no.053 トランスチャージャー:リベンジ
よろしくお願いします!
「素晴らしい一撃……。それを防がれて何も思わないということは、まだ上があるということ。……どうです? コータさん。サタニアに来ませんか?」
――スレンヒルデからの勧誘。ユーリのあれを含めるなら、三度目の勧誘だ。ここまで評価されていることは嬉しいが、しかし自身の力ではないので複雑ではある。
「貴方ならば堕者となれるでしょう。つい先日欠員が出たところですし」
――だが。与えられた力とはいえ、それを扱えるのは自分なのだから、やはり責任を取るべきは自分自身だ。
力と欲望のままに自由を謳歌したいか?
否。そんな贅沢は要らない。この五体だけで充分過ぎるほどだ。
だから、この勧誘に対する答えは決まっている。
「ん〜……やだ」
コウタはわざとらしく一瞬考えるように唸ってみせたが、返答自体は考えるまでもなく決めていたものだ。
コウタには芯としている善性がある。
黄金のような高潔な精神だとか、正しい心を持つものしか抜けない聖剣を抜ける聖人であるとか、そんな大層なものではないが、それでも。
このバカげた勧誘を実力差に怯えず突っぱねる程度のものを持っていた。
「何もかもダサいじゃん。思想も生き様も、呼び名の響きも」
「慣れれば気に入りますよ?」
「メニカが着けたマシンの名前くらいダサいからヤダ」
「そうですか……。では殺しますが、気が変わったらいつでも言ってくださいね。別に決断が遅れたからといって条件を下げるなどと、みみっちい真似はしませんのでご安心を」
スレンヒルデはつまらなそうにこそしているものの、返答自体は予測していたのだろう、なんの躊躇いもなく小太陽を作り出し、コウタに向けて放った。
「プロミネンス・バースト」
「アンチ・フォース・バリア!」
真っ赤な轍を残しながら、その紅炎はコウタらへと襲いかかる。しかしいかに臨界魔法と言えど、エネルギーを奪うという無法の効果を持っているバリアを破ることは出来ず、その全てが吸収されてゆく。
「……やはり厄介ですね。そのバリア」
ダメージはおろか、傷一つ、よろめきひとつも与えられなかった。そもそも届いてすらいない。
スレイヒルデは来るであろう反撃に備え、空手ながら構え、すっと腰を落とす――が、コウタ相手に打撃は効果が薄いことはとうにわかっている。引き手に魔力を溜め、それを隠すための構えだ。
だが、コウタとてただ防ぐだけではない。
「それだけじゃないぞ! アミスさん!」
『高強度ワイヤー射出!』
アミスの持ってきた武器のひとつからワイヤーが射出され、バリアを回避するように弧を描きながら飛んでゆき、スレンヒルデの右足へと絡み付いた。
「この程度……」
スレンヒルデは自身の右足に絡みついたワイヤーに、融解させるための爆熱を流す。臨界魔法による強化された数千度の超高熱が伝わる――が。
ワイヤーは溶けず、融けず、故に解けない。
「熱が奪われている……!?」
『バレた! ですが、もう遅いです!』
「機式剛術――なんでこれ引っ張れるんですか?」
ワイヤーを少し引っ張ったところで、コウタはふと疑問に思って引きながらもアミスにそう尋ねる。本来エネルギーを奪う効果があるなら、触れているならば動かせはしないだろう。
詠唱開始。
『力点がバリアの内側を過ぎたところにあれば問題ありません。そもそも実際牽引の力が発揮されているのはコウタさんが手に持っている部分のみであって、それ以外はあくまでも原子の結合によって引っ張られているにすぎません。結合の力、いわゆる強い力はその物体が予め持つポテンシャルエネルギーですので、ミスリル化の反応を妨げることができないように、バリアに触れたからといって物質が分解されることはないんですよ』
「……なるほど!」
途中怪しい箇所があったものの、コウタでも何とかその説明で理解できた。
来るものは何人たりとも拒むが、去るものまで追いはしない。
