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エスパーの誘惑

アクセスありがとうございます!



 ゴールデンウィークも明日を残すのみ。


 今日は朝から円に付き合い自転車を走らせて町を回り、午後から茜の正義活動(別名ボランティア)に付き合うハードなスケジュールをこなして夕方に帰宅。

 ぶっちゃけノドが痛い。あいつらと来たらツッコミしてくれと言わんばかりの言動や行動、真面目で律儀な俺は全てにツッコミを続けたので無理もない。

 今日は早めに休むため、夕食とのど飴を買いにコンビニへ行く用意をしていればインターホンが鳴った。


「トモ先輩! こんばんは!」


 出てみれば光ちゃんが笑顔で手を上げていた。しかも背中には大きなリュック。


「うん、こんばんは。どうしたの? こんな時間に」

「ふっふー! 今日はお友達と双葉町へ行ってきたの!」


 俺の問いに光ちゃんは嬉しそうにブイサイン。

 でもわざわざそんなを報告しに来たわけでもないと口を挟まず待てば、光ちゃんはリュックに手を入れた。


「そこでわたしはエスパーになる画期的なアイテムを見つけちゃいました!」


 意気揚々と光ちゃんがリュックから取り出したのはパソコン用ゲームソフトなのだが


「『超能力者育成ゲーム』? なにこれ」

「だからー、エスパーになれちゃうゲームなの!」


 目をキラッキラさせる光ちゃんからソフトを受け取り、パッケージに目を通す。

 プレイヤーキャラ『えすぱーくん』を操作して様々なゲームにチャレンジ、超能力に必要な直感や集中力を鍛えていく内容。RPG要素も含まれているのかえすぱーくんにはレベルがあり、レベルが九九九になると超能力に目覚めるかもしれないと書かれていた。

 ……うさんくせぇ。そもそもレベル九九九は高すぎないか? つーか『かもしれない』って逃げじゃん。キャッチコピーも『ゲームをして超能力者になれる! ――かもしれない』って書いてるし。


「わたしゲームとか興味なかったけど、ゲーム好きのお友達に付き合ってゲームショップに寄ったら売ってたの! しかもなんとお値段が新品で三〇〇円と格安!」


 …………ますますうさんくせぇ。それ売れないからワゴンセールにしただけだろ?


「凄いよね! まさに科学技術の結晶ではないかとわたしは思いました!」


 でも純粋な光ちゃんは全く疑っていない。なら水を差すのも悪いか。


「そうだね。ところでこのゲームがどうしたの?」

「わたしのお家パソコンがないんです。だからトモ先輩のパソコンでやらせてもらえないかなって来ちゃいました」

「なるほど。別に良いよ」


 会員同士協力するのは当然、なにより可愛い光ちゃんのお願いなら断る理由はない。


「やったぁ! トモ先輩、ありがとうございまっす!」


 うんうん、ちゃんとお礼の言える光ちゃんはとっても良い子だ。

 円と茜のお陰でたまっていた疲労が光ちゃんの笑顔に癒やされつつ家へ上げた。

 この家は玄関からまっすぐ伸びる廊下の左手に六畳の洋室、右手に浴室とトイレ。廊下を抜けて八畳のリビング兼台所、奥に五畳の洋室と和室が一部屋ずつ。

 まあ一人暮らしなので実質使っているのは玄関近くの私室と飯を食べるのにリビングのみ。

 奥部屋は姉貴や、同好会の合宿という名のお泊まり会で三人が使用するくらい。

 なので私物のほとんどは私室にあるのでそこに入る。


「トモ先輩のお部屋っていっつも綺麗だよね」


 ベッドと大きな本棚、勉強机とテーブルに座椅子が一つ。あまり荷物がないから散らかる要素がないのもあるが、姉貴が抜き打ちで来るから綺麗にしてないと怒られるのでマメに掃除をしているってのもある。


「用意するから座ってて」

「りょーかいでっす!」


 ちょこんとテーブル前に正座する光ちゃんを尻目に俺は勉強机に置いてあるノートパソコンを開く。


「あ、用意ってエッチい画像を隠すの?」


 バタン――っ!


