白、大地に立つ
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俺が眠っている間の事態を円は話してくれた。
視界を失うほどの白い輝きが限界まで溢れたが、突然収縮を始めたらしい。事態が飲み込めずただ呆然とする円の前で世紀の瞬間は訪れた。
アンドロイドがゆっくりと体を起こした。しかもただ動くだけじゃなく、キョロキョロと周囲を見回し床に倒れている俺たちを見つけるなり言葉まで発したのだ。
『今夜はお盛んですね』
最低な第一声だな! と、起きていたら間違いなくツッこんでいただろう。だが残念なことに俺は意識を失っていた。
それはさておき、冷静な円は俺に抱きつかれた(助けようと抱きしめただけだ)まま彼女に状況を説明。
自分が円の手により作られたアンドロイドで人間ではない――アンドロイドでも感情を持つ彼女には辛い宣告だ。でも隠すわけにもいかない事実。
彼女はどう感じたのか。やはり辛いのだろうか……円の話を聞きながら心配してしまう。
『そんな言い訳しなくとも、お二人のムフフな行為の邪魔しないです』
俺の心配を返して欲しいです。
つーかムフフてなんだよ! お前本当に生まれたてのアンドロイドかよ! いちいち言動がオッサンくせぇよ!
とまあ、ツッコミどころ満載なアンドロイドは気を利かせたつもりか部屋を出ようとしたらしく、やはり冷静な円はツッコミなどせず改めて事情を説明した。
どうでもいいがその状況を想像すると実にシュールだ。
床で俺に抱きつかれた(あくまで助けようと抱きしめただけだ)まま冷静に説明する円に素っ裸でベッドに腰掛け(ていたらしい)話を聞くアンドロイド、しかも二人の外見はそっくり。
まあそれもさておき、とにかく円の詳しい説明に彼女は何の悲壮感もなく自分の存在を受け入れ、まず俺をソファまで運んでくれた。円と同じスレンダーな体型でもそこはアンドロイド、軽々お姫様抱っこで……素っ裸の女性にお姫様抱っこされた……惜しいよりも居たたまれない気持ちでいっぱいだ。
その後は色々と検査をしたらしい。目覚めたとはいえ想定外のエネルギー供給、万が一を想定すれば当然だ。
どんな検査か知らないが結果として彼女の体内構造は円の設計通りの働きをしていた。更に知能指数や身体能力とどちらも一般レベル以上、まあアンドロイドだもんな。
後は円が生まれたての彼女にこの町のこと、学校のこと、同好会のことを話している内に眠ってしまい、俺が目を覚ました。
これが円から聞いた全貌、そしてここからが円の言う二つのお願い。
一つは俺に彼女の名前を付けて欲しいとのこと。
アンドロイドでも人格があれば名前は必要、しかし円は彼女を設計段階から『OS―U』というプロジェクトで命名していたらしく今さらどう名付けても違和感があると思いつかなかった。
いつまでも彼女とかアンドロイドと呼ぶわけにもいかず、なにより名前がないのは可哀想だと俺は了承した。まさかこの歳で誰かの命名をすることになるとはなぁ。
でも意外とすんなり思いついた。彼女の目覚める光りや、円そっくりの外見を考えれば想像するに容易くまんま『白』と命名。
実に単純だが円も目を覚ました彼女も気に入ってくれてひとまず安心。
もう一つのお願い、これには少し驚いた。
彼女改め白をしばらく俺の家で預かってほしい。
しかも白のことは誰にも、神明寺兄妹にも秘密にしてほしいと。
町の人はまあ分かる。アンドロイドを完成させたと知れば大騒ぎだ。万が一でも世間に知れ渡れば以前懸念していたどこかの企業に白が狙われるかもしれない。
だけど両親や神明寺兄妹にまで秘密にする理由が分からない。これまで円の意思を尊重してくれた両親なら白の情報を漏らしたりしないし、神明寺兄妹もそんなことをするハズがないから。
なにより成功したら二人を呼んで驚かせようと言ってたのに、どうしてだ?
