第4話
「アタシは『ゾーア』。戦士兼盾の役割を担ってたよ」
そういってオルディナに手を差し出し伸ばした。赤いショートヘアだ。適当に切りそろえているのか、肩程度で長さが疎らになっている。快活に開く瞳は燃えるように赤く、ギラギラとした輝きが感じられ、頰には『魔物』につけられたのか、顎にまでかけて生々しい傷跡が残っていた。
急いで優香を追いかけてきていたのか、普段着とみられるクリーム色のTシャツに小麦色のロングスカート、そして裸足という格好で来ていた。容姿からとれる戦場に立つかのような荒々しいイメージよりも、牛がモォと鳴く草原が似合う服装で、些かギャップが大きい。
それはそれとして裸足は頂けないなぁ、とオルディナは軽く眉を寄せて鍛えられた手を受け取った。
「あぁそういえば自己紹介してなかったか。俺はオルディナ。ただの村び、ぃ───」
瞬間、彼は身を引き寄せられ勢いのまま投げられていた。
「───と、」
しかし、まともに受けることなくダンッ、と地面に足をつけブリッチの形で固まった。その体勢のまま、特に表情も変えることなく口を開く。
「やるのか?」
「………なるほどねー。優香が見初めたっていうから試してみたけど、なかなかやるね」
「へぇ。どうして?」
「隙だらけのようにみえるけど、どう攻めても反撃されるイメージしか湧いてこないからさ」
「な、る、ほ、ど、なっ」
「えっ、や、ひゃんっ!?」
オルディナが力むと同時に、そのまま起き上がるようにして背負い投げの状態から逆転され、世界が反転する。
「女の子がそんな格好で出てきちゃダメだろ? フェリルー、なんか履くもの出してー」
「ま、待って! は、はずかしいから……!!」
そう、その体制はお姫様抱っこだった。
「お姫様抱っこ! お姫様抱っこだよ!」と興奮した様子でバンバンと背中を叩いてくる優香にうんざりしながら、フェリルは空間を拡張し適当に見繕う。
「こんなところか。そら」
「あっ、ありが、とう……」
投げられたそれを受け取り、消え入るように言いながら、ポツリと飾られた桜のような薄紅色の花が特徴的なサンダルで顔を隠す。しかし、降りなければこの辱めが続くことに気がつき降ろせっ、とサンダルの隙間からオルディナを睨みつける。ただの眼福である。はいはい、と仕方なく降ろした。
「ぜっったい、いつか仕返してやる………」
「クハハ、可愛い子からのイタズラならいつでも大歓迎だぜ?」
「かっ……!? 〜〜〜っ! ぜっったい仕返ししてやる……!!」
殺気のこもりだした視線にうひゃあ、となりながら一歩後ろに下がる。
「それで? なんか用があって残ったんだろ?」
「あぁ!? ……あぁ、そうだったそうだった。ふざけたマネしてくれるもんだから、すっかり飛んでしまっていたじゃないか」
「身に覚えがないなぁ。おい勇者サマ、さてはなんかしたな?」
睨む視線を受け流すかのようにすっとぼけながら、優香にキラーパスを繰り出す。案の定、それをまともに受けた彼女は慌てふためいて、
「うえっ!? わ、私!? お姫様抱っこされるゾアちゃん可愛いなぁとしか思ってないよ!」
「それはギルティだ優香」
「ちょっと!? 頭叩かないでぇ!」
その反応がゾーアの嗜虐心を誘ったのか、軽快な動きで優香の後ろに回り込み、首をとってもう片方の手でペシペシと叩き始めてしまった。先の赤面はどこへやら。すでに優香をイジる顔になっていた。
「いやぁ話がズレるズレる。もう早くでる理由もなくなったからどうでもいいんだが」
「いや、否だ。予定が遅れた以上どこかで帳尻を合わせねばなるまい?」
「うへぇ。じゃあ第二目的をなかったことに……」
「……ふむ。多少なら遅れても良いのではないか。うむ。それがいい。数日や一ヶ月程度、誤差だ誤差。なんの問題もないだろう」
「手のひらがクルックルしてやがるぜ」
そうこうしているうちにゾーアがマウントを取り、ドレスメイルの隙間からこしょぐり始めた。
「ひっ、や、やめひっ」
「ほれほれ〜、ここがいいか? お?」
「に゛ゃあ!?」
猫が出たぞ猫が、とケラケラと観戦し、笑うオルディナ。しかし、流石にこのグダグダさにイライラとし始めたのか、フェリルが小刻みに地面を叩き始めた。それが目に入ったオルディナが、あー、と髪をかきあげながら進言する。
「んん、たしかにそろそろいい時間だが……この眼福な光景を目に収めたいとは?」
「ハッ。我に性別はない。貴様のソレは理解ができんな」
「かーっ! 勿体ない。あれで精神回復するってレベルなのに。いいか? こっち側のことを知りたいってならよく覚えとけ。男の人族ってのはな───」
藪蛇だったか、と語り始めたオルディナを視界から外し、三人寄らずとも姦しくなっている女子二人を見てため息を落とす。別に、予定から遅れることに関してははもう割り切ったものの、全員の理解の外というのは少し、些か、ちょっと、すこーしだけ魔王様にとって不愉快だった。
「下らんな。おい、ゾーアとやら」