「ななななんのことかなぁっ?」


 光ちゃんの問いかけに瞬時にノーパソを閉じて振り返る。


「トモ先輩のお家に来る前に円さんのお家にも寄ったんですよ。円さんパソコンいっぱい持ってるから」

「ああ……持ってるね」


 なんせアンドロイドを作ろうとしてるんだから、円はラボにノーパソ三台と無駄にでかいデスクトップを二台所持している。しかし何故そこから今の質問が?


「でも研究に使うから無理って断られちゃって。じゃあトモ先輩にお願いしようって言ったら、円さんにそう聞いてみろって」


 あの野郎! どおりで光ちゃんらしからぬ質問だと驚いたじゃないか!


「あれ? じゃあトモ先輩のパソコンにはエッチい画像があるの?」

「ないよっ?」


 いやマジで! 一度姉貴が勝手に起動して見つかって以来、それ系は写真集とかで我慢してるし! それもバレないように引き出しの二重底に隠してるから!


「だよねー。トモ先輩はエッチな人じゃないもん」


 おおう……光ちゃんの信頼が胸に痛いぜ。でもこれは男の性だから仕方がないんだ。


「あれ? じゃあ用意ってなんなの?」

「うーん……まあ、いいか」


 変な誤解を招いてはたまらないと俺は電源コードを抜いたノーパソをテーブルに移動。

 開いてパスワードを入力すると


「あ、この画面って去年の」


 デスクトップ画面を見た光ちゃんが懐かしむ。

 そう、これは俺が去年神山高校に転校して同好会に入ったときに撮った記念写真。いつもの空き教室で左から光ちゃん、俺、円、茜と四人で並んだ写真を取り込んで普段から画面に使っている。

 これを見られるのが何か気恥ずかしくて変えようとしたんだけど


「なんだか嬉しいな~。トモ先輩がわたしたちのこと大切にしてくれてるみたいで」


 嬉しそうに微笑む光ちゃんを見れたから、まあいいか。


「じゃあインストールするからゲーム貸して」

「りょーかいでっす!」


 でも気恥ずかしいから話題を変えてゲームの箱を受け取り開けるとディスクが一枚、ぺらっぺらな解説書、そして細長い黒の布袋。

 布袋にはちっちゃい鎖に繋がった水晶のペンダントが入っていた。といっても水晶を模したガラス球なのだが。


「水晶には不思議な力が宿ってるもんね。さすが超能力開発ゲームはわかってます」


 全く気づかず嬉々としてペンダントを身につける光ちゃんに無粋なツッこみはせず、俺はディスクをセット。確認してなかったけどスペックは問題ないようでインストール画面が立ち上がりひとまず安心。指示に従いオーケーをクリックすると時間が表示された。


「完了まで一五分か……結構あるな」


 一仕事終えると腹が鳴る。そういや夕食買いに行こうとしてたんだ。


「光ちゃん。ちょっと夕食買いにコンビニ行ってくるけど何かいる?」

「ふっふ~! それでしたら心配無用です!」


 光ちゃんはリュックを引き寄せごそごそ、出てきたのは大きな包みで開けると三段重箱。


「パソコン使わせてもらうお礼に作ってきました」

「え? 光ちゃんが作ったの?」

「お家でよくお婆ちゃんのお手伝いしてますから、けっこう得意なんだよ」


 ちなみに光ちゃんと茜は両親とは別暮らしで、今は祖父母と住んでいる。なんでも仕事で忙しいからとは聞いていた。

 それはさておき光ちゃんは自信満々に蓋を開ける。一段目は煮物やポテトサラダ、焼き魚と渋いチョイス。二段目は玉子焼きやたこさんウィンナー、唐揚げなど定番メニュー。三段目はおにぎりがびっしり。


