no.050 超火力魔法バトル!
よろしくお願いします。
「魔導臨界」
スレンヒルデを中心に放たれた眩い光は相応の熱量と爆風を伴い、放射状に広がっていった。
マリアはこの程度で致命傷を負いはしないが、十数メートル後退させられ、体勢を少し崩されてしまう。それくらいには威力のある熱波だ。
「……お熱いですわね」
この熱波は魔導臨界を発動することによる初期放射で、言ってしまえばただの前兆として漏れ出たものだ。しかし、ただの漏出とはいえその威力は通常魔法と遜色無い程度には高い。
マリアの頬を汗がひとすじ垂れ、直ぐに蒸発する。
「……」
ただの前兆で通常魔法と遜色のない火力を有する。それは、スレンヒルデが放つであろう魔法の潜在火力が今までの比にならぬことを、否が応でもマリアに予感させてしまっていた。
そしてなぜだか、現実世界において、嫌な予感ほどよく当たる。
「臨界炎熱魔法」
臨界魔法とは。魔導臨界とは。
魔導臨界で作り出される魔法は臨界魔法と呼ばれ通常の魔法よりも安定性を除いて、あらゆる面で遥かに優る。
これは魔化原子核の崩壊によるエネルギー放出と、周囲の魔素を臨界魔素に変換する連鎖臨界反応、そして魔術反応式を介さずに炎の魔力と言ったような、魔力そのものにプラズマ的な性質を持たせることが可能になる。
これらにより、通常のそれとは比較にすらならぬほどの出力を実現させる。
「豊穣の勇者、マリア・グレイス。この宇宙で最も強い生物に見初められた、究極の個のうちの一人。私達堕者と同じ、人の理から外れてしまった者。貴女に敬意を評し、私の全力で終わらせます」
通常の魔法では、脳波により変質するのはあくまでも魔力のみだ。火が放たれたり、風が吹きすさんだり、岩が隆起したりするのは、あくまで魔術反応式による、ある種の化学反応でしかない。
しかし、臨界魔法はその反応現象すらも脳波に影響を受け、術者の思い通りに変容する。
天を駆ける龍の如く、空に昇る水流。掴み、砕くことすら可能か炎の腕、見えない糸で操られているかのように自由自在に動きまわる岩石。
それらの摩訶不思議な現象を、臨界魔法は実現させる。
要するに、魔法のような魔法ということである。
だから、こんなことだって出来る。
「堕天落陽」
スレンヒルデの右の掌に、それこそぽん、と無造作にそれは現れた。今までのように燃え盛るだけの炎とは違う、球体だ。明らかに人為的な意図をもって形作られたことがひと目でわかる。
球形の炎――否。大きさはソフトボールほどだが、これはまさに擬似的な太陽と言って差し支えないほどのエネルギー密度だ。
それほどまでに、今まで放ったどの炎よりも熱く、強く。そして、美しくさえあった。
「赫焔裂帛」
ぴっ、と無造作に解き放たれた小太陽は、スレンヒルデのイメージした指向性を持ってマリアに襲いかかった。
地下の天井――すなわち、スタジアムのフィールドが大きく波打ち、そして雪崩のように崩壊した。
「――ッ!!」
その熱量、破壊力共に今までの比ではない。小規模な核爆発とも言えるほどだ。
射出速度自体はそこまでではないが、炸裂速度は音速の数倍だ。熱量と出力があいまり、見てから回避は非常に厳しい。
熱線は天井と床を問わずコンクリートを内部の鉄筋諸共沸騰させ、やがて遅れてくる豪風が、それらを噴火のように吹き飛ばす。アリーナは地上内外問わず、一瞬で地獄の様相と化した。
その直撃を受けたマリアも例に漏れず、豪奢なドレスはあっという間に焼き消え、その下の強靭な肉体さえも焼き焦がす。
「……!!」
マリアは悲鳴すらあげることもせず、ただ角笛を盾にしながら、身を固めてその場に留まり、堪える。身体が熱を知覚する前に回復魔法を発動させ、風圧魔法で肺に酸素を供給し続ける。
空を飛んでしまえそうなほどの爆風に身を晒され、辺り全てをマグマに溶解させ地獄の様相へと変える爆炎がその身を焦がそうとも、大木のように微動だにしない。
その様子に、スレンヒルデはわかりやすく不機嫌そうに、眉間に皺を寄せた。
「……今日はよく、私の炎を耐える方に会いますね」
コウタに放っていた通常魔法はともかくとしても、今まで臨界魔法の発動を阻害されたことや回避されたことはいくつかあれど、直撃すれば皆もれなく消し炭となって死んでいる。
だから、爆風と爆炎が収まりつつも熱はまだ残るその地獄に、未だ立っている目の前の人間への警戒が強まるのは自然だった。
「おちゃのこさいさい、ですわ……!」
見るも無惨な焼死体になるどころか、灰と消えるどころか、死ぬどころか。なんとマリアは意識を保っていた。そして、そんなふうな軽口を叩いてさえみせた。
スレンヒルデはそんなマリアに対して内心では驚嘆と畏敬の念を抱いていたが、それらよりももっと、もっと強い感情があった。
