表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

夢が叶うとき

アクセスありがとうございます!



 中間テストを終えた週末。返却されたテストに俺はため息しかでない。

 テストって何であるんだろうな……。


「それは生徒の学業に対する日頃の姿勢を評価するためだ」


 口にしてないのに隣に座る円が答えてくれる。


「朋の顔を見れば予想は出来る。なんせ地味だからな」


 またまた口にしてないのに……つーか地味は関係ないだろ。

 ちなみに円の点数は全教科一〇〇点……ではなく、クラスでも少し高い程度。自分はバカになったと、実は手を抜いていたりする。さすが天才さまだ。

 ちなみのちなみに茜にも聞かない。普段は残念バカなくせにあいつは成績上位者だったりするので、聞くと消えたくなる。

 ちなみのちなみのちなみに俺は決してバカじゃない。赤点もない、言わば平均前後をウロウロとしてるだけだ。

 それはさておき、憂鬱な気分で答案用紙をカバンにねじ込むと立ち上がった。


「俺は同好会に顔出すけどお前は」

「すまんが私用だ」

「またか」


 試験期間中も一人だけさっさと帰ってたしな。同好会は部活と違って試験休みはないから関係ないのに。

 五月に入ってから円は一度も参加していない。ゴールデンウィーク以来手伝いを言ってこないからバイトで忙しいわけでもなさそうなんだが。


「案ずるな、今月の発表会は必ず開催する。それまで各々研鑽するように」


 そんな疑問に的外れな回答をして円は教室を出て行く。

 もしかして発表会に向けて凄いモンでも作ってるのかね。だとしたらそっとしておくのもいいだろう。

 それに今は気にかけることもある。


「――トモせんぱ~い!」


 同好会室へ行くと涙目の光ちゃんが助けを求めてきた。

 どうやら今回のテストも残念だったようで、頭はいいのに教え下手な兄に変わり俺が補習に向けて勉強を教えることになるようだ。


 ◇


 下校時間までみっちり家庭教師を勤めた後、光ちゃんを自宅まで見送るとお礼代わりに神明寺の祖母から夕食に誘われた。一人暮らしの身としてはありがたい。

 祖父母にお礼を言い、光ちゃんにお礼を言われ、茜のむさ苦しい胸筋に見送られ神明寺家を後にする頃にはすっかり日も落ちていた。

 田舎の夜はとにかく暗い。申し訳程度の外灯や民家の明かり、車はほとんど走らない、正直ここへ来た当時は暗すぎて不気味に感じた。

 でも最近は悪くないと思えるのは、周囲が暗いからこそ明るく見えるモノがあるから。

 自転車を止めて空を見上げれば満天の星空、もう降り注ぐんじゃないかと錯覚するほどだ。周囲が暗く、空に近い山間だからこそ見られる景色。


「……と」


 見取れていると制服のポケットに入れていたスマホが震えて我に返る。


『元気かトモ』


 出てみると姉貴だった。


「元気だよ。つーか急になに?」

『急も何もテスト返ってきたろ。保護者として気になってねぇ』

「……赤点はなかった」

『お前ホント地味な。どうせならボロカスのほうが笑えんだけど』

「保護者としてなら笑いを求めんなよ……」


 しかも良い気分が台無しだ。


「用はそれだけ? なら切るぞ」

『うんにゃ、こっちが本題。明日っからあたし日本を留守にするから』

「……どんくらい?」

『仕事終わり次第。さっさと終わらせるけどその間ちっと連絡つかないかもなんで』

「了解。気をつけてな」

『ほいよ。つーか、あんた今どこにいるんだい?』

「神明寺家で夕食お呼ばれ、その帰り」


 別に隠すことでもないから正直に答えて、再び空を見上げた。


「こっちはいい天気だぜ。お陰で星も月もよく見える」


