問題ない。同年代のアンドロイドを作ると決めたときから必要経費は別に用意している」
「マジか……さすが『ピンとこない額』を稼いだだけあるな」
「ただそれがいつ、になるかは未定だが」
「だよな……」
念願叶って食事をする白を俺たちは見詰める。
万全の状態が整うまで学校はおろか外に出ることもできない白は、いったいいつまでこんな生活を強いられるのか。それは分からないが可哀想だ。
「しかし今さらながら理解した。必要としても、私の白に対する扱いは非人道的だ」
円も同じ気持ちなのか顎に手を当て目を閉じる。
そして小さく頷くと目を開けて白へと向き直った。
「白、学校へ行きたいのなら明日にでも行くといい」
「……いいですか?」
突然の提案に白だけじゃなく俺も目を丸くした。
「あくまで私の代わりのなりすましで。取りあえず体験として一日だけだが」
「それでもいいです! 行きます、行ってみたいです!」
「決まりだな。では食後に細かな打ち合わせをしよう」
「はいです!」
満面の笑みを浮かべる白に俺はあえて口出ししなかった。
◇
「すまんな」
明日の打ち合わせでいつもより遅い帰宅の円を見送る道すがら、開口一番謝罪をされた。
「いくら私と白が瓜二つでも、やはりキミの手助けは必要。勝手に決めてしまった」
白が円の真似をするのは簡単でも、不測の事態が起きれば事情を知る俺の立ち回りがポイントになる。そんな苦労を押しつける形になったことに後ろめたさがあるようで。
「お前が迷惑かけんのはいまさらって言いたいけど、今回ばかりはいくらでもかけろ」
まあ驚きはしたけど俺としては口出ししなかった時点で文句を言うつもりはない。
「少しでも白が生まれてきてよかったって思えるなら、それは俺の願いでもある。白を大切に思うのはお前だけじゃないんだよ」
「そうか……では、私はありがとうと言葉を換えよう」
「どういたしまして」
隣りを歩く円の表情が和らぎ俺も笑った。
「しかし奇妙なモノだ。先ほどの会話、まるで我が子を心配する親のようだな」
「俺が父親で円が母親か? にしては白は大きすぎるぞ。どっちかというと妹の心配をする兄姉ってところだろ」
「やはり朋は妹フェチ――」
「じゃないからな!」
「本当にキミには苦労ばかりかけている。この恩は必ず返すと約束しよう」
珍しく殊勝な心がけを口にする円だが俺は苦笑を返すだけ。
嬉しいけどその必要はない。
なんせ俺はお前にこれまでの苦労が何でもないくらい恩を感じてるんだからな。
なんて、言うつもりはないけど。
◇
「……こうして見ると本当に区別つかねぇ」
翌朝、玄関で待っていた俺は着替えを済ませた白の姿に感心していた。互いの服を交換したのだが制服に白衣、前髪のヘアピンとデフォルトの格好をした白はまんま円だ。
「そうでしょうトモさん! シロも鏡を見てビックリです!」
だが喋ると白だ。つーか表情豊かな円みたいで違和感パナい。
「白……それではすぐにばれてしまうぞ」
それは円も同感のようで苦笑交じりに白を注意する。……黒のジーンズにオレンジのワンピースシャツという白の部屋着を着た円も違和感パナい。
「そうでした! えっと…………そうだろうトモ、ワタシも鏡を見て驚いた」
「おお、円みたいだ」
声音を低く、気だるげな口調で言い直す白は改めてまんま円。
「では一日だが学校を楽しんでこい」
「は……いいだろう」
「うむ。朋、後は任せた」
玄関口で円に見送られ俺と白は外に出る。
そしていつものように二人乗りで登校、時間を利用して最終打ち合わせをする。
「いいか白、午前中はとにかく喋らなくていい。話しかけられても視線だけ向けて無視すればいいからな」
「任せておけ」
「昼飯は買っていくからそれを持ってすぐに出ろ。同好会室で食うから」
「わかっている」
「午後からはそれなりに声かけられるかもしれないけど、俺が上手く間に入るから適当に相づち打ってれば問題ないぞ」
「トモは心配性だな。地味なくせに」
……俺の後ろに乗ってるの白だよな? 円じゃないよな?