「どうでしょうっ?」


 胸を(ぽよよん)張る光ちゃんに俺は素直に感心した。正直どんな残念料理が出てくるのか不安だったけどまともだ。いや、まともどころか盛りつけも綺麗で食欲をそそる。

 そして台所から箸と取り皿を持ってきてくれた光ちゃんと一緒に食べれば味も完璧、めちゃくちゃ美味しいから量が多くても全部食べきっていた。


「いやーホント美味しかったよ。光ちゃん料理得意なんだね」

「だから言ったじゃないですかー。はい、お茶どうぞ」

「ありがとう。じゃあお返ししないとね」


 お腹も満たされた俺はノーパソを用意、ゲームを立ち上げて光ちゃんの前へ。


「これがエスパーになれるゲーム!」


 わくわくと画面を見詰める光ちゃん。黒のバックに超能力者育成ゲームのタイトル、後はENTERの文字とシンプルなモノ。


「トモ先輩、どうやって始めるの?」

「ENTERキーを押せって書いてるけど……光ちゃん、パソコン使ったことある?」

「ありません。お家にもパソコン無いって言ったじゃないですか」


 家になくとも今時なら触ってると思ったんだが、その辺は田舎だからか? でもま、弁当のお礼もかねてサポートしてあげないと。

 初心者ならマウスの方が使いやすいと外付けのマウスを用意。後はやりながら教えた方がいいだろう。


「取りあえず画面に出てるのと同じキーを押して」


 指示通り人差し指でパチンと押せば画面が切り替わり名前入力画面に。どうやらえすぱーくんは仮キャラで、名前だけでなく性別も決められるらしい。

 光ちゃんはまんま『ヒカリ』と名付けて性別は女にした。


「それではエスパーヒカリの冒険、しゅっぱーつ!」


 まあRPG要素があるから冒険も間違いじゃないけど、とにかくゲームスタート。


 ――伝説の勇者の血を受け継ぎしヒカリよ。


 あれ? まんま冒険モノの入りじゃん。つーか勇者って、これエスパー育成だろ。


 ――あ、間違えた。伝説のエスパーの血を受け継ぎしヒカリよ。


「なら直せよ!」


 伝わらないと分かっていてもツッこまずにはいられなかった。なにこの適当な入り?


 ――まあまあ。一度作ったプログラムは直すの面倒なんだよ?


「しらねぇよ! そこはプロとして仕事しろよ!」


 ――固いこと言わないの。どーせこのゲーム売れないって、ならせめてイタゲーかクソゲーでちょっと話題にあげられた方がよくない?


「制作段階でなに諦めてんだよ! 寂しい話題作り狙わず頑張れよ!」


 ――ぷぷぷ、ゲームに話しかけてて楽しいですか(笑)。


「楽しくねぇよ!」


 ――うむ。さすがはこのゲームを手に取りし者。プログラムを先読みした見事な直感力という名のツッコミ力、第一関門突破といったところか。


「なんだよツッコミ力って! つーか無駄に上から目線がムカつく!」


「うぅ……ヒカリちゃんの冒険なのにトモ先輩が進めてる……」

「しまったぁっ! ツッコミどころ満載すぎて光ちゃんのこと忘れてた!」

「でもさすがトモ先輩。エスパーの才能あるんだね」

「ま、まあね。それより邪魔してごめん、光ちゃん進めて」


 今は光ちゃんの特訓だ、俺は静かにサポートに徹さないと。

 その後、伝説のエスパーの血を受け継ぎしヒカリの目的が伝説のスプーンを手に入れる為だったり、手に入れるには九九九階層のバビルの塔を攻略しなければいけなかったり、ゲーム画面がドラゴンをクエストするゲーム(初期)まんまだったり、戦闘コマンドが『たたかう』『まほう』『ぼうぎょ』『にげる』ではなく『カード』『ジャンケン』『クイズ』『ランダム』の項目から選んで敵とゲーム勝負になるというRPGにパーティーゲームの要素を盛り込んだ内容とツッコミどころが満載なのも俺は我慢した。

 これで九九九階層とか何十時間かかるんだよ……。


「今回のカードは真剣衰弱ですか! ふっふー透視は毎日練習してるから負けないよ!」


 でもま、光ちゃんが楽しそうだからいいか。


 ◇


「光ちゃん。そろそろ帰らないと」


 気づけば八時、明日まで休みといえどさすがに遅い時間。

 まだ一階層をクリアしたばかりだけど貸しても良いし、弁当のお礼に。


「どうして? ちゃんとお泊まりするって言ってきたから平気だよ」


 …………はい?


「だから今日はたくさん特訓します。あ、でもそろそろお風呂に入らないと。わたし準備してくる」


 光ちゃんはニコニコと浴室へ。

 つまり光ちゃんは今日ここにお泊まりするから帰らなくていい。

 明日も休みだから夜更かしでゲームが出来る。

 なるほど、問題ないね。


 とでも思ったか!


