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魔神ちゃん止まって!!第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」  作者: ショコラ・ホワイト・リリムリリス
1滴の泥を落とされた楽園であっても
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ep39魔神ちゃん止まって!:自己犠牲のドレナージ

 ジエツレナが部屋に招き入れたのは、寝室で休んでいる筈のキスアだった。

 「あの~なんか呼ばれたみたいだから来たんですけど……なにかあったんですか?」

 へにゃへにゃとした笑顔で、キスアがおずおずと入ってきた。平和ボケした危機感ゼロの顔、場違い感は否めないが、それは仕方のない事だった。

 それもそのはず、キスアは何も知らないのだ。何故自分が呼ばれたのか、わからなかった。本当にたまたま、調合室で整理をしていたときに手招きしているのが見えただけだ。


 「キスア、大丈夫なの?」

 「え?うーん、まだちょっと倦怠感は残るけど……大丈夫だよ!」

 その表情には、心配を掛けまいとする演技風な笑顔がみてとれた。だからクゥちゃんは(ほんとうに?)と少し疑い、心配した。

 今回、クゥちゃんが外に出たのは、キスアの為だ。キスアのその、元気のない姿をどうにかしたくて、クゥちゃんは外に出たのだ。本当に良くなっているのならいいが、そうでないのなら、自分の持ってきた薬の材料を使う時だ。

 「クゥちゃん?キスアは一刻を争う状態じゃないから、そんなボっクを凄んで見つめなくても大丈夫だよ。それより、キスアにお願いしたいことがあるんだ、いいかな?」

 クゥちゃんはジエツレナを凝視したが、彼女に窘められてやめた。

 

 「ジエツレナさん。 まぁ、わたしに出来ることなら……」

 「それじゃあ、まず改めて聞いておきたいことがある。 この子……クゥちゃんを錬成したのは君だね?それは間違いないかい?」

 「そう、ですけど……ただあれは偶然っていうか、なんというか……」


 「いや、それは偶然なんかじゃないさ、ま。とにかく、君は肉体を錬成すること、魂をそこに定着させることを成功させた。 それを見込んで、トレイルの問題を解決してもらいたい」

 「え?トレイルさんの?って、そこに寝ているトレイルさんがどうかしたんですか?」

 ソファの上で寝かされているトレイルの姿をみて、キスアは驚いた。

 「あぁ、簡単に言うと、一つの体に魂が二つ入っている状態だ。それをなんとか分離しなければならない。 今、肉体の主導権はトレイルには無い。 トレイルの今後はそいつ次第で如何様にも大きく変わってしまうだろう」


 「じゃあ、トレイルさんの体から、その異物を取り除けばいいってことですね、けど私そこまで魂のことについて詳しくは……」

「それに関しては、心当たりがあるよ。クゥちゃん、あの石を出してくれ」

「ん」

 クゥちゃんは懐から、二つの青い石を差し出した。

「これは……?」

「これは、それぞれ一つずつ、魂が内包されている。これを解析して、同じようなものをトレイルに使うんだ。おそらく表層にいるやつだけが、吸い出される筈だ」

「なるほど、ちょっと貸してみて。うーんこれは……」

 キスアはクゥちゃんから石を受け取り、まじまじと観察する。

「どうだい、何かわかりそうかな?」

「見たところ、宝収輝石(ほうしゅうきせき)に似ているような気がします。 私が作ったこの、アイテムを収納することができる石なんですけど」

 キスアは、胸元から首にかけている石飾りを取り出した。それは確かに、青く輝き、クゥちゃんの渡した石とよく似ていた。

「ほう……これは、空間を開いて物質を格納できるのか。面白い……だが、開けるのは11のうち7番目のみか。おっとすまない、話の途中だったね。 この石にヒントがあるんだね?」

「はい、これの原理を応用して、魂だけを格納する封印石を作ります」

「封印か……」

 ジエツレナは思う。この世界に、『何かを閉じ込める』という意味である『封印』という概念は、果たしてあったのかと。秘匿も隠匿も必要ない、発酵腐敗も存在しないこの世界において、厳重に密閉する行為があったのか……。いつ出来たのかと考えるのならそれは、やはり、今以外にしかないのだろう。

 今、この概念は作られたのだろう……。

 他ならぬキスアによって。


「それで、この方法を取るにあたって、必要なのが、この宝収輝石(ほうしゅうきせき)の元となった鉱石です」

「おや、君の付けているのと同じ、出来合いのは無いのかい?」

「私の錬成で作ったのものは、元の素材から性質が変化してしまっているので、そこから魂を対象に作り直すことができないんです。元は何かを集積、格納する性質だったところに、『物質』という概念を決めたものがこの宝収輝石(ほうしゅうきせき)なんです。決めた概念は強固にこの道具と密着しているので、無理に引き剥がすと粉々になってしまうんです。なので、新しく別の石が必要なんです」