でもこれなら上手くいきそうだと、安心してペダルを漕いだ。
コンビニで昼食用の菓子パンを購入し程なくして神山高校に到着。自転車を置きつつ白の様子を観察するも、物珍しそうにキョロキョロするかと思ったが円の忠告通りぼけっとしている。
「んじゃ、行くか」
「…………」
声をかけても頷くのみと完璧な円のものまね。
「――むっ? そこに居るのはマドンナと心の朋じゃないか」
「ホントだ。円さん、トモ先輩! おはようございまっす!」
と、校舎に向かう途中、神明寺兄妹に見つかり俺は息を呑む。
「お、おはよう光ちゃん。ついでに茜」
くっ……ついどもってしまった。それに比べて白は二人を見て、動じることなく無視。ホントに偉い。
「お前らもいま登校か」
「はい! お二人は早いですね」
「ああ。いつもはギリギリなのにな」
それは早めに登校して軽く校舎内を歩こうと余裕を持って出たからな。
「珍しく円が早く準備してたから。な、円」
「…………」
もちろん白は視線を向けるも無視、完璧だ。これならさすがの二人も気づくまい。
「そうか。ところで心の朋よ」
「そっか。ところでトモ先輩」
安堵していると茜と光ちゃんは何故か同時に俺へと視線を向けて
「マドンナは今日は休みか?」
「隣りにいる円さんのそっくりさんは誰なの?」
「…………へ?」
当然のように疑問を口にした。
「…………」
ちなみに白は変わらず忠実に円を演じている。
うん、どう見ても円だ。真相を知ってる俺でも見分けがつかない。
「いや、なに言ってんの二人とも。そっくりもなにも円じゃん」
なので俺も自信を持って、むしろ二人に対し『どうした?』と疑問を装い返す。
「心の朋こそ何を言っている。そこに居るレディの筋肉はどう見てもマドンナのとは別物じゃないか」
「どう見たら筋肉の違いが分かるんだよっ?」
「それに……くんくん、そちらの人は円さんの匂いと全然違う」
「光ちゃんも匂いで分かるのっ?」
だが常識外の見分け方にたまらずツッこんでしまい、まあつまり……俺が円ではないと肯定してしまった。
「…………」
それでも円を演じる白を後で褒めてやろう。
◇
昼休み――俺と白、神明寺兄妹は同好会室に来ていた。
「はじめましてです! シロです!」
俺たちだけになるとここまで円を演じていた白は表情を和らげ元気に自己紹介。
登校早々白のことがバレてしまった俺はまず二人に後で事情を説明すると拝み倒し円に連絡したが、思いの他『気づかれたなら仕方ない。二人には真実を話してくれ』とあっさり了承をもらえたので昼休みを利用して事情を説明した。
「「…………」」
さすがの神明寺兄妹も白が円の作ったアンドロイドと知り言葉を失っている。まあ当然の反応、目の前でパンをほおばり微笑む姿はどう見ても人間だ。
「隠してて悪かった。でもさっき言ったとおり事情が事情だから話せなくて……」
俺が頭を下げると茜は大きく息を吐きながら椅子に深くもたれ掛かる。
「事情はわかった……だが水くさいじゃないか。マドンナと心の朋、二人の背負う覚悟はオレ達も背負うべき。それでこそ仲間だとオレは思う」
「そうだよな……本当にすまない」
批判の気持ちは当然でもう一度謝罪すると茜は頷く。
「理解したならオレから秘密にされていたことはなにも言うまい」
「許してくれるのか?」
「過去のことだ。それに、仲間の成功を喜ぶのもまた仲間。違うか?」
そう微笑み返されてしまい不覚にも泣きそうになった。かっこいいじゃねぇか。
俺は茜から光ちゃんへ視線を変える。
「光ちゃんもごめん」
照れくさい気持ちを悟られないようにってのもあるけど、仲良くなろうって約束したばかりなのに隠し事をしてたから怒ってるかもしれない。
「ほえ? なんで謝るの」
なんて危機感を抱いてたのに光ちゃんはコクンと首を傾げてしまう。
「だって隠し事してて……」
「トモ先輩がわたしに隠し事してるのは今に始まったことじゃないけど?」
キョトンとしたまま返された言葉はぐさっときた。たしかにそうだけど……なんだろう、これは遠回しに責められてるのか?
