ep26魔神ちゃん止まって!丘から臨むは目的のために。
トレイルとクゥちゃんは山林を歩いていく。
標高が高くなるにつれ、わずかに気温が下がっているのを感じる。それでも肌寒いことはなく、歩いている内に、程よく汗がにじんだ。
傾斜にぶつかって足から頭に抜ける風が、清々しいものへと変換されるのが心地いい。
ほんの少しだけ目的を忘れて、充足感を得ていた。
小高い丘から眺望すると、側に構える王都の建築物が小さく見えて、ここまで来た甲斐があったと思わせてくれる。
だがまだ目的の場所は先だ、採集のポイントはここからまだ歩く必要がある。
湿度が高くなく、地表の水分が全く無いわけではない場所。堆積物の水分がほどよく残っているポイントが好ましいとのことだ。
落ち葉が溜まり、わずかに自重で沈んで、圧縮がされた自然のクッション。小高い山の淀んだ一部。そういった場所に、ゆっくりと息吹を芽吹かせるという。
キスアの症状を緩和させ、体調を回復させる。そのために頼ったドクターは、薬の材料を要求した。
「王都の北西にある山林地帯で、菌糸類の採集が出来るポイントがある。一般的なキノコの形をしてることはまずないから、適当に土とか落ち葉をもってきてくれるだけでいいぞ。付着してるものが大事だからね」
トレイルはその時のことをふと思い出した、そして名前もなんか言っていたような気がする。
「たしか名前はなんて言ったっけ……ツチダンゴ?」
「……ニロプソツチダンゴ」
クゥちゃんが前を向いたままぽそりと呟いた。
「そうそうそんな名前だったスねぇ、よく覚えてるスねクゥちゃん。まぁでも名前なんて覚えても取れればいいし、あんまり重要じゃないっスかねぇ~」
「でも名前は大事。そこには意味が宿り、性質や所在にかかわるヒントが込められているから。それを発見するに至る経緯が、そこに紐づけられることが多い。だから正確に覚えておくのは大事」
トレイルはほんの少し冗談ぽく言ったが、予想に反してクゥちゃんが真面目に返してきたことで呆気にとられてしまった。
「詳しいスねクゥちゃん……」
「キスアの本を読んだ、キスアも言ってた」
「さすがキスアさんの子……スね」
トレイルは思った。あれ?クゥちゃん結構頭いい……?
「ん。……ん、人」
褒められてドヤ顔をした後、ふと何かに気が付いた。
どうやら関所のような、通行規制がかけられている。
「お~?人ッスね、あんなところで何してるんだろ、あたしたちと同じ目的のようには見えないっスね」
目的地の近くへ差し掛かると、何やら人が集まっているのが見える。一人は魔女を象徴するトンガリ帽子を被っていて、もう一人はその隣で板紙を持っているから、記録を付ける人だろうか。
その他には防具を付けた兵士などがいて、少々穏やかではない様子。
理由はどうあれ近づかないことには始まらない。二人は、顔を見合わせて頷いた。
「すみませーん、そこで何をやってるんスか〜?」
「ん?子どもか。……ノクスマリ、相手をしてくれ、私は奥に行ってくる」
トレイルの声を聞いて、板紙をもった短髪の女性は背を見せて去っていった。
「あ、は~い!ごめんね君たち、この先は今通れないんだぁ」
とんがり帽の女性は申し訳なさそうに言った。声色は優し気で、子供に言い聞かせるようだった。もう少しで「ごめんねぼくぅ、後で遊んであげるから」と聞こえてくるかと思った。
「あ~、何かあったんスか?」
「この先でちょっと変わった魔獣が出たらしくて、調査しているの」
魔獣――その単語はトレイルを熱く滾らせる。
戦い、力を見せたい。その思いはいつだって十分に充填されている。だからこそ滅多に出てこない魔獣を――気に病むことなくぶつけられる相手を求めていた。
日頃から力を培うための訓練は、いつだってボコボコで、剣はボロボロ。それでも強くなりたいし、勝てない相手に挑みたかった。魔獣なんて全力で戦いたいに決まっていた。
「へへっ!ならあたし、戦うのには自信があるっスよ!」
「ん……トレイル、戦いたいだけ」
「ち、違うスよクゥちゃん別にそんなことは!」
狼狽えるだけで誰もが思う。わかりやすいのが彼女の愛らしさ、その1つだ。
「ん~でも大抵の魔獣なら、このメンバーでも十分対応可能な戦力なのよねぇ」
「でも万が一にも戦力が足りなかったら大変スよ!少しでも戦える人はいた方がいいんじゃないスか?」
「それはそうだけど、あなたは子供よ? 子供を大変な目に会わせられないわ。そんなことになればウチの機関の評判にも関わってくるの」
その様子はまさしく、子供を宥めるように言い聞かせる大人だった。
確かにトレイルは齢15であったがそれでも、もうじき成人の儀を迎える頃なのだ。少しばかり大人になるのを待てず、出しゃばりたくもなるのだろう。
「はぁ……まだ話しているのか、なんて言っているんだその子たちは」
「採集に来たみたいで……魔獣が出て危ないと言ったら、一緒に戦うと」
「ふむ……。もしやお前、マキーリュイの弟子か?」
「そ、そうっスけど」
「……。身内贔屓はできないが、魔獣が出るまではそこの隊員達と一緒に行動しろ。それであれば好きに採集して構わん」
一瞬思案した様子をみせるが、その後の表情は変わらない。声色は冷たく威圧的だったが、態度には現れていなかった。本来こそは厳しい性格ではないのだろう。よく見るとその眼は睨みつけているのではなく、眠いか眩しいかといったようにも思えてくる。
「え……?いいんスか?」
「だが、戦闘はするな。そこまでは許可できん」
「あ、ありがとうございます?」
そうした後、側にいた隊員をトレイル達につけ、彼女の言う採集場所とやらへ同行させていった。
「レベラリさん、良いんですか?」
とんがり帽は心配そうにし、長い三つ編みを揺らしながら振り返った。
「問題ない、その為に兵士や隊員を用意している。本来出入り自由の場所を無理に止めているのだ。相応の安全を担保し、掛けてしまう迷惑を最小にするのも現場を指揮する者の努めだ」
「でもそれでは人がいくらいても足りないのでは」
「終わったらすぐに出て行ってもらい、それまでは次の人を止める。これを繰り返すだけだ」
「何事も起きなければいいですけど……」
「私たちの仕事に何事もないなど、つまらないだけだがな」
「そうですね……やりたいことをやるために出来たのが私たちの組織。異変を調査する、一番不変と平穏から遠い営み。それが――」
――調査機関、『始原を臨む丘』ですものね。