 輝く星の中で淡く光る月、満月ならもっと夜道も明るく見えるんだろうけど。


「ま、三日月だけどそれも風情があっていいよな」

『……そうかい。そりゃ残念だったねぇかぐや姫さま』


「誰がかぐや姫だ。とにかく、こっちの心配はいいから安心して行ってこいよ」


『了解っと。でも、クギを刺すようだけどお前も気をつけるんだぞ』


 心配するなと言ったのに心配された。でも姉貴からすると当然で、悪い気はしない。


『んじゃ、寄り道せずさっさと帰れよ~。またクマに襲われても知らんよ~』

「怖いこと言うな……じゃ、おやすみ」


 通話を終えてスマホをポケットに。これだから都会モンは、いくら田舎でもそうそう人里にクマなんて出てくるわけ無いだろ。せいぜいイノシシ程度……。

 べ、別に怖くないけど冷えてきたから忠告通りさっさと帰るか。

 決して姉貴に脅しに屈したわけじゃないが、早く帰ろうとペダルを踏むが――再びポケットのスマホが震えた。

 姉貴が何か伝え忘れたのかと再びスマホを取り出したが、着信者は円だった。


「どうした?」

『む……? 朋、今どこに居る?』

「神明寺家で夕食お呼ばれ、その帰り」


 姉貴と同じ質問をされたので同じように返せば


『それは好都合だ。帰りにウチへ寄れ』


 突然のお誘いに驚く。こんな時間に家へ来い? もう夕食食ったって言ったよな?


『夕食の誘いではない』


「……俺口にしてないよな? 電話だよな? なんで分かった」


『朋は地味だからな』

「地味で片付けんなよ! で、飯の誘いじゃなきゃなんだよ?」


 地味に傷ついてしまいぶっきらぼうに問いかけると、間を置き円とは思えないほど真剣な声が返ってきた。


『大事な話がある』


 ◇


 電話ではなく直接話したいと言われれば気になるモノで一〇分後、水越家の前へ。

 しかし家の明かりが点いて無く静かで、外からでも留守だと分かる状態。


「よく来た」


 取りあえずピンポンを押そうとしたが、先に庭から懐中電灯を手に円が現れる。相変わらずの白のワンピースに白衣、懐中電灯も真っ白と白三連発。


「よく来たよ。つーか親父さんとお袋さんはどうしたよ、まさかもう寝てんのか?」

「二人とも今日は同窓会で都心へ行っててな、明日まで帰らん」

「ふ~ん。もしかして大事な話ってのは、留守番は怖いから泊まってくれってことか?」


 もちろん冗談がてら言ってみると円は微かな笑みを浮かべた。


「そんなところだ。朋、今日は私と一緒に寝てくれないか」


 マジで……?


「冗談だ。まあ立ち話もなんだ、ラボへ来るといい。コーヒーくらい出す」

「ですよねー」


 ちくしょう……一瞬ドキッとしたじゃないか。

 返事も聞かず背を向ける円に呆れつつ俺も続く。まあラボは自宅の裏、数秒で到着。

 ラボと言っても外見はプレハブ、しかしプレハブと言っても中は円の研究ラボ。この建物は窓がなく換気は地下を這うパイプで行われ、薄い外壁に見えるが内側にもう一枚防音板が張られた完全防音。これは田舎の静かな夜にご近所迷惑にならない為で、窓がないのは外が見えると落ち着かないからと聞いている。

 ご近所と言っても周辺に家はなく自宅への対策で、窓も何を研究しているか分からないようにとの配慮でもある。

 初めて中に入ったときはこんな設備を一般家庭でよく建てられたと疑問に感じたが、円の過去を知って納得できた。

 天才少女として様々な企業に協力していた時代の報酬。以前、どのくらい稼いだのか尋ねれば『ピンとこない金額』と答えられたので詳しい額までは知らないけど、それほどあれば充分だろう。しかもその報酬全てに両親は手を付けず、円の為にと蓄えていたらしい。本当にいい両親だ。

