第7話
卒論の山場おわりぃぃぃぃ!記念投稿ですー。
時間軸はオルディナとフェリルが阿鼻叫喚を起こしたときから、およそ1時間ほど前にまで戻る。
「えっ、ここから匂いわかるの……くんくん…………あれ、変な臭いがする」
馬車を降りる。この間に少しでも馬車に気をかけることができればまだ救いようがあったものの、毛ほどもないのだからどうしようもなく、業が深い。
「こっちかな」
どこにいてどこにいくつもりだったのかも、彼女の頭の中には残っていない。街道から大きく外れてしまい、何かに誘われたかのように森の中へと入っていった。
思ったより深い。
冒険感でてきた、とワクワクし始めたころの感想である。
日光は木々に遮られ、隙間に入る光が細々と地面を照らしている。日陰で休まんと胞子植物が木の根元で眠り、爬虫類がそこらを這っていた。
少しジメッとした質感の土で、落ちた葉も湿っている。サンダルに貼り付いたりするものの、それすら楽しいのか気にせず鼻歌を歌って歩く。
「あぁー本当に、ザ・自然って感じでいいなぁ。『こっち』だったら結構場所が限られてくるのよねぇ」
散歩するように、白いワンピースを着て適当な枝を拾う様は、薄暗く、不気味といえば不気味な森の雰囲気と合ってないように見える。オルディナに怒られてしまうため、その白を汚さないようにだけ気をつけて、リズムよく地面を枝で叩いて歩く。
「───だからこそ、惜しいなぁ」
ふと立ち止まる。瞬間、光が瞬いたと思えば一陣の風が彼女の身を包み込み、囲うようにして放たれた矢をはじき返した。
「臭い。なにこれ、腐ってるのかな。それとも元々こんな臭い? うーぇ、吐き気がしちゃう」
風が過ぎ去った後には穢れを感じさせない、いっそ神秘的なドレスメイルを纏った優香の姿があった。魔法とは違う、神特製の鎧による予備動作なしの置換だ。装着時間は風に守られ、解けば元の服に戻るという神クオリティ。風は別に要らないけど作業服バージョンで欲しい、とオルディナも強請るほどの便利な品物だ。
過ぎ去った突風と入れ違う形で接近してきたソレを【あーやだやだ】と枝を一回二回と振ってフッ、と木に向かって投げると、一体のゴブリンが落ちてきた。
背筋を伸ばせば全長にして1メートルほどか。手があって二足歩行という点からみれば背の低い人のようにみえる。しかし、理性を感じさせない荒い目つきはどうしても『人間』らしさを感じさせることはない。
人に近づこうとでもしたのかどうかわからないが、申し訳程度に布をつけている。だが、優香を囲う殺気が決して和平などといったポジティブな理由ではないと物語っている。羞恥心がある訳でもなし。こんなので油断した人もごく僅かでいるのだろうか、と嘆息する。
「うーん。なにが目的かわからないけど、奥の方がすっごく臭う。なんか、こう……年中没頭してゲームやってたらお風呂に入り忘れちゃった! みたいな腐り方した人の匂い。私たちとは頭のネジが違う種族だね」
これまた便利な神からの贈り物『勇者の剣』が何もなかった空間にポッと現れ、それを掴み取り片方を囮に片方が死角を突くように、棍棒を持って接近するゴブリンを片手間に斬り落とす。
「さては街に害を与えようとしてる? それは頂けないなぁ」
10数体ほどいたゴブリンを全て斬った剣を一振りして血を払うと、鎧に似た純白が眩しいほどの輝きを放っていた。黒い鍔が色を刺し、刀身には薄く幾何学的な模様が走っている。素朴といえば素朴。神々しさまでを感じさせる『白』以外に、特筆するものはないシンプルな剣だ。
「このゴブリンたち、野生にしては統率が取れてたなぁ。キングゴブリン? ……にしては連携が真っ直ぐすぎたし、いたらもう狩られてると思うんだよねー」
キングゴブリンは稀に発生する罠を張るなどといった知性を持ち、それをゴブリンに指示、または与えることができ、独自の組織形態を形成する魔物だ。その特性上、放っておけばキングゴブリンは増えてしまう。故に、キングゴブリンは発見すれば即刻討伐依頼が出され、その周辺地域のゴブリンを駆除する命令が下されるほど厄介な存在となっている。
しかし、今回のゴブリンは連携が取れていたといえども罠などといった回りくどいマネをせずに、複数対一のキレイな定石といった戦術面での知性を感じられた。ゴブリンキングの指示にしては些か愚直すぎる。指示する側が指示される側の力を把握していない、というべきか。
「そうなってくると、もしかするともしかするのかなぁ───魔族」