要は、引っ張られる側のワイヤーそのものが何かしらのエネルギーを発している訳ではないので、バリアの適応対象外というわけだ。
「じゃあ改めて。ウィンチ――!?」
引っ張りかけて、コウタはその違和感にすぐ気付く。
――軽い。
「臨界炎熱魔法、紅閃」
スレンヒルデが指でなぞった軌跡は、真っ赤な一本線だ。それはバリアの間接吸熱より早く多く熱を伝わらせ、鋼鉄製のワイヤーを容易く断ち切った。
「言ったでしょう? この程度と。吸熱が追い付かないほど早く切ればいいだけのこと」
『そんな!』
「ある程度予想は着いてました! 二の矢!」
『合点です! バリア解除あんどスーパースモーク!』
バリアが解けたその瞬間、コウタは真っ直ぐ駆けた。爆発的な加速で瞬く間に最高速に達し、スレンヒルデにぶつかるまで刹那ほどの時間しかない。
「淵炎帯」
スレンヒルデの周りに、超高音、不可視のガスが帯状に散布される。
「――!?!? あっつつつづっつつ!!!」
不可視の爆熱に超加速で突っ込んだ結果、コウタは勢いを殺すこともせず、爆熱と激痛にのたうち回――転がってゆく。
「あついあついあついあついー!!」
『れ、冷却システム、排気システムフルパワー! 大丈夫ですか!?』
「なんとか――スレンヒルデは!?」
『サーチ――』
即座に敵の位置を確認するが、数手遅い。コウタのすぐそばにスレンヒルデはいた。
「ここにいますよ」
「刃脚――」
「紅閃」
「がっ……!」
コウタの体を縦に真っ直ぐ、正中線をなぞるように真っ赤に光る爆熱が刻みつけられる。
――最早痛いだとか熱いだとかを通り越し、超強烈な違和感が正中線に残り続けている。まるで右と左で別の身体になってしまったような、風邪を引いているときの夢のような違和感。
「僕の左半身と右半身離れてませんか!?」
『赤い線が引かれてますがくっついてます!』
「ほんとに!?」
『ほんとに!』
「マリアさん、ホントですか!?」
「ホントですわ」
「ならよし!」
いつも通りのコントを繰り広げるコウタらを尻目に、スレンヒルデは首を傾げながら己の指先を見ていた。
――確実に真っ二つに焼き斬った手応えのはずが、表面を赤熱させる程度。そして、それももう消えている。
「どうやら先程のバリアだけでなく、貴方の身体も熱吸収に長けているようですね。もしやそれがこの異常な耐久力を……? まぁ少々骨ではありますが、問題ありません」
そう言ってコキコキと小気味よい音を首から鳴らすと、スレンヒルデは再びコウタに意識を向ける。その佇まいには目視で観測できる隙はなく、疲れやダメージなど微塵と感じさせず、凛としてすらいた。
これは自信半分、虚勢半分といった塩梅だが、実戦経験の浅いコウタにそれを見抜くすべはない。
「マリアさんと戦って相当ダメージがあるはずなのに……!」
『彼女は堕者の中でも上位五指には入る実力者ですからね。いくら満身創痍でも今のコウタさんが苦戦するのも無理はありません。ですが、なんとかして突破口を――』
「プロミネンス・バースト」
『撤退!!』
「マリアさん失礼します!」
「お姫様抱っこなんていつぶりかしら……?」
作戦会議を容赦なく打ち切りに爆炎が迫る。視界が全て紅炎で埋め尽くされ、コウタは慌ててマリアとアミスを抱えて爆走する。
広範囲高温の代わりに速度はそこまででなく、コウタの脚に追いつけはしない。だが、炎の壁で分断されてしまった。
「ご丁寧に端まで炎が延びてる……」
『分厚さもかなりあります。コウタさん、こうなったら三の矢しかないですよ!』
「絶対嫌ですけど!?」
一、二の矢は流れで決まったが、三の矢の発案者はアミスだ。コウタにとってはそれだけで拒否するに値する。
――聞かなくても大抵ろくでもないことが分かりきっているし、聞いた結果想定の倍はろくでもなかった。
策としてはシンプルすぎるくらいにシンプルで、直線距離で行けば最短を地で行く策だ。
