第3話
「はっはっはー! 勝負あったな!」
空間拡張魔法を唱え、小規模ではあるが自分専用の拡張空間に剣を収納したオルディナへと王が歩み寄る。
「なに、勇者様が認めたパーティに生まれが『村人』らしき人物がいたようなのでな。その実力が如何なるものか、と見に来たら既に戦の種が蒔かれていたようで何よりだ。しかしまぁ天晴れなものよ。ウチの賢者を倒してしまうとはな」
優香があれ、と小首を傾げるも誰が反応するということもなく、オルディナが手のひらを胸に掲げながら頭を下げ、その体制のまま口を開いた。
「………何をいいますか、王よ。彼は元はといえば戦略級の存在。その力を人一人に向け、殺さぬよう手加減するなど無理のある話でございます。彼の小型ゴーレムを起点とした戦術が下限でしょう。それも一対一であるならば、幾らか経験のある私に軍配が上がります」
「頭を上げよ。まったく、いつの時代のだそれは。今風だと片膝をつくのだぞ?」
「───、───はっ」
一同が誰だこいつとなる中、オルディナは「まじか」と膝を曲げようとして、半ばで頭を上げよ、と命じられたことを思い出して膝を伸ばし、王の胸筋を直視させられてからもう少し視線を上に上げて顔を見た。この筋肉ダルマ、実に身長が二メートルは優にあるのだ。
「しかしまぁ、───久しぶりだな?」
その言葉にオルディナが心底嫌そうな顔をして、
「───、………やっぱり、覚えておいでで?」
葛藤の末に誤魔化すことなく、震え声で応えた。
「そこまで老廃したつもりはないぞ!」
ガッハッハと笑う。
「さっきのも大方、親父辺りから学んだのだろう。いやぁ、しかし。あんな遠くから遥々ここまでよく来たな?」
「長い道のりでした」
「前に会ったのはいつだったか」
「私が幼少の頃でしょう」
「もうそんな昔のことであったか! いや、時の流れは早いものよなぁ!」
退屈そうに欠伸をする魔王を除いて衝撃に耐えきれず石化する中、発生源たる二人は当たり障りのない昔話を展開していく。
はっ、と最初に意識を取り戻した優香がえっ、えっ、とその間に割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待って!? オルディナと王様って知り合いだったの!?」
「あぁ。昔、村に調査だか何だか知らねぇが訪問してきたこの筋肉ダルゲフンゲフン王様に出会い頭で吹っ飛ばされてな」
「吹っ飛ばしたなど、言い方が悪いなぁオルディナ? ただぶつかっただけではないか」
「多少なりとも鍛えてる人間が、人とぶつかっただけで二メートルも吹き飛ばされる訳ないだろ………」
言わずもがな、苦手意識を植え付けた出来事である。
「ガッハッハ! まぁ差した問題じゃないではないか! 許すがよい!」
「嫌です」
「なんと!?」
ビシィ、と筋肉をしならせるも、先とは違う意味で頭を下げられる。ふぅむと唸り、
「ならば旅資金の援助で手を打とうではないか」
「───ほう。おいくら程で?」
金はあるのだからなんでもお金で解決すればいいという訳でもないが、王はこの村人が最も欲している物をよく知っていた。
キラァン、とオルディナの眼が光る。お金はあって困らない。貰えるものは貰っておけの精神だ。
「基本に習って、1万トレアでどうだ?」
「ウチには一人、大食らいがいらっしゃりやがりますので、それだけではすぐに金がつきましょう。いかんせん急ぎの用でございますので、この大陸にいられる時間もそう長くありません。そうなると、資金源を得るまでの馬や馬車の維持にすら手が回りませんね。というより、話が変わりますが本来のパーティに渡すつもりの資金がその程度だったので?」
「この資金が無ければどうするつもりなのかだとか聞いて見たいところだが、まぁいい。ワシは寛容だ。3万トレアでどうだ」
「もう一声といったとこでしょうか。勇者様が一人迷い、もし森の変なキノコに手を出してしまったらどうご考えで?」
「私が迷うことは確定なの?」
「ふむ、なるほど。ではまぁ、切りが良く15万トレアでどうだ」
「王様までスルー!? というかそんなにくれるの!?」
「!? ……えぇ。誠にありがとうございます」
『トレア』はこの世界全体で使える通貨の単位である。これというもの、遠い昔に起こった魔王の襲撃の際、手を組んだは良いものの通貨が全ての種族で違ったために「取引がめんどくせぇ!」となり、発行され始めたものだ。当時の会議で『初代勇者』アストレアから名前をもじったとかなんとか。
