出生
世の中を探してみたって、おれほどの馬鹿者があまりいるとも思えない。だから孫やその子らのために話して聞かせるが、よくよく不法者、馬鹿者の戒めにするがいいぜ。
おれは妾の子で、親父の弾が運悪く当たって、母親の内に生まれた。それをお袋、親父の正妻が引き取って、乳母で育ててくれた。
がきの時分よりより悪さばかりしてお袋を困らせた。親父は日勤の勤めで家にいないから、毎日毎日わがままばかり並べる。癇癪持ちの強情だから、みんなが持て余してあつかった。というのは、用人の利平次が言っていた話だ。
その頃は深川のあぶら堀(注1)という所にいたが、庭に汐入の池(注2)があって、毎日毎日池にばかり入っていた。八つ(注3)には親父が御役所から帰るから、その前に池から上がって、知らぬ顔で別の遊びをする。なぜいつも池がにごっているのかと親父に聞かれた利平次は、返事に困ったそうだ。
お袋は中風という病(注4)の麻痺で、立ち居が自由にできない。あとはみんな女ばかりだとばかにして、いたずらをしたいだけする日を送った。兄貴は別宅暮らしだったから、何も知らなんだ。
【注釈】
注1 … 隅田川から木場へ向かう運河、またはその周辺の土地。現在は埋め立てられている。
注2 … 海水のまじる池。
注3 … 午後二時頃。
注4 … 脳血管障害の後遺症。