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6.奴隷超越期間

 それから更に数日が経った。

 

 月末だというのに、賃金の支給がないと奴隷たちは不安がっている。

 それだけを楽しみにしている奴隷は少なくない。

 カリアはもちろん、ペコだって例外ではない。


 彼女たちは何も言ってこないが、夜な夜な牢獄の隅に座って、コインを見つめ泣いているようだ。


 俺は彼女たちに近づいた。


「心配ないよ。カリアもペコも頑張っているだから、きっと、いいことがあるよ」と伝えた。


 二人は弱々しくうなずいた。

 月末支給される1ゴールド。

 たったそれだけの金が、彼女たちの心を支え、どれだけ夢をみせてきたのだろうか。

 想像すらできねぇ。



 だが、そもそもだ。

 給与=1ゴールド。


 彼女たちの夢は、解放。

 いつまで経っても、届きやしない。


 こんなくそみてぇなシステムを考えた奴が許せない。


 だが、まぁ心配はいらない。

 給与の遅延が発生しているのは、俺のせいでもあるのだから。




 翌日の早朝。

 いつものように俺たち奴隷は、鉄格子の荷台に乗せられて炭鉱へ運ばれる。


 炭鉱の入り口に、バルンさんの姿があった。


「奴隷No26。ちょっといいか?」


「え? はい」


 俺はバルンさんの後を歩き、林の中へ歩を進めた。

 ちょっと離れた場所まで到着すると、バルンさんは振り返った。


 俺と視線を合わせると口角をやや緩め、ひとつうなずいた。

 その合図で俺は理解した。


「うまくいったんですね!」

「あぁ、ボスに直に伝え、合意をもらった」


 計画はうまくいったようだ。

 給与1ゴールド。

 こんなクソ設定では、マジでどうにもならない。

 奴隷のやる気を引き出させるために、能力給や歩合の追加を依頼した。

 それによって解放も手に届く額になる。

 とはいっても、最初から大幅の増加は見込めないだろう。

 だがこれにより、今月の支払いは少なく見積もっても10倍以上にはなるはずだ。

 段階を経て、いずれは100倍、1000倍、それ以上の報酬だってもらえるようにしていくつもりだ。


 ボスが手にしている金額からすると、それでも安すぎる報酬だと思う。


「ボスは何か言っていましたか?」

「……」


 突然バルンさんはうつむき、黙り込んだ。


「もしかしてボスに怒られたのですか?」

「……いや、逆だ。俺をこんなところで眠らせるのはもったいないとおっしゃってくれた」


「そうですか! よかったじゃないですか!」

「……あぁ……」


「どうしたのですか? 浮かない顔をされて……。何か言いにくいことでも」

「……実は……」


「……はい……」

「ボスは俺にグラスを渡され、自らワインをお注ぎになった。そして俺の望みを叶えてやるから言ってみろとおっしゃってくださったのだ」


「いいじゃないですか! 大いなる前進ってやつですよ!! それでなんて答えたんですか?」


 バルンさんは、また黙り込んでしまった。


「……どうしたのですか? もしかして言いにくいことですか? でしたら、別に俺は……。あまり長く席を外すと怪しまれますし、もう戻りましょう」


 俺が踵を返したその瞬間、バルンさんは俺の腕を握った。


「待ってくれ、奴隷No26。俺はそのことを伝えるために、ここに来てもらったのだ」


 俺は静かに振り返った。


「そうですか……」

「俺が貴様を貴様と呼ぶのは変だと思う」


「?」

「……俺が貴様を奴隷No26と呼ぶのも変だと思う」


「……なんで、ですか?」

「貴様、ここに来たときは文字が読めなかった。なのに、たった数日で文字を会得し、それだけじゃない、多くの辞書を読破し、更に誰も思いつかないような方法でこんなクソの掃きだめみたいな場所を良くしていった……」


「……」

「俺は貴様を心から尊敬している」


 俺は言葉を詰まらせた。


「実は貴様の名は知っている。最初は奴隷なのだから名前など呼ぶなという、ここのしきたりに従っていただけだった。あまり気持の良いものではなかったがな。だが、途中から気持ちが変わった」