「いやいやいやいや! 光ちゃん泊まるってどういうこと?」

「ほえ? 迷惑ですか」

「迷惑とかないけども! それはマズいよねっ? だって俺一人暮らしだよ? お家の人に怒られちゃうから!」

「だからトモ先輩のお家に行くって連絡入れました。お婆ちゃんにはお世話になるんだからお家のこと手伝いしなさいって言われてます」


 ちゃんと連絡してるならいいのか……いや良くないだろ!


「光ちゃん! 茜は来ないの?」

「来ませんよ。今日はトモ先輩と仲良くしなさいって」

「さすがは茜だ! 常識がねぇ!」

「トモ先輩、お風呂先にどうぞ」

「光ちゃんが準備したんだから先でいいよ(きりっ)」

「そうですか? では遠慮なく失礼しまーす」


 着替えを手に再び浴室へ向かう光ちゃんを見送り耳を澄ます。浴室のドアが閉まる音が聞こえると俺はスマホを用意。

 泊まる気満々の光ちゃんを追い返せないなら、倫理的にマシな方向へ持っていくしかない。となると円だ。ここから近いし残念だがそこそこ常識がある。


「すみません今日お暇でしょうかお暇でしたらぜひお泊まりに来てください」

『……なにをバカなことを言ってるんだキミは』


 通話が繋がるなりまくし立ててしまい、受話器越しに呆れた声。

 いかんいかん、冷静さを失っていた。これじゃあ一人暮らしの家に女を誘う勘違い野郎だ、いくら円でも警戒する。


「勘違いするな。実は今、光ちゃんが来ててさ」


 落ち着いて円に事情を説明――


『――つまり、光が宿泊することになったが倫理的な問題から私を巻き込もうと』

「巻き込むって……まあそうなるかもだけど……ダメか?」

『ダメ以前に三つほど指摘させてもらう。まず一つ目、光は祖父母の了解を得て宿泊するのだろう。保護者がいいと了承しているのに倫理的に問題があるのか?』

「いや、それでも周囲の視線とかが……」

『この町の住民がそのようなことを気にするとは思えんがな。二つ目、キミは光が単独で宿泊したら倫理的に問題がある行為をするつもりなのか?』

「んなわけ無いだろ」

『だろうな。故に神明寺の祖父母も宿泊を許可し、光も警戒せずそこにいる』

「…………」

『言っておくが神明寺の祖父母はそれなりに厳格な方々であり、光は貞操概念が欠如しているようなバカでもない。それほど朋は信頼されているんだ。ここまでの会話を踏まえた上で尋ねる、今キミが置かれいる状況に何か問題があるのか?』


 ない……のか? 別に保護者に隠れて悪いことしてるわけじゃないし、俺も光ちゃんを泣かすようなことは絶対にしない、つーかするくらいなら死ぬ。


『ようやく冷静になれたようだな。まあ光の信頼を裏切る自信があるなら、そちらに行ってやってもいいが』

「お前その言い方反則な。いいよ、忙しいのに邪魔して悪かった」

『まったくだ』


 苦笑交じりの円の声を最後に通話終了。

 ん? そういや指摘三つなのに一つ足りなかった……まあいいか。

 本当にさっきまでの俺はなに焦ってたんだろうね。シチュエーションに飲まれすぎだ。


「お先でしたトモ先輩。いいお湯だったよ」

 ちょうど光ちゃんが入浴終了。黄色の生地にスプーン柄と個性的なパジャマ。

 変な意識をしたままなら湯上がりの光ちゃんにソワソワしたかもだけど、円のお陰で今は純粋に可愛いく見える。


「それはなにより。じゃあ俺ももらうね」

 平常心を取り戻した俺は余裕の笑みで浴室へ。うーん、光ちゃんの入った後のお風呂とかドキドキするじゃないか。いや、これは思春期特有の性で仕方ないことだから。

 早速決壊しかけた平常心を服を脱ぎつつ補修、このままだと湯を飲む変態になりかねん。


「もちろん冗談だぜ。ははは」


 いったい誰に言い訳してんだろう…………ね?