魔族。それは魔物を支配する種族で、『魔王』の直属の部下でもある。魔族といってもその数は一世代毎で7人しかおらず、魔王と元に発生するものだ。それぞれが一つの属性を冠しており、
傲慢
強欲
嫉妬
憤怒
色欲
暴食
怠惰
の概念を司っている。まぁ読んで字のごとくで、世代───といっても前に三代ほどしかいないが、それによって力の使い方も違うため、歴史を紐解いての対策などは不可能である。
強いていうならば、その概念に魔族が則するほど力が強くなるとかなんとか。例えば、傲慢であれば傲慢であるほど強くなる、といった感じだ。もはや対策というよりも全体で共通する特徴のようなものでしかない。
「だとすると、厄介だなぁ。いまの私じゃ一人では勝てないだろうし……冷静に考えたら引き返しが妥当かな」
うん、と悩んだ結果
「よし、戻ろう。ここで死んじゃったらどうしようもないし」
世界を救うどころの話ではなくなってしまう。そも相手の目的の一片すら明らかでない以上、単独行動は控えるべきだろう。フェリルはともかく、オルディナは協力してくれるはず。ここは堪えて、準備を整えて確実に行くのが最善だ。
「取り返しの付かなくなる前に、急がないと」
そういって、全力で引き返すべく走りだした───森の奥へと。
◆
「あぁくそ、なんだこの森!? 俺でも迷うぞ!」
およそ常人ではありえない速度で走る。その顔は苦渋に染まっており、無理をして焦っているのは明らか。それというのも、彼女がただ迷っただけではないことを知ってしまったからだ。
「こんな序盤から魔族はないだろ……!」
彼も優香と同様、魔族の存在を感知していた。
「強欲か傲慢か、穿ってみれば怠惰か……? なんにせよ、まだ勝てるかどうかわかんねぇ相手だな」
フェリルならまだしも、と悪態を吐く。現役よりも成長している魔王ならば、今代生まれたばかりの魔族など文字通り赤子のようなものだろう。
「死んでほしくないなら、こういう、めんどいのくらいっ、手伝ってくれても、いいのになぁ!?」
走りながら逆手に持った短剣でゴブリンの首を掻っ切る。数にキリがない上に、どこか方向感覚が狂わせる力も感じる。普段のノリならこれで優香の迷子体質も一周回って治らないかと真剣に打診するところだが、そんな余裕もない。焦りだけがオルディナに募る。
このままじゃだめだ、と一度落ち着いて思考を整理する。
別に空間が捻じ曲がっているわけでもない。作用されているのは目と鼻、そして耳といったところ。軽度ではあるが、どうも認識がチグハグに感じる。
「……水辺水辺………山と言ったら川……一概には言えないが、地面は湿るか」
しゃがんで軽く、周辺の地面を探る。
「……湿ってるっちゃ湿ってるが…………」
近いと見ていいか否か。ちょっと仄暗い所だったら同じくらいの湿り気は持っているだろう。情報らしい情報を得ることができない。
せめて聴覚が信用できれば、戦闘音を聞き取れるのだが。そう思い立ち上がった途端、
「うおっと」
特に大きな音は感じなかったものの、木が地面ごと大きく揺れた。ラッキー、と口笛を鳴らす。地面の揺れという現象の阻害までは行わなかったらしい。
「こっちだな?」
震源を探知し、走る。一度正解を見てしまえばなんのその。少し認識をズラされている程度、なんの問題にもならない。向かっていくほどに増えるゴブリンを両手に持った短剣で刻んでいく。
やがて、緑の天幕が開き、大きな光が差し込んだ。
彼らは一本の川を挟んで対峙していた。体がバラされていたり、一部が焼け落ちたりしたゴブリンらの中心に、優香が剣を支えに膝をついている。いまなお食いつかんと輝きを灯す瞳の先には、黒い岩と見違うほどの巨漢が仁王立ちで目をつぶり、眠っていた。
「────」
隆起した筋肉が纏った布を千切り、岩を削ったかのような髪が天を突いている。ソレがただ立っているだけで、馬鹿でかい山を目の前にしたような力強い迫力がのしかかってくる。
それに触発されたのか、チャンスと見たのか。
「アァ……俺を起こしたのはァ……どこのどいつだァ?」
「……おっと。寝起きドッキリはご不満だったか?」
オルディナの短剣による奇襲は、その頑丈な肉体に阻まれ砕かれた。一ミリも動かない頭を素早く蹴り、対岸へ跳びながら顔面に向けてもう片方の短剣を投げる。顎を弾く形で命中したが、傷一つない様子でコクンと力なく項垂れ、立ったまま寝息を立て始めた。
「オル……ディナ?」
「お待たせだ勇者サマ。さっさとズラがるぞ」
ほにゃりと安堵の表情をした優香の隣に降り立ち、そう言葉を落とす。