良い点はやることがとてもわかりやすいというところで、悪い点はそもそも不可能だしやりたくないし絶対に嫌だというところだ。
「えーとほら、一応スレンヒルデって女性じゃないですか。流石に暴力は絵面的にどうなのかと……」
『さっき普通に殴りかかってましたよね。それに敵に情けなんてかけられる立場じゃないですよね? そもそも女性だからなんです? ひたすら殴れば腫れ上がって凹凸がなくなりますし、刻めばバラバラで肉塊になりますし、消し炭にすれば生き物はみんな同じですよ?』
「道徳の成績に5段階評価でマイナス30くらいつけられてそう……」
『それと同じで、死なないならなにしても一緒! つまりコウタさんはなんだって出来るのです!』
「なんだって出来るなら今すぐあんたを砲弾にしたい」
精一杯の皮肉で抵抗するコウタだが、当然効果はない。ちなみにアミスは道徳の授業に出席すらしないタイプだ。
『それにほら、善は急げって言いますし!』
「それ死に急げって意味じゃないと思うんですけど」
『言葉とは時代によって変わるものです! さぁさっそくレッツゴー! 作戦名〜雨にも風にも太陽フレアにもマケズ〜です!』
「うおおお!! 〜終わったら覚えとけよマジで〜を添えて!!」
コウタは爆炎冷めやらぬ中――どころか、数千度の爆炎に真正面から突っ込んだ。己の耐久力と根性に身を任せ、炎の中に消えゆくことを受け入れた。
「ぎゃあああ――!!」
悲鳴をあげながら、コウタは炎に呑まれた。
「なにを……」
スレンヒルデは当然その不可解に困惑する。今まで炎を受けたり避けたり退けられたりと様々な方法で対処されては来たが、自ら突っ込んでくる愚か者を観測したのははじめてだ。
――仮に死に至らないとしても、痛覚があることはわかっている。そんな中でまともに動けるとも思えない。追い詰められた際の行動爆発……?
スレンヒルデの推察は至極真っ当だ。よしんば抜けられたとしても、それは激痛に耐えながらで、速度も先までとは比べ物にならない程度しか出ないだろうという考察は、決して間違ってはいない。
痛覚を感じながらもその影響を一切合切無視してなんら変わらないパフォーマンスを発揮できるほど、イカれた精神性、あるいはそれに準ずるなにかを有していない限り。
「――!! ――!!」
悲鳴すら焼き尽くされ、声にならない叫び声とともに、地面が軽く揺れる。
過去似たことを試みた相手と同じように、じたばたとのたうち回って暴れている、あるいは耐えながらゆっくりだが進んできているのどちらかだと、スレンヒルデは推測する。
間違っても、痛みを無視して平常と変わらない速度で迫ってきているなど、思いもしない。
――だから、判断が遅れる。
「なっ――」
想定よりも数倍早く、それも真正面に飛び出てきたコウタに、スレンヒルデは一瞬戸惑う。赤熱した鉄腕はその隙を狂いなく狙い、再び敵の腕を掴みあげた。
『掴まえました! そして、アークの真骨頂おそらく3!』
コウタの内蔵スピーカーから響くのはアミスの声だ。
コウタは炎に飛び込む際、己の動きをアミスに任せた。自分で動かすならば痛みによる反射でろくに動けないが、リモートコントロールならば別だ。痛みに耐えようが耐えまいが、破壊されない限りカタログスペックを発揮する。
「フォース――」
その右拳に宿る異様な気配に、スレンヒルデの背筋がぞわりと悪寒に包まれる。
「この……!」
振りほどこうと力を込め、熱を溜め、迎え撃つ用意をするが、色々ともう既に遅い。
エネルギーはもはや可視化するほどコウタの右拳に集まり、鈍く光りながら、解き放たれた。
「リベンジ!!!」
コウタが幾度かのバリアにより蓄えた莫大なエネルギーは、その拳をより強固、凶悪なものに進化させ、容赦のない破壊力でスレンヒルデに炸裂した。
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