 それはさておき、プレハブにしては頑丈な扉を抜けると一面の白。

 プレハブ内は教室ほどの広さがあるも、全て研究スペースでも無く手前三分の一は休憩室だ。ここで仮眠を取ったりするのだが、白い壁に白いテーブル、白いソファに白い冷蔵庫ととにかく白い。他の色と言ったら分厚い本やコンロ、コーヒーメーカーくらい。


「相変わらず落ち着かない……」

「私は落ち着く」


 そりゃあね。白好きな円ならそうだろうけど、ここって病院みたいなんだよ。

 落ち着かないままソファに腰掛けると約束通り円はコーヒーを煎れたマグカップ(もちろん白)をテーブルに置いて、自分用のカルペスを用意して隣に座った。


「んで、大事な話ってのはなんだよ」

「そうだな。話をする前に少し朋の意見を聞きたい。キミはアンドロイドにどのようなイメージを持っている」

「イメージ?」

「簡単だ、人間とアンドロイドの違いは何かだ。地味な朋の意見が聞きたい」

「地味は余計だぞ……」


 にしても違いか。なんでそんなの聞きたいか知らないけど……。


「前に円が言ってたのだと知識や感情とかはあるんだろ。ならやっぱ体内構造じゃね?」「エロイことが出来るか気になると」

「どんな解釈だよ!」

「冗談だ」


 くっ……人がせっかく答えてやったのにバカにするな。


「話を戻そう。つまり人の臓器類などが機械で組まれている、で良いかな?」

「おおむねそれで」

「では食事は?」

「そりゃ……オイルとか」

「なら体内組織だけではないぞ? まさかこの世にオイルを飲む人間がいるのか」

「えっと……」

「ならば排泄はどうだ? 疲労は? 眠るのか?」


 あれ? なんか混乱してきたぞ。


「とまあ、言い出せばキリがない。そもそも、この押し問答に答えはない。言うなれば所詮イメージだ、人間と同様の外見と知能があればひとまずアンドロイドと呼べるだろう。ちなみに私のイメージするアンドロイドはより人に近い存在だ」

「はぁ……」


 徐々に饒舌になる円を見詰めながら取りあえず相づち。


「先ほどの質問に対する答えを述べるなら、食事はする。ただオイルでは無く食物を体内に摂取することで稼働エネルギーに変換、不必要な水分や固形物を排泄。電化製品を始めとした機械は稼働を続ければ熱を持ち不調になる、これは疲労と言えるだろう。故に電源を切る行為を睡眠と呼べなくもない。ただし回復、つまり自動修復機能は難しいだろうな」


 理屈に適ってはいるが……ぶっちゃけよく分からん。


「そして人間とアンドロイドの違い、この問いを私なりに言わせてもらえば体内組織と身体の成長がない、と答えよう。体内組織は言うまでもないが、栄養の摂取や時間経過による変化、例えば毛、爪、肌など。成長しないのなら体内で何かを生成するのも難しい、男性なら精子、女性なら卵子……つまり子を宿すといった行為か。あくまでも大きな、という括りで言えばで、これもキリがないので止めておこう。つまり朋は半分正解しているということだ。まあ私なりの、だが」


 パチパチと拍手をしてもらえたが嬉しくはない。もうすでに混乱している。


「……で、このアンドロイド講座のオチはなんだ?」

「とくに無いな」

「無いのかよ!」

「さて、これからが本番だぞ」


 ニヤリと意味深に笑う円に寒気がした。


「光栄に思え朋。キミは選ばれた」

「…………生け贄か何かか」

「半分正解」

「半分は正解なのかよ」


 逃げたい衝動に駆られる俺を無視して円は立ち上がり、休憩室に隣接する研究室へ。

 何も言わないがついて来いってことだろうな……正直、嫌なんだけど。

 だってあそこ汚いもん。テーブルとか床に平気で危険な工具とかワケ分からん部品とか散らばってて怪我しそうだもん。

 円曰く『合理的かつ論理的法則によって配置している』らしいけど、端から見れば面倒で片付けてませんにしか見えないし。

 なので出入り口付近で話をしようと俺も立ち上がったが――


「なん……だと?」


 研究室が覗ける場所まで移動して驚愕する。

 やはり白い――はさておき、室内は片付いていた。以前はあまりの汚さと危険さに十秒も居られなかった部屋とは思えないほど綺麗になっている。


「つーか綺麗すぎじゃね?」


 そう、室内は整理整頓を超えた美しさ。危険な工具もワケ分からん部品も見当たらない。あるのは右側の白い机に置いているノートパソコンと、それにケーブルで繋がっている側面には人が入れそうなほどのタンク、更に太いケーブルで繋がっている中央の何か。

