no.008 龍の巣には天空の城はなく、ふつうに龍がいた
よろしくお願いします。
コウタの起動から早くも一ヶ月が経った、つかの間の休日の昼のこと。件のオートノイドはメニカ宅のラボで不機嫌そうに項垂れていた。
「非人道的な訓練と実験。その繰り返し。僕ってもしかして人権ない?」
食後の紅茶を飲み干し、コウタはそうボヤく。
面倒だと予想していた戸籍関連の事務手続きやらは意外にも、メニカの所有物と申請しただけめすんなり初日に終わり、それからずっと訓練アンド訓練ウィズ実験オブ実験。
もちろん訓練の相手はハークで、いつもボコボコに転がされている。そして実験の首謀者はメニカで、いつも好き放題弄り回されている。
「私たちの隊はあくまで試験的なものだからね。余程じゃないと任務を回してもらえないのさ。まぁ暇なほど平和ってことだよ。言っちゃあなんだけどコータくんは法律上、物だよ。はい次右手ね」
「それはそれとしても、だよ。もはや僕の扱いが人のそれじゃないことは慣れたけど、ずっとそれだけじゃないか。それに他の人達は休暇や本業らしいけど、普通の人間の隊すら見かけないのはどういうことさ」
GⅢの構成員は現時点で11人。全員出払っており、コウタはまだハークとメニカ以外にはひとりとして出会ったことがない。本当に残り7人もいるのかと疑うほどだ。
「まぁ物理的に離れてるからね。それにコータ君を変態共の毒牙に晒したくないから都合いいし。はい次お腹」
「現在進行形で変態に晒されてるし触られてるんですけど」
「私はいいの。私のコータくんだからね」
「嬉しいような、実はあんまり嬉しくないような」
「またまた、照れちゃって。次お尻」
「女の子にお尻を向けても照れないくらいには耐性が着いてるよもう」
臀部に得体の知れない器具を付けたり外されたりされながら他愛もない話をするくらいには、コウタはメニカからの機械的扱いに慣れてしまっていた。
そんな折、一通のメールが届いた。
『メニカちゃん、メールが来てます』
「はーい。内容は?」
『任務だそうです』
噂をすればなんとやら。サイボーグが駆り出される余程の任務とやらが回されてきた。ちなみにアミスは入隊初日のうちにシステムの管理を任され、電子工作員の役職を与えられている。平隊員のコウタとは大違いである。
「もう。コータくんが暇だとか言うから」
「え、ごめ……言ってないよ!?」
「詳細は?」
『非領域区、ポイント18にあるミスリル鉱山の調査だそうです。なんでも付近のオートロイドやドローンとの通信が全て途絶えて、調査に送ったのも含めて消息不明になったようです』
非領域区とは、どこの国にも統治されず人間が住んでいない区域を指す。南極も国際法上はそれにあたる。
今回のミスリル鉱山は魔素濃度が著しく高すぎるが故にヒトはおろか他生物が消え、非領域区域認定されている。
しかし、ミスリルは貴重な宇宙資源であり、みすみす逃す手はない。そしてその採取及び研究、流通の大半をオートロイド技術が最も進んでいるメカーナが請け負っているのである。
「非領域区は大概生身の人間では調査が難しい。だから私たちに白羽の矢が立ったと。タイミングが良いのか悪いのか……」
ちらと、メニカはコウタに目をやる。彼の力を実戦で試すには良い機会かもしれない。わざわざ持ちかけてくるということは、つまりそういう事だ。かなりの危険が予見される。
しかし久方振りの任務、そして前々から欲しかったミスリルだ。断る理由も断れる理由もなく、メニカのかたちだけの逡巡は一瞬で霧散した。
「おめでとうコータくん。初任務だよ」
「めでたいのかわからないけど……ありがとう?」
こうしてトントン拍子でコウタの初任務が決まった。この任務で彼の人生に関わる衝撃的な出会い(一ヶ月ぶり三度目)をするのだが、そのことは誰も知らない。
『メニカちゃん、おやつはいくらまでですか?』
「私が作ってあげるよ。ちゃんと3食ね」
『やったぁ!』
「ちなみにうちの隊はバナナは主食に入るよ。隊長の好物だからね」
「聞いてないけど……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
明朝、コウタは駆けていた。メカーナの首都ギアズからポイント18のミスリル鉱山まで、およそ1000キロの道のりだ。既に非領域区には突入しており、鉱山にはものの数分で着く。
