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no.068 龍王のお仕事!

よろしくお願いします!




 どこかで聞いたことあるようなセリフを聞き流し、移りゆく水面のように定まった外面や色のないその半透明の龍を見上げながら、何故か自分の体重を支えられる水面に疑問を持ちながらも、コウタは特に気になったそれを呟く。



「どうやって喋ってるんだ……?」

「……む? 貴様会ったことがあるか? 話す龍に驚かぬとは」

「貴方とは初対面ですが、友達にひとりいるので」



 シンデレラは灰で物理的に声帯を形成していたが、リヴァイアさんは独自の音響魔法を用いて人間の声を出力している。

 やろうと思えばシンデレラのように声帯を形成も出来るが、規格外の巨体ゆえ、心肺機能を用いた発声法では、話すのには不向きだ。



「ふむ。佇まいからはわからぬが、海上を駆けていたあたり中々の強者か。何用だ? 場合によってはその願いを叶えてやろう」

「えーっと、ギャルのパンティおくれー?」

「生憎とそう若くなくてな」

「メスではあるんだ……じゃなくて、用とかはなくてですね。なんか走ってたら迷い込んだ挙句よそ見して激突したというか、とにかく敵意はないです。ぶつかってすみませんでした」



 コウタはわざとらしいほどに諸手を挙げ、無抵抗の意思を示す。

 リヴァイアさんにはもとから咎めるつもりもなかったが、あまりにも潔い降伏だったので、少しだけ面食らってしまった。そして、同じく少しだけ、そのコウタの無関心とも言える能天気ぶりに興味が湧いた。



「ヒトの子と話すのは久しぶりだ。詫びとして暫し老いぼれの話し相手になれ。小僧、名は?」

「コウタです」

「ふむ、聞かぬ名だが、良い名だな。コータよ。何故こんな辺ぴな所で駆けていた?」

「実は通学途中でして」

「この辺りにヒト里は無いが」



 最寄りの陸地は1000キロほど先だが、生憎と目的地はそれよりさらに遠く、方角的にもやはり陸を駆けるより海を駆けた方が早く着く。



「あと数千キロくらい向こうらしいです」

「飛行機……と言ったか。あの鉄龍もどきは使わんのか?」

「ちょっとお国の事情で」

「ふぅむ……。ヒトの身では面倒よな。近くまで送ってやろうか?」

「申し出はとても有難いんですが、諸事情であんまり目立ちたくないんですよね」

「海を走ってるのにか?」

「爆速で駆け抜ければまだいけるかなって」



 リヴァイアさんと離れ、陸が近くなる頃にはアミスのガイドが復活しているだろう。その気になれば海底を歩くことも出来る。アシストがあればなるべく目立たない方法や場所を探すのはそう難しいことでもないと、コウタは考えていた。