 何かとはそれが白い布が覆い尽くしているので見えないだけ、恐らく高さや大きさからしてベッドか?


「せっかくのお披露目だ。邪魔なモノは全て格納庫へ片付けている」


 円は地面を軽く蹴る。なるほど、以前はごちゃごちゃして見えなかったが床に扉のような取っ手がある。つまり下に格納庫があったのか。

 だが今はどうでもいい情報だ。

 なぜなら……円の言葉で理解した。お披露目という言葉、さっきのアンドロイド講座。

 そして、白い布で覆われた何かをベッドと連想した理由。ただ長方形の物体ならテーブルを連想したのにしなかったのは、中央に盛り上がる不自然な形がまるで人が横たわっているように見えたからだ。


「もしかして……完成した、のか?」


 円の夢――アンドロイドが。


 俺の問いに何も言わず円は微笑み、中央に鎮座する白い布を指さす。

 息を呑み、布へ手をかけて円へ目を向ければ頷かれて、俺は勢いよく布を引き払った。

 現れたのは予想通り白い肌、肌……肌?


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」


 我に返り悲鳴を上げ、すぐさま布で覆い隠していた。


「何をしている。ちゃんと見ろ」


 なのに円がまた引っぺがす。

 やはり見えたのは白い肌の人……もといアンドロイド(らしい)。女性型なのは、もともと円は美少女アンドロイドときゃっきゃうふふしたい残念な理由があるから当然だ。

 問題なのは何も身につけていない裸体だということだ。

 人間としか思えない見事な身体だけに役得……ではなく!


「見れるか!」


 いくら本物ではないにしても本物としか思えない女性の裸体に恥ずかしくて俺は布をひったくり再び隠した。


「せめて何か着させておけよ!」

「必要ないだろう」

「必要だよ! お前アンドロイドはより人に近いって言ったよなっ? ならこの子も恥ずかしいだろ!」


 裸見られて喜ぶ奴はいない……ハズ! それが若い女の子なら恥ずかしいのは当然で、なぜ円がそんな簡単な心理を理解できない?


「だから目覚める前に済ませておこうと裸体のまま見せている」

「済ませる?」

「私なりに忠実に再現はしたが、やはり第三者の意見は気になる。故に朋の目で彼女の肢体を観察してもらおうと――」

「出来るか! そもそも見たこともねぇのに観察なんて出来るか!」

「あるだろう。以前朋のパソコンに保存してあった――」

「ああいうのは大事なとこを絶妙に隠してんだよ!」

「そうなのか? ふむ、この陰部など精巧に再現できたと自負していたのだが――」


「だから布取るな!」


 なにこの子怖い! 男の俺に女性の身体を隅々まで確認させようとしてる!

 もちろん興味はありますよ? でも違うくね? いくらアンドロイドでも違うくね?