『少し……時間が欲しい』
この疑問に円は弱々しく答えてくれた。
『成功したことは本当に喜ばしい……だが、新しい命を誕生させることが、これほどの重圧になるとは計算外だ。情けない話だが、私は今……恐怖している』
だから落ち着くまで秘密にしたいと頭を下げられて納得。
そりゃそうだ。いくら信じて疑わなくても円は人格を保つ命を生み出した、後悔はなくとも責任感は相当だろう。
なにより白の検査や俺の看病で徹夜をして疲労も溜まってる。弱気になるのは当然で。
なにも出来ず寝てただけの俺に断る理由もなく、結果として了承し、昼過ぎようやく倦怠感の抜けたところで白と共にラボを後にした。
――のだが、帰宅しただけで再び疲労感に襲われていた。
「ここがトモさんのお家ですか」
玄関で物珍しげにキョロキョロ見回す白は実によく喋る。
「マスターから聞いてるです。トモさんは一人暮らしなんですよね。つまり今日からトモさんとシロの二人暮らしですよ。嬉しいですか?」
ちなみにマスターとは円のこと。自分を生み出した科学者ならまあ当然の呼び名だ。
「トモさん聞いてるですか? トモさん、おーいトモさん」
しかしマジ凄いな、本当に白はアンドロイドなのか? ころころ変わる表情や円より少し高い声音に込められた感情は人間としか思えないぞ。
だからこその疲労なんだが。円そっくりの外見で光ちゃんみたいによく喋り豊かな感情、このギャップに違和感ありまくりで気疲れが酷い。
いつまでか分からんが、当分一緒に暮らすなら早く馴れないときついな。
「トーモーさん! 無視しないでほしいです!」
なんて浸っていると白が頬を膨らませてこっちを見ていた。
「すまん、無視したわけじゃないんだ。もちろん嬉しいぞ」
「ですよね! シロと一緒で嬉しいですよね! シロも嬉しいです!」
本当に喜んでいるのか満面の笑みを向ける白……円の顔で。やはり違和感パネェ。
でもこれじゃあダメなんだよな。円は円、白は白だ。似てても俺はちゃんと白を一人の人格として接しないと失礼だろ。
「じゃあ白の部屋に案内するから」
「はいです!」
気持ちを入れ替え白と共に奥の洋室へ。
「……何もないですね」
ワクワクと目を輝かせていた白だったが、室内に入ると落胆。一応来客用の布団が押し入れにあるけど、他は本当に何もないから当然か。
しかしどうする? 女の子が住むには殺風景すぎるけど、俺は一人暮らしで余計な家具は無い。普段から無駄遣いしてないから一通り買い揃えるくらい出来るけど、一時的な住まいだし勿体ないか。
でもな……白の気持ちを考えるとやっぱり可哀想な――
「まあ良いです。シロはお世話になる身ですからぜいたく言えないです」
悩んでいると実に健気な言葉が。
「それにマスターから必要な物があれば買うようにとお小遣いも頂いてるです」
「そうなの?」
「はいです。シロの生活費も込みだからトモさんに管理してもらえだそうです」
ちょっと待つです――と、白は肩がけのバッグを床に置く。中は数日分の着替えと聞いていたが、まさか生活費まで用意していたとはさすが円。抜け目がない。
手渡された封筒には十万円も入っていた。これだけあれば数日分の生活費だけでなく必要な雑貨も買い揃えることが出来るだろう。
つっても女の子の必要なモノって何だ?