 脱いだ服を脱衣カゴに入れようとした俺の目に鮮やかな黄色が写る。それは三角形を模した小さな生地とメロン袋が二つ…………ううん、違うね。これは光ちゃんがさっきまで身につけてた下着。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」


 初めて見る女性の下着(脱ぎたて)に持ち直した平常心が呆気なく崩壊。


「どうしたのトモ先輩っ?」


「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ――――っ!」


 更に乙女のような悲鳴に優しい光ちゃんは心配して駆けつけてくれたが、すっぽんぽろんな姿を見られて二度目の悲鳴。


「もしかしてゴキブリですか? ならわたしが退治してあげる!」


 にも関わらず光ちゃんは平気で勘違い。しかも浴室の前を陣取ってしまい逃げられずタオルで俺の俺を隠し――


「違うよ! ゴキブリじゃないから! つーか光ちゃん脱いだもの置きっぱ!」

「トモ先輩の服と一緒にお洗濯しようと思ったんだけど、ダメだった?」

「なら洗濯機に入れましょうよ! そもそも恥ずかしくないのっ? 下着放置とか! なにより俺いま全裸なんですよっ?」

「ほえ? だってただの下着だし。それにおにいがお風呂上がりいつも裸でウロウロしてるから慣れてるけど」

「あの露出狂バカで耐性できてるんですね! でも俺は出来てないから!」

「あ、そうだ。トモ先輩、写メ撮っていい?」

「なにゆえっ?」

「ほら、以前円さんからトモ先輩のフィギュアをもらったでしょ。でもあれって見たことないから不完全だって。だから完璧なの作ってもらおうと」

「つまり俺の裸体写メを円に見せるとっ?」

「はい! ではトモ先輩、一たす一は?」

「もちろんニッ……じゃないから! ポーズとか取らないから!」

「む~ケチ。まあいいや」


 光ちゃんは諦めて脱衣所から出ようとするが、さり気なく脱衣カゴの中身を洗濯機へ。


「トモ先輩の……エッチ」


 最後に少しだけ頬を染め、舌をペロリと出してドアを閉めた。

 ……何かもうダメだ。倫理とか関係なくこのままだと精神が削られる。


 とにかくさっさと風呂に入って救援を呼ぼう。


 ◇


「――すんません助けてください」

『私は忙しいと言ったハズだが』


 風呂上がり脱衣所で円に連絡を取った。もちろん先ほどのやり取りの後だから不機嫌丸出し、まあ無理もないがこちらも引けない。


「忙しいのは分かってるが頼む。いや倫理とか関係なくてね、やっぱ女の子と二人ってのは男の神経がすり減るというかアレがナニしてああなるというか……」

『理解に苦しむ……』

「とにかく泊まりに来てくれ。ほら、三人で親睦を深める的な?」


 同時に俺を助けて一石二鳥的な?


『親睦か……どのような親睦を深めたいかは知らんが』

「普通の親睦だよ」

『ならば尚更、私が光の邪魔をするわけにはいかんだろう。先ほどの指摘だ、キミは本当に光がただゲームをやりにそこへ来たと思うのか』

「……どういうことだよ」


 つーかさっき言い忘れてた三つ目を今さら言うのか。


『言ってしまえば光は私のところには来ていない』

「は? でも光ちゃんお前のとこに寄ったって……そこでいらん助言をしたらしいな」

『朋のパソコンに隠されているエロ画像はヘソを中心としたモノばかりだと?』

「なんで知ってんだよ! つーかもう消してるよ!」

『しかしな、それは以前そちらにお邪魔した時の話だ』

「なんだと?」

『考えてもみろ。先ほど光が弁当を作ってきたと言っていたが、なぜ最初に私の家へ来るつもりでそのようなモノを用意する必要がある』


 言われてみれば……円は両親と一緒だから飯作ってくる必要はない。

 なら円に断られて一度戻って作った? いや、あんな手の込んだ弁当をそんな短時間で作れるとは思えない。

 そもそも円は光ちゃんが来ていないと言ってんだから考えるまでもないのか。最初からここに来るつもりなら弁当用意しても無駄にならないし。

 ただ腑に落ちないのはどうして光ちゃんがそんな嘘をついているのかだ。


『簡単な話だ。光が嘘をついてまで朋と二人で話をしたいのだろう』

「俺いま口に出して無かったよな」

『朋の考えることくらい予想できる。なんせ地味だ』

「地味関係ないし地味に傷つくぞ……ん? 光ちゃんが俺と二人で話したい?」


 そんなの同好会でいつも出来るのに、わざわざ嘘つくのか?


