no.063 限界、ガス欠、しからば最大出力
よろしくお願いします!
コウタらのいる場所からおよそ5キロ先、300メートル上空。ブルースワローがホバリングモードで滞空していた。
「ちょ、隊長……! ホントにやるの!? 腕一本ないしほぼ死人なのに!?」
「私の設計と計算に狂いはない……けどホントに!?」
「いいから砲口を機体から下方5度の角度で保て。望遠倍率を合わせてくれ」
角度を付けるために輸送砲をブルースワローから供給ケーブルを除き取り外し、ケイトとハスキィが支えている。
ちなみにハスキィはハークが目覚めてから少しして、ケイトの匂いを頼りに転がり込んできていた。
「保てったって……! これめっちゃ重いんだけど!」
「いつでもいいぞハークさん! まだ持てる!」
「ハスキィは黙ってて! 傷開くよ!」
そう警告するケイトだが、ハスキィの傷は既に開いており、毛皮と包帯の至る所から血が滲んでいるが、アドレナリンと鎮痛剤のおかげか痛みは控えめだ。
「各員持ち場に着いたな?これよりコータへの超長距離支援狙撃を行う! 総員、耐衝撃姿勢と緊急落下傘の用意!」
「了解!」
そして無論、そんなことが行われているとはコウタらは微塵も知らず、戦闘は未だ継続していた。
「ベースボールのルールはあまり知りませんが、球を投げて打つんでしょう? よろしい、乗ってあげましょう」
スレンヒルデは右手に炎球を幾つか創り出すと、それらをまとめてコウタに投げつけた。
「今更そんなのが効くか!」
コウタはそれを避けることもなく、むしろ受け止める前提で斧を構え、体を引き絞る。
「裂帛撃砲!」
カチ上げるようなアッパースイングから、可視化されるほどの高密度エネルギーで構成された斬撃が放たれる。
それは迫る炎弾をまとめて飲み込み、そのまま大地を裂きながらスレンヒルデめがけて突き進む。
「やはり出力ではとうに勝てませんか……!」
とは言いつつも、スレンヒルデは迫る斬撃を容易く斬り払う。
だが、コウタが指摘したように、スレンヒルデには体力も魔力も残ってはいない。最小限の動きで消耗を押え、息を整えて隙を窺うが、既に黒鉄の機人が迫っていた。
「まだまだ!」
「く……!」
速度を乗せた一撃が叩き込まれる。スレンヒルデはそれをグングニルの柄で受け止め防ぐが、伝播した衝撃が地面を砕き、その威力を物語る。
「隊長は連れていかせないし、僕だって散々なぶられてムカついてるんだ! あんたの思いどおりにはさせない!」
「本気でない私に、手も足も出なかった貴方がどうしてそれを出来るとでも!」
「出来るからやるんじゃない! ムカつくからやるんだ!」
「なんて力……!」
力任せにスレンヒルデを押し切り、グングニルごと弾き飛ばす。両者の間に数メートルほどの間合いが空くが、瞬く間もなくコウタは詰める。
「隊長に教わったんだ! 男なら、立ち上がって、拳を握りさえすれば! どんな相手にも立ち向かっていけるって!」
神器を持つ手がいっそう強く握られ、その握力と気合いを乗せた重い一撃がスレンヒルデめがけて振り下ろされる。
それはグングニルの穂先でいなされるが、その勢いは留まる素振りを見せず、スレンヒルデの皮膚を抉り、地面を深々と斬り砕いた。
「っ……!」
「掠めただけか……! けど、当たるようになってきた!」
「調子に……!」
手傷を負ったからか、幾分か大振りになった一閃をコウタはなんとか回避する。
幾ばくか離れて、再度仕掛けようとしたその時、コウタはスレンヒルデが肩を震わせているのに気付いた。
「貴方たちはいつも、そうやって正義と信念を振りかざし、どんなに傷付けても、その鉄心で、私たちに立ちはだかる……!」
その表情からは先程までの余裕そうな様子は消えており、嫉妬の時に見せる破顔とはまた違っていたが、コウタはそれを気にしもしなかった。
「誰のことを言ってるか知らないけど、多分自業自得だろ」
「……ふふ。ふふ、ふふふ! ……図星ですね」
一瞬感情が乱れかけたスレンヒルデだったが、皮肉にもコウタが図星を着いたおかげか毒気を抜かれ、平静さを取り戻した。
「少し取り乱しました。困惑させてしまいましたね」
「もう飽きるくらいしてるから別にいいよ」
今更メンヘラが発狂した程度で動じるコウタでなかった。
「さて……。貴方のエネルギー残量がいかほどかはわかりませんが、斬撃を何度も撃ってこない所から察するに、そう多くは無いでしょう」
そう言ってスレンヒルデは不敵に笑う。その眼差しに油断は欠片もなく、残り数手となるであろう戦いの行く末を思索している。そして彼女の推察通り、コウタのエネルギー残量は平時と比べてそう多くない。
「……どうだろうね。無限かも?」
「ふふ、ご冗談を。仮にそうならば、とうに私は負けているでしょうね」