「白は何が欲しい?」
取りあえず相談してみるが、果たして伝わるのか。知能が高くてもまだ生まれて間もない白が生活に必要な物を想定できるのか心配だ。
「そうですね……衣装ケースと身だしなみを整える道具が欲しいです」
だが心配を余所に白はスラスラ答えてしまう。
「あ、アンドロイドのシロが生活感ある返答できたことに驚いてるですね。甘いですよ、シロは生まれたてですがトモさんが寝ている間にマスターから常識を始めとした知識や流行に関する情報を一通り聞いているので完璧です」
俺の反応に気づいた白が得意げに胸を張る。
「あくまで知識なので実際に見たことや使用したことはないですけど、それでも常識外れな行動でトモさんを困らせる心配はないです」
アンドロイド特有の知能なのか短期間の講義でそこまで……白すげぇ。マンガやアニメのイメージだと出来たてアンドロイドの奇行で大変な目にあうのがセオリーなのに。
実のところ苦労しそうと俺一人で買い物に行くつもりだったが、これなら問題ないだろう。円そっくりだからこの町で買い出しするのは難しいけど、双葉町まで行けば良いし万が一を考慮して変装させておけば完璧だ。
「ごめん、正直なところ侮ってた。なら白の課外授業もかねて実際歩いて決めるか」
だから謝罪と共に提案すれば白は笑顔で頷いた。
――なんて気楽に考えていたのは大きな間違いです。
双葉町までは普段円がしないであろうツインテールに伊達メガネと変装した白に気づく者はいなかった。自慢していたように奇行の類いも無く、賑やかな町並みに多少テンションは高いもせいぜい手の掛かる妹みたいな感じでたいした苦労にならない。
間違いなのは白に常識を与えたのが円と言うことだ。あいつは残念でも頭はよく、常識的でもあるがやはり残念な感性をしている。
「トモさん、早く来るです!」
「いや……来いって言われてもな」
色彩鮮やかな店内で手を振る白に俺はどうしようもない感情でいっぱいだ。
予定通り折りたたみの小さな衣装ケースと鏡や櫛などはつつがなく購入できた。他にも円から渡された服が白色ばかりでもっとオシャレな物が欲しいと主張するので衣服も何枚か購入。円以上に女の子らしい発言には感動すら覚えたものだ。
で、その感動をぶっ飛ばす物を求められて来たのがここ――ランジェリーショップ。
ハッキリ言って男が同伴して良い場所じゃない。
「どうして嫌がるですか? お洋服を買うのも付き合ってくれたですのに」
なのに白は当然のように俺を誘う。さすがは円の植え付けた常識というか感性、他の客(もちろん女性のみ)が奇妙な視線を向けているのに白は気にしない。
どうやら白も円と同様、恥じらいという部分が抜けているらしい。
「あのさ……服は良いとしてこーゆーのはなぁ? まあ見えないオシャレは必要って聞くけど……ほら、白にはまだ早いっていうか……」
なんとか説得を試みる。服と同じで白い下着ばかりでも、今は我慢して欲しい。
だが俺の懸念は間違っていたようで白はキョトンと首を傾げる。
「早くないですよ? シロの年頃だとブラを付けるのは当然です」
「は? ブラ?」
「はいです。パンツはマスターに渡されていますがブラは無いんです」
……なるほど。顔も体格も同じだが、胸だけは円の見栄が詰まってたな。
「トモさんはシロが寝ている間に裸を見ているとマスターから聞いたです。だからサイズが合わないのも分かって――」
「なに言っちゃってるのかなこの子は!」
「え? ですからトモさんがシロの寝ている間に裸を――」
「復唱しなくていいから! ちょ、こっちに来い!」
とんでも発言に店内の客どころか周囲の視線までも痛々しく白の手を掴んで逃げた。
そして妙案!