「ところで魔素引っ込めれません? 仲間と通信出来なくて」

「生憎と不可能に近いな」



 現在通信障害の原因となっている魔力波長はリヴァイアさんから発せられているが、それは原則として意思どうこうでどうにかなるものではない。

 湯船に浸からずとも手をかざせば湯から漂う熱を感じるように、そこにエネルギーがある以上、その漏出を防ぐことは難しい。



「魔力を使い切ればそれに近くはなりはするが……代わりに地図が変わるぞ?」

「僕の責任になりそうなので絶対にしないでくださいね」



 冗談を言っているとは到底思えない冗談のようなセリフに若干引きつつ、コウタは「やっぱりダメか」とごちる。



「じゃあこの辺りかどこかで、誰か遭難してるっぽいんですが、何か知ってますか?」



 コウタからすればついでに聞いておくか、くらいの心持ちだったが、意外にもリヴァイアさんら心当たりがあるのか、頭部をうねらせ、考えるような仕草を見せた。



「ふぅむ……。もしやとは思うが彼奴のことか?」



 くい、とリヴァイアさんが髭指した方をコウタは向くが、誰もいない。変わらず一面の水平線だ。



「ん……?」



 しかし、よくよく見れば。なにやら細く、黒い煙のようなものが登っているのが結構な遠くに見えた。



「なにかの堕者と名乗っていたが……。はて、忘れてしまった」

「……まさかスレンヒルデ?」



 救難信号を出しているのはよくわからないものの、空の彼方にぶっ飛んだ結果、この辺りに墜落していてもおかしくないと、コウタは有り得る可能性をおそるおそる提示した。

 その名前に心当たりがあるのか、リヴァイアさんはぴくりと動いた。



「スレン……あぁ、覚えがあるぞ。墮者のひとりだったな。違うな。そもそも彼奴は男だったように見えたが」



 ――どうやら杞憂だったようだが、それでも墮者が来ていることに変わりはない。今回は神器もないし、独りだ。勝てる算段はゼロに等しい。


 めんどくさいという感情とともに思考を巡らせるコウタだが、意外にも、それすらも杞憂に終わることとなる。



「勇敢にも挑んできたのでな。加減するのに手間取ったわ」



 けたけたと笑いあげるリヴァイアさんに、コウタは驚きを隠せなかった。自分が死にかけた相手と同格の存在を加減して一蹴したというのだから無理もない。



「加減って……リヴァイアサンさんそんなに強いんですか?」

「リヴァイアさんで良い。そうさな、世界最強……と声高々に言いたいが、指五本以内と言ったところか」

「上に四人も居るのか……」



 最大体長1000メートル超という生物としては規格外の巨大さと周囲数十キロに影響を及ぼすほどの魔力量をもってしても、勝てないとする相手が最低でも四人居る。コウタはその事実に戦々恐々として、遭遇しないように心から祈った。



