第9話
ちょっと新生活が忙しいんじゃよ……と、いうことで第9話です!
…………そろそろストックが切れそうです:(;゛゜'ω゜'):
「………いくつか、質問」
「おう、いいぜ」
眉間に皺を寄せて考え込んだ優香が、ふと声を上げた。
「まずこんな事情すら知らず、オルディナたちに付いてきた私をぶん殴ってしまいたい」
「それ質問じゃねぇなぁ」
カラカラと笑う。
ハァと長いため息を吐く。
「まぁ、うん。その他いろいろと、納得がいったよ。オルディナたちがいち早く私に干渉してきた理由とかも含めて……一旦、私に信用して欲しかったんだね? こういうことを聞かせても動揺が少ないように」
「そうだ。勇者サマを王様よりも先に発見し、数ヶ月間衣食住、そして特訓をつける恩を売り、とりあえずの信用を買った、ってとこだ。もっとも、この時点での情報開示は予定外だったが……様子を見るに冷静みたいで何よりだ」
「まぁ、ね。それにしても思っていたより打算一杯だったなぁ…………思いついたから口に出しちゃうけどあの『勇者様の剣を一本釣りチャレンジ! 一回800トレア!!』って奴も私を誘導するためだったの?」
「まぁ、路銀稼ぎのついでに来ればいいなぁ程度の奴。結果的にいえば僥倖としかいえん」
「だとは思った」
どうせ馬車と保存食以外はカジノで溶かしたんでしょう? ジト目を送ると岩場に視線を逸らされる。
「じゃあ真面目な話……正直、まだ『村人』っていう概念が理解できないとこがあるんだけどさ……なんで村人なの」
目に見えぬ敵を、親の仇を見るように睨んだ。対象が自分ではないと分かっているものの、そんな目付きをされては喉を締め付けざるを得ない。好きじゃない目だ、とオルディナは灰色の瞳を薄めた。
「監視するだけだったら王様でもいいでしょ? 自分が行く必要もないし、賢者様やクリスちゃんみたいに呼べば来る信頼できる人に任せればいい。むしろ無辜の民の代表という意味でとれば王様が適任じゃないの? なのに……なんで、戦う必要もなかった村人が……?」
ブーメラン刺さってるぞ、と平和な世界から来たと聞いているオルディナは目を閉じる。私は頼まれて承っんだからいいの、と意地を張るように語尾を強める。さいですか、と少し残念そうに言葉を落とした。
「……強くあっちゃいけないんだ。
勇者は魔王を打倒し、
魔王は弱き者を蹂躙し、
弱き者は勇者を処刑する。
この図に則る必要があった。
王様のような豪胆さがあっちゃいけない。
賢者のような気高さがあっちゃいけない。
僧侶のような包容力があっちゃいけない。
戦士のような勇敢さがあっちゃいけない。
弱くなくてはいけなかった。弱き者の立場、一人じゃ立てない弱き者共の一人だという認識が必要で、何処にでもいるような平々凡々の無個性たる『村人』という人種が最適だったんだ。───勇者を降ろすには」
至って普段通りに、川辺の手頃な石を皮袋に詰めていくオルディナをみて、優香は眉を八の字に寄せた。彼は彼女と違って、拒否権なく戦う道を選ばされた人間だ。もし選ばれていなければ、いまでも鍬を土に向かって振るっていた、無辜の民。勇者に向かう悪感情をその一身に押し付けられるなど、生贄のそれだ。
彼女は、ここに来るときの夢で見た、『神様』を思い出した。形があるように思えず影のように見えて、それでいて肉を流し込めばヒトができてしまいそうな、上手く認識が合わない人の金型。言葉で表すことすら不自然で、人間味がなく、達観しているように感じて、視点が圧倒的にズレていた。観て、「あぁ、これが神なんだ」と嫌が応にも感じさせられた存在。
アレならば確かに、こんな生贄じみた行為を容易にする。人との道徳観が違いすぎるアレは、なんの葛藤も罪悪感の欠片もなくその手を進めるだろう。
「(気に食わないなぁ……)」
そんな、身分を理由に誰かを犠牲にするという行為が気に食わない。 “人はみんな平等で、強いだとか弱いだとか関係ない” のに。
嫌な感じ、と顎に手を添えて木にもたれかかる。
そんな彼女をみて、オルディナはまたため息を落とした。優香はこちらの事情を知った上で、『村人』について考えるのではなく、あくまでオルディナ個人について思案しているのだ。
「俺はお前を騙していた奴で、お前を殺す存在なんだぞ」
無駄に、走ってしまいそうな口を押さえ込む。
秘密主義にはうんざりだ、と「ぶん殴りたい」衝動を持ちながらも民草であるオルディナを思いやる余裕があり、
「理不尽だ」と道理に沿ってないことを見れば脊髄反射のように口をだす、自分を思いやる余裕のない少女。