「よーし白、これからテストをする。これまで一緒に買い物をしたが果たして白は一人で買い物ができるかな? 知識はあるだろう、しかし経験のない知識は知識と呼べないぞ」
「むぅ……トモさんの言うようにシロは耳年増ですが」
「言葉を選べ。とにかく今回の買い物は一人でやってみろ」
「つまり『はじめてのおつかい』ですね。あの番組泣けるです、観たことないですけど」
ツッコミどころ満載だが納得したようで何より。
俺は一万円札を渡して買えるだけ買っていいとアバウトな指示を出して白を見送る。後は店先を窺える範囲で待機すればいい、完璧な作戦だ。
女の買い物は長いというが辱めを受けるくらいならいくらでも待つ――つもりでいたのに十分ほどで白は出てきた。
「はじめてのおつかい成功です!」
「偉いぞ白。さすがだ白」
褒めてやると嬉しそうに白は目を細め紙袋へ手を突っ込んだ。
「見るです! トモさんに言われたとおり買えるだけ下着買ったです!」
更に褒めてもらおうとしたのか成果を取り出し見せつける。
さあみんな想像してみよう。
下着売り場の近くで待つ俺、白の言葉。
そしてその手にはオレンジ、ピンク、ライトグリーンの女性用下着。
周囲の目に映るのは異性に頼んで下着を買いに行かせた男にしか見えないだろう?
なら俺がその場からダッシュで逃げ出したのは言うまでもない。
ホント……常識ってなんだろうね。
◇
だけど後はたいした問題もなく必要な日用品の買い出しを終えた俺たちは神山町へ。
帰りの電車で白が空腹を主張するのでコンビニに寄って弁当も購入。
「んじゃ、いただきます」
「いただきまーすです」
リビングで向かい合い手を合わせる。俺は焼き肉弁当、白はハンバーグ弁当だ。
人生最初の夕飯なのに質素で申し訳ないが、この外見で外食すれば秘密が漏れる可能性もあるので仕方がない。
「美味しいです!」
「そりゃよかった」
「とくにこのハンバーグ! 知識として知ってはいましたがこんなに美味しいですね!」
上機嫌にハンバーグをもしゃもしゃする白は微笑ましく、落ち着いたらもっと美味しいハンバーグを食べに連れて行こうと心に決めた。
しかし今までも人間味ある姿に驚いていたけど、この光景が一番だ。なんせ食事を摂り、美味しいと言っている。この姿に誰が白をアンドロイドと気づくだろう?
昨日円から受けたアンドロイド講座で食べた食物を体内に摂取することで稼働エネルギーに変換……だったか、理屈は知らんが事情を知ってても疑うほど。
「どうしたです? トモさん」
「いや、何でもない」
俺の視線に気づいて白が首を傾げるので苦笑で交わす。
いかんいかん、こんな考えを持つことが白に失礼だろ。
たしかに白はアンドロイドだ、でもこうして人格を持ち笑ってるなら理屈抜きで人間として……いや、女の子として接してあげないと。
反省しつつ食事を再開しようとしたが、テーブルに置いていたスマホが震えた。
「ちょっと席外す。大人しく食ってろよ」
「はいです」
スマホを手に自室へ入ると疑問を持ちつつ通話。
『おっすトモ』
「……何かあった?」
電話の主は姉貴だ。昨日日本を離れるから連絡つかないと言ったばかりなのに、突然の連絡で少し緊張する。
『とくになんも。ただちーと胸騒ぎしてな、気になって連絡しただけ。そっちに何か変わったことはないか?』
だが姉貴の問いに別の意味で緊張。変わったことは大いにあった、しかし円の秘密にすると約束した手前嘘をつくしかない。
「こっちもとくになんも」
『ふ~ん。ならいいけど』
取りあえず誤魔化せたか。しかしさすがは姉貴、鋭いぜ。
『とにかく何かあったら速攻連絡な。もうすぐアレだし』
「連絡するようなことは無いと思うけど了解」
忙しいのか無駄話なく終了。こうして心配してくれるのは感謝だな。
「誰からですか?」
リビングに戻れば食事を終えてお茶を飲んでいた白に問いかけられる。
隠すことでもないので席に座ると正直に答えた。
「姉貴から。定期連絡みたいなもんかな」
「姉……鳴神コヨミさんですね、マスターから聞いてるです。お若いのに世界を股にかける宝石商だとか」
「そんで今も海外に出張中だ」
「すごいですね。シロも会ってみたいです」
「落ち着いたら紹介してやるよ」
問題は姉貴の都合よりも円の気持ちだけどな。紹介するには白の正体を話さなきゃいけないし、それは秘密にされている。
