第5話
「さて、全員に行き渡ったな!?」
夜番を交代で行い、一つの夜が明けたころ、馬車の外にまで聞こえる声量でフェリルが確認をとった。彼に対面する形で座る優香と、馬車の操縦をするため外にいるオルディナが頷く。そんな彼らの手には一冊の本があった。
『たびのしおり』
書き慣れていないかのように震えた、人族共通の言語で書かれているそれは、先代魔王フェリルの作品だ。
「ここに、これからのことが記されている! 旅の始まりということで、当面の予定だけ全員で確認していこうと思う」
「学び舎の遠足前かな?」
『魔王』がこんなものを作ったという事実に腹を抑えながらオルディナが突っ込む。一方優香はその完成度と量におぉ、と目を見張りながらながらページをめくっていた。厚さにして二、三センチほどはあるだろうか。とても一朝一夕で作れる量ではない。
「数日後にベールの街でベール牛のステーキを食べた後、我々は『ケトス大陸』に向かう船に乗りに、アウルス港へと向かう」
「あれ、結局ケトス大陸にするんだね。いまあそこ周りの海が結構荒れてる、って聞いたけど」
「荒れているからこそ、身のしまった海鮮物がとれるという情報を得た。この季節でしか味わえない食材……試さずにいられるか!」
『第二目標』ケトス大陸名産───海鮮系の料理
「なんでも暖かいこの季節、海の魔物が活発化するため、対抗して魚介類が強くなるように進化したらしい。下手するとぶつかるだけで金属板が貫通する」
「私の知ってる魚じゃないんだけど、それ…………」
優香ががくりと肩を落とす中、どうやっていくつもりだ、とオルディナが問う。よくぞ聞いた、と言わんばかりにフェリルが口を歪ませる。
「護衛として雇ってもらう。困っているのはあちら側も同じだろうからな。そこに漬け込めば通るだろう」
「信頼は? 大した名もないオレらの力を保証する手立ては何もないぞ」
「『勇者』を使えばいい。こちとら世界を救いに旅出てるんだと見せつけてやれ」
「んん……? あぁ、そうか。そのために」
「そう! 私が王様直筆の招待状を受け取ってきたのだ!」
ババーン、と『道具入れ』から一通の手紙を取り出す。どうせ一言二言ではあるが、直筆ということもあってかなかなか仰々しい封筒になっていた。
「それがあればスムーズに事が進むだろう?」
「十分だな。ならこの問題は解決か」
ドヤァとする優香に正面に座るフェリルがイラとしつつ、ページをめくっていく。
「取り敢えずはこんな所だろう。残りの『ユーシル大陸』と『スケア大陸』はまたケトス大陸を出るときにでも予習すればいい」
「だからお前は学び舎の先生か」
ガタン、と馬車が小石を引っ掛ける。
「だから最後に一つだけ、この旅の最終目標を全員で再確認しておこうと思う」
「……まぁ、いいんじゃないか?」
「いいと思う!」
そういうと、残り数ページというところで、全員の手が止まった。
『魔界編』先代、及び今代魔王の調査
「私的な目的で申し訳ないが」
「この旅のしおりみたところ9割方あんたの私欲だがな」
「まず、我が復活した原因についての調査だ」
「無視か」
『たびのしおり』と題して、ズラズラと各地の名産品が列挙されている最後の1割と数ページ以外グルメ本を見ながらいう。
「美味しそうだからいいじゃん」と優香に宥められて、仕方ないという表情で本を片手に手綱を引く。
「正直なところ大方の理由は予想できているが、やはり現場に向かわねば確信には至らん」
「そういえば、魔王城には一度も戻ってないんだっけ」
「当たり前だ。あそこは既に我のモノじゃない故、そうやすやすと立ち入ることはできん。この大陸で復活して以降、外に出ていないしな」
複雑そうな面持ちで言葉を落とす。元々は自分の城だとはいえ、己が敗北したせいで攻め落とされた城に、のこのこと帰る気にはなれなかったのだろう。単純に、プライドの話でだ。
「そんで、次は今の暫定城主について、って訳か」
心底どうでも良さげにオルディナが言葉を継いだ。二人も気にした様子を見せる事なく、流れた先の話に移ろう。