「……ふむ、風圧魔法による熱量軽減、魔力操作による肉体防御、そして生体回復魔法の合わせ技……。たったそれだけで原型はおろか意識すら保つとは。本当に、めんどくさいですね。勇者というものは」
ただただめんどくさい。その一点に尽きる。スレンヒルデからすれば、マリアもコウタも仕事の邪魔をしてくる存在でしかないのだ。
しかし、それはマリアも同じだった。
「それはこちらのおセリフですわ……! 回復魔法を使ったのなんて、いつぶりかわかりませんもの」
回復した部位を確かめるように動かしながら、マリアは後ずさった分を歩む。
生体回復魔法はその名の通り、生物の体を回復する魔法である。
完全欠損を再生するには多大な時間とエネルギーと手間を要するが、逆に言えば完全欠損さえしなければ技量や魔力量にもよるものの、部分欠損を含め大概の傷は割とすぐ回復する。
マリアは回復部位を皮膚と皮下脂肪のみに絞り、炭化した皮膚さえもエネルギー源とし、まるで連続脱皮にも見える圧倒的な回復速度でその炎が命を脅かすことを防いだ。
字にすれば簡単だが、これには多大な魔力と集中力、そして痛みに屈しない精神力が必要だ。
「全く、子どもたちにひと針一万ギラで繕ってもらったドレスが見る影もありませんわ」
ドレスは見る影どころか塵すら灰と化しており、下着はコルセットも含め全て見事に焼け落ちた。
しかし、マリアはツタ状の植物を服のように体中にはわせ、外面に茨を生やした棘の鎧を纏っていた。
「あぁ、どおりで歪だったんですね。安心していいですよ。今の方がお似合いです」
「似合うかどうかなどお些末な問題ですわ。わたくしはわたくしが着たいから、あのドレスを着ていましたもの」
マリアはそれが偽善だと自ら断じていた。根本的解決にはならぬ、自己満足でしかない奉仕。
だが、無意味ではないのだ。たとえ数日、数時間であろうと、彼らに幸福をもたらせるならば。
「無意味な自己満足と笑っておきなさい。金持ちの偽善の戯れと嘲り続けなさい。その間に、わたくしは一人でも多くおなかいっぱいにしますわ。そして! この鎧を目の当たりにして、満腹にならなかった者は一人としていませんわ!」
マリアはどどんと立派に立派な胸を張る。
コルセットに隠れていた腹筋は当然のように割れており、鋼のように硬い。剥き出しとなった四肢はまるで大岩から削り出した彫像のように逞しく大地に立っていた。
その堂々と逞しくも凛とした姿だけで武器を下ろす悪党も少なくない。
だが、スレンヒルデは違う。嘲笑うでも呆れるでもなく、ただ淡々と客観的事実を述べる。
「たかだか棘の鎧程度で、太陽をどうにか出来るとでも?」
マリアを真似るように、スレンヒルデは爆炎を身に纏わせた。不定形の炎が揺らめく様はまるでドレスのようでさえある。
掠めた地面が蒸発し、弧を描く轍を残す。
その揺らめく炎を束ね、バンテージのように手足に巻き付ける。
煌々とした炎を拳に宿し、スレンヒルデは文字通りその足跡を残しながら歩を進める。
「これで貴女を嬲ります」
一歩、一歩と近付くたび、痛みを伴う熱さがマリアへと容赦なく襲いかかる。近付くだけでダメージを負う熱量だ。
だが、マリアは一歩も引かない。
「……あら、光合成をご存知ない? 貴女の太陽のその、おバカげたエネルギーと、わたくしの風圧魔法による高純度の酸素供給。焼き尽くすよりも早く、生命で埋めつくしてみせますわ」
これはもちろん強がりだ。いくらマリアがコルヌ=コピアから生み出す植物が尋常ではない速度で成長するとはいえ、それはあくまで通常魔法の範囲。臨界魔法の出力と熱量の前にはほとんどなすすべがない。
それはマリアもわかっている。だが、だからといって、それが退く理由にはなりはしない。
「かかってきなさい、スレンヒルデ・ボルグ。貴女のその歪んだ愛も、わたくしのご飯で満たしてあげますわ」
ありがとうございます。
・魔導臨界
魔素に超高音と超高圧が加わり、臨界状態になる現象、またその技術を指す。臨界状態の魔素は『臨界魔素』と呼ばれ、そのエネルギー効率は通常の魔素の数百倍から数千倍にものぼる。エネルギー効率こそ上昇しているが、そのぶん体力の消費や身体への影響も増大しているため、気軽に使うことは出来ない。
この状態で放つ魔法を『臨界魔法』と呼び、臨界魔法は通常魔法を呑み込む性質を持つ。
・臨界魔素
魔素が超高温と超高圧で臨界状態になったもの。非常に不安定で、他の原子にすぐにくっついたり離れたりする。それはやがて崩壊することで、莫大なエネルギーを放つ。
・臨界魔法
魔導臨界状態の時に発動できる魔法。通常のそれとは一線を画し、威力やエネルギー効率だけでなく、脳波の反映度も非常に高いため、思い描いた魔法を使うことが出来る、まさに魔法と呼べる代物。