少しは落ち着いてればいいけど……そんな心配をしながら俺は弁当を食っていた。
◇
翌朝、スマホのアラームで目を覚ますと読書中の少女が視界に入った。
「……なにしてんの?」
最初は白かと思ったが、制服に白衣と見慣れた格好ですぐに円だと理解する。
「見ての通り読書中だ。と言っても、キミの知りたい疑問はそこではないか」
パタン、と分厚い書籍を閉じた円は苦笑して俺を見る。
「だがまずはおはよう、朋」
「……おはよう」
「勝手にお邪魔したことは謝罪しよう。しかし今この家にはキミ以外の住人がいる、朝早くに呼び鈴を押して起こしてしまうのは忍びないとの処置だ」
珍しく常識的な気遣いだ。まあ家主が寝ている間に部屋に入って読書ってのは非常識だけど、合い鍵渡してる時点であり得る自体だし文句はない。
しかしどうしたんだ? 急に来るなんて今までなかったし、まだ七時なのに会話が成立している。いつもなら昼まで節電モードで頭が働いてないはずなのに。
「昨日はゆっくり休んだからな。今朝は調子がいい」
相変わらず口にしてない疑問を先回りして円が答えてくれた。
「なにより白の様子が気になる。登校前に様子を見に来たというわけだ」
「そっか……ま、そうだよな」
「納得してもらえて結構、キミも早く着替えるといい。母が朝食を持たせてくれた」
では――と白の様子を見に行く円がいつも通りで安心する。
着替えを済ませてリビングに行けばテーブルの上に二段重ねの重箱。蓋を開けると色とりどりのおかずにおにぎりがびっしりの豪華な朝食、今度円母にお礼を言わないとな。
せっかくなのでインスタントの味噌汁を用意しているとふすまが開きシャツにハーフパンツの白が。
「トモさん、おはようございますです」
「おはよう白。よく寝れたか?」
「グッスリです。でも目を覚ましたらマスターがいてビックリです」
寝起きでも白は元気いっぱいだ。
「やや? そこにあるのは朝ご飯ですか? 昨日のお弁当より豪華です」
「円のお袋さんが用意してくれたんだ」
「そうなのですか。マスターありがとうございますです」
「私が作ったわけではないがな……まあ礼を言えるのは良いことだ」
遅れて現れた円は苦笑しつつも白の頭を撫でる。なんつーか、顔立ち似てるだけに仲良し姉妹だな。
朝食は食べてきたらしい円に牛乳を用意して、俺と白はありがたく弁当を頂いた。
「どうだ白、美味いか?」
「はいです! でもハンバーグがないのは残念です」
「ハンバーグ?」
「昨日の夕飯で食べて気に入ったらしい」
「そうか……わずか一日で色々な経験をしたようだな。まあ詳しい話は帰ってからだ。白、私と朋はこれから学校へ行く。良い子でお留守番をしているんだぞ」
「はいです!」
「それと留守中来客があっても応対しなくていい。昼食は別の弁当を用意しているからそれを、暇にならないよう書物をいくつか用意しているので読むといい」
一つ一つ注意事項を口にする円は姉というより母だった。
でも白を誕生させたのは円だから間違ってないのか。
それに、白と接する円にプレッシャーは感じない。どうやら懸念していたことは早く解決しそうだ。
◇
「もうしばらく様子を見たい」
白に見送られていつものように二人乗りで登校中、俺は今日の放課後にでも白を神明寺兄妹に紹介するかと提案したが背後から返ってきたのは否定の言葉。
「まだ心配なのか?」
「昨日とは別の理由でな。私はそれなりに割り切れたが、冷静になると……いや、冷静だからこそ新たな課題が浮上する」
「と言うと?」
「誕生時の検査では異常はなかった。昨日一日キミと過ごしても問題はないようだ。しかしまだデータが不足している」
「白の日常に対する経験値ってことか」
「加えて私の、だな。言い方はアレだが内部に何の異常もなく、正常に起動しても突然動かなくなる機械はいくらでもある」
「…………」
「だからと言って買い換えるワケにもいかん。処分なんぞ論外。さまざまなデータを集めて事前に問題を問題でなくしておきたい」
淡々と語る円から強い決意を感じ取れた。
同時に俺も置かれている状況を理解して言い表せない気持ちになる。
白は人格がありコミュニケーションが取れるアンドロイドという機械、存在の前例がないのでいつ動かなくなるか予想がつかない。
それは故障とは呼ばない――死だ。
その可能性を残した上で白と仲良くなればどんな気持ちになる?