しかし俺の危機感とは裏腹に光ちゃんはニッコリ。
「それよりもトモ先輩が隠してたのはわたしを心配してのことだもん。ちゃんとわたしのこと考えてくれてたなら怒るよりも嬉しい」
「光ちゃん……」
「それに円さんの夢が叶ったことも嬉しい。だからトモ先輩が謝る必要はないと思うけど……違います?」
なんつーか……改めて俺は自分がどれほど幸福なのか自覚した。
だってそうだろ? 隠し事されたことよりも、夢が叶った喜びを分かち合いたい気持ちを優先できる仲間がいるんだぜ。
もしかしたら円も分かっていたから、言い訳せず秘密にするのを止めることに躊躇しなかったのかもな。
だったら俺はもう謝罪しない。
「茜、光ちゃん……ありがとう」
代わりに二人の仲間に加えてもらえたことに、出会ってくれたことに感謝する。
「礼には及ばん、心の朋よ」
「変なトモ先輩。それよりも白ちゃんにわたしたちのこと紹介してよ」
「だね。つっても必要ないけど。な、白?」
話題を切り替える光ちゃんに乗っかり俺は夢中で食事をしている白の背中を叩く。
「はいです。東郷レツさんと神明寺ヒカリさん、マスターから聞いてますです。シロはお二人とお会いするのとっても楽しみにしてたです」
すると自信満々に白は二人の名前を口にしぺこり。どうでもいいけど東郷烈じゃなくて神明寺茜な。
「そうなんだ。これから仲良くしようね」
「こちらこそですヒカリさん」
「ふ……オレをソウルネームで呼ぶとはさすがマドンナの娘、わかっている」
「いや、娘じゃないだろ」
光ちゃんと白のほっこりするやり取りと、妙な感心を見せる茜に断りを入れて俺は席を立つ。せっかくだから三人で交流を深めてもらおうとの配慮もあるが、顛末を円に伝えようと教室を出てスマホを手にした。
「……でない」
しかしいつまで経っても繋がらない。もしかすると寝てるのか、それとも何かの研究に没頭してるのか。
仕方なく連絡は諦めてトイレに行こうとしたが――
「……あん?」
手にしていたスマホが震えてディスプレイを見るなり首を傾げてしまう。
着信者は桐ヶ谷なで子さん。姉貴の秘書で一緒に海外主張中のはず、しかも連絡は何度かしたことはあっても向こうからは滅多にない。まだ学校に居る時間にだ。
『このような時間に失礼します』
取りあえず出てみると通話越しに淡々とした声。
「昼休みなんで平気ですけど、何かありましたか?」
『申し訳ありません。そちらに到着するのが少し遅れそうです』
「は? なで子さん今日来るんですか?」
『はい。胡夜さまの命により急遽私のみ帰国して……連絡はありませんでしたか?』
「いや全く。でも何で急になで子さんを?」
『それは分かりません。ですが今日はあの日、胡夜さまが心配されるのも仕方がないかと』
あの日と聞いて一瞬わからず、それがなで子さんに伝わったようでため息が聞こえた。
『とにかく、監視者がいるとはいえやはり胡夜さまが日本不在なれば用心するのは当然……ですが少々フライト時間がずれてしまい、万が一をとご連絡させていただきました』
「……大丈夫ですよ。だからなで子さんもノンビリ来て下さい」
『そうはいきません。朋さまは――』
なで子さんには珍しい感情の込められた声が徐々に大きくなるも、それは突然消えた。
『……失礼しました。ですが胡夜さまの命なのでノンビリとはいきません。そのような不祥をすれば私は切腹を免れないでしょう』
「なんかすんません……」
相変わらず生真面目というか、姉貴もそんなことを言わないだろうがなで子さんは自主的にやりそうだ。
『謝らないでください。お二人のお役に立てることは、私の喜びですから』
最後は柔らかな声で通話を終えた。
なで子さんの忠誠心は嬉しいけど……ちょっと重い。
でもすっかり忘れてたけどもうそんな時期か、前は気にしてたけど忘れるってことは俺もすっかり今の生活に馴染んできたってことかね。
なんて喜んでる場合じゃない。
「さて……どうするか」
なで子さんが来るとなれば、白の存在を隠すことができないんですけど。
◇
序盤こそ躓いたモノの、神明寺兄妹以外には白の正体がばれることなく体験入学は終了。
放課後になり俺と白は校門前で神宮寺兄妹と別れて下校することに。
今夜は円の夢が叶った記念祝いをすることとなり、二人は一度家に帰って泊まる準備をするそうだが……さて、なで子さんのことマジどうしよう?