『同好会ではいつ誰が来るか分からないだろう』

「んで、お前はまた俺の考えを当ててるし……にしたって、なんの話がしたいのかね。もちろん光ちゃんとならどんなことでも大歓迎だけど」

『親睦と言っただろう。我が同好会で朋だけが光の夢について知らん』

「…………」

『仲間外れは寂しい。特に光は寂しがり屋だ、ここまで言えばもう分かるな』

「……ああ、悪かった。もう邪魔しねーから」


 返事はなく通話が切れた。

 まあ当然か。俺が話すのは円じゃない、光ちゃんだ。


「湯加減どうでした、トモ先輩」


 部屋に戻るとノーパソの画面から視線を外して笑顔を向けてくる。


「気持ちよかったよ」

「よかった。じゃあわたしはお洗濯してくる」


 入れ替わりに脱衣所へ向かう光ちゃんを見送り一息つく。

 さて、どうしたもんか。話すのはいいとしても、いきなり『光ちゃんはどうしてエスパーになりたいの?』って訊くのは唐突だし。 

 とっかかりに悩んでいる間に戻ってきた光ちゃんの両手にはコップが握られていて、一つを俺に渡してくれた。


「勝手に冷蔵庫開けちゃいました。でもお風呂上がりはちゃんと水分補給ね」

「ありがとう」

「どういたしまして。と言ってもトモ先輩のお茶だけど」


 ニコニコと自分のお茶を飲む光ちゃんに習って俺も一口。ほどよく冷えた水分が温まった身体に染み渡る、実に美味い。

 しかし夢うんぬんを差し引いても俺は光ちゃんのことを知らないと改めて痛感した。

 明るくて可愛くて純粋な光ちゃん。でも円が言うには寂しがりらしく、家事も出来て気が利く子。


「光ちゃんはいいお嫁さんになれるよ」


 甘えん坊な妹だった認識から修正された素直なイメージをつい口にしていた……んだが、それを聞いた光ちゃんはぱちくりさせた瞳で俺を見ている。

 ああ、ちょっとクサい台詞だったかな? でも間違いなく光ちゃんはいいお嫁さんになれると思う。まあエスパー志願はアレだけど料理も上手いし――


「どうしてトモ先輩が知ってるのっ?」


 などと想像している俺の思考がぶっ飛ぶくらい大声で光ちゃんが叫んだ。

 どうしても何も見てれば誰でも……あれ? 何かおかしくないか? 知ってると聞き返すなら光ちゃんは自分でいいお嫁さんになれると自負してるってことで、自惚れてるみたいだ。間違ってないけどちょっと意外。