「そうだ。我が倒れてから100年経った以上、次の魔王が発生している筈だ。しかし、我が復活するという異常が起こっている為、なんらかのイレギュラーが起こっていてもおかしくない。それを確認しにいく」
「イレギュラーに関係なく俺らはそれの討伐、って感じだな」
「そうだね。この世界を危機に追いやっている以上、野放しにしておけない」
フェリルが眉間に深い皺を寄せるも、投げ入れられた飴玉に優香が気を取られている内に、元から無かったかのように消えていた。
「まぁそれはサクッと片付けて、こっからか」
「あぁ」
「うん」
全員が頷き、次の話に移る。
「再確認、ってことで聞くが『鍵』はそこで形成できるんだな?」
「我ら三人が揃っていれば、出来なければおかしいと言えるレベルだな」
「それがあれば『門』が開けて───」
『───神に会える』
「私は魔王を倒したら元の世界に返してもらう予定だったんだけど、」
「今まででこの世界から勇者が帰還したという記録はない。約束通り世界を救ったのにも関わらず」
「そこのところ、ちょーっと聞かなきゃいけないよね。元の世界に帰れないとか言われたら洒落にならないし。けど……神と話してたときに虚偽は無かったと思うんだけどなぁ」
不可解そうに顎に指をやる勇者を尻目に、村人は話を紡ぐ。
「オレも聞きたいことがあるだけだな。まぁ、返答次第では魔王サマみたい───」
「ヤツは絶対にぶっ殺す」
「…………とまではならねぇな。だが、何が何でも聞き出してやるつもりだ」
外にまで溢れてくる殺意に苦笑いしつつ、中に一つ飴玉を放り込む。
「オルディナをそうまでさせる理由ってなんなの? そっちの事情は知らないんだよね……不公平だと思うんだ、私!」
「まぁまぁ、時期が来たら話すさ。それとして、勇者サマは問いただしたいことがあるとか言ってたか」
「あからさまぁに話そらされたけど、そうだよ」
不服そうに眉を寄せて頷く。
「あの神様、私が召喚に応じたや否や、この鎧を渡すだけ渡して見知らぬ森のど真ん中に転移させたんだよ! 酷くない?」
「あー、オレらと会った時のか」
そういって、このパーティが始めて揃った時のことを思い出す。振り返ってみればあの『勧誘のために王様よりも先に勇者サマ捕獲大作戦』はなかなか雑だったなと思いつつ、地味に“稼げた”からいいだろう、とカジノであったまっている筈だった財布を握る。…………あれ、おかしいなー重くないぞーと逃げるようにして話を振る。
「まぁ何だかんだあったけど、こうして旅に出れているんだからいいだろ」
「そうなんだけどさー!」
納得いかない! と足をバタバタとする優香。馬車が傷つくだろうが、とオルディナが半ギレしながら飴玉を放り込むと、痛いっ!? と悲鳴が上がる。物資損害の罪は大きい。
「よし、では最終目標に対する認識の違いはなかったようだな」
「その利害の一致で行動一緒にしてるようなものだからな」
「本当だよ。なんで魔王倒しにきた私が、先代とはいえ魔王と一緒に旅しなきゃいけないのさ! 重要な情報を持っててオルディナと協力関係になかったら、こんな奴の首なんか取っちゃうのに!」
キーッ、と天を仰ぐ。その様が愉快で仕方ないのか足を組み、見下すようにしてフェリルが嗤う。
「クカカ、やってみるか? 小娘」
「は? やっていいのかな年増さん?」
「暴れるなら外行けよー」
「「はーい」」
馬の足取りが心なしか軽くなった途端、道を挟んでいる森が倒壊し始める。
あぁ、今日も平穏な旅路を過ごせて何よりだ。
暖かい陽の光を浴びて、心からそう思った。
「───、おい。いま馬車に石ぶつけたのどっちだ」
「そいつだ」
「私じゃない!」
「上等だ、両方ぶっ飛ばしてやる」
こうして、少しづつ予定はズレていくのだった。
・神への殺意比べ
フェリル>>>越えることができない大きな壁>>>オルディナ>>優香
・友好度比較 愛→良→中→悪→不可
(魔)フェリル⇆(村)オルディナ 良
フェリル→(勇)優香 中
優香→フェリル 悪
オルディナ→優香 中
優香→オルディナ 良