微塵な想いと願いは何色の花を咲かすか
「この一件を終わらせに来ました」
それが山江敬人の返答だった。宮島政哉は自分の耳を疑った。何故なら、政哉はこれに明確な解決法があるとは思ってもいなかった。隣の香芝雪も同様なのだろう、信じられないといった視線を隠せず前面に押し出してしまっている。
敬人が出したのはたった一枚の紙だった。そこには2つの折れ線グラフが書いてある。どちらも下向きになっていた。
「…これは、何を表しているの」
南条光江先生の問いに、敬人はこう返答した。
「赤いグラフは去年から今までの学年のテストの点数の平均、青いグラフはアンケートで学校生活を楽しいと答えた人の割合です」
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敬人は、これなら説得出来るという自信は微塵も無かった。しかし、何もしなければ雪や他の風化委員達が精神的に追い詰められていくのは明らかだ。そう思うと、何もせずにはいられなかった。
敬人はちらりと南条先生の様子を確認するが、その表情に変化は無い。果たしてこれが効果を出しているのか、敬人にも分からない。だが、政哉と雪からは期待と願望の入り混じった視線を向けられている。
つまり、もう後戻りは出来ない。そう思いながら、話し始める。
「赤いグラフは各先生の小テストを100点満点に換算して計算しました。去年は65点ほどでしたが、今年に入ってから55点ほどまで落ちています。青いグラフは生徒会が不定期に行うアンケートのデータを貰って計算しました。去年は70%を超えていましたが、今年は50%を切っています」
”あれ“に気付かれれば恐らくもう無理だ。そうなれば敬人は匙を投げざるを得なくなるのだろうか。…しかし、南条先生は相変わらず変化を見せない。そしてその時初めて、敬人は自分の手が震えていることに気付いた。敬人は何かを恐れる怖さを改めて感じていた。目の前の南条先生はそういう意味では兄に似ていた。あの、帰ってきた直後の兄と。
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南条光江は衝撃を受けていた。自分は生徒の為を思ってしていたことだ。だが、それが結果として生徒を苦しめていたのは数値から明らかだ。その事実を受け止めるのに時間がかかった。
何故だろう。何故こうなってしまうのだろう。光江は答えを求めた。何がいけないのだろう。何なら生徒の為になったのだろう。何が、何が、何が…
その時だった。政哉が発言したのは。
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宮島政哉は、南条先生と敬人が睨めっこ状態になることを察して、思わず助け船を出した。
「先生、もうやめましょう。生徒の為にも」
敬人側に立って話したのは流石に勘弁して欲しい、と思っていた。少なくとも南条先生の側に立つ気は無かったのだから。
すると、南条先生はスイッチが入ったかのようにピクっと動いた後、誰に聞かせるでもない声でこう言った。
「そうね…」
そして、南条先生は部屋を出て行った。
次の授業の際、妙高萌先生が制限が撤廃される話を教えてくれた。生徒達は歓喜の嵐で、妙高先生は少々呆れていたが、同時に安堵もしたようだった。
ふと雪の方を見ると、彼女も安堵の目をしていた。こちらの視線に気がつくと微妙に微笑んできて、何だか居心地が悪い。今回は政哉の活躍では無いのだが。
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香芝雪は何故今自分が微笑んだのか分からなかった。政哉に見つめられるとどうにも落ち着かない。何故だろうか。彼に素性と言うか、裏の事情を知られて安堵しているのだろうか。
取り敢えず、少なくとも彼とは仲良くしておこう。雪はそう思った。心臓が高鳴る音が聞こえるが、それではない。このクラスで話せそうな数少ない人物となったこともある…が、何より最大の目的は、
山江敬人を倒す為ならばどんな手でも使ってやる気でいた。姉を殺したあの屑を。