『間もなく目的地に到着します。ポイント18の天気は晴れ。しかし雷に注意してください、だそうです』
「こんなに晴れなのに雷?」
『魔素濃度が高いと変な天候になりやすいですからね。そろそろ通常速度に切り替えましょうか。コウタさん、疲れてないですか?』
「日頃の地獄に比べたらへっちゃらですよ。なんかちょっと暑い気もしますけど」
『まぁ全力疾走すれば熱も溜まりますからね。距離が距離ですし』
二時間以上全力疾走をしたのだ。排熱機能が追い付かないのも当然だ。コウタの現在体温はおよそ300度前後。肉を置けばこんがり焼ける温度である。
それはさておき、見渡す限り荒野、荒野、たまに山。草の一本すら生えておらず、あるものは吹きさらしの地面と岩だけだ。およそ命の気配はない。
「つい数分前までは緑生い茂る肥沃な土地だったのに、雑草すら生えてませんね」
『高濃度の魔素は毒ですから』
ポイント18の魔素濃度は平均で周辺空気の20%を占める。これは通常の二十倍にあたり、ほとんどの生物は数分で息絶えてしまうほどだ。無論専用の防護服を着用すれば数時間は活動可能だが防護服は重く、厚い。有事の際に対応しづらい。故に採掘から警備、整備までを生物ではないオートロイドを派遣させている。
「魔素ってちょくちょく聞きますけどけど実際なんなんです?」
『魔素は大気中に1%ほど存在している気体で、脳波に反応する物質です。今からだいたい三百年くらい前に隕石群によってもたらされ、魔法はこれにより発現しているとされています』
厳密には魔素と脳波が反応すると魔力になり、魔力が脳波の形に合わせて化学変化したものが魔法である。一般的には体内に取り込んでから魔素を魔力に変換するが、稀に体外の魔素すらも魔力変換できる者もいる。
「もしかしてハークさんのあの筋力も魔法だったりしますか?」
『いや、あれは普通に筋肉ですね』
「普通に筋肉なのか……」
『まぁ普通の筋肉ではないですが』
「それは身に染みてます」
他愛のない話を続けながら歩くこと数分、ついにコウタたちは件のミスリル鉱山へ辿り着いた。
『到着です! お疲れ様でしたー!』
「やっと着いた……今更ですけど僕の脚より速い乗り物絶対にありましたよね。なにこれいじめ?」
『私が走ったら二時間半って言ったからですかね?』
「馬鹿なんですか……っと、思ってたより標高が低いですね。あとはげ山だ」
一番大きな山でも標高はせいぜいが数百メートル程度で、その全ての岩肌がむき出しになっている。やはり命の気配はなく、道の整備だけされているのがやけに不気味だ。
『まぁこれ山じゃなくて隕石が大きくなったものですしね。はげ山なのは先程も言った通り魔素が濃すぎて植物が生きられないからです。この辺にいる生き物といえばメタルドラゴンくらいですよ』
「……あぁ、有事の際ってのはそういうことですか」
ここまで聞かされて、コウタはようやく自分たちに任務が回されてきた理由に納得がいった。実は隕石だったりその隕石が大きくなったり死の土地だったりドラゴンの縄張りだったりするだけの鉱山地帯だ。当然生身の人間は派遣しづらい。
「それで、任務はオートノイドたちの痕跡を探して、原因究明と解決、ついでにおつかいでミスリル採取でしたよね。アミスさん的に目安は着いてますか?」
『うーん、はじめは高濃度魔素による通信障害か大規模バグの発生かとも思ったんですが、それだと今までの道のりで一体くらい見かけてもいいはずですよね』
このミスリル鉱山では、24時間昼夜を問わず、警備用のオートロイドと監視用ドローンが鉱山の周囲5キロを見回っている。警備網に穴はなく、侵入者は瞬きの間に見つかる。しかしそれは平常時のこと。今回はその限りではない。
「けど、見かけなかった。採掘用はおろか警備用すらもいない。ドローンも飛んでない。一斉にバグとは考えづらいから、なにか外部的な要因で持ち去られたか隠されている可能性が高い……って、メニカが言ってましたね」
『言ってましたねぇ。推理もできるなんて流石メニカちゃん! 略してさすメニ! ほら、コウタさんもご一緒に!』
「言いませんよ」
『ぶー、けちー』
「膨れても可愛くない……うん?」