崩れた顔から一転して、真剣な面持ちで立ち上がった。
「ううん、ダメ。あいつベールの住人が使ってる川に毒を流してた。今すぐ止めて浄化しないと大変なことになっちゃう」
「…………魔族にしてはみみっちぃマネしやがるな……おい、わかってるか。俺と勇者サマ二人掛かりで五分だ、五分。アレを相手取るのはちと早い」
「あれ、思ったよりもあるね。二回に一回だったら上等でしょ?」
「時期が悪い、って言いたいんだがなぁ……あぁ、けど、そう言われちまったら賭けるしかねぇな! 【思い切った賭けは嫌いじゃない】」
「オルディナが賭けるとか言わないで、縁起が悪い」
「おいそれどういう意味だ」
そういいながら空間を開け、一つ二つ三つと銃を取り出し一発撃っては捨て撃っては捨てを繰り返していく。それでも奴は依然、微動だにしない。俯いたままにも関わらず敵はキン、と金属音に似た音と共に弾丸を弾いていく。
「全然効かねぇんだが……? けど、なるほど。『怠惰』か」
オルディナはそう判断した。
手下の力を見ようともしない怠慢。
自ら動かず勇者を呼び寄せる怠惰。
眠りこけるほど硬くなる能力。
最後の能力で一応の納得はいった。穿った上に微妙な捉え方だが、こういう自分の中にルールを作るような存在だから魔族は困るのだ。
手持ちの銃では寝ているアレの防御力を上回れないことを確認し、ポケットにしまう。倒そうとまでは思っていない。万全の状態でない以上、撃退できれば御の字といったところだろう。
「おい、身じろぎもしねぇぞこいつ」
「───っ、来るよ、オルディナ!」
「は───ぁ!?」
予備動作もなく、それは跳んだ。砕け散る岩を置き去りにして放たれたそれは、オルディナを容易に吹き飛ばす。まともに直撃していれば、下半身を置き去りに上半身が飛んでいきそうな威力だ。さよならバイバイしていないところを見るに、なんとかしたのだろう。そんな信頼を持って、巨腕が振り切られるのを見送り、純白の剣を横薙ぎにする。
剣の才能を持ち合わせ、先代魔王に戦いの基礎技術、知識を教わり、王国にて剣士としての完成間近にまで至った彼女の剣は並大抵のものではない。純粋な剣術においては王国一と謳われる騎士団長に凌がれるが、魔法を交えたならば互角以上となるほどに、トップクラスに近づいている。
そんな彼女の剣を奴は眠ったまま、その巨体に似合わない俊敏な動きで避ける。
回避して取られた距離を詰め、今度は、と返す刀で首に向かって剣を振るう。しかし、またもやすんでのところで優香の攻撃を避ける。
別に致命の一撃を入れに行っている訳ではないが、避けられるにしても薄皮は一枚、もっといえば腕を一つ犠牲に受けさせる程度のスピードで詰めたつもりだった。
「どうして」と焦りが柄を握りしめる。オルディナが合流する前まで無数のゴブリンと怠惰の魔族を相手取っていたが、ついぞヤツを斬ることができなかった。キリがない。このままでは優香の体力が先に尽き、華奢なその体は容易く砕かれてしまうだろう。
様子見のつもりなのか反撃はしてこない、が少しでも大きな隙を見せれば肉片にされる予感があった。やり辛いにもほどがある。別に相手が攻撃してこないから正当性に欠ける、なんて騎士道的な理由ではない。単に、想定したことがないからだ。
オルディナとフェリルの訓練でも王都で受けた訓練でも、防戦一方になることはあれど相手が抵抗しない訓練などなかった。
攻勢に見えてヤツは一瞬の隙を突いてこちらを殺すことができる。それに関わらず、カウンター狙いでもない。マニュアルにない戦闘形態は、経験の少ない優香にとって非常にやりにくいものだった。
はぁ、と息をつく。やはりこういう型破りな戦いは自分ではなく、彼のほうが上手だ。
「ハッハァ! やっとかかったなこの寝坊助が!」
「ヌ、ゥ……!?」
木陰を縫い、影が魔族の背後から鍬で首を取るようにして、顎を打撃する。魔族とて、体の質は違えど構造は人と同じ。顎を動かせば脳が揺れる。実に単純だが酷く有効だ。致命の一撃は愚か、かすり傷にも及ばない攻撃だが、『起こす』ことに成功する。
「ハァ───!」
彼らの綿密な連携は、『起床状態』である怠惰の魔族の反応速度では避けるに能わない。優香が心の臓めがけて、剣を突き立てる。脳が揺れ、体ごとの回避は間に合わないと見たか、それを流さんと腕が動く。しかし、ギィと何かに縛られ動かない。
「テメェら対応可能の特注ワイヤーだ。効果のほどは先代魔王サマのお墨付きでございますよー、っと」
その言葉を最後に、怠惰の魔族の胸に深く剣が突き刺さった。