簡単だ、考えたくもない。
そうならない為に円は万全の体制を整える決意でいる。これから白と繋がりを持つ人々の為、なにより生まれてきた白の為に。
「まあキミに言うことではないがな。今さらながら浅はかな考えで巻き込んで申し訳ないと反省している」
たしかに、俺は円よりも白と一緒にいる。正直白が動かなくなったら泣く自信があるぞ。
でも円と同じで冷静になれば俺は逆に気楽だけどな。
起動前と変わらない、だって円がそんな悲しい結果を生むわけがない。
「そう思うならしっかり頼む。なんせ白は俺の妹みたいなもんだからな」
「朋……」
「なんて、白の生みの親に勝手な意見だ」
しかし期待はプレッシャー、発破は激励と俺はあえて言葉を選んだ。
同時に俺も協力を惜しまないとの気持ちを込めて。
「ふ……どうやら気負っている暇はないようだ」
どうやら伝わったようで円の声に余裕が混じる。
「このままでは白の貞操が危険だ」
「どんな解釈してその答えだ!」
伝わっていませんでした。
「妹フェチの朋がいつ暴走して白を襲うか分からん。早く私の家で暮らせるよう――」
「誰がいつ妹フェチと言った!」
「冗談だ。キミはヘソフェチで――」
「それも言ってねぇよ!」
間違ってはないが……。
「これも冗談だ。そうでなければ一人暮らしのキミの家へ白を預けたりはせん。とにかく私はできるだけ白と共に過ごしデータを集め検証を繰り返す。これから一週間、そちらにお邪魔する時間が増えるだろうが許せ」
「はいよ」
ちょうど学校が見えてきたので白の話題は打ち切りとなった。
しかし話題は別の意味で浮上した。
「――トモ先輩!」
昼休み、神山高校は学食なんて気の利いた場所のないので、登校中にコンビニで買ったパンを教室で食べていると光ちゃんがやってきた。
学年が違い教室も離れてるから滅多に来ることがないので俺だけでなく、昼食を一緒にしていた円や茜も驚いている。
ちなみに他のクラスメイトは光ちゃんを見るなりほっこり。可愛い容姿に無邪気な性格の光ちゃんは学校でも人気者だ。
それはさておき、いきなりの登場にどうしたと声をかけるよりも先に光ちゃんは俺の元へと歩み寄り
「どうしてナイショにしてたの!」
頬を膨らませて抗議する。ナイショってまさか白のことか? でもなんで光ちゃんが?
「えっと……なんのこと?」
まだ確定ではないので恍けてみると、光ちゃんはムッと眉をひそめた。
「トモ先輩に彼女さんがいること!」
どうやら違うようで安心したが、この指摘は全く意味が分からない。
俺に彼女? 何のこと? 彼女いない歴歩んできた人生分の俺に?