「まさか円さんから聞いたとかっ? それともおにいっ?」


 疑問に思っていると光ちゃんは必死で俺の肩を掴んで問い詰める。


「二人に聞いたって何の話?」


 思ったまま返せば間を一拍置いて


「わたしがエスパーになりたい理由だよ!」


「…………」


 その主張に少しばかり混乱。なるほど、どうやら光ちゃんは勘違いしているようだ。


「オーケー。光ちゃん、まずは落ち着こうか」

「ふえ?」


 取りあえず興奮気味の光ちゃんの頭を優しく撫でるとキョトンと首を傾げられた。

 そして勘違いを正すと同時に俺の予想が勘違いではないことを確認することに。


「最初に言っておくけど俺は円や茜に光ちゃんがエスパーになりたい理由は聞いてない」

「で、でもトモ先輩いいお嫁さんにって……」

「言ったね。でもそれは今日の光ちゃんを見てて純粋に思っただけ」

「じゃあ褒めてくれたの? そっか……えへへ」

「納得してくれてよかった。じゃあ訊くけど……もしかして光ちゃんがエスパーになりたいのはいいお嫁さんになりたいから?」

「どうしてトモ先輩が知ってるの! まさかエスパーに覚醒して心を読んだ――」

「うん読んでないよ。覚醒もしてないよ。さっき光ちゃんが自分で言ったんだよ」


 勘違いを正してまた勘違いの光ちゃんに努めて冷静に返す。


「それを踏まえてもう一度いってみよう。光ちゃんがエスパーになりたいのはいいお嫁さんになりたいから。YESorNO?」

「YES」


 つい英語で確認してしまうも光ちゃんは律儀に英語で返してくれた。

 なるほど、俺の予想は勘違いじゃなかったのか。つまり何度も言うようだが光ちゃんがエスパーになりたいのは、いいお嫁さんになりたいから。

 そっかそっか。偶然だけどちゃんと聞けたぞ、ナイス俺。


「――じゃなくてねっ? どういうことっ?」


 あまりにもぶっ飛んだ理由に我慢できずいつもの調子でツッこんでいた。

 だってそうだろ? なんでいいお嫁さんになるからエスパーなんだっ? いつから花嫁修業にエスパーなんて科目が存在したんだよ!


「わたしは素敵なお嫁さんになりたいからエスパーになるんです」

「だからなんでそーなるんですっ?」

「あれ? トモ先輩もしかして知らないの? わたしがエスパーになりたい理由」

「素敵なお嫁さんになるってくらいしかね! だから是非詳しく!」


 いったいどんな紆余曲折と残念な理由でこの二つが結びつくか、俄然興味がわいてくる。

 なのに光ちゃんはふいっと顔を逸らしてしまった。


「教えてあげない。トモ先輩……イジワルだから」


 更には頬をぷくーと膨らませる。

 俺がイジワル……まあ普段からちょっとしたイジワルしてるけど、それは光ちゃんが可愛いからで、愛情の裏返し的なモノなんだけど。


「円さんやおにいと違ってトモ先輩と学年違うけど、一番お喋りしてるのはわたしだもん」


 でも俺はまたまた勘違いしていたようで、光ちゃんはチラチラとこちらに視線を向けつつ教えてくれた。


「なのに円さんやおにいのことは知ろうとしてて、わたしのことは全然知ろうとしてくれなかった……ちょっと悔しい」


 円が言ってたな、仲間外れは寂しいって。光ちゃんは寂しがりって。

 何となくでも円に訊いて、妙な流れでも茜のことを知ったのに、いつまでも光ちゃんの夢について知ろうとしなかった。

 そうか……俺にその気が無くても光ちゃんには無関心に思われて、怒ってるんだ。


「……ごめん」


 言い訳せず俺は素直に謝罪した。


「じゃあトモ先輩はわたしのこと知りたい? もっと仲良しになりたいと思ってる?」

「もちろん。俺は光ちゃんともっともっと仲良くなりたい」

「なら一つだけお願いしていいですか」


 ようやく顔を向けてくれた光ちゃんは真面目な顔をしていて。


「トモ先輩のこと、わたしには何も話さないでください」


 意外なお願いをしてきた。


「代わりにわたしがエスパーになったら、トモ先輩の心を読んじゃっていいですか?」


 そして笑って問いかける。

 なるほど、円も茜も感じ取ってたみたいだし、きっと俺が自分のことを話したがらないからって光ちゃんなりに気遣ってくれてるんだな。

 更に予告するのは俺の気持ちを汲んでくれてるから。やっぱり光ちゃんは良い子だ。

 なら俺の答えは一つ。


「それはダメ」

「ほえ?」


 お返しにと笑って、でも首を振って拒否。まさか断られると思わなかった光ちゃんは驚いてる。


「だって仲良くなるなら必要ないことだよ。俺と光ちゃんが今よりもっと仲良くなれば、お互いのこと色々と知れるから。そりゃあ心の内全部じゃないけどね」


 だからちゃんと俺の考えてること、少しでも知ってもらうために本音を告げる。


「なんて、心の内を全部読まれるのがちょっと恥ずかしいってのもあるけど」


 知られたくないけど、知ってもらいたい気持ちはあることを勘違いされないように。

 まあ逃げと言われれば否定できないけど。

 でも俺の話を聞いた光ちゃんは目をぱちくりさせて、少しだけイタズラっぽく


「だったらわたしは円さんやおにいより、いっぱいトモ先輩のこと知っちゃいます」


 とても嬉しいことを言ってくれた。


「その為に今日はいっぱいお喋りしましょうね」


 もちろん答えはYESだ。


 ◇


 程なくして光ちゃんはおねむに。まだ十時でも普段から早寝早起きを心がけているらしいから当然、それに今日は双葉町へ行ったり慣れないゲームをしたりで疲れているんだろう。