「それなら仕方ない。じゃあ、これの元となった原石が取れる場所は?」

「ペナンブラ宙域の……って、あれ?トレイルさんの胸元にあるのってもしかして」

 トレイルの胸元がきらりと光ったのが見えた。それは、キスアのつけていた青い石とも似ている。

「うん?もしかして、その石が?」

「そうかもしれません、けどきちんと調べないと何とも」

「彼女には悪いが、命には代えられないと理解してもらおう」

 ジエツレナはトレイルの首から石飾りを外して、キスアに差し出した。

「ちょっとだけ時間をくださいね」

 そう言うと、隣の部屋……キスアの調合室へ消えていった。

「……」

 クゥちゃんも気になるのか、キスアの後へ着いていった。


 「さて、このあとはどうなるかね。 ネム、そっちはどうだい?」

 ジエツレナは手のひらに展開した端末に話しかける。

「ああ~、反応はあったよ~。 魔女は近いね~、でも地元住民たちから聞いた感じだとあんまり人との関わりを持とうとしていないみたいだから、話を聞いてくれるかわかんないよ~」

「ま、そういうこともあるか。 一応接触したら連絡して。 問題がある無しに関わらず、状況を聞きたい」

「わかった~」

 端末を閉じて、ジエツレナはクゥちゃんから少し遅れて、調合室へ入っていく。

「どんな様子だい?キスア」

「これなら作れそうです。魂収輝石(こんしゅうきせき)!」

「それは良かった。 錬成に必要な素材はあるかい?」

「ここにあるもので足りるので、大丈夫です!」

「じゃ、あとは作るだけだね。このまま任せちゃっていいかい?ちょっと出かける用事があるからさ、今からだと夜になるね、夜中までは掛からないと思うけど」

「はい大丈夫です!その頃には一通り済んでると思います」

「うん、じゃ行ってくるよ」

 ジエツレナはキスアのアトリエを出ていき、キスアは「さぁやるぞー!」と気合を入れた。

 

 調合はシンプルに小型の釜へ素材を入れて、魔力を流すだけ。見ている分には簡単にも思えるが、それを成すには本人にしかわからない難しさがある。

 錬金の魔術とは大きく違い、錬成の魔法はキスア独自の技術であり、それは魂に紐づく唯一無二の技だ。

 どこにも技術書は無いし、口頭説明も難しい。

 魔術も魔法も感覚的な事に相違はないので、両者ともに難しさにおいては多少の理解はしてくれるのだが、こと全く知らない者にとっては想像出来ない代物たちだ。

 だがキスアに言わせれば、錬金魔術は、錬成魔法とはアプローチが全く違うという。

 錬金魔術はあくまでも魔術のため、技術が体系化されていて、なおかつ、誰がやっても同じ結果を導ける。とはいえ、理論を理解していれば暗記せずともある程度自由に作れる。

 しかし、錬成魔法はやはり魔法なので、彼女自身の想像の範疇でルールを敷き、その中で秩序を操ることになる。

 細かく想像すればするほど、具体的に、そして強固な存在を確約できる。だがそれは、一から物語を考えるのと同じくらい、高度で、疲労を伴う。そしてもちろん体内の魔力を消耗する。

 

 魔女は数多いて、様々な性質の魔法が世界には存在している。だが、キスアの魔法だけは、何かが違った。

 魔女の扱う魔法は、魂に基づき直感で全てが為されるのに対し、キスアのは魂からくるのに、何故かすべてが完全に思い通りにはいかない。

 説明が困難なこの営みの大変さは、キスア以外の誰にも共有できない。

 

 そしてこの作業はいつからか、今までと苦痛の度合い、種類が大きく変わっていた。

 調合の際に魂から力を行使する。このとき、キスアの脳裏に、知らない光景がフラッシュバックした。

 以前から調合時に、頭を締め付けるような痛みだけは時折あった。だが最近では、至る所が焼けるようであったり、斬られたようであったり、肉を抉られるようであったり、内臓がつぶれたようだったり……調合をするたび、様々な痛みが伴うようになっていた。

 

 「……」

 そして今回は、さらに声があった。

 しかし、キスアは苦痛の最中でも、声が聞こえてきても、呻くことなくひたすら耐えた。そばで見ているクゥちゃんに心配をかけたくなかったから。


 ――――――――――――――――――――――

 

