no.073 秘密即バレ口封じ
よろしくお願いします!
「裸の男女がすることなぞ決まっておろう。無論、交尾じゃ」
「黙れババア!!」
コウタのツッコミが朝5時の浜辺に、異様なくらいに響き渡る。
「こ、交尾だなんて……! そんなこと、お家でやってください!」
「ごもっともすぎるけどそもそもこのババアの嘘ですからね」
「お主時折辛辣すぎやしないか?」
ぶーたれるリヴィアに構っている余裕がないのか、顔をほんのり赤くして、少女はコウタらに尋ねる。
「じ、じゃあなにをしてたんですか……? そ、そんな全裸で……!」
「えーと、海で泳いでた、みたいな……」
あながち間違いでもない回答だが、なぜか少女の顔からすっと赤が消えた。血の気が引く、というのが正しい表現だろう。
「この海で、ですか……!?」
「?」
まるで信じられないようなものを見たかのような様子の彼女に、コウタはハテナを浮かべた。
――荒れてもなく、気温や水温だって海開きにはまだ少し早い程度だ。いくら立ち入り禁止区域を全裸で泳いでいたと加味されたとしても、ずいぶん大袈裟な反応だ。
しかし、今それは気にすべきところではない。
「……ひとまず怪しいけど、とにかく怪しい者じゃないんです。僕はサイボーグのコウタです。ウィカルの学校に転入しにメカーナからやって来ました。あと、こっちのまだ服着てない変態はリヴィアさん。貴女のお名前は?」
「えと、ティアっていいます……」
コウタらのあまりに堂々とした様子に毒気を抜かれたのか、ティアは向けていた杖を下げておずおずと、か細い声でそう名乗った。
「それで、ティアさん。立ち入り禁止って言ってましたけど、何かあったんですか? ついさっき来たばかりで」
「こ、このあたりは数年前から、勇者シェリー・アトムスの実験用区域になっています。私はそこの見回りを担当してる者のひとりです」
若干どもりながらティアが説明すると、シェリーの名が出たあたりでリヴィアがぴくりと眉を動かした。
「ほう。あの小娘の縄張りとな?」
「あぁ、そういやなんか言ってたね。戦ったとか」
「危うく殺されるところじゃったわ」
「シェリーちゃんそんな強いの!?」
――只者でないことは承知の上だが、まさか世界五指のリヴァイアさんよりも強いとは思わなかった。あの小柄なナリでどんな戦いをするのかは想像もつかない。
「……シェリー教授とお知り合いですか?」
「知り合いっちゃ知り合いなんだけど、今回の件には無関係というか……。この辺りが閉鎖されてるってのも今知ったばかりで」
ティアの話によれば、陸路は十数キロ先から閉鎖されており、海の方からなにか来ていると報告があったので来てみたら、コウタ達が居たという事だ。
「逮捕とかされちゃいますか?」
「わ、私にはその権限はありません。非領域区ですので、不法侵入にも当たりません。ですが指定汚染区域のため、検疫の必要が……」
コウタやリヴィアは平然としているが、この辺りは本来、防護服かそれに準ずる対策を取っていない限り、生物に悪影響を及ぼしてしまうほどの毒素を放っている。ティアは一見なんの対策もしていないように見えるが、その実全身に魔法による防護が施されている。
「検疫って……。どれくらいかかりますか?」
「一日ほどで完了します」
「それじゃ遅刻なんだけどなぁ……なんとかなりません?」
遅刻するくらいはなんてことないのだが、検疫をされるとなると、つまるところ何故そこに居たのかを明かす必要が出てくる。そうなるとリヴァイアさんとの戦闘から話す必要があるかもしれず、そこから勇者であると発覚するのは時間の問題だ。
――正直、勇者であるとバレるのはあまりよろしくない。良い影響は少ないだろう。
自他双方の為にもなんとかして隠し通さねばならない。サイボーグを言い訳になんとか回避したい。
「僕は――」
『あ、もしもし、ティアっち? 今日は見回り良いよって伝えるの忘れてた』
