サイドストーリー:魔王の娘は彼を想う。Q.歴史に残る彼は、その後どこへ消えてしまったのか。
「魔王様、英雄テンシアン・ロマギア……シアン・アーストの所在は未だわからないのですか」
魔王の前で跪く一人、魔族の女はシアンの捜索について進捗を問いただしていた。
「あぁ、あの者は死ぬことが出来ぬ身である。故に心配には及ばないが、どこで何をしているのかは未だ不明だ。これほどまでに痕跡が残っていないとなると、もうこの世界にはいないかもしれぬが……この世界に生きる誰にも別れを告げずにいなくなる青年ではなかったはずだ。何かあったとみるのが妥当だが、やはり心配か?」
「私はシアンにこの身を捧げると誓った。私はあの人の元へと行かねばならないのです。たとえ異性として求められていないとしても、私は侍るだけでいいのです。側にいたいのです」
「そうだな。お前は、我が娘として産まれながら、魔女としての才を得なかった。この世界に縛られない魔族、唯一無二、自由の種族となった。お前とあの者にどのような逢瀬があったのか知る由はないが、儂はお前が幸福でいるならば何も言うことはない。だが、未だ彼についての手がかりはない」
「そうですか……」
女は立ち去り、魔王は苦心に暮れた。
(……あれから、数百年。この大地に、捜索の手が入っていない場所はない。それでも彼はどこにもいなかった)
「シアン、どこに行ったの……」
魔王の娘クインシーナ、本名はレルシーナ。愛称はレルシー。
魔族の中では比較的若い。現在、人間の年齢で言うと21歳。他の魔族からはかわいがられている。非常に愛らしい見た目をしており上位魔族たちも「目に入れても痛くない」とのことで、親より親バカを披露するその様は、孫をかわいがる爺さん婆さんのそれとも言われているが、本人たちは気にしていない。あの頃のトゲトゲしい上位魔族たちはどこへ行ってしまったのか。
若いころの父とは違い、現在の上位魔族級の力を既に持っており、穏やかな性格ゆえに争いを好まず、この国の外が気になっている。
そんな魔王の娘は、かの英雄にご執心。
今ではお伽噺とされ、存在を信じる者すら極わずかとなった本、「出ズル神の崩壊譚」に載る英雄、シアン・アースト。
レルシーが彼に出会い、恋心を抱くころには、すでにシアンは彼女の前にはいなかった。
彼は言っていた。「僕はこの世界の人間じゃない。故郷は既に無く、ここで生きる理由も失ってしまった。でも僕は勇者だ、勇者なんだ……だから、やるべきことをやらなければならない。脅威に向かい、善を成し続けなければならない。それが僕の罪であり、それを贖罪し続けるのが、僕に課せられた役割だからね」
(あの時、彼が言っていることはよくわからなかった。だけど、最近は何となくわかるようになってきた。『悪』がある限り、彼はこの世界でやるべきことを見過ごせない。彼が故郷で為せなかった救世を、この世界でやりきることが、ここに彼がいた理由なんだ)
「でも彼はなぜ、誰にも、お父様にすら何も言わずにいなくなってしまったの?」
(彼はそんな人ではなかった。もしかしたら私が彼にそういう人間であってほしいと言う幻想を抱いていただけだとしても、彼の今までの行動から、そういう人物ではないという事実が浮かび上がる。となれば、彼には早急にやらなければならない事象があったのではないだろうか……それは、今の今まで、この数百年かけても姿を現すことができないほどの出来事、なんだとしたら……)
絶対に、その理由をみつけなければならない。そして、彼を救い出さなくては……。
レルシーは、『出ズル神の崩壊譚』を蔵書室から取り出して、部屋に向かった。
「彼が出会った者、それは剣の精霊エレインと、リーン・ミリアムルーフ。この二人がキーになるはず……」
彼は、最初に出会った二人と、放浪の旅へと出かけることになった。それは村が戦争に巻き込まれ、逃げざるを得なくなったからだ。
戦争の最中、彼は友人であるリーンを失った。そして、リーンに付き添う精霊エレインがシアンに力を貸し、戦争を終わらすべく、今の人の国であるプルプァブロッケンで人の軍を率いて、魔族との戦いに終止符を打ち、今の平定に至った。
あの頃の魔族領は、国ですらなく、魔族同士の力を競う争いが後を絶たず、人の領域にも流れては混乱を招いていた。お父様がシアンと手を組むことで、魔族たちを鎮圧し、国へとまとめることで、今の世になったと聞く。
だが、そのあとだ。そのあとに彼は人の未来を王都として残して、姿を消してしまった。王になるのではなく、あくまで戦争終結の英雄どまりでいなくなった。
王都プルプラブロッケンは現在、王不在の国となっている。あくまで今頂点に立っているのは、王の代理。だが実際ほとんど王として彼女が治世している。
彼が歴史から消えた理由は、これらの中にこそあるはずだ。
なぜ、彼はいなくなってしまったのか……。
彼女は、何を思ったのだろうか?リーンが死んで、彼に好意を寄せていた精霊であるエレインは、何を想っていたのだろうか。愛する者がいなくなったまま、シアンに力を貸した時、何を想ったのだろうか。
そこに、この謎は隠されている気がする。
よし、精霊に関する本を片っ端から読もう。彼女に関する情報が得られるかもしれない。