強いように見えて、少し違う向きから力を加えてしまえば崩れてしまいそうなほどに根は脆い。
それが、彼女を『村人』として見てきたオルディナの見解だった。事情を聞いてなお友好的なのは恐らく、殺されないと信じ切っている訳でも事実から目をそらしている訳でも、信頼から来ているものでもない。もっと別の何かが要因だ。
横の繋がりをそれなりに持っていると自負しているオルディナからしたら、他と比べて、秘密主義者に近い自分と優香との関係は砂上に建った楼閣のように何故建っているかわからないほど、不気味なモノだった。突けばとんでもないバケモノがでてきそうで、以前より自ら鎌首をもたげるまでは様子を見ると決めていた。
「(それにも、ちょっと限界がありそうだな……)」
これは残してはいけないモノだ。適当な時期になんとかするか、とフェリルと相談することを決めて、頭を掻いた。
同じようなタイミングで、優香は顔を上げて話を戻した。
「でもさ、思ったんだけどオルディナって弱くはないよね? 私も勝ったことないし、油断してたとはいえ賢者様にも勝ってるんだし」
少し、嫌な所を突いた質問に眉を上げる。それも一瞬であり、直ぐに表情を隠すと「あー、」と眉を寄せて悩む素振りを見せた。途端にジトとした黒い眼がオルディナを貫く。優香が睨む灰色の目が宙を泳ぐ。どうしたものか、と彼はいつもより少し乱れた髪をかきあげると「仕方ないよな」とまた、ため息を落とし、す、と人差し指を立てて口元に持っていく。
「───秘密だ」
えぇー、と優香は顔を顰めた。ぐ、と胸に突き刺さるものを感じながら、オルディナは人差し指に加えて中指も立てる。
「けどまぁ……ヒントはやる。魔王サマとの決め事でもなく、オレ個人が隠してることだからな」
渋々といった様子で耳を傾ける優香。オルディナもオルディナで、この流れで秘密とは中々に酷いもんだ、と少しの申し訳なさを感じながら、適度に石が詰まった皮袋を腰に下げて口を開く。
「まず、歴代に倣って、『それ』はオレ一人だけの力では決してない」
ふむ、と勇者は相槌を打った。それ、とは賢者との戦闘の事か。一見、一対一で、相手の油断慢心を突いての勝利に思えたが、そういう訳ではなく、他の要因もあると言っているのか。
「加えて、オレは少しだけ従来の『村人』の定義から外れている。それが、オレを強く見せているんだろうよ」
ふむ? と優香は首を捻った。定義から外れている。そも、いままで語られた中で定義と言えるような事柄は「強くあってはいけない」くらいしかない。あと強いていうなら「出身が村」という共通項。定義といっていいのかもわからない。うんと考えて、「なんとなく返ってくる答えが予想できるけど、聞くしかないなぁー」と優香は諦めた顔で言葉を落とす。
「その定義を詳しくいうと?」
「その情報を得るにはストーリーの進行度が足りておりません、勇者サマ」
「こんちくしょう」
意地悪そうに口角を上げて、イラとするほどに白い歯を見せつけてそう宣いやがった。ピキィと一周回った笑顔で青筋を浮かべる優香に対して、フゥゥゥゥと手のひらを上に、ヤレヤレと目をそらした。
「ヒントは以上だ。他になんかあるか? いまなら口が滑るかもしんねぇけど」
「それ自分でいうセリフなの?」
ちら、ちら、と様子を伺いながら薄く開けた灰色を向ける。見向きもせずに、ぷくりと膨らんだ下唇を人差し指で押し上げながら「んー」と唸る。言おうか言うまいか。紙一重のところで悩んでいるように見えた。
「…………うん。今の私には、もうないかな」
「……そうかい。なら仕方ない」
そう結論しながらもどこか不完全燃焼、といった様子の優香から背を向ける。終いだ終い、とオルディナは石を詰めた布袋を肩に背負い手をひらひらさせた。例え、大きなシコリが残ろうともこれは彼女の心にある問題である。
『村人』としても一人の隣人としても気になる所ではあるが、彼女に聞く勇気がないのなら無理して追求するつもりはなかった。
それに、この短時間で彼女に伝えた情報はかなり濃密なものである。聞きたいこと。言いたいこと。考えなければいけないこと。優香がいま伝えたかったであろうソレ以外にも、たくさんある筈なのだ。
ぁ、と聞こえた、弱々しい少女の声を無視して、最低でも明後日きやがれと踵を返す。
運動後の虫がきゅうと鳴く。私用の携帯食料は馬車か、空間拡張によるポケットにしか今は置いていない。取り出すための魔力もないため、早急にベールへと辿り着き腹ごなしをする必要がある。虫に急かされるようにして、さっさと肉喰いにいこうぜ肉、と影から出現したコウモリに道案内を頼んだ。