「どうしたですトモさん?」
悩んでいると背後から白が心配してくれる。まだ外でも二人乗りで人通りも少ないから訝しむ人はいないので素に戻っていた。
「あ~……そうだ白、学校はどうだった?」
どう説明していいかわからず話題を変えると、見えなくとも白の目が輝いた気がした。
「すっごく楽しかったです! やはり知っていても体験すると全然違うです! あとあとレツさんとヒカリさんも――」
弾んだ声で感想を口にする白にほっこりしながらも俺は今後のことを悩んでいたが、結局名案は思い浮かばず家に到着してしまった。
「ただいまです!」
先に入る白に続いて俺も玄関へ。
「ただいま~」
返事がない……寝てんのか? そういや昼間に連絡しても出なかったし。
「マスター帰ったです! シロは学校から帰ってきたです!」
だが白は早く話を聞いて欲しいのか元気よく中へ入っていく。
まあ起こしてもいいだろうと俺は荷物を置きに自室へ。
「トモさん! マスターがいないです!」
一拍間を置いて白がノックもなしに飛び込んで来た。
そんなはずないだろ、玄関の鍵は開いてたし靴もあったから外出はしてない。
「もしかしてかくれんぼですかね?」
「なんでかくれんぼするんだよ」
こんな狭い家でやる意味がわからん……まあ、あいつはなに考えてるかわからんが。
とにかく連絡を取ろうとスマホを手にすると同時に玄関口から車が泊まる音がした。
まさかなで子さんがもう来たのか?
言い訳も思いつかず、かといって居留守を使うわけにもいかないので出迎える為に部屋を出た――同時に玄関が開かれ
「大人しくしていただこう」
「……は?」
突然のことに意味がわからず呆気にとられる。
なぜなら玄関にいる作業着姿の男三人に拳銃を向けられているからで。なんのドラマ撮影だよとツッこんでしまいそうだが
「騒いでも無駄です。この周囲は既に人よけの術を施してあります」
「――っ!」
中央のおっさんの言葉に我に返る。
聞き間違えじゃない、たしかに術って言った。ならこいつらは――
「抵抗は止めておきましょうか。でないと後ろにいるお嬢さんが危険になる」
身じろぎした途端、左側の男の銃口が俺から背後にいる白へ。
「ご安心ください。抵抗しなければお嬢さんに危害を加えるつもりはありません」
「くっ……!」
「と言っても、今のあなたに抵抗するすべはないでしょうけど」
苦笑するおっさんに確信した。間違いなくこいつらは関係者だ。
でもなんで急に? いや、それよりも
「……つーわけだから大人しくしてような」
「トモさん? えっと――」
「いいから!」
背後からひゃうと白の驚く声がするも気にしていられない。
どうする? 奥の手を使えば何でも無い状況、しかし他に仲間がいたら最悪だ。
そもそもこいつらどこの関係者だ? まさかうちの一族じゃないだろうけど……。
思考を巡らすも最善策は思いつかず、今できることをするしかない。
「……用があるのは俺だけなんだよな」
両手を挙げて確認。こいつらの正体は分からないが白を巻き込むのだけは避けないと。
「ええ。あなたが大人しく我々に付いてきていただければ」
「だそうだ……つーわけで白、俺はちょっと招待受けてくるから――」
「……シロ?」
振り返って白に笑顔を向けるとなぜかおっさんの訝しむ声が。
「大人しくするのはあなた達です」
「「「な――っ!」」」
同時に淡々とした新たな声に男達の驚きの声がするも、俺は肩の力を抜いて視線を玄関へと戻した。
「ナイスタイミング、なで子さん」
「いえ、朋さまをこのような危険に合わせてしまいました。やはり切腹モノです」
三人の男の背後で黒の長袖に黒のジーンズ、腰まで伸びる三つ編みを黒いリボンで纏める円とは対局な黒ずくめのなで子さんは深々と一礼。
拳銃を持った不審者三人を挟んで何を呑気に挨拶しているのか、と思われるかもしれないが声の聞こえる間合いになで子さんが入った時点で決着は付いていた。
『大人しくしていなさい』
と、凜としたなで子さんの言葉で両サイドの男二人は虚ろな目になり拳銃を手にした腕を力なく下ろして……あれ、二人?
