儚い夢の中、二人は饗宴に唄う
砂川百合奈は長い廊下の先に、彼がいるのが見えた。その事に気がついた途端心臓がドクンと跳ね、それに驚いて直前まで何を言うか考えていたのに、全て忘れてしまった。なんだろう。彼といると変に緊張するようになってしまった。
とうとう彼がこっちに気づいて、そうするとドタバタとこっちに走ってきた。何故か震えている自分に気がついたけど、もう遅い。嗚呼、また間違えてしまうのだろうか。そう思っていた。
「すまない…!」
キョトンとした。彼が開口一番に言った言葉を理解するのに数秒の沈黙が必要だった。何故、彼が謝っているの。謝るのは私の方で…。
「あんな偉そうな事いってたが、結局のところ俺自身が何よりも偽善者だったんだ。気づいてなかった訳じゃ無い。見て見ぬふりをしていただけだったんだ。でも
俺はそれでもお前を肯定してみせる。だから…!」
「…政哉…」
なんと言えば良いのだろう。ここでどうすれば私と彼は救われるのだろう。模範解答があったら知りたい。
「私だって…自分のことしか考えてなくて…本当に……」
嗚呼、何で言えないんだろう。ごめんなさい、って。その短い言葉を出す事を口が躊躇っている。
「…互いが互いに負い目を感じてただけか…。みっともないなぁ…」
政哉は苦笑いしながらそう言った。結局私は、謝るタイミングを逃したみたいだ。でも、もう一つのタイミングは逃せない。好きだって、そのたった2文字を伝えたい。
「政哉…私…」
「…?」
「貴方のことが…」
その時。廊下に予鈴が鳴り響く。
「あっ、やべ。急いで戻らないと」
「あっ…うん…」
嗚呼、こちらも逃してしまった。でも、何処かホッとしている。いつかまた、思いっきり言ってしまおう。そう決めた。
走って行く政哉を必死に追いかける。前を走る彼の背中が、凄く頼もしく見えた。
それから、彼とは一緒に帰るようにした。彼は私の恋心には気づいていないみたい。でも、構わない。いつか、いつか言おう。そう思う。
☆
宮島美佳は不安になっていた。彼女の兄であり意中の人である政哉が、最近知らない女子と一緒に帰っているのだ。
美佳は不安になっていた。これまで兄は自分一人が独占していると思っていた。そこに、突如殴り込んでこられたのだ。平静でいられる筈が無かった。
「お兄ちゃん…」
しかし、兄達よりもずっと幼い彼女は何か手を打つということも出来なかった。だから、
「ううううああああああ…」
ひたすらに泣くしか無かった。これまで手の中にいた兄が、急に遠くへ行ってしまった気がした。辛かった。
しかし、それを兄に見せる訳にも行かなかった。だから、兄が帰ってくると涙を拭き、ドタバタと玄関に行って言うのである。
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
その姿は、正に偽善者そのものであった。