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Grand Fatasy  作者: しんしん
12/12

第12話 御守り



「キャーーーーーーーー!」


 後方、つまり転移場所への帰路の方向。確かに聞こえた悲鳴と地面を揺らす衝撃波。



衝撃波から、敵わない相手だと理解すべきだった。この時、俺とアオは、自分の力を過信していたのだろう。

驚かされてばかりの異世界で、最初の戦闘に勝利した、俺。

初めての旅、不安だったが森にいる魔物を簡単に倒すことができた、アオ。

自分達ならやれる。どんな敵も怖くない。自分が助ける。

そう思えるほどに……。


そんな傲慢で甘えた考えが、ただの幻想だと知らずに……。


 俺とアオは走り出していた。




 悲鳴の発生源は、湿地帯から150メートルほど先の森の中。走っている俺とアオは、1つの影を、生えている木々で狭まった視界で確かに捉えた。そして、俺は剣を、アオはダガーを抜き、飛び出した。



 開けた視界。眩しい日光。端に寄せられた木々の残骸。その真ん中に立つ、黒い影を纏う人型のなにか。

 さっきの湿地帯とは違い、人為的にできた空間。そこに無残にも転がる数十人の人間。


「なんだよ、これ……。」


 視界に映った光景。その真ん中で高笑いしているなにか。俺は……ここに来たことを後悔した。


「なんで……、魔族がこんなところにいるんだよ……。」


 主にDランク冒険者がレベリングに使うこの森に、いるはずがない、いてはいけない存在が、目の前で笑っている。


 ----


 魔族と魔物は大きく区別される。魔物は、人以外の生物や物体が変異してなるものであるのに対し、魔族は生まれついた時から、人以上の魔力、身体能力、知性を持つ存在であり変異で生まれるものではない。

 魔王は、その祖である存在であり、魔族は生涯、自分の祖である魔王に仕える。魔族は人の形をしており、自分の仕える魔王を示す刻印が体のどこかに刻まれている。また、弱い魔族ですら、討伐推奨レベル50。Grand fantasyでは、ストーリーの後半でしか出てこない。


 ----



 長く黒い髪が周りにまとっている薄黒い影によって揺らされている。目は青黒く鋭い眼光、鋭く長い爪、その異形が恐怖を駆り立てる。年齢は20歳ぐらいだろうか、性別はわからない。だけど、あの魔族がとても強く、俺達では敵わない事だけははっきり分かる。


 幸い、あの魔族は俺とアオの存在に気がついていない。今なら逃げられる。


「アオ、逃げるぞ……。」


 目の前の恐怖から、目を離すことができない。辛うじて動いた口でアオに逃走の意を告げた。

しかし、アオは魔族に向かって飛び出した。そして、魔族の背後に回りダガーを振り下ろす。だが、ダガーが魔族の背に届くことはなく、黒いオーラによって妨げられてしまった。


「アオ!!」


 俺が名前を呼んだ時には、アオは魔族の黒い影によって地面に打ち付けられた。

そして、魔族は邪悪な笑みを浮かべて、後ろを振り返った。


「あ〜〜〜、人間ってのはい〜ね〜〜。さっきの奴らと言い、そこに転がってるガキと言い、俺を見た瞬間、殺しにくるんだからよ〜〜!」


 魔族は、立ち尽くす俺を見ながら、うずくまっているアオを蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされたアオは、宙に舞い、散らばっている木の残骸に低い音を立て打ち付けられる。


「アオ!!」


 俺は、すぐアオの元に駆け寄り、HPポーションを傷口にかける。


「なんで……なんで……飛び出した。お前も分かってただろ……勝てる相手じゃないって!」

 


 俺は恐怖のあまり、アオにかけるべき本当の言葉を見失い、叱することしかできなかった。俺は動き出すことさえできなかったというのに……。


「ごめん……なさい。我慢……できなかった……。ごめん……なさい。」


 アオは弱々しく泣きながら、言った。



--確かに、アオは優しい女の子だ。初めて会った人に貴重な食料を渡し、俺がスライムと戦っている時も退屈な様子を見せながらも目を離さず見守っててくれた。

……それでも。それでも、本当に危険な事はやらない女の子だった。森で、大きい魔獣を見つけた時、虫の魔物を見た時と違い戦おうとはしなかった。勝てるか分からない相手には決して刃を向けなかった。

