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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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五歳のとき

おれが五つの年、前町の仕事師(注1)の子で、長吉というやつと凧喧嘩をした。向こうはおれよりも三つばかり大きい。

 長吉がおれの凧を奪って破り、糸も取った。おれは相手の胸ぐらをつかみ、切り石(注2)で面を殴ってやる。長吉の唇が切れて、血がたいそう流れおった。

 その様子を庭の垣根から親父がみていて、すぐに迎えをよこした。家に帰ると怒った親父が、

「人の子を怪我させて、済むか? 済まぬか? 己のようなやつを捨て置くことはできん!」

 と縁側の柱におれをくくりつけ、庭下駄で頭をぶん殴った。

 今ではその傷がはげて、くぼんでいる。月代(注3)を剃る時は、いつも剃刀が引っかかって血が出る。そのたびに長吉のことを思い出す。


 お袋が方々からもらった菓子をしまっておくと、おれが盗み食いをする。だからお袋の方も色々と隠してみるのだが、それも盗み食いする。しかし、それを親父に告げ口しないのにはまいった。

 元々はお袋がおれを連れて来たから、おれがするいたずらを親父には言わないでいてくれた。他の家来たちも、お袋をおそれて親父におれのこと少しも言うことはない。だから暴れ放題育った。

五月にあやめが咲けば、庭のあやめを引っこ抜いて菖蒲打ち(注4)をした。一日に五度もとったから、ひどい有様である。庭の世話をする利平次はあんまりだと嘆いて、親父に言いつけた。

 しかし親父に、

「子供は元気でなければ、医者にかかる。病人になってしまうわ。庭は何度でも手入れをし、菖蒲は沢山買い入れよ」

 と言われると、最早どうしようもなく、利平次は困ってしまった。これはおれが十六、七歳の時の話である。

こんな親父も久しく勤めて、兄の代には信濃国(注5)の代官にまで出世する。兄貴が使っていた侍はみんな中間よりの取り立てで、信州での五年詰の後は一人以外残らず御家人株を買ってやることが出来た。

 利平次だけは隠居すると言って、株の金を貰って身寄りの所へ行った。その金は残らず身寄りに取られ、また兄貴の家に来ることとなる。戻っても朋輩とうまくいかず、おれはかわいそうに思って、坊主にして千ケ寺に出してやった。しかし、まもなくまた来たから、今度は谷中の感応寺の堂番(注6)にねじ込んだ。が、ほどなくして死によった。おれが三十ばかりの時だ。


【注釈】

注1 … 鳶職のこと。

注2 … 何らかの用途のため、切って加工された石材。

注3 … 髷を結う際に剃り上げる頭頂部のこと。

注4 … 端午の節句に行われた男の子の遊び。菖蒲の葉を縄状にして、地面を叩いた時の音の大きさを競う。

注5 … 現在の長野県。

注6 … 仏堂を守る番の僧。


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