最底辺の地獄で只管に霽れを願う
「もう、限界です…!」
宮島政哉は動揺を隠せなかった。例の制限について担任の南条先生に聞いてみようと職員室に赴けば、担任に必死で訴えている香芝雪を見たのである。その瞳は涙腺崩壊寸前だった。
「えっと、あの…」
政哉は何処か入りにくさを感じ、その場から離れる手立てを模索していた。
「宮島、どうした?」
助け舟を出そうとしたのか、或いは黙っていることに耐えられなかったのか、古賀先生が聞いてきた。川登先生は無言で半ば察したような目で見つめてくる。かつて無いほど重々しい空気の中、必死に口を動かす。
「えっと、南条先生に用事が…」
「…制限のことか?」
古賀先生が感情を押し殺した声で聞いてくる。無言で頷くと(今になって考えればかなり失礼な行動だった)、古賀先生は南条先生を睨んだ。余計なことをしたな、とでも言う様に。と、言うことはまさか…
「…香芝さん、会議室に行きましょう。宮島君も」
…政哉はこの時どうにも嫌な予感がしていた。南条先生、雪と三人という状況が碌でもないことは、火を見るよりも明らかだった。
☆
何か余計なことをしていないだろうか。山江敬人はそう思っていた。香芝雪の精神は最早限界だろうと言うのは明らか。おまけに…
「…えっと、何?」
敬人は無言で安濃香保を睨んでいた。雪と香保のやり取りの一部始終を見ていた以上、彼女に対して良い印象を抱く訳が無い。
そして雪は涙を必死に堪えながら何処かへ行ってしまった。流石に止められなかった。だからその後悔を思わず、
「…ふざけるな」
怒りとして香保にぶつけてしまった。彼女は全ての出来事をわかっている訳では無いと知りながら。すぐ様やってしまったと思ったが、今更訂正する気も無かった。そしてそれ以上は何も言わないまま、雪の後を追いかけた。行き先は何となく想像がつく。
ポカンとした表情の香保は見なかったことにする。
☆
佐野雄輝は驚いていた。あの室長が、誰よりも信頼され尊敬される山江敬人が、よりにもよって安濃香保に向かって怒りを滲ませて発言していた。
「…何があった」
自分が関わるのはお門違いだとわかっていながら、しかし雄輝はそう思わざるを得なかった。
「嗚呼…どう終結するんだ…」
小さく呟いた。それ以上は状況を見守ることしか出来なかった。