 こーゆーのは将来色々なアレとかソレとかでさ、少しずつ知っていくことで大人の階段のぼっていく儀式だよね? いや、隅々まで観察とかしないけどさ。


「やれやれ……これだから童貞は」

「うるせぇよ! つーか何で知ってんだよ!」

「いや、だって、地味」

「なんで心優しいゴーレム口調なんだよ地味も関係ないし!」

「安心、私、処女」

「だからなん……なにいきなり暴露してんのっ?」

「もちろん私のことだ」

「だから暴露しなくていいよ!」

「仕方ない……せめて肌の質感くらいは確認してくれ。これもまた見事と自負している」

「それくらいなら……」


 得意げに胸を(フラッツ)張る円は顔の部分だけ布をずらすので、ようやくハッキリと彼女アンドロイドを見ることが出来た。

 同時に違和感。現れたのは艶のある黒髪、切れ長な瞳に整った鼻筋、白雪のような肌とハイレベルな美少女に見覚えがある顔……つーかこれって


「なあ……このアンドロイド、お前の顔してんだけど」


 チャームポイントの左サイドの前髪をとめるヘアピンは無いが、まんま円だった。


「やはり朋はエロいな」

「なぜいきなりディスられたっ?」

「今さら気づくからだ。いったいどこを見て女性だと判断したのやら」

「…………」


 冷ややかな視線を向ける円に目を反らさずえない。

 え? どこで判断したって? んなのソコとアソコに決まってますが何か?

 でも仕方ないじゃん。咄嗟のことでもついソコとアソコに目が行くのは男の性っていうかさ、もちろん他も見ましたよ? ヘソとかヘソとかヘソとか……なんて言えない。


「しかし凄いな。似てるとかなんてレベルじゃない(キリッ)」

「逃げたか……まあいい。忠実に再現したと言っただろう」

「言ったけど……ん? ちょっと待て、お前たしか俺に観察させようとしたよな?」

「それがどうした」


 今さらなんだと呆れている円に俺はある事実に気づき息を呑む。


「んで、このアンドロイドは顔だけじゃなく全体をお前そっくりに再現してると」

「している。わざわざCTスキャナーで私の身体データを取り込み、出来る限りの部位を忠実に再現した」


 どや顔で肯定された。

 なにこの子もっと怖い! 自分の身体を忠実に再現したアンドロイドを俺に観察させようとしてた! いくら自分自身じゃないにしても恥ずかしくないのっ? ソコどころかアソコまで観察させて平気なのっ?