1、5、10、100、と硬貨があり千、五千、一万と紙幣がある。それぞれに各種族が手を結んだイラストが描かれており、偽物防止に特殊な魔法がかけられているため、本物は誰にでも察知できるようになっている。それを職としている魔法使いからすると「これだけでお金もらえるなんてさいっこー!」といった様子で、その仕事に見合ったお金が魔力を消費するだけで得られるがために、そこそこ倍率が高い職業となっている。
そのために、金融機関の中心である『イーノス大陸』には戦闘力の高い魔法使いがわんさかしていたりする。
話がズレてしまったが、その15万トレアは一人の大食らいがいたとしても、しばらくやっていくのに充分すぎるお金だ。「やっべ、やりすぎた。というかこいつ面倒くさがりやがったな?」と金銭感覚が庶民的なオルディナが冷や汗をかくほどに。
「ふむ、ではそこのガインよ。彼らに15万トレア渡してやってくれ」
「はい、オルディナ様。どうぞ」
「あっ、ドーモアリガトウゴザイマース」
「…………ふむ? ガイン?」
「はい」
「…………なぜここに?」
「優秀な部下のお陰でございますね」
「…………ワシを連れ戻しに?」
「もちろんです」
ゴツイ鎧に槍を持ち、流れるような金髪を後ろで結びポニーテールにした騎士団長はニッコリ、と、礼もまともに言えないオルディナに眉を寄せることもなかった騎士が、ニッコリと笑った。
「さ、戻りますよ。まだ職務が残っていましょう」
「い、嫌じゃあ! もう暫くシャバの空気を楽しむのじゃあ!」
「王宮を牢獄などと一緒にしないでください」
「嫌じゃああああぁぁぁぁぁ」
鎧を含めても体格が一回り違う筋肉ダルマが引きづられていく様は中々面白いものだった。聖職者の少女もワタワタと悩んだ結果もう帰ることにしたのか、優香に手を振ったあと、それについていった。
引きずられる王に目もくれず、シメシメと思いながら自らのポケットに金をしまおうとすると、
「ふん。貴様が持っていては折角の食費がカジノに呑まれてしまうわ」
横から奪われ、魔王のポケットに放り込まれてしまった。
「何言ってんだフェリル。折角お前の間食の量を増やしてやるって言ってんのに」
「だから、それが、返ってきた、覚えが、ないと、言っておろうが!」
「うんうん。オルディナはしばらくカジノ禁止! 少しは貯金とかしたらどう?」
「えぇー…………ケチか」
「ケチじゃない!」
がくりと肩を落とすオルディナにもうずっと禁止でいいのではないか、と魔王が提言したり、それはかわいそう、と否定したりしていると「おい」と賢者がオルディナに声をかけた。
「───次は負けん」
「───、勘弁してくれ。油断してないあんたとかマジでシャレにならん」
「フン。まだ手札を残している癖に何をいうか」
「切りたくないから残してるんですよ」
手をひらひらとさせる。
「次までに空間拡張魔法くらいは詠唱破棄できるようにしとくんだな。使用頻度の高いそれで詠唱がいるのはマズイだろう」
「イメージは得意だが、魔力練るのは苦手なんだわ」
「ソレをどうにかしろといっているのだ」
「へいへい」
耳が痛い、と頭を抱えてテキトーに聞き流す。そんなものはずっと前から魔王に扱かれ訓練してきている、が、どうしても魔力の送り方がヘッッタクソで、言葉にのせて丁寧に仕立て上げなければ「こんな汚いもの寄越さないで下さる?」と闇の精霊に唾を吐かれてしまうのだ。しかし、これを詠唱破棄で、それも今と同じ効率で行使できるようになれば単純な話、日常生活でも使いやすくなり、戦術の幅も広がる。
「次は魔王を倒した後にでも来るがいい。魔王を倒したパーティの男を倒した男、とでも名を挙げてやろうか」
「お前、そんな野蛮な名誉もらったら誰も寄り付かなくなるんじゃねぇの?」
「ほぐっ!?」
賢者なりのジョークなのだろうが全然笑えない。思わず真顔で返すと、デリケートなところに突き刺ささったのか覚えておけ、と睨みつけられた。
しかし、はぁ、と一つ息を落とすと表情を緩和させて、優香へと膝をついて言う。
「勇者様、数々の無礼をお許しください。そして、どうか貴方様の旅路に幸福がありますよう」
立ち上がると、マントを翻し去っていった。二度と顔みるかバーカ、とオルディナが背中に小言を投げていると他三人から呆れたような目で見られてしまう。
「さて、あとはアタシだけみたいだね」
一人残った赤髪の少女が、待ってましたと言わんばかりに快活な表情で口を開いた。