二度死にかけたのと、アルとの交信、長時間の大出力戦闘、そして神器の偽装起動。無限を謳うアークと言えど、通常の理をはずれた消費は賄いきれない。
特に偽装起動のエネルギー消費量は凄まじい。ただ持ち上げるだけで、アークのエネルギー生産速度を消費速度が上回ってしまっている。
「これは希望的観測も入っていますが、恐らくはあのバリアも使えないのでは? 十分なエネルギーが無いと使えない、あるいは既に使ったか……」
「……さぁ? もっと凄いの使えるかも」
「ふふ、嘘が下手ですね。恐らく後者でしょう? ただ撫ぜるだけで傷付いているというのに、神の裁杖を食らって少し穴が空くだけというのは流石に通りませんよ」
――限界が近いことは言葉通りに見抜かれているし、なんなら食らってから一瞬バリアを使って威力を大幅減衰したことも見抜かれている。
アラートがひっきりなしに鳴っており、数値を見れば色々レッドゾーンだ。蓄積されたダメージのせいか、時折意識が飛びそうになるのを、なんとか根性でこらえている。
傷を負っても怯まずにいられているのは不幸中の幸いではあるが。
コウタがそんな思索を巡らせながら、どうスレンヒルデに手痛い一撃をぶち込むか、そう考えていた折のことだ。
「うおおおっ!?」
コウタの全身が突如として震え出した。
「……!?」
これにはさしものスレンヒルデもあからさまに警戒し、二三歩距離を取った。
「それは……限界が近い事の示唆でしょうか?」
スレンヒルデが真っ先に警戒したのは爆発の前兆としての分子の過剰運動だ。だが、コウタはこれをそんなものではないと知っていた。突然のことに驚きはしたが、これは既知の現象だ。
「いや、これは……」
未だ震える全身を止めるべく、コウタはそれに応えた。
「もしもし」
「成程。通信でしたか」
その振動が通信の予兆だとわかるや否や、スレンヒルデは身体の力を抜き、これ幸いと息を整え始めた。一分かそれ以上か、いや、たとえ数十秒でも、この切羽詰まった状況でそれだけの余暇は非常に大きい。
会話中に致命の一撃を狙う、というのも一瞬考慮したが、コウタは依然神器から手を離していない。間違いなく反撃してくる。それがわかっているから、回復に努める。
『あー! やっとつながった! もう、勝手に通信切るなんて!』
「メニカ……? 良かった、ちゃんと逃げれたんだね」
『そうだよ、コータくんのメニカだよ! 多分あの女も近くにいるはずだから手短に!』
近くどころか目の前にいてこの会話を聞いているのだが、コウタはそれを伝えはしない。時間が無いというのに混乱させる理由はないためだ。
『全員無事、約36秒、約1.5秒後、今日の晩御飯は焼肉! 絶対、確実、必ず! 無事に帰ってきて!! これは隊長命令でありオーナー命令! 以上!』
「……了解!」
秒数の意味をコウタはほとんど理解できなかったが、聞き返したとて、意味を知ったとて、だ。必ず無事に帰るという意思だけを固め、激励を糧とする。
――恐らくは同じ通信、もっと詳しいものがアミスにも伝えられているだろう。仮に解けたとしても現状に寄与するものではない可能性が高く、深く意味を探る必要はない。
「ごめん、待った? 回復は順調?」
「お陰様で、貴方を屠れるくらいには」
「それはよかった。……次で最後だから、これで無理なら僕の負けってことで」
「ふふ、いいでしょう。誇っていいですよ? 複数人がかりといえど、私をここまで追い詰めたんですから」
「孫子の代まで自慢するよ。じゃあ――」
ピリ、と一瞬で空気が変わる。
その原因は意外にもスレンヒルデではなく、コウタの発するそれだった。
「覚悟しろ」
機械のごとき冷たい眼差しをスレンヒルデに向け、コウタは神斧を下段に構えた。今度はゴルフのスイングのように身体を引き絞り、刀身部分を先端に、地面から200°ほどの角度に挙上した。
アークからは既に、先程までのものより、数倍大きなエネルギーが送られている。
ぎりり、ぎりぎりと、弓を限界まで引き絞るように、コウタは込める力を高めてゆく。
「これは……!」
想定を超える出力に、スレンヒルデは即座に回避を捨て、槍を地面に突き立てた。砲口が固定されているならまだしも、コウタは自在にその方角を変えられる。下手な回避はリスクが大きすぎると判断したからだ。
「いいでしょう、受けて立ちます……!」
莫大なエネルギーを注ぎ込まれた神斧は、ゆらりゆらりと、陽炎のようにその発信源たるコウタとともに、周囲の空間を歪ませる。
そして、溢れんばかりの光が放たれた。
「裂帛大撃砲!!」
放たれた斬撃は空気の壁すらも容易く切り裂き、予見通りに回避不可能な規模の破壊はスレンヒルデの視界を埋め尽くし、その全身を呑み込んだ。
ありがとうございました。
年内には二章完結させます!