 いやいや落ち着け……どうせ俺のこと異性とか思ってないから平気なんだろう。

 冷静になるにつれ新たな疑問。こいつ忠実に再現したって言ってるくせに嘘ついてるし。


「…………」

「なんだ?」


 俺の視線に気づき訝しむ円。衣服越しでも分かるスレンダーな体つきとは裏腹に、アンドロイドは布に覆われても分かる小さな二つの膨らみ。

 だがツッこまないでいてやろう。円も女の子なんだ、見て見ぬふりが優しさだ。


「なんでもない」

「そうか。なら早く触れてみろ」


 優しさに気づかない円に急かされアンドロイドの頬に触れてみる。


「……凄いな。まるで本物だ」


 肌触り、弾力と区別がつかないレベルで伝わる感触。続いて髪にも触れてみるが、やはり作り物とは思えないほどサラサラだ。


「人工皮膚や髪は現代医学でも本物のそれと変わらんレベルだからな。しかし……私ではない私を触れられているようで奇妙な感覚だ」

「ああ、悪い」


 苦笑する円に慌ててアンドロイドから手を放す。あまりに気持ちいい感触だから夢中になってたけど、いくらアンドロイドでも女性、しかも円そっくりなら配慮が足りない。


「それにしても何でお前そっくりなんだ? たしかアンドロイドの香澄ちゃんを作りたいって言ってたろ」

「むろん最終目的は香澄ちゃんだが、残念なことにまだ私の理想とする香澄ちゃん像が完成していない。故にまずは手っ取り早く身体データを取れる自分を使ってみた」

「お前どんだけ香澄ちゃんに情熱燃やしてんだよ……」

「他にも理由はあるがいいだろう。それよりもどうだ? 彼女の誕生を見たくないか」


 円は自分そっくりなアンドロイドの顔に触れると微笑みかける。


「つまり動かすのか?」

「動かすに充分なエネルギーは用意できた。後は起動プログラムを打ち込むだけでいい」


 ベッドに繋がる妙なタンクにはそのエネルギーを蓄積しているらしく、更に繋がっているノートパソコンを操作することでこのアンドロイドは動くらしい。

 もちろん見たい、もし本当に動けば世紀の発明……いや、なにより円の夢が叶うんだ。

 でもだからこそ躊躇する。


「なら茜と光ちゃんも呼ぼう」


 同好会は俺と円だけじゃない、茜と光ちゃんの四人だ。しかも二人は俺よりも古株で円の夢を応援してきた。なのに俺だけが立ち会っていいわけがない。

 だから当然の主張なのに円は首を振った。


「それは出来ない」

「何でだよ? せっかくの瞬間だろ、みんなで迎えようぜ」


 記念日はみんなで迎えて、みんなで喜ぶものだ。二人も絶対に立ち会いたいハズなのに。


「……万が一ということもある」


 対し円は目を伏せ呟いた。

 そして心なしかアンドロイドに触れている手に呼応するように、声も震えている。

 もしかして緊張してるのか?

 いつも平然として、自信満々で、でも努力を怠らない円も、やはり自分の夢が叶うかどうか不安で、怖くて、一人で起動させたくなくて。

 失敗したら、なんて心配があって、みんなの前で起動させたくなくて俺を呼んだ。

 俺なら失敗を見られてもどうせ犬程度だから気にしない――じゃなくて、失敗した自分を見られても平気なほど心を許している。

 なんて、これは自惚れだな。うん、犬程度でいいや。


「じゃあ成功したら二人を呼んでビックリさせてやろうぜ」

「朋……すまない」

「おいおい謝ることでもないって。それに謝罪じゃなく感謝の言葉がいいぞ」


 いつになくナーバスな円を少しでも安心させようと笑って見せる。


「おめでとうって言葉に対する返答はな」

「そうか……ああ、そうだな。終わった後に、改めて」


 ぎこちないけど円も笑ってくれたから取りあえず上手くいったかな?