「ど……どうしてキサマがここにっ?」
「おや? あなたは血縁者なのですね。そのようなオモチャを手にしているので勘違いしてしまいました」
中央のおっさんが変わらず拳銃を突きつけたので、なで子さんは首を傾げている。危機的な状況なのに平然としているのは慌てる必要がないからだ。
「ですが、オモチャに頼らねばならない程度であれば、問題ないでしょう」
寝てなさい――と、なで子さんが右手を腰に当て後ろに振る。
「ぐがっ!」
同時におっさんが両手を股間に当てて苦悶の声を漏らす。
「うげっ!」
更に前屈みになるおっさんの顎をなで子さんが蹴り上げて大の字に倒れた。口から泡を吹き白目を剥いているおっさん……うん、あれは痛い。同情する気はさらさらないけど。
とにかく呆気ないほど危機を逃れたけどまだ解決はしてない。そもそもこいつらはいったい何者なんだ?
「さて……切腹の前にこの者たちの狙いを調べます」
「切腹はいいから」
俺と同じ疑問を持つなで子さんが今だ呆然としている男の一人に手を伸ばすも、背後にいる白を見て
「……訂正。この者たちの狙いを聞き出してきますので、お手数ですが朋さまはそこに倒れているゴミを無力化してください」
「ゴミって……まあ、了解」
『では付いてきなさい』
一礼したなで子さんが呆然としている男二人に命令するとフラフラと後について外へ。恐らくこいつらの乗ってきた車に行ったんだろう。
当分目を覚ましそうにないおっさんだけど、万が一もあるし俺は言われたとおり拘束する。つってもロープとかあったかな?
「まあガムテープでいいか。白、悪いけどリビングにガムテープあるから持ってきて」
「あ……はいです」
一連の出来事にさすがの白も唖然としていたが俺の声で我に返りリビングへ。
痙攣しているおっさんの両手首と両足首をガムテープでグルグル巻きに、ついでに口もふさぐのを白と二人がかりで行った。
「あの……トモさん、今の方は……それに、何がなにやら……」
「あの人は姉貴の秘書で桐ヶ谷なで子さん。その……」
拘束状態のおっさんを玄関の隅に転がせば白が戸惑いながら聞いてくる。当然と言えば当然だが、さてどう説明すればいいんだ?
連中の正体は分からないけど目的は予想が付く。なで子さんが来て急におかしくなったのも、簡単に倒せたのも説明は出来るけど本当のことを話すわけにはいかない。
「はあ……宝石商の秘書ですか。だからあんなにお強いのですね」
言い訳に悩んでいると白が素直に納得している。これはいい傾向だ、後は催眠術も出来て男達を操ったとか言えば上手く誤魔化せるかもしれん。
「ですが堂々と日本刀を所持しているのはやり過ぎです。銃刀法違反で捕まるです」
「……っ」
だが白の指摘に絶句。いま日本刀って言ったよな?