今回の行動は明らかに不自然だ。目の前にいる魔族は、明らかにあの大きい魔獣より強い。それでも彼女は飛び出した。明確な殺意を持って。


「アオ、どうして我慢できなかったんだ?」


 少し強い口調で言ってしまったかもしれない。だけど、何故かここで理由を聞かないといけない気がしてならなかった。


「ごめん……なさい。嘘ついた……。わたし、出稼ぎで村から出てきたんじゃない。

--復讐。父さん、母さん、村のみんなを殺した魔族に。復讐するために、村から出た。魔族見たら頭が真っ白になって……。気付いたら……。」


 アオは泣いていた。いつも無表情の彼女が、別人のように顔をクシャクシャにしながら泣いていた。


「--アオ、みんなを殺した魔族ってのはあいつなのか?」


 この質問は、魔族そのものに憎しみを抱いているアオにとっては的を外れたものだったかもしれない。けれど、俺は知っている。復讐からは、何も生まれないことを。憎んだことで救われる者などいないということを。

 ---どんなに相手を憎んでも、弱い自分を呪っても、死者は生き返らないということを。


「違う……。」


 アオの言葉を聞いた時、俺は確かにホッとしていた。もし、目の前の魔族が、アオの両親を殺し、村の人々を殺した犯人だったとしたらアオを止める事なんて、そんな資格、俺にはないと分かっていたから。


「なぁ、アオ。俺には……妹がいたんだ。」


 俺は、泣いているアオに自分の過去を話し始めた。妹、林道青葉の話を。


 ---しかし、それは魔族の放った黒い影の塊による爆音によって掻き消された。


「おいおい、何話してんだよ。お前。男の方。立てんだろ〜〜お前。早く殺しに来いよ〜〜。じゃないと、俺が殺しちゃうよ〜

〜!ここに転がってる人間。ぜ〜んぶ殺しちゃうよ〜〜。」


 魔族はもう目の前まで来ていた。そしてまた、黒い影の塊を作り始める。

すると、クシャクシャに泣いていたアオは血相を変えて飛び起き、今度は正面から魔族に飛びかかる。


「アオ!!ダメだ!!アオ!!」


どんなに叫んでも、俺の言葉は届かない。

そして、レベル1の俺には何もできない。

--あの時と同じだ。見ていることしかできない。


 黒い影が、アオの右足を引き裂いた。倒れるアオ。血が滝のように流れている。


(あぁ、ダメだ……。勝てない。俺は……無力だ。)


 人生二度目の絶望感が俺を襲う。アオに、トドメを刺そうとしている魔族が見える。

とっさに俺は目線を下に逸らす。


(俺……。ジャージ着てたんだな……こっちに来て、着替える暇なかったからな。)


昨日、家を出た時と同じ格好をしている自分が、死んだ目をしているダサい自分が、アオの流した血に写っている。



その時……。



『相変わらずヘタレだねー、お兄ちゃんは。』


 懐かしい声が、4年前のあの日以降、聞くことができなかった声がどこからともなく、聴こえる。


(こんな時に幻聴かよ。本当、勘弁してくれ。)


諦めかけて目を瞑ろうとしたその時、俺はジャージのポケットが光っているに気がついた。そして咄嗟に、ポケットの中のものを取り出した。


 ---御守りだった。4年前、お正月に貰った御守り。4年間、何時も手放すことができなかった御守り。


「青葉……。ごめんな。お兄ちゃん、また何にもできないや。」


 俺は、止まらない涙を拭いながら御守りに話しかける。


『泣き虫だなぁーー、お兄ちゃんは。

--うん。確かに、お兄ちゃんはヘタレだし、いつもゲームのことしか考えてないクズだけど、やる時はやる男だと思ってたんだけどなぁーー。それに、4年前の事件、お兄ちゃんは責任感じてるみたいだけど、悪いのは言うこと聞かなかった私だからね。

--けど、もし、それでも責任を感じるならあのアオって子、助けてあげて。あの子私に似てるし、外見とか、名前とか。だから……それでチャラにしよ!』


 

本当に懐かしい、妹の元気で強気な声。それでいて、包み込むような優しい声。何故だろう、この声を聞くと何故か何でもできてしまうと感じてしまうのは。


「相変わらず、喋り始めたら止まんないな。お前は。あと、お前とアオは似てないよ……性格とか、全く違う。

---そうだな。可愛い妹の頼みだ。やるしかないよな。」


やるしかないのだ。今度は……手の届く距離にあるのだから。例え不可能でも、それでも、手を伸ばすことができるなら。


『さっすがーー!相変わらずのシスコンぶりだねーー!

---そうだお兄ちゃん……ありがとね……御守り、ずっと持っててくれて……。』



それ以上青葉の声は聞こえなかった。それでも、なぜか俺の心は自身に満ちていた。

俺は目を瞑る。

御守りの優しい光が俺を包み込む。


そして広がった光は、森全体を覆った。



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