 ならもういいだろ。

 俺の意志が伝わったのか円は頷き机に座るとノートパソコンを開いた。

 カタカタとキーを叩くリズミカルな音は十秒と続かない。


「後はエンターキー一つで起動プログラムは作動する。成功すれば世紀の大発明だ」


 振り返りもせず、独り言のように呟く。

 成功もなにも円が失敗なんてするかっての。


「なら早く見せてくれよ。これ以上のオアズケは酷ってもんだ」

「……たしかに」


 ようやく顔を向けた円は気後れなくエンターキーを押した。

 世紀の大発明と言っておきながらよそ見して始めてるよ。ま、その方が円らしいか。

 とにかく、ついに円の夢が叶う。アンドロイドの開発、途方もない夢だけど信じれば、努力を続ければ叶うことを実践するのか。

 感慨深い気持ちで見守っているとタンクから物音、同時にベッドがうっすらと輝く。

 エネルギーが送られてるのか……原理はさっぱりだがSF映画みたいだ。

 続いてアンドロイドも白い輝きを帯び始めると、いよいよな期待感が沸いてきた。


「まずい」


 しかし端的な呟きと共にいきなり円はキーボードを叩き始める。


「どうしたんだ?」


 異様な雰囲気に近寄るとディスプレイにアルファベットや数字の羅列がとんでもない速さで打ち込まれていた。

 どんな意味があるか分からないけどヤバイって感じなのは理解できる。


「蓄積していたエネルギーが予定以上のスピードで送り込まれている。このままでは彼女のボディが保たない」

「はぁ? なんで」

「知らん。今わかることは、このままだと彼女が木っ端微塵になるくらいだ」


 ここに来て久々の木っ端微塵かよ! いや、それよりも――


「なら速く逃げなきゃだろ!」


 同じ木っ端微塵でもフィギュアの時とは規模が違う、人間大のサイズとそれを動かす膨大なエネルギー。ここにいれば間違いなく危険だ。


「逃げるならキミだけにしろ」


 なのに円はディスプレイから目を離さず言い放つ。


「私は制御プログラムを起動させなければならない」

「それどころじゃないだろっ? 木っ端微塵……いや、爆発するかもしれないんだぞ!」


 背後のアンドロイドから帯びる異様な輝きのせいで、もうディスプレイに何が映っているのか分からない。いよいよ爆発って言葉が現実を帯びてくる。

 それでも円は動かない、ディスプレイが見えなくてもブラインドタッチでプログラムを打ち続けている。


「……彼女を作るのにどれほど苦労したのか想像できるか? もし制御が出来れば彼女は動くかもしれない。これほどのエネルギーが行き渡っているんだ」


 だから意地になってるんだな……。

 組み上げた苦労を無駄にしたくないから、逃げたらお前は見捨てることになるから。


 だったら――こっちも腹をくくってやる。


「じゃあ最後まで付き合わないとな」


 背後からの光を出来るだけ遮るように円の背後に立つ。これだけ光が強いと関係ないかも知れないけど、少しでも何か協力したい気持ちで。


「……朋?」

「なにやってんだよ、急いでんだろ? 早くしろ」


 その行動に驚き手を止める円を焦らせないよう出来るだけ落ち着いて急かす。


「……すまない」

「だから謝罪じゃなくてお礼な。もちろん終わった後で」

「だな……いいだろう。これが終わったら何でも言ってやる」


 再びキーボードを打つ円の手はとんでもなく早い。ぶっちゃけ早すぎて壊れないかと、むしろそっちが心配だ。

 時間にして数秒か、でも何時間にも思える体感を遮ったのは円だった。


「――ダメだっ!」


 叫ぶと同時に円は椅子を蹴り倒し俺に飛びつく。

 不意の衝撃に耐えきれず俺の身体は円に覆い被されるよう床に倒された。

 部屋一面の白い輝き、まさか間に合わず俺を助ける為に――


「なにやってんだよ!」


 意図に気づいた瞬間、咄嗟に身体が動いた。円を抱きしめ光りの中心に背を向けるように身体を反転。

 でも不思議と落ち着いているのは、やっぱり円に限って失敗はないだろうという期待。

 こんな状況でも大丈夫って思える自分が何故か無性に嬉しくて。


 俺は意識を失った。


 ◇


 目を開けるとボンヤリ映る見慣れぬ天井。


 最初は自室と違う視界に違和感を覚えるも、病院を連想させる白さに俺の記憶が蘇る。

 そう、ラボでアンドロイドの機動に立ち会って、爆発する可能性から無我夢中で円を守ろうと抱きしめて。

 つまり本当に爆発して病院に運ばれた。怪我してるわりに痛みは感じないけど倦怠感が酷く、指一本動かすのも億劫なのは麻酔のせいだろうか?

 これは相当の大怪我か……でもま、死ななかっただけでも良しだろうと目を閉じる。

 同時に心配と後悔の気持ちがわき起こる。

 円は大丈夫だろうか? 怪我してなけりゃいいけど……。

 それにどうして俺はあの時、なにもしなかったんだ。意地張って……考えないようにしていたけど、円を危険にさらすくらいなら使えばよかった。


「くっ……そ」


 自分の不甲斐なさにうんざりだ。こうなったら、円が重体なら迷わず使ってやる。

 今の幸せを失うことになっても……。

 決意を固めると少しだけ気が楽になった。

 しかし……なんだろうね。病院のベッドってのは奇妙なもんだ。背中の感触は普通のベッドよりも寝心地が悪いのに、後頭部の感触……枕は最高に気持ちいい。

 柔らかくて、温かくて、良い匂いまでする。ヒーリング効果に特化してるのか。

 顔を埋めたらもっと気持ちいいとの欲求にあらがえず、うつぶせになろうと試みる。


「――ひぁ」


 ……なに今の? 妙に色っぽい声がしたんだけど。まさかボイス機能付きか?