そこまで言って、コウタはピタリと足を止めた。なにかにぐっと引っ張られるような、後ろから押されるような、そんな感覚がしたからだ。しかし後ろや前を見ても何もない。誰もいない。だというのにその謎の感覚はしっかりとある。
『どうしたんですか? 急に物憂げな雰囲気を出して。あ、そういうノリですか?』
「違いますよ。なんか、引っ張られてるような、押されてるような気が」
『コウタさんの身体にはなんの異常も出てませんが……』
計器の数値を見ても、コウタの身体機能は概ね正常であるし、虫のひとつも着いていない。はてなと首を傾げるアミスだが、原因は直ぐにわかった。
「いや、僕じゃない。バッグだ」
謎の力の正体は、サバイバルバッグの中身が引っ張られていることによるものだった。 背中から降ろしてみると、リュックは正面に強く引っ張られ、手を離してしまえば飛んで行きそうなほどだ。
『そのリュックの周りの磁界が歪んでますね。中の鉄製のなにかが引っ張られてます』
引っ張られていたのはバッグ内のサバイバルナイフだ。鉄が含まれるこのナイフは、当然のように磁力に反応してしまっていた。なおコウタのボディは磁力対策で一欠片すら磁性金属は含まれておらず、磁力には反応しない。
「オートロイドにも少なからず鉄は含まれてますよね」
『まぁエンジンまわりとかはそうですね。あ、磁力に反応するってことなら、ドローンとかのバッテリーにはニッケルが含まれてたりしますよ』
「……アミスさん。僕、今回の事件わかったかもしれません」
『お、名探偵コウタさんですね! 真実はいくつあるんですか!』
「ふふん。ひとつですよ」
まるでどこかの誰か達のように自慢げに鼻を鳴らし、コウタが己が推理を披露しようとしたその時。脳内に着信音が聞こえた。
『あー、テステス。二人とも聞こえる? さっき上のバカ共から、事件発生予想時刻に謎の磁力が発生していたって報告が今更来たよ。その近辺の機械類には磁力に反応する金属が含まれてるから、磁力で引き寄せられたって見解があるよ』
通信はメニカからであった。情報が増えた旨を伝えてくれ、同時にコウタの膝を折った。導き出した真実がなんの感慨もなく暴かれてしまったからだ。
「全部言われた……!」
『あー……今回のは流石にメニカちゃんが悪いです』
『えぇっ!? 私何かした!?』
任務の追加情報をきちんと伝えただけである。この程度のことで膝を折るコウタが悪い。見かねたアミスが事の経緯を説明すると、メニカはくすりと笑いそっと囁いた。
『ごめんよコータくん。今度おっぱい触らせてあげるからさ』
それは悪魔の囁きだった。
「……………………女の子がそんなこと言うんじゃありません!」
突然投げつけられた爆弾に戸惑い、苦悩し、葛藤しながらようやくその言葉を絞り出した。コウタは会話の時、大抵そちらに目を奪われている。幸い身長差で気付かれていない(と本人は思っている)が、流石に彼にも矜持というものがあった。
『今ものすごい葛藤が……。メニカちゃん、あまりコウタさんをからかっちゃダメですよ』
『えー。コータくんになら別になにされてもいいんだけどなぁ』
「そういうとこやぞ!!!」
思わず謎の方言が出てしまうくらいには精神状態は不安定になっていた。しかしメニカからすれば、自分はいつもコウタのことをジロジロ舐めまわすように見ているし、実際舐めたりベタベタ触れているのは自分なのだから同じことをされても構わないと思っていた。
『ふふ。帰ったら楽しみにし――』
悪戯っぽく笑うメニカの言葉は大きなノイズに遮られ、そこで通話は途切れた。
「……メニカ?」
『通信が途絶えましたね。さっきより磁力が強いのでそのせいかと』
通信障害は強力な磁力により起こされていた。その証拠にバッグは浮いており、そして真っ直ぐ飛んでいく。その中にはナイフの他に調査道具一式、簡易テント、そしてメニカ手製の弁当が入っている。
「怪奇現象……いや、磁力だから普通に科学なのか?」
『何呑気してるんですか! お弁当まだ食べてませんよ! 捕まえてください!』
「気にするとこそこですか? 何かしらの手がかりがあるからではなく?」
呑気なアミスにそう言いながらコウタは駆ける。この磁力に従って弁当を追いかければ、今回の事件の真相にぐっと近づくのだ。昼食がまだなのはともあれ、追いかける他ない。
「速い!」
『100キロは出てますよ! 加速しないと!』
