ep35魔神ちゃん止まって!:丘と海の境界で、穏やかな結末を願った(後編)
マネコリスはノクスマリと向かい合い、少しずつ歩を進めていた。
その様子を、クゥちゃんは後ろからじっと見守っていた。
背を向けたマネコリスの表情はうかがえず、その静けさがかえって緊張を呼んだ。
(きっと、大丈夫。話せば分かり合えるはず……)
クゥちゃんはそう自分に言い聞かせるように、二人の言葉を頭の中で何度も反芻していた。
出会ったときの言葉、仕草、その一つひとつに攻撃性はなかった。狂気も感じなかった。ただ、何か大きな誤解と、悲しいすれ違いがあったように思えた。
(大丈夫。私が、間に立てば……)
そう強く信じ、クゥちゃんは手を握りしめた。
「ノクスマリ……私は大丈夫だ。怪我も複製で何も問題ない。君も知っているだろう? 私は自身の分身をメインに据えて状態を初期化できる。あんな出来事があっても、私の心に狂いはもうない」
マネコリスの落ち着いた声が静かに響いた。
「確かに……魔獣と共にやってきたあの異常存在の影響は、今のあなたからは見られませんね……。皆さんも、あの時のことはまだ覚えていますね?」
ノクスマリの問いかけに、護衛の一人が答える。
「は、はい……あの時は本当に滅茶苦茶でした。他の護衛も、マネコリスさんも狂気に侵されて暴れ……敵味方の区別もつかず、私たちは……」
言葉を詰まらせた護衛が口を閉ざすと、クゥちゃんの心に違和感が湧き上がった。
(そんな中で、正気を取り戻すなんて……本当に可能なの?)
疑念は、少しずつ背中を這う冷たいものへと変わっていった。
「……ですが疑問は残ります。なぜあなたが、狂気の狭間に落ちながらも、そこから自分を取り戻せたのか。……覚えているのでしょう? 答えられますね?」
ノクスマリの問いに、マネコリスは一瞬目を伏せたあと、静かに答えた。
「……あぁ。あれは、偶然だった。混乱の中、ある護衛が放った土槍の魔術の破片が、偶然にも私の腹部を貫いた。
強烈な痛みが、混濁した意識を現実に引き戻してくれたんだ」
その言葉に、ノクスマリの表情が崩れ、ぽろぽろと涙が頬を伝った。
「……そう、だったのですね……。本当に……よく、戻って来てくださいました……」
涙を隠すように両手で顔を覆うノクスマリに、マネコリスは静かに歩み寄った。
「もう、大丈夫。心配をかけたね」
そう言って、マネコリスはそっとノクスマリを抱きしめた。
その光景を見て、クゥちゃんは胸を撫でおろした。
ようやく、ようやく二人が向き合えたのだと。
この世界に嘘は――ない。
優しい嘘も恐ろしい嘘も、する必要すら、この優しき世界には無い。
だから気づかなかった。
誰もかれも。
マネコリスの懐に抱かれた彼女が持っていた物も。
それを複製した光景も。
誰もその瞬間を目撃することは出来なかった。
そして、二人はゆっくりと倒れ込んだ。
「え……どうして……」
クゥちゃんは何が起こったのか理解できず、気の抜けた声でそう口走っていた。




