各々の思惑は各々の苦悩に投射される
それは、砂川百合奈と宮島政哉の関係が修復された日の夜まで遡る。
家に帰った山江敬人は、その話を聞いて驚きを隠せなかった。
「去年も制限があった!?」
「ああ…て、お前もそんな声出すのかよ」
会話の相手は敬人の兄、山江翔樹である。敬人よりも一つ上で、敬人同様室長などを歴任してきている。敬人はこの慕っている兄に何気なく制限の話をした所、兄が俺も同じだった、と言い出し驚いていたのである。
「翔樹兄さん、誰の発案か知ってる!?」
「さあ?でも今年は出されて無いから去年だけ学年の担当になった人間だろうな。…あ」
「何、兄さん何か思い出したの!?」
「お、落ち着けって。いや、去年いて今年いないのは一人しかいねぇと思うぞ。基本的に変わらないしな」
「だ、誰?」
「南条、だったか?そいつだけだ」
敬人は一瞬兄が何を言ったのか理解出来なかった。何故よりにもよって、自分達の担任が?
☆
これで良い…南条光江はそう思っていた。厳しく罰することになるのは決して気持ちの良いことでは無いが、やむを得ないことだろうと自らに言い聞かせる。
山江翔樹の予測通り、カードゲーム禁止の言い出しっぺは彼女だった。彼女以外は反対が殆どで、ルールに厳格な古賀充文すらも賛同などせず、無言で睨む状態だったのである。にも関わらず。宮島政哉の予想に反して、彼女は全員の反対を押し切り可決したのである。
更に言えば、これまでのスマホなどの禁止も全て彼女が言い出したことである。彼女以外が必ずしも賛成しなかったのに、押し通したのはその信念が故である。
彼女には、辛い記憶があった。そして、彼女は二度とそんな事にしたくは無かった。それを少なからず察したが為に、他の教員は反対の陣を張れなかったのだ。ただ、彼女自身はその記憶を周りに話さなかった為、誰も詳細な理由を知らなかったし、知ろうともしなかった。そこまで彼女を縛るものを下手に聞けば、どうなるか分からなかったからである。
☆
香芝雪は、自らが嫌われている事を自覚していた。分かりきっていた。幼い頃…まだ生まれてから一年も経っていない頃…からずっと孤独だった少女にとっては、それが最早当たり前の光景と化してしまっていた。
そんな彼女でも、あの時には耐えられないと思っていた。カードゲーム禁止を告知する際の、クラスメイト達の敵意の視線。例えるなら、40人から拳銃を突きつけられているような感覚である。
山江敬人が小さな声で大丈夫だ、と言ってくれなければ泣き出していても可笑しく無かったと思う。それだけ心理的ダメージが深刻だったから、終わりと同時に即刻敬人と合流し、話していた。
敬人と別れクラスに戻ると、
「最低な人間だよね、雪って」
雪は思わずそちらを向くと、安濃香保がこちらを向いていた。香保の表情に変化は無かったが、その目は氷点下の温度を表していた。
「他人を痛めつけて楽しんでいるような人なんて…本当に救いようが無いよ?」
私だって好きでやってる訳じゃない!とか、私は楽しんでなんていない!とか幾らでも反論の要素は思いついていた。しかし雪には言えなかった。言おうとすれば、我慢出来ずに泣いてしまう気がしたからである。
結局香保はそれ以上何も言わずに立ち去ったが、雪は当分その場から動けそうに無かった。自分はなんで生きているのだろう。これだけ苦しみながら生きる理由なんてあるんだろうか。そこまで思いつめてしまっていた。
☆
砂川百合奈は親友の無頓着さを呪った。その親友たる安濃香保は涼しい顔で雪を非難しながら、次の瞬間自席に戻り本の世界に思いを馳せている。香保の悪い所だ、と百合奈は思った。香保は異様なほどにあらゆるものに対する興味を抱かない。そして他人の感情を気にせず思ったことをキッパリと言う。だから彼女の周りには人が集まらないのだ。
百合奈は対極にいる香保を疎ましく思いながら、同時に羨ましくもあった。だからこそ香保の隣にいることが出来るのだが。