転がっているおっさんへの最初の一撃は白の言うように、なで子さんが腰に帯刀していた日本刀の柄を引くことで鞘をおっさんの股間に当てたものだ。
でもおかしい。あの日本刀は白に見えないはずだ。いくら白がアンドロイドでも、監視カメラのような機械にも映らないアレを見えるハズがない。
「――朋さま、驚くことはありません」
動揺する中、俺たちの会話を聞いていたのか戻ってきたなで子さんが淡々と答える。
なぜ、と聞く前になで子さんは白に視線を向けて
「なぜなら彼女――白さまはあなたの魔力を保持しています」
「白が俺の魔力を……?」
「はい。なので白さまはこの霊刀・千羽鶴が見えるのかと」
なで子さんが腰に帯刀している日本刀を抜刀すると白がビクリと肩を振るわす。この反応で見えていることは間違いない。
なで子さんは日本刀――千羽鶴に不可視の魔術を施している。見ることができるのは一定量の魔力を持つ者のみ。
つまりなで子さんの言うように少なくとも白は魔力を保持していることになる。
「あの……お話中すみませんです。トモさんの魔力ってなんですか?」
俺たちの会話におずおずと白が問いかける。当然だ、いきなり魔力だの言われて理解できるわけがない。
まだ俺の魔力を保持しているのは納得できないが、白が魔力を持つなら知る権利はある。
「……白さま。今は急を要する事態なのでその話は後ほど。朋さま、この者達の狙いがわかりました」
それでも真実を伝えるのを躊躇している俺に変わりなで子さんが預かり、先ほど襲撃した奴の思考を読み取った情報を教えてくれる。
「首謀者は分家の矢神明也。朋さまの監視を一任されている者……情けない話ですが」
「あのおっさんか……」
「狙いは白さまの体内に秘められている朋さまの魔力……ですが、この計画は相手側も気づいていないミスが発生しています」
何となく予想は付く。矢神のおっさんの狙いが俺の魔力なら円をさらう理由はない。
そして円と白が瓜二つで、今日たまたま二人が入れ替わっているなら――
「まず朋さまと円さまの登校中に一人留守番している白さまを第一陣が誘拐、帰宅した後に第二陣――この者達が朋さまを連れ出す手はずになっていましたが……」
「間違って円が連れて行かれたってワケか」
予想通りな展開過ぎて思わず笑いがこみ上げる。
もう言い逃れは出来ない。俺がこの町で暮らす条件として監視を付けるのは姉貴から聞いていた。それを矢神のおっさんが受け持っているのもだ。
どうやら俺はあの時――白が誕生する瞬間、無意識に魔術を使用したらしい。恐らく爆発する際に爆発しないように、円の夢が叶うようにと願った結果だろう。
その時に発生した魔力の波動を監視者が気づき、円にそっくりな白の存在を確認した。もしかしたら俺のいないところで何度か白に魔術をかけようとしたのかもしれない。白が俺の魔力を保持していれば、他の魔力持ちが魔術をかけようとしても効果がない。つまり白が俺の魔力の恩恵を受けていると確信になる。
だとしたら今日、計画を実行するのは当然だ。姉貴となで子さんが海外で、俺が脅威にならないとされている今が唯一のチャンス。あちら側からすれば最高のタイミング――
「クソッ!」
何もかもが否定できない状況に苛立ち壁を殴りつける。
矢神のおっさんが円を巻き込んだことよりも、俺自身に腹が立つ。
円の努力に水を差した。あいつなら自分の力で夢を叶えるはずなのに、俺は魔力というくそったれな力で叶えてしまった。
その結果がこれだ。巻き込みたくないと秘密にしてたのに、あいつを巻き込んだ。
「俺のせいで円が危険な目に……っ」
「自分を責めないで下さい朋さま」
なで子さんが慰めてくれるのはありがたい、けど事実は事実だ。俺の存在が円を危険にさらしている。
「そもそもこれは矢神明也の野心に気づかず監視に指名したこちらの落ち度。一族の恥は一族で排除します。今すぐ胡夜さまへ連絡し、本家の者で――」
「それはダメだ」
なで子さんの提案に俺は首を振った。
向こう側はまだ円と白を間違えてることに気づいてない。
俺を連れて行こうとしたのは……恐らくだけど、俺の目の前で魔力を手に入れるつもりだろう。俺の存在を疎ましく思ってる奴らが見せしめにってのくらい想像は付く。