「さっきお友達から聞きましたよ。昨日トモ先輩が見知らぬ美少女さんとお買い物デートしてたって」
だが聞いて納得。どうやら昨日白と双葉町で買い物をしていたのを光ちゃんの友達に見られたらしい。
「落ち着け妹よ。たしかに心の朋はオレと同じでナイスガイだ、彼女がいても不思議じゃない。しかし女性と二人で買い物をしているから彼女とは限らないだろう」
不測の事態に言い淀んでいると変わって茜から何とも常識的なフォローが。
「でも一緒に下着売り場から出てきたんだよっ? お友達のパンツを彼氏さんでもないのに一緒に選ぶのっ?」
対し光ちゃんはめいっぱい否定――なんて冷静に考えてる場合じゃない!
「お泊まりしたときわたしのパンツ見て恥ずかしそうにしてたトモ先輩がだよ!」
「ちょぉぉぉぉぉ――っ!」
「トモ先輩もトモ先輩だよ! 彼女さんがいるのにわたしと一緒のお布団で寝てよかったのっ? 彼女さんが可哀想だよ!」
「いやぁぁぁぁぁ――っ!」
「しかも『光ちゃんはいいお嫁さんになるよ。俺の嫁に来い』って口説いたくせに!」
「そこまで言ってねぇ!」
しまった! つい条件反射でツッコミしたが、これで今までの光ちゃんの言葉が嘘じゃないと証明している!
いや、嘘じゃないけど! でもこれは俺が二股かけた上に光ちゃんを手込めにしてる最低野郎に聞こえるよねっ? クラス中の視線がすっげぇ痛いの気のせいじゃないよねっ?
でもどう説明すりゃあいい? 白のことを誤魔化しても光ちゃんの暴露が難しい! なんせ本当のことだし!
「烈の言うとおりまず落ち着け、光」
混乱する俺とざわめく教室内にこれまで静観していた円が立ち上がった。
「そもそも以前の泊まりで光が不注意で脱衣所に下着を放置していたのを、偶然朋が見てしまったのだろう」
そして光ちゃんだけでなく、クラスメイト全員に指摘するよう周囲を見回し語りだす。
「一緒の布団で寝たのも光が寝ぼけてぬいぐるみと間違え離さないので、仕方なく朋はそこで寝ることになったのではないか?」
「……俺、その話お前にしてないよな? なんで知ってんの?」
「光の行動パターンとキミの間抜けっぷりを計算すれば容易に想像つく」
間抜けは余計だが円の見ていたかのような説得力のお陰で、俺と光ちゃんだけではなく円もいたと勘違いしたクラスメイトのざわめきが収まっていく。
「で、でも彼女さんがいたなら――」
しかしそれとは関係なく勘違いしている光ちゃんは食い下がるも、円はどや顔で返した。
「それは私だ」
「ほえ? じゃあ円さんがトモ先輩の彼女さん?」
「そうではない。たしかに昨日、私と朋は双葉町へ行ったがデートではなく罰ゲームとしてだ。たかが下着を選ぶのに挙動不審の朋は実に愉快だった」
「そ、そういえばお友達も円さんみたいな美少女って……。ならトモ先輩は彼女さんがいない?」
「どうやら納得したようだな」
さすが円、もうこの町にいられない覚悟をしていたのに見事に覆した。
尊敬と感謝の眼差しを向ける俺に円は仕上げだと言わんばかりにもう一度周囲を見回し
「そもそもキングオブ地味な朋に彼女だの二股など出来るわけがなかろう。この私の頭脳を持ってしても不可能な話だ」
「そうだよね……地味なトモ先輩でよかった」
「ナイス地味……心の朋よ」
するとあら不思議。まるで先ほどの戸惑いが嘘のように光ちゃんと茜が納得。
二人だけでなくクラスメイトからも――
『鳴神は地味だもんな』
『二股とか地味じゃないもん』
『地味朋くんのガラじゃないよ』
『いや、地味だが朋のツッコミは一流だ』
と納得の声。
取りあえず一番の説得力に平静を取り戻すみんなに安心したところで
「テメェら全員表に出ろや!」
俺は売られたケンカを買った。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!