聞き覚えのある声の通信がコウタを遮った。ほんのつい先程話題に出た、シェリーの声だ。
「シェリー教授……! ですが、この方たちが……」
『うん。だからいいの。私のお客さんみたいなものだからね。検疫も除染だけで大丈夫。そのくらいじゃビクともしない人たちだから』
どうやらシェリーはあらかじめコウタが来ることを知っていたらしく、特に驚く様子もなくティアをたしなめる。
「シェリーちゃん……このあいだぶりだね」
『や、アッくん。噂は聞いてるよ。勇者就任おめでとう』
「あ、ちょ……!」
「ゆ、勇者……!?」
案の定、ティアは目を見開き、コウタから後ずさるようにして距離をとった。
『言ってなかったの?』
「初対面の人に言うわけないでしょ!」
『初対面だからこそ効くよ? 言い訳とか特に』
実はシェリーの言うことも理にかなっている。特に今回のような説明しづらい場合は、「勇者である」と名乗りあげるだけで、それ以上の詮索を大抵回避できるのだ。
「……ええと、黒鋼? の勇者のキガミ・コウタです。あんまり目立ちたくないので、しばらくこのことは内密に……」
「わわ、わかりました……!」
突然重大な秘密を課せられ、ティアは内心気が気でなくなった。そもそもこのバイトをしているのは、給料が良くて適性があり、教授のシェリーと物理的に近付ける上、非領域区への侵入者自体がめずらしく、やることは実質ひとり散歩となっていたからだ。
同時にコウタも、その表情と秘密を課したこととあわせて居た堪れなくなっていた。
「シェリーちゃん、なんか埋め合わせしてあげて……」
『ん? いいよ。そうだなぁ……。今度の論文手伝ってあげる。推薦状も書くよ』
「ほ、本当ですか!?」
ティアはウィカル国立魔法大学の学生で、現在は10代でありながら博士課程に属している。優秀な学生のため手伝いなど不要なのだが、シェリーのお墨付きというのが、シェリーフォロワーの彼女にとってはなによりの埋め合わせである。
『じゃ、そういうことだから。ティアっちは先に帰ってて』
「承知しました! それではキガミさん。また勉強の方でなにかありましたら、是非! 私を頼りにしてくださいね!」
ティアはぺこりと頭を下げて、すたこらさっさと機嫌よく去っていく。シェリーは通信先をコウタに切り替え、そのまま居座った。
『それでアッくん、どうしたの? そこのナイスバディは』
「久しいな小娘」
『なんだ、リヴァイアさんか。龍人形態なんて珍しいね?』
「この姿ではリヴィアと呼べ。この小僧がなかなか愉快での。褒美として分け身をくれてやったわけじゃ」
「いらない……」
龍王の分け身なぞ、勇者であることを隠そうとしているコウタからすれば、厄介この上ない案件だ。なぜ、どこで、どうして、と問われれば、いずれやらかしたことを説明しなければならない。そうなれば勇者と勘づかれるのは時間の問題だ。
「ともかくシェリーちゃん、僕はしばらく勇者ってことを隠すから、そこんとこよろしくね」
『りょーかい。じゃ、また今度ね。アミスちゃんとメニカちゃんによろしくね。リヴィアさんも、アッくんの言うこと聞くようにね』
「承知しておる」
「ならさっさと服着ようよ」
通信が切れるや否や、コウタの耳に聞きなれた二人の声がスピーカー越しに突き刺さる。そこから漏れ出る騒がしさに、コウタは大きくため息をついた。
『もう! コータくんったら、なんで通信切るのさ! シェリーちゃんともニアミスしたよ!』
「だって余計こじれそうだったし……」
「おい、何を楽しそうにしておる。儂も混ぜろ」
「はぁ、もう……学校向かいながらで」
諦めたように短く返すと、コウタはようやく服を着たリヴィアを傍らに、とぼとぼと歩き出した。これから転入する学び舎までの道のりは、勇者の秘密を抱えながら歩くには、あまりに険しく騒がしいものになりそうだった。
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