「安心せい。勇者や墮者でもなければ気にすることもあるまいて」

「残念なことにその勇者なんですよね」



 恐らくほぼ人間と関わらないリヴァイアさんならば良いだろうと、コウタは何の気なしに正体を明かした。

 あまりに軽い調子だったので、空気が変わったことに、コウタは気付かなかった。



「……お主がか?」

「大変不本意ながら選ばれてしまって――」



 そこまで言って、コウタは言葉を止めた。リヴァイアさんがなにやらぷるぷると震えているのに気付いたからだ。

 規則的な振動と不規則な静止。それらを幾度か繰り返していくと、やがて波が大きくうねり始めて、その咆哮のごとき高笑いが辺りに響いた。



「クハハハハ! よもや鉄人形が勇者とな! あの化け物も耄碌したか!」

「うるさ……!」



 水面を波打たせ、衝撃波が発生するほどの爆笑だ。足場が揺れ、大気も揺れ、コウタは音声をシャットして堪えるしかなかった。



「ククク……久々に大笑いしたわ。……どれ、儂が実力を見てやろう」

「遠慮しときます!」



 ――笑うだけで大気を震わせる化け物と手合わせなんてしたいわけがない。下手をすると今度こそ本当に死にかねない。

 三ヶ月と経っていないのに、既に何度死にかけたことか。本当にこの体はろくでもない。



「まぁそう言うな。年寄りの話は聞くものだ」

「おばあちゃんご飯はもう食べましたよ!」

「はて? 耳が遠くての」

「耳どこだよ!」



 ドラゴンの耳部は爬虫類と似通った箇所にあるが、筋肉の収縮と鱗の蓋で開閉するので見分けがつきづらい。

 ともあれ、リヴァイアさんはコウタに聞く耳を持ちをしていないのは事実だ。



「どれ……」



 リヴァイアさんは海面に魔力を流し、コウタの両足を浮かせるくらいの浮力を与えた。



「足場……?」

「貴様なら抜け出しても駆けられるだろうが――逃げるなよ?」

「……どうせ追いつかれますし」

「諦めとはいえ判断が早いのは良い」



 これは明らかな脅迫だ。自然環境を盾にした。勇者の中には、世界平和のためには自然なぞどうでもいいとするスタンスの者もいるし、自然こそ世界平和とする者もいる。

 コウタは後者よりで、リヴァイアさんはそれを直感で見抜いていた。

 だからこそ、容赦なく追い討ちをかける。



「魔導臨界」

「は?」



 先日垣間見た魔導の真髄。その第一節が、なんの躊躇いも感嘆もなく、まるで呼吸のようになだらかに呟かれた。



臨界水素魔法(CRT:ハイドロ) デルタ・デューテリオン」



 唱え終わったその刹那、初動核融合による莫大なエネルギーが周囲に放出される。海水が一気に蒸発し、それすらも糧とする。

 これはあくまでも初期微動に過ぎないが、海面が沸騰、蒸発し、既に常人ならば死に絶えるほどの熱量だ。



「か、環境に配慮は!?」

「今を生きろ若人よ!」



 既に煌々と輝く極小の太陽が形成されており、リヴァイアさんとコウタの視線を一直線に結んだ線上の半ばほどに佇む。



「よくわかんないけど地球上で使っていい技なの!? 磁場も重力も歪んでるけど!」



 それはスレンヒルデのものよりも一回りほど小さいが、彼女のそれとは似て非なる。あちらは炎を太陽の温度と形に変えたものだが、こちらは原理的にほぼ太陽そのものだ。本物のそれには遠く及ばないが、計器にブレを与えるくらいには重力があった。



「安心せよ。この程度では直ちに影響はない」



 それが鼓動のように弾むのと、コウタが回避行動を取ったのは、ほぼ同時だった。



「デミ・ソーラ・レイ」



 煌球の放つエネルギーは一点に凝縮され、音速の数十倍の速さでコウタの足元を切り裂く。

 反応は全く出来なかったが、すんでのところで運良く直撃は免れはした。しかし、一拍遅れて、コウタを強い衝撃が襲った。



「っ――は!?」



 そして気付けば、コウタは海面から数百メートル上空に居た。



「空――熱っ痛ぅぅぅ!!?」



 地下で行った核実験がマンホールを超超音速で宇宙の彼方に射出したのとは比べるべくもないが、ともかくコウタも爆発により天高く飛び上がった。

 海面に炸裂した熱線により、あたりの水分は一瞬で沸騰蒸発し、液体時の1000倍以上の体積の爆弾と化し、水蒸気爆発としてコウタに容赦なく襲いかかったのだ。



「さて……」



 自身の身体も諸共巻き込むほどの威力だったが、リヴァイアさんは何事もなかったかのようにけろりとし、天に届く白煙の行く末を見守っている。

 少し待っていると、もうもうと天に昇る水蒸気の中から、転がるように黒い塊が落ちる。



「ほう」



 その落下の様子から、リヴァイアさんはコウタが殆どノーダメージであり、意識すら飛ばしていないことを即座に見抜いた。



「熱い! 痛い! 地面どこ!」



 コウタは灼ける痛みと爆破の衝撃に身じろぎながら、なんとか受け身を取ろうと身体を捩らせる。



「ぐへぇっ!」



 コウタは背中から、ほとんど叩きつけられるように着水した。



「これを無傷か。なかなかやる」

「こう見えてめちゃくちゃ熱いし痛いんですけど!」



 コウタがぷんすこと怒りながら起き上がると、リヴァイアさんはその元気な姿に嬉しそうに関心した。



「その言い草にしては元気がある。童の元気が良いのは善いことだ」

「殺そうとしておいてよく言えたな!」

「安心せい。この程度で死ぬ輩に勇者は務まらん」

「勇者でも死……いや……うーん……はい」



 怒りに任せて「勇者でも死ぬわ!」とツッコミかけたが、思うことが多すぎたのか、自信なさげに尻すぼみに否定し、力なくリヴァイアさんの見解を肯定した。



「くそ、騒ぎを聞きつけて勇者が来ればいいのに……!」

「勇者は儂に不干渉でな。老いぼれの相手をするほど暇でもあるまい」

「僕も暇じゃないんですが!」

「それにだな――」



 煌々と突き刺すような光を放つ小太陽を傍らで照らしながら、リヴァイアさんは首をもたげるようにその長い長い胴体をうならせ、コウタを更に見下ろす。

 そして、悪辣、凶悪、ともかく悪。そんな風にわざとらしく顔相を歪めて――。



「貴様が勇者だろう?」



 リヴァイアさんはにたりと笑った。


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