鉱山のふもとを駆け抜け、空飛ぶカバンを追いかける。不安定な足場、ガタガタの道のりではあるが、コウタは難なく走り抜ける。ハークとの訓練のおかげで抜群にバランス感覚が良くなっている。
『磁力が強くなってきました! お弁当も加速してます!』
「逃がすか!」
いくら加速したとはいえ、所詮は浮くだけのカバン。流石にコウタの速度には適わず、バッグは岩壁に激突する数メートル前で抑え込まれてしまった。
「とった!」
飛んでていかぬようしっかりと両腕で抱える。一件落着、といったところでコウタは一息つくが、アミスは眼前の光景に絶句していた。
『コウタさん、これ……!』
視界に表示された情報に、同じくコウタも絶句する。そびえ立つのは岩壁でも鉱山でもなかった。
「……オートロイドの山だ」
その山は大部分を大量のスクラップ、それも人の形をした物が大半を占めている。鉱山の一角だと思っていた巨大な山は、無数のオートロイドの残骸で形成された、スクラップ・マウンテンだったのだ。
『数およそ500体以上、報告にあった数値とおおむね一致します。あと、この山を中心に強い磁場が発生してます。この中心に元凶がいるかと』
「剥がそうにも剥がれませんね。ひとつの岩になってるみたいだ」
棚ぼた的に目的のオートロイドを見つけたはいいが、事態はそれだけに留まらなかった。コウタらは早くも、この事件の犯人と遭遇することになる。
『――この奥から生体反応を感知! この波長は超大型の冷血動物です!』
「つまり!?」
『竜種――つまりドラゴンです!』
竜種とは竜目竜科、あるいは亜竜目亜竜科に属する生物の総称。端的に言うとドラゴンである。アミスはこのスクラップ山の奥に、それに属する何かがいると主張しているのだ。
「ドラゴン!? 逃げましょう!」
『亜竜の場合はワイバーンですけど、この生命力は十中八九純粋種のドラゴンか、龍化したワイバーンですね』
「どっちにしろヤバそうですね! 逃げましょう!」
バッグを背負い、コウタは磁力をぶっちぎるべく全速力でその場から離れる。竜種が何かは詳しくは知らないが、本当にまずい事態なのだろうと、本能が告げていた。しかし、事態は簡単には逃がしてくれなかった。
「ぐっ!? 重い……!」
ぐんとバッグが背後に引っ張られ、思い切りつんのめる。コウタの体重や脚力をものともせず、徐々にではあるが、確実に磁力の中心へ引きずってゆく。
『近辺磁力、急激に上昇! コウタさん、危ないのでお弁当は諦めましょう!』
「仕方ないか……! いや別に弁当が惜しいわけじゃないけど!」
誰に言うでもなく訳の分からぬ言い訳をし、バッグから手を離す。先程の倍以上の速力で飛んでいくそれは、ロイドの壁に激突する寸前で、突如現れた全く別の壁に阻まれた。その新たな壁はまるで蛇のようにしなやかに動き、鱗は陽の光に煌めいて宝石のようであった。
『壁、いや、大きな蛇のような……』
「尻尾だ。あれだけで5メートルはある」
『あの鱗、まさか!』
「……嫌な予感」
『ドラゴンと言っても精々が岩石食のロックドラゴン、最悪でも鉄鉱食のメタルドラゴンかと思ってましたが……! あれはそれどころじゃないです!』
「まさかとかあれとかそれとか言って余計にビビらせないでくださいよ! つまりヤバいんですね!?」
『はい、すっごく!』
それは結合していたはずのオートロイドたちを容易く引き裂き、ばくりと齧り取って現れた。間違いなく今回の事件の元凶で、犯人――犯龍だと、コウタは確信した。
『ロックドラゴンの上位種であるメタルドラゴンの、そのまた上位種でついでに希少種の――』
全長20メートルは優に超す体躯。その身体に隙間なく纏わせた、白銀色に煌めく鱗。金属を容易く引き裂き咀嚼する爪と牙。絹のようにキメ細かく、かつ軽い白銀の糸で編まれた翼。その中でもコウタを睨めつける赤い瞳だけが一際異質を放っていた。
『ミスリルドラゴンですよー!!』
深紅の双眼が獲物を見据え、鋭い牙の隙間からヨダレを垂らす。その双眼には、小ぶりながら今まで見た事も嗅いだことも味わったこともないような、とんでもなく希少なご馳走が映っていた。
地の底が震えるような咆哮が、天に轟いた。
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