なら少なくとも俺が矢神のおっさんの元へ行くまで円は無事、なのに本家が動けばここになで子さんがいることが知られて強攻策に出る可能性は高い。
そうなれば円と白が入れ替わっていたことがバレるだろう。円には魔力なんてないから魔力を取り込めない。そうなれば人質にするか、激高して危害を加えるかだ。どちらにしても円の身が危険になる。
つまり相手側に円と白の入れ替わりを知られないまま、俺が本拠地に行くことが最も安全な方法……となると、やるべき事は一つだ。
「なで子さん、車で寝てる奴を操ってくれ。無事俺を確保した、すぐに戻るって連絡を入れるようにな」
「朋さま……まさか一人で向かうつもりですか? ですが今の朋さまでは――」
なで子さんが無理だと判断するも、俺の狙いに気づいたのか顔を青ざめ叫んだ。
「危険です! 朋さまに万が一のことがあれば――」
「ならその万が一を今から始めるだけだ」
「――っ」
平然と返せばなで子さんが息を呑む。
まあそうだろうな。なんせこれは脅迫だ、自分の命をかけたってのがおかしなことだけどなで子さんの忠誠心を考えれば最悪な脅迫。
「ごめん……でも死ぬ気はないから安心して。円の無事と俺の命を守るならこれが一番最善の策だってわかるよね」
「……はい。ですが私も同行させてもらいます。その方が成功率は高くなるハズ」
「だね。ありがとう、なで子さん」
どちらにせよなで子さんの協力がないと、行く場所も分からない。情けない話だけど。
なんにせよ気合いを入れて円を救出して――
「待たせたな心のと――なんじゃこりゃあ!」
「なに騒いでるのおにい……て、なんなのこれ!」
「…………はぁ」
気合いが抜けた……。色々ありすぎて忘れてたが、神明寺兄妹が来る予定だった。
「どういうことだ心の朋! なぜこのような状態の男が玄関に転がっている! あ、これはなで子嬢ではないですか、こんにちは」
「トモ先輩いったいなにがあったのっ? まさか変な趣味っ? なで子さんこんにちは」
二人はガムテープで拘束されたおっさんを見て驚くもなで子さんがいるとわかるや丁寧なご挨拶。残念ながら礼儀ができている。
しかしまあ、さすがにこの状況で言い逃れはできんか。
「これはなんつーか……襲撃者みたいなもんだ」
「「襲撃者っ?」」
「で、間一髪のところでなで子さんが撃退してくれた……けど、円がさらわれた」
正直に答えると二人は唖然となり、茜は拳を振るわせ光ちゃんは不安で瞳を揺らせる。
「まさか……マドンナの努力の結晶を盗むために悪の結社がっ?」
「円さん……大丈夫なの?」
「今のところは……でだ、俺はこれから円を助けに行く」
でも俺の決意を聞くと二人は顔を見合わせ小さく頷き、笑っていた。
「まさか、水くさいことは言わないよな。心の朋よ」
「わたしを仲間外れにしたら嫌いになりますよ」
……だよな。どれだけ危険かわかってても、お前らはそう言ってくれると思ってたよ。
なら俺も仲間として、言ってやるさ。
「円を助けに行く。二人も協力してくれ」
「もちろんだ!」
「じゃあ早く準備しましょ! 白ちゃんも制服のままだと目立つから着替えよ」
「はいです!」
神明寺兄妹に連れられて白もリビングへと向かう。
「……良いのですか朋さま」
二人になりなで子さんは心配そうに問いかける。
今まで俺の事情に巻き込もうとしなかったのに二人の同行を決めたのだから当然だ。
でもこれは同情じゃない。円を無事に助けるにはあの二人の力が必要だからで。
しみったれた罪滅ぼしであると同時に、最後の我が儘だ。
だから俺は迷うことなく頷いた。
「円だけ贔屓するわけにかない。どうせ最後だ――あいつらの夢を俺が叶えてやる」
この楽しい時間を締めくくるに相応しい最高にバカバカしいパーティーを開いてやる。
急展開ですがやっぱりノリは変わりません。
みなさまにお願いと感謝を。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!
また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!