「出来た……」

 冷や汗を滲ませながら、キスアは魂収輝石(こんしゅうきせき)の調合に成功した。

「お~」

 クゥちゃんは初めて見る錬成魔法の成功に感嘆の声を上げる。

 「ちょっと、休憩~」

 キスアは本棚の隣にあるソファへと、ちょっと姿勢を崩し気味に腰掛けた。このとき、クゥちゃんはキスアが尋常ではない汗をかいているのに気が付いた。服は肌にべっとりと張り付き、顎からは雫が滴っていた。

 しかし、クゥちゃんは声をかけようとしてやめた。だって、キスアが心配を掛けまいとしていることなんて、わかっていたから。

 代わりに、何も言わず、隣に腰掛けた。


 

 小釜の中には、青い宝石が依然としてあった。見た目は先ほどと変わらない。だが、中に注がれていた液体は完全に消失していた。

 中に入っていた液体の正体は――。

 効果を付与する『概念付草イルアカナマ』

 置き換えの理を行使する『リポニライト』

 脈動する鉱石『命の枷』

 これらが溶けた三種の混合液だ。

 

 この液体が、元の鉱石に影響することで、「魂を鉱石内部の空洞と入れ替える」効果になった。

 あくまで例えだが、本来二つも入らない魂が無理やり存在していたことで、魂の外側は炎症を起こしていると考えられる。魂をただ引き出すだけでは、真空状態で魂が引っ張られ、より危険な状態になる。下手をすれば魂が破れ、マナと化し霧散する可能性がある。

 なので、トレイルの肉体から異物であった魂を引き出し、そこに空白を入れるのだ。そうすることで、二つの魂でぎゅうぎゅうだった肉体に、もともとあったはずの『余白』を入れて元の状態に戻す。

 これが、キスアが導き出した答えだった。

 

 キスアは少し休憩したのち、魂収輝石を(こんしゅうきせき)もってトレイルのいるところへ向かった。クゥちゃんも後に続いて部屋を出た。

 

 「おっと、丁度いいところみたいだね」

 キスアがトレイルのいた部屋へ入るのと同じくして、玄関からジエツレナが入ってきた。

 「用事は終わったんですね」

 「あぁ、つつがなく、ね」

 

 「それじゃあ、始めます」

 キスアは、魂収輝石(こんしゅうきせき)のコードを持ち、ゆっくりとトレイルの胸に落とした。

 淡い光を放ち、部屋は暗闇の中で青に包まれる。

 石が身体に吸い込まれていく。キスアは眼をつむり、吊った輝石を動かすように前後、左右にその手を揺らした。

 

 探している。トレイルを追い詰めた元凶を――。

 

 「あった、トレイルさんの魂……」

(きっとこの魂の凸凹しているところ……くっついている元凶の輪郭だ。タコが壺に絡まるように、魂に覆いかぶさってる)

 

 ただ石を魂に当てるだけでは、どうにもなりはしない。だけど、キスアは素材に「命の枷」を使用した。これは、引きずりだすために、必要な素材だった。

 「そうだろう」とキスアは思っていた。「どうせ魂にひっついているのだろう」と。悪を知ったキスアは、卑劣の思考を理解できるようになっていた。

 だから、命を魂に無理やり与える方法を思いついた。

 肉体の奥、精神に宿った魂は、命のない存在。物質でも、精神でもないからこそ、その奥に存在することを許される。だが、魂に命があるとすると、その素体は「異物」と判断し、自浄作用が働く。

 キスアは、トレイルの自然治癒能力を信じ、頼ることにした。


 (お願い、『命の枷』……。起動して!)

 キスアは、対象に狙いを定めて、命の枷を起動した。

 魂が、あくまで憑りついている状態にすぎない。だから表面をなぞれば、元凶に()れる。つまりトレイルの魂に干渉できないことが、重要だった。

 触れたものを対象にして、命の枷は効力を発揮する。だから、表面にいるのが元凶で良かったのだ。

 

 トレイルの肉体から圧力がやってくる。髪をかき上げるほどの風圧が、トレイルを中心にあふれ出す。

 命を経ても、魂であることに、変わりはない。

 自浄作用により、元凶の魂は、剥がれ落ち、浮かされた。そして、無防備となったそれを、魂収輝石は捉えた。そして瞬時に、輝石内部の余白をトレイルに与え、キスアは素早く引き抜いた。

 瞬間、空気が爆ぜ、いっそう強く風が吹き抜けた。

 

 ――――――――

 

 事がようやく、安寧を取り戻した頃、トレイルは目を覚ます。


「あれ、ここは……」

「トレイルさん、おはようございます」

 キスアはにっこり笑って、朝日と共に、トレイルを迎えるのだった。

 

 

 

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