「変わった?」


「神のような知恵を授けてくれる貴様の名を軽々に口にして良いものかと感じるようになって……な」


「何を大げさな!」

「大げさなものか!」


 そう言い放つと、真正面から俺の目を見た。

 そして頭にある大きな古傷を少し撫でた。


「俺は亜人……だったという方が正しいか。かつて戦争に敗れ捕虜となりここに連れてこられた。ここの連中は亜人を忌み嫌っている。それゆえ、どうやっても奴隷という無間地獄から脱出できなかった。だから俺は俺を捨てたのだ。みずからの誇りを捨てることを選択した」


「……耳を、おとされたと……」


 バルンさんは少し微笑んだ。


「亜人はこうやって人へ忠誠を誓えば、ちょっとだけマシな扱いを受ける。もう絶対に故郷の連中に顔向けできないけどな。マジでどうしようもなく悔しいが、ははは、なぁに、これは俺の問題だ。気にしないでくれよ。……ただ……、あなたには俺の気持ちを知っておいてもらいたくて……」



 ――あなた?



 バルンさんは続けた。


「俺はあなたというお方がどうしてこのような所にいるのか、全く理解できません」


「えーと、何か勘違いしているよ、きっと」


「そうかもしれませんし、そうではないのかもしれません。あなたが偉人なのか、俺の勘違いなのか、知るすべはありませんし、そのこと自体俺にとってどうでもよい問題なのです。

 だけど……。

 ただ、俺はあなたに何も返せないことが悔しいのです。

 だから俺はボスに進言しました。

 すべてあなたから聞いたのだと――この功績はすべて『クロサキ・ヒイロ』によるものですと。その『クロサキ・ヒイロ』は、今、苦境に立たされています。だから俺の望みは『クロサキ・ヒイロ』が救われること、それだけと」



 ……



「知っているさ。分かっているさ。あなたはここの連中を信用していないことくらい。だから目立ちたくなかったんだろ? だがボスはこの俺を評価してくれた。きっとボスなら、わかってくれると確信した。だからボスにすべてを話したのだ」



「……そうでしたか……」


「なーに! 何も心配いらねぇぜ! ボスはな、あなたに会いたいって言ったんだよ! それもすげー嬉しそうにな!」


「……わかりました。だから、あなたとか中途半端な敬語を使うのはやめてください。貴様とかクロとかでいいですよ。その方がバルンさんらしいですから」


「そ、そっか。実は俺も舌を噛むんで辛かったんだ。あはははは!」


 そう笑いながら、バルンさんは顔に両手を添えた。

 その手のひらから、大粒のしずくがこぼれていく。


「……え? どうされたのですか?」


「いや、貴様に嫌われるかと思って……な……」



 ……。



 泣きたいのはこっちのほうです。

 バルンさんは本当の漢です。


「でもよかったぜ。本当によかったぜ。奴隷にされちまった亜人の連中を助けてやりたいと心から思っていたが、俺はただの臆病者だった。そんでもってカリアは壊れちまっていたと思っていたけど、全然違った。俺は怖くて、すべてから目をそむけていただけだった。だが、貴様に会えて良かった。貴様が俺に夢と勇気をくれた! だからこれからだ! これから絶対によくなれる! 貴様とあって、そんな心から熱くなる夢ばかり見るんだ! 貴様との出会い、それはなんかまるで子どもの頃、初めてスキル覚醒した時のような、いやちょっと違う、初恋の子に告白して……いや、それとも全然違う、なんかもーとにかく嬉しくてたまらないんだよ、マジで。ちくしょー!」



 返答に困った。



 でも、そうですよ。

 これからです。

 幸せになるのは!



 バルンさんと別れ、俺はいつもの仕事に戻った。

 俺はうれしかった。

 みんなで力を合わせれば、絶対に活路が見いだせる。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれてしまう。

 この日は始終、ニヤニヤしながら仕事をしたと思う。

 傍から見たら俺はどう見えたのだろう?

 でも、そんなのは関係ないよ。

 笑いが止まらないくらい、今、幸せな気持ちいっぱいなのだから。





 だけど。

 これがバルンさんを見た最後となった。





 翌日。

 看守達がいつものように薄気味悪い笑みを浮かべながら、俺のそばを横切った。

 まぁ、こんな連中を相手にするもの、あと数日限り。

 俺は何事もなかったように、頭をさげてその横を通り過ぎようとした。

 その時だった。

 奴らの意地汚く笑う声に交じって、俺の耳に強烈な単語が飛び込んだ。

 

 

 俺は耳を疑った。

 そのまま胸を握りしめ、地面にうずくまった。

 

 

 

 聞こえてしまったのだ。

 

 

 

 ――バルンは首をはねられた、と。

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