 これからもたくさん話は出来るし無理せず就寝することにしたのだが


「でもこればっかりはダメじゃないかなっ?」

「トモ先輩元気ですね。眠くないの?」


 焦りまくりの俺にも光ちゃんはマイペース、眠いだけだろうけど問題はそこじゃない。

 寝るなら布団を引く、だから奥の客間に用意したのに戻って来れば光ちゃんは俺のベッドに潜り込んでいた。

 もしかしてベッドで寝たいのかと最初は思ったさ。だから譲ってあげるつもりでいたのに、さあ一緒に寝ましょうときたもんだ。どう考えてもダメだろ?


「むぅ……トモ先輩のウソつき。今日はいっぱいお喋りするって約束したのに」

「でも寝るならお喋りはできないよね? なら一緒に寝る必要ないよね?」

「トモ先輩は鬼畜決定」

「なんでっ?」


 ここにきての鬼畜呼ばわり。いったい俺が何をした? むしろ紳士的な対応だろ。

 そんな疑問も布団から顔を出す光ちゃんによって解消。


「いつも寝てる部屋なら平気だけど……ちょっと怖くて」


 つまり寂しがりで怖がりだから慣れない場所に一人で寝たくないと。


「それにぬいぐるみが無いから落ち着かなくてですね……」


 どこまでも可愛い理由だ。約束とか全然関係ないけど可愛いは正義、許せる。

 だからと言って一緒に寝るとでも思うか? 紳士な俺が。


「仕方ないな。光ちゃんが寝るまで一緒にいてあげるよ」


 これぞ紳士な対応、怖いなら付き添ってあげればいい。惜しいと言えば惜しいけど。


「じゃあ……お願いします」


 少しだけ光ちゃんの可愛い寝顔が見れるなら充分だ。

 怖くないように電気を豆球にしてベッドの脇に腰掛ける。すると光ちゃんは安心するように微笑んで目を閉じた。

 よっぽど我慢してたのかすぐに寝息が聞こえてくる。薄暗い中に見える可愛い寝顔に満足した俺は起こさないように立ち上がった。


 立ち上がれなかった。


 それどころか光ちゃんに抱きつかれ、ベッドに横たわっている。

 一瞬だ、立ち上がろうとした俺の腕を背後から掴まれ気づけばこの状態。普段からぬいぐるみを抱いて寝ているのか、そのクセで近くのモノに抱きついたのだろう。


「光ちゃーん! 起きてくださーい!」


 とにかくヤバイと起こしてみるが起きない。なんて深い眠りだ。


「むふふ……」


 しかも声をかければかけるほどきつく抱きしめられ頬をすりすりしてくる始末。

 きっと世の男ども誰もが羨ましいと思うだろう?

 だがな、紳士な俺には生殺しだよ!

 それに鼻腔をくすぐる甘い香り、蕩けそうな寝息、柔らかい色々……理性がやばい。


 こうなったら……すべきことは一つ。


(へい茜! キレてる、キレてるぜ!)


 どこまでも紳士な俺は脳内で茜のマッチョを想像してひたすら絶賛し続けた。


 ◇


 翌朝、俺に抱きついたままなのに全く動じず目を覚ました光ちゃんと簡単な朝食を摂り、昼までゲームを楽しんだ。

 そしてまたお泊まりに来ますと帰宅する光ちゃんを笑顔で見送り、近々ぬいぐるみを購入しておこうと誓ったところで俺の意識は途切れ、連休最終日を寝て過ごすことに。

 それはもう登校時間までグッスリと。


 ……玄関でな。


 ◇


 とまあ残念なメンバーと残念だが俺にとっては楽しい時間。

 これからもずっと続けば良い……なんて俺の夢は、叶わなかった。


 それはメンバーの一人の夢が叶ってしまったことによって。

このように朋と仲間たちの交友がメインなのでヒューマンドラマかなと……言い訳しています。

そしてシリアスな終わりですが次回も変わらずなテンションとノリなのでご安心を。


みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

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