「ふむ、目が覚めたと思えば本能のままに動くとは。さすが朋だ」

「…………は?」


 今度はハッキリと聞こえた声に目を開けた。


「しかし私の身体を堪能したところで満足できるか疑問だがな」


 まだぼんやりとしているが、それでも見える。天井ではなく声の主――円の顔が。


「なんで……? お前、平気なのか……? 怪我とか……」

「怪我? そんなものはない。ただまあ、平気かと言われれば返答しかねる。不思議と嫌ではないが……」

「なに言ってんの?」


 気のせいか円の顔が赤い。何というか恥じらってる感じで珍しい。

 ……ちょっと待て? ようやくハッキリしてきた視界で気づいたけど、ベッドに横たわる俺をのぞき込んでるにしては顔が近すぎません?

 いや、そもそもここはどこだ? 病院に運ばれた俺が目を覚ましたなら普通看護師とか呼んだりするだろ? なんで呑気に話してんだ?


「どうやら朋は勘違いしているようだが、ここは病院ではないぞ。ラボの休憩室だ」


 相変わらず口にしてないのに円が疑問に答えてくれた。


「そして現状を説明するなら、朋はソファで寝ながら膝枕をしている私の尻を触っている」

「今……なんつった?」

「だから目を覚ました朋は寝返りを打とうとして、いきなりソファと私の尻の間に左手をつっこみ触っている状況だ」


 そう言えば左手から伝わるフニフニとした感触、これは枕じゃなく円の尻で。

 良い匂いなのは膝枕をしている円の……。


「詳しい状況説明ありがとよ! そしてすまん!」


 ようやく自分の状況を理解して左手を抜き取りお礼と謝罪を告げた。何故こんなことになっているか分からないが、無意識とはいえなんてことしてんの俺?

 そして嬉しくも気恥ずかしいシチュエーションに耐えきれず身体を起こすも


「あ……え?」


 途端に襲われる目眩に耐えきれず再び円の膝へと頭を預けていた。


「いきなり起き上がるな。キミは半日近く眠っていたんだぞ、まだ休んでいろ」

「半日……?」

「ああ。外傷はないが何度声をかけても揺すっても起きないから心配したぞ」

「……わるい。でも、なんで膝枕なんだ」


 嫌ではないけど恥ずかしいし、ぶっちゃけ円のキャラでもないだろうに。


「寝ている間に悪い夢でも見ていたのか、キミがうなされていたんでな。そういう時は他人の温もりを感じると落ち着くモノだ」


 そう言いながら円が俺の髪を撫でる。気恥ずかしいけどたしかに落ち着く。


「じゃあ……お前ずっとこうして? 半日も……」

「一時間ほどだ。それ以前は色々と忙しくキミを看病する暇はなかった」

「それでもありがとな。ところで……その、結局……どうなった?」


 二人とも怪我がないのは朗報、しかし俺が寝ている間に何があったのか。

 これほど落ち着いているなら爆発はしなかったのか、それとも運良く助かったのか。

 円の夢はどうなったのか。


「詳しい話をする前に、まず見てほしい」


 問いかける俺の両頬に手を添え円は横を向かせた。

 テーブル越しの対面ソファが視界に入ると同時に目を丸くしてしまう。

 何故なら俺と同じくソファに横たわるのは白いワンピース姿の円――いや、円そっくりのアンドロイド。最後に見た微動だにしない人形ではなく、身体が微かに上下している。


「すぅ……すぅ……」


 耳を澄ませば上下運動に呼応するよう聞こえる寝息。つまり――


「彼女も先ほどまでキミを案じて起きていたが、待ちきれず眠ってしまった」


 俺の予想を肯定するように円が告げた。


「彼女は目覚めた。成功……したんだ」


 視線を円に戻すと頷かれて、安堵と同時に嬉しさがこみ上げる。

 円の夢は叶った。あれから何があったか分からないが、本当にアンドロイドを完成させた。まるで自分のことのように嬉しい。嬉しいのに……上手く言葉が出ない。

 だってようやく夢が叶ったのに円の表情は普段通りで、達成感がまるでない。

 どうしてもっと喜ばないのか、ただ気になる俺に円は小さく息を吐き


「朋……彼女のことで二つほど頼みがある」

  

みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