夢の翼は羽ばたく間も無く散る
何をどうしたらこうなるのか分からないながらも、宮島政哉は会議室にいた。隣には香芝雪がおり、机を挟んだ反対側には南条光江先生がいた。雪は変わらず涙腺崩壊直前のままだったし、南条先生も疲れきっている様だった。どちらも過去そんな様子を見せたことなどない。
「…説明してあげる。何故そんなルールを作ったのか」
沈黙を破ったのは南条先生だった。
「今から五年前ぐらいだったと思うんだけど、当時私の担任をしていたクラスではとあるカードゲームが流行っていたの。私はその時は何も言ってなかったわ。生徒同士の交流のきっかけになってくれればと思ってた」
「「…」」
「でもね、その生徒達と一緒に遠足に行った時、とある事件が起きてしまったの。自由時間で芝生の上にシートを敷いてそこで例のカードゲーム遊びをしていた時、私は直接見ていないから細かい話は分からないけれど、対戦していた二人が喧嘩になってしまったらしいの。そして怒り狂った片方の子が相手の子のカードを一枚奪って走って行って、溝に向かって捨ててしまった」
「…」
「それは…」
「もう片方の子は慌てて追いかけて、そのカードを探すと言って溝に落ちてしまった。それも、バランスを崩して頭から落ちた。私は他の先生も呼んで引き上げたけど、頭から血を流していてそのまま死んでしまった。私や古賀先生の目の前で。カードゲームをもっと強くなって全国大会に出たいと言いながら」
「「…」」
「だからね?私は二度とこんなことを起こさない為にルール化させることにしたの。ゲーム関連を全面禁止にって。それで幾らか安心出来ると思ってた」
「でも先生、生徒からは…」
堪えかねたのか、雪が口を開く。
「分かってるわ。不満が出ていることぐらい。でも…私は時々夢で魘されるの。全国大会に出たいと言って死んだ生徒の顔、表面上は何も言わないけど目線で私を非難する死んだ生徒の親御さん、泣きながら遠くへ引っ越すと言った相手の生徒、余計なことを起こしたなと説教する当時の校長、それらが思い浮かんで来て…」
「…」
「そんな光景が浮かぶ度、私はこれで良かったと思うの。もう、あんな死に顔を見ることは無いって…」
政哉は必死に思考する。間違っていると言いたい。しかし背景を聞いた今、そう簡単に南条先生が折れないこともなんとなく分かってしまった。どう言えば、この人を納得させられるだろうか。
「先生は、間違っています…!」
そう言ったのは政哉ではなかった。遂に涙を流し始めて立ち上がった雪の発言である。
「先生が抱えている気持ちも分かります。でも!その為に私は酷い目に遭って…!」
「………!」
「こんな言い方が合ってるとは思いませんが!どうして先生の自己満足の為に私が苦労しなきゃいけないんですかっ!」
そして、過激な発言には過激な発言が返ってきた。南条先生は机を叩いて立ち上がると言った。
「自己満足ですって!?貴方に何が分かるの!自分の目の前で一人の人間が夢を語りながら死んでいくことの辛さが!今でも魘される苦しみが!」
「自分が苦しいからってそれを他人に押し付けないで下さい!自分が苦しいなら他人を苦しめても良いと言うんですか!?」
「自分が苦しいから二度とそうならない様にしてるの!それに、貴方が苦しんでいるのは勝手な話でしょう!?それこそ私に押し付けないで!」
お互いに暴風雨のように荒れ狂う二人を前に政哉は何も言えなかった。
その時だった。会議室の扉が開き、山江敬人が入ってきたのは。
「…入るタイミング間違えた?」
敬人が政哉に聞く。政哉は無言で頷いた。
「…何しに来たの」
南条先生が聞く。本人は感情を必死に抑えているつもりだろうけど、怒りを隠し切れていないと政哉は思った。そして敬人の返答は、
「この一件を終わらせに来ました」
だった。