「えっ、あっ、はい!」
『魔王』のカリスマは、思わずといった様子にゾーアを立ち上がらせる。
「要件とやらを疾く話すがよい」
「は、はい。えーと、率直にいうと優香たちに『依頼』がしたい」
「依頼?」
優香が疑問符を浮かべる。
「そうそう。アタシの親が住んでるベールの街に届け物をして欲しいんだ」
「届け物」
うん、とオルディナに頷くと後ろ手から顔面大程度の皮袋を取り出した。
「ただのちょっとしたお金とかなんだけどね。うちの親が孤児院切り盛りしてるもんでさ、その援助物資みたいなもの」
「あ? そんなの自分で行けばいいじゃねぇか」
「いやぁ、逆に言ったらそれだけしか用事ないし………アタシはまだこっちにやるべきことが残ってるから」
「ふぅん……まぁいいや。詳しい場所を聞いても?」
「いや、ちょっと待て」
ぐっ、と魔王が身を割り込んできた。
「そのベールの街とやらはどこにある。これ以上の予定の狂いは容認できん。『アウルス港』への道中にでもあるんだろうな?」
「いや、割と道からズレる。寄って直ぐに用事を終わらせても、予定より数日は遅れるな」
オルディナの言葉に眉を吊り上げる。
「ふざけるなよ貴様。それほど遅れる予定を安請け合いするなど!」
「ゾアちゃん。ベールの街、ってベール牛で有名なところだったよね」
「え、あっ、うん。アルトリウス王が『肉の王』と名付けるほどで、牧場主が営んでる店では蕩けるような肉感と岩と見違える肉厚で、『あのエルフが腹を鳴らす!』ってキャッチコピーのステーキが有名だよね」
「ふん、そんなことはどうでもいいと言っているだろう。報酬なんぞいらん。さっさと行くぞ貴様ら。───肉が! 私を! 待っている!」
「この可動式手首そろそろなんとかしようぜ」
さぁ! さぁ! といつのまにか東門に置かれていたはずの荷物が積まれた馬車を西門へと転移させ、中から叫ぶ魔王様。オルディナがゲンナリとしながらも、まぁ思うように事が進んだし、と踵を返し馬車へと向かう。
「さて、じゃあいくか勇者サマ。別れも済んだだろう?」
「うん! じゃあねゾアちゃん!」
「え、あっ、おい! 報酬はどうする!?」
花のような笑顔で手を振る優香に呆気を取られつつも、正気に戻ったゾーアは駆け寄るようにして叫んだ。オルディナは振り返りもせずにしっしっ、と追い払うように手をひらひらとさせる。
「フェリルも言ってんだろう? そもこんなので一々金取ったりしねぇよ。それも、勇者サマの知り合いってんだからよ。なに、心配すんな。依頼は達成する。勇者サマが」
「うえっ!? いや、うん、するよ? すごく達成するよ! 私に任せなさい!」
「なんか不安になってきたんだけど」
「なんでぇ!?」
笑顔から一転して涙目になる。そんな優香が面白いのかケラケラ笑うと、うん、と目尻を拭って手を振った。
「いってらっしゃい優香! さっさとやることやって帰ってきなよ!」
「うん! 最後まで待っててね! 用が済んだら直ぐ終わらしてくるから!」
「魔王討伐をそんな用のついでみたいにいっちゃうの……?」
「後ろから、こう、やれば、ね?」
真顔で相手の背後を取り、首を掻っ切る動作をする優香に、それでいいのか勇者、と頰を引きつらせつつ、その背中を見送る。
「さっさと来い! ステーキが逃げても知らんぞ!」
「ステーキは逃げないよ……」
「あっ、おい勇者サマ。鎧は馬に負担かけるから、脱いで道具入れにいれとけ」
去っていく、二匹の馬が引く馬車。わー、だとかキャー、だとか謎の奇声が、夜に溶けるようにして響き渡る。
「…………やっぱり、変なパーティに見えるよなぁ、あれ」
苦笑い気味に言葉を落とす。どうにも全員の個性が強すぎる。まぁしかし、優香が認めたのであれば、なんとかなっていくのだろうという確信があった。
「さて、アタシもがんばりますか! 勇者にも負けないくらいに!」
満天の星空の下をよし、と意気込んだ彼女は鼻歌混じりにステップを踏みながら、揚々と帰路に就いた。
動物も寝静まった穏やかな街路。水面に投じられた石のように騒がしく明るい馬車が、一つ通る。眩しそうに見る空に、彼らの旅路を祝福する星が流れた。
星に願いを。
大切な人の隣にいれる奇跡に感謝を。
当たり前という日常に祝福を。
より楽しく過ごせる明日に希望を。
今日も今日とて誰かの願いがせ集められる。
さぁ、さぁ。歌って踊っておくれよ。
ただそれだけを楽しみに、ソレは彼らの描く紋様を肴に、杯を仰いだ。
場違いなところに当然のように居座る村人。
遠い世界から異なる世界を救いに来た勇者。
前例のない謎の復活を成し遂げた先代魔王。
普通なわけがない。彼らは特別で、一人一人が爆弾を抱えたこの世界の特異点だ。は、は、は、と俯瞰する。なんせ、その身は傍観者。何をする訳でも、何かをしなければならない訳でも、何かをされる訳でもない。ただ、彼らの旅路の終わりを見据えて、杯を仰ぐ。
あぁ楽しみだ。
そう。だって、彼らの旅はまだ始まったばかりなのだから。