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no.004 殴る、蹴る、ぶちかまし! あとビーム!

よろしくお願いします。




 



「私はメニカ・パーク。よかったら君の身体を隅々まで調べさせてくれないかな? オートノイドくん」



 メニカはそう言って、にこやかに手を差し伸べる。

 だが、コウタはその手を取ることが出来なかった。

 メニカのその瞳の奥に宿る、深淵にも近しい飽くなき知的探究心と未知への好奇心を前に、産まれてはじめて、何故か貞操の危機を感じたからだ。



「いやです……」



 気が付けばコウタの体は自然と後ずさり、口は拒絶の言葉をひねり出していた。

 しかし、メニカは当然のようにその距離をしゅるりと詰め、にこやかながらコウタを問いつめる。



「レスポンスが人間と同等なのはとても興味がそそられるけどまずそれは置いておくとしてまぁ後で聞くけど。ひとまず、どうして? 私という世界の発展を担う天才、しかも自分で言うのもなんだけどこんな美少女が頼んでいるというのにどうして即決はおろか即断で否定するのかな? 理解出来ないものを理解しようともしないのは感心しないね。それじゃあ実態の伴わない功績から生じたハリボテの栄光に縋り付きいつまでもなんの生産性も持たずに権利だけを主張し続ける産業廃棄物同然の老人みたいじゃないか。君はオートノイドだろう? それはいけないな。そもそも天才たる私がこの手で君の全てを解剖して君の全てを解明することは科学の発展ひいては世界の発展ついでに世界平和に必ず繋がるよ? この世に産まれたからには一個体の義務として世の役に身を呈してでも立とうとは思わないのかい?」



  それはもう凄まじい早口で、メニカは捲し立てるように言葉を羅列する。

 よく噛まないなとコウタが思考を放棄して、当時にどこかの誰かさんのようだと既視感を覚えて、つい返事をしてしまう。



「……知らない人の怪しい話は聞く耳を持っちゃいけませんってばっちゃが言ってた」



 この瞬間、コウタの敗北が決定した。



「話を逸らさないでくれないかな? 私はなにも私利私欲の為に君をどうこうしようなんて微塵たりとも思っていないさ。本当だよ? ただ君が自身の存在価値に気付いていないみたいだから親切心からその価値を説こうとしてるんだよ?君は私を知らないからと主張するけど、この議論の主体は私じゃなくて君でもなく、科学及び世界なんだ。私の事なんてどうでもいいじゃないか。あ、もしかしてきちんと自己紹介して欲しいとかそういうのかな? だったら改めまして、私はメニカ・パーク。メカーナがほこる天才で、機械工学電子工学生体機械工学の三つの博士号を持つ科学者兼発明家だよ。好きな機械の部位は関節の丸み、趣味は機械いじりとお風呂と料理。スリーサイズは……と言いたいところだけどそれはもう少し仲良くなってからね? はいこれでお友達だね。さぁオートノイドくん。君の番だよ?」



 怒涛のカウンター早口に、コウタは更なる得体の知れぬ恐怖を感じた。


 ――落下していたときに感じていた生命的な恐怖とは全く違う、底なし沼のような肌にまとわりついて、決して拭いきれないような、洗っても洗っても落ちない汚れのような、そんなおどろおどろしい恐ろしさ。


 背筋がぞわりとし、肌に鳥肌が立つ気分になる。冷や汗だって流れている気もするが、コウタには肌も汗腺もない。

 気付けばコウタは後ずさることも忘れ、ただただ震える声で弱音を吐いていた。



「ふぇぇ、怖いよぉ……」

『コウタさんきもいです』



 幼児退行したコウタに厳しい言葉をぶつけたのはアミスだ。彼女もメニカ同様あちら側の住人であり、言わば業の者だ。

 比較的一般的な感性の持ち主の気持ちなどわかろうはずもないことは、短い付き合いのコウタですらよく知っていた。

 しかし、コウタはまだアミスの非常識さの程度を知らない。



「なるほど、コータくんね。そっちのクリオネのかわい子ちゃんは?」

『はじめまして! アミスと申します! コウタさんの専属バックアップアシスタントをしています! コウタさんのボディはアルヴェニウムというメチャ強金属で構成されていて、動力源は【無限炉】アークと呼ばれる神器です。最高時速は450キロ出て、生殖と排泄以外の人間に出来ることは全て出来ます。よろしくお願いしますねメニカちゃん』



 なんとこの自称アシスタント、聞かれてもいないことをベラベラと、しかもコウタの同意を取る気配すら見せずに、個人情報を話し始めた。



「よろしくねアミスちゃん」

『ほら、コウタさんもご挨拶を!』

「なんだこいつ敵か?」



 コウタは半ばキレ気味にそう返す。共生していても必ずしも味方ではないことを、彼はこのとき初めて身に染みて実感していた。



「ふむ、興味深いね。まぁこれで私とコータくんたちは知らない仲じゃなくなって、まぁ普通に友達と言っても差し支えないね。じゃあ知らない人とは仲良くできないってコータくんの懸念は消え失せるから、これでゆっくりたっぷりどっぷりお話できるね! さぁ、コータくんのことを聞かせておくれ!」

「は、ははは……」



 最早、コウタには乾いた笑いしか出せなかった。

 トントン拍子で外堀を埋められ、その外堀がそもそも元から機能していないことに、心底絶望していた。


 ――誰でもいいから助けてくれ。


 コウタは本心からそう思った。

 すると、まるでその願いに応えるかのように、鋼の巨兵が瓦礫の中から現れた。



『損傷軽微 活動可能』

「助かっ――なんだこいつ! センチネルか!?」



 思わず本気で安堵しかけたコウタだったが、そもそも救難を受けて助けに来ていたことを思い出し、メニカを背に庇ってエイプから距離を取る。



『……』



 瓦礫の中から悠然とエイプが立ち上がる。

 コウタが直撃したところがべこんと凹んでいるくらいで、他に目立った損傷はない。

 エイプはそれ以上動く気配は今のところはなく、ただじっと、観察するかのような視線をコウタに向けていた。



『それで、このオートロイドはなんなんですか?』

「汎用自律拠点防衛機兵、エイプ。ちょっと暴走しちゃってね、言い忘れてたけど来てくれて本当に助かったよ。ありがとう。それなりに頑丈に作ってるから、ぶつかったくらいじゃ壊せないはずさ。……ちょっと凹んでるけど。武装も載せるだけ載せてるし、ごつさの割に足回りもいい。なんたって私を欺くくらいかしこい。ちなみに開発費は40億ギラ!」



 ――解説するメニカの目は先程の欲にまみれたそれとは違い、知的な雰囲気を感じさせる眼差しだと感じる。


 感心しているコウタとは裏腹に、実際のところメニカの視線は彼のボディを余すとこなく睨め回していて、その脳内はとんでもない妄想でいっぱいだった。

 余談ではあるが、40億ギラは日本円に換算するとおよそ40億円である。



『破格ですね!』

「でしょ? 頑張ったんだ」

「欲しいなぁ40億」



 大型の軍事用兵器の開発費用としては破格も破格である。

 一般的な戦車や戦闘機でもこの十倍は軽くするのだが、コウタにはそんなことは知る由もない。ただただアホな感想を浮かべるのみだ。



『脅威判定 測定不能 射撃武装による制圧を行います 全武装展開(フルオープン)



 プランの構築が終わり、エイプは持てる武装を全て展開させる。四門ある機関銃をはじめとし、左右に一門ずつの滑空砲と火炎放射器、そしてエネルギー特装砲が右肩にかけて一門。白兵戦用の近接武器がずらり。

 激突の衝撃から算出した数値により、目の前のアンノウンは全性能で対抗すべきと判断したのだ。



「おっとまずい。コータくん、防弾の術はあるかい?」

『隕石が来てもこの身で守ってみせます!』

「それは助かる! 下手に逃げると私も狙い撃たれちゃうかもだからね」

「……僕の了承は?」



 メニカはそそくさと、仁王立ちするコウタの背後に縮こまって隠れた。ちょうどエイプの射線から庇う形になっており、肉壁ならぬ鉄壁である。足の隙間もアミスで埋めて、完璧な布陣だ。



『コウタさん、逃げちゃダメですよ!』

「足が竦んで……そもそも足が微塵たりとも動かないんですけど。アミスさんなにかしてます?」



 逃げようにもそもそも、打ち込まれた杭のように両足が微動だにしないことを、コウタはアミスへ問い詰める。



『……』

「だんまりはやめてくださいよ!?」



 堂々たる仁王立ちはもちろん、アミスの仕業だ。

 鋼のごときメンタルで微塵も動じていないのではなく、そもそも物理的に動けていなかった。


 ――銃火器への恐怖から無意識に回避行動を取ってしまう可能性がないとは言い切れない。アミスのこの行動はあながち間違いでもない。頭ではわかっているが、やはり納得がいかない。


 コウタがアミスの行為を噛み砕いて受け入れる前に、エイプの行動は既に終わっていた。



『掃射開始』

「あっ」



 機関銃四門、滑空砲二門、火炎放射器、エネルギー特装砲。メニカが趣味と実益を兼ねて備え付けた武装たち、その全てがなんの容赦もなく火を吹き、凶弾は瞬く間にコウタに直撃してゆく。



「あたたたたあちちちちあばばばば!?」



 掃射は寸分違わぬ狙いで、コウタのその心々を削ってゆく。


 ――チクチク刺されるような痛みが広がり、味噌汁くらいの熱さがじんわり奥に伝わろうとし、瞬く間に全身を痺れる。


 痛いことは痛い。だが、それだけだ。

 何ひとつとして、コウタの命を脅かしはしない。



「砲弾の直撃でも微動だにしない。しかも触っても熱や衝撃が伝わってこない。荷電粒子の分ピリピリはするけど。吸収率が高いのかな。なんやかんや循環してエネルギーが運ばれてるのかも。コータくんの身体はエネルギー効率が凄まじく良いんだろうね。無限炉だけじゃなく、勇者のひとりみたく身体そのものが小さな発電所みたいになってるのかな。そんな機能があるってことは、無限炉も完璧ではないってこと? いや、そもそもエネルギーを産むためだけに備えたわけじゃなさそう。今みたいに、外部からの影響を減らすって目的もありそうだけど……。そこのところどう思う? コータくん」

「え!? なに!? 何も聞こえないんだけど!」



 己の背後で呪詛を唱えている少女がいるとは思いもせず、コウタは爆音と衝撃に呑まれながらも、依然としてメニカの前で鉄壁として立ちはだかる。

 そしてようやく、アミスが動いた。



『お待たせしました! アンチ・フォース・バリア!』



 アミスの音声とともにアークから薄い水色の粒子が放出し、掃射の波を押し返してゆく。

 青い粒子はそのままコウタらの少し前方に広がってゆき、一秒も経たないうちに、直径2メートルほどの半球状バリアが展開された。

 それは銃弾、砲弾、火炎、ビーム、舞い上がるチリさえも通さず、迫り来る全てを隔絶させた。



『ふふん、どうですかコウタさん! アークの真骨頂は!』

「使えるんなら最初から使ってくださいよ!」

『ボディの硬さもある程度知っておいて損はないでしょう?』

「激痛と引き換えなので損してるんですけど?」

『痛みなんてそのうち引くので実質ノーダメですよね!』

「バカの理屈ですよそれは」



 とんでもない理屈を振りかざすアミスに恨み節を言うコウタだが、バリアの凄まじさだけは素直に認めている。

 メニカもまた、未知の光景に心を躍らせていた。



「バリア? いや、これはそんなちゃちなものじゃない。明らかに障壁という概念を通り越したなにかだ。阻むというよりむしろ……なんと表現すべきか。あるべき状態に戻しているとでも言うべきかな?」



 触れた銃弾や砲弾はみな、触れた瞬間から力を失ったかのように地面に落ちている。ビームや火炎も例外でなく、触れた途端から掻き消えていた。

 従来のバリアとは全く違うその挙動に、メニカは知的好奇心と探究心が疼いて仕方なかった。



『メニカちゃん、このバリアとっても危ないので素手で触らないでくださいね』

「従来の電磁バリアなら多少なりとも衝突の波が立つ。ビームとも干渉し合う。だけどこれはどうだ? 波や干渉はおろか、何ら影響を与えていない。ただただ、それらがもっていたものをなかったことにするのみだ」

『おー、正解です! このバリアはですねぇ、触れたものが発揮しているあらゆるエネルギーをゼロにするんです。コウタさんが一万メートルから落下しても無傷だったのは落下の運動エネルギーをゼロにしたからなんですよ!』



 このバリアの前では、あらゆる物質はエネルギーを保てない。それはコウタ自身も例外でなく、これを応用して落下の際にこれで身を守ったのだ。

 説明を聞いたメニカだったが、それだけでは納得がいかないと疑問を投げかける。



「しかしアミスちゃん、この世には運動量保存の法則というものがある。その説明だけじゃ納得できないね。肝心のエネルギーはどこに行ったんだい?」

『ふっふっふ。よくぞ聞いてくれましたねメニカちゃん! 実はですね、アークにそっくりそのまま取り込まれているんですよ! コウタさん、びっくりしましたか?』

「ほう……? アークとね」



 アミスは自信満々にそう言い、メニカは当然のように興味深げにバリアとコウタの胸の中心部を観察し、ふんふんと鼻を鳴らしている。

 しかし、コウタは別の意味で鼻を鳴らした。



「はん」

『はん、て! もっと興味持ってくださいよコウタさん!』

「アミスさんのこと嫌いなのでいやです」

『ひどい!』




 そんな呑気なやり取りが出来るくらいには、コウタたちには余裕が出来ていた。そしてその間にエイプは第一波を撃ち尽くしており、銃身が空回りする音がからからと聞こえた。

 時間にして一分ほどだったが、バリアを展開してからは、コウタ達にはやはり土煙すら届いていない。



『武装パージ プランを近接捕縛に変更』



 レンジ攻撃は効果がないと見るやいなや、エイプは次のプランへ移行する。

 重い武装を排除し、身軽になって近接武装形態へ変形する。

 チェンソー、回転刃、ドリルにグラップルテール、カーボンブレードやらその他諸々の近接武装を、よりどりみどりに展開した。



「なんか変形したんですが。まぁこのアンチフォースバリアがあれば大丈夫ですよね?」



 ――この無敵バリアがあれば、戦闘技術がなくても無事にメニカを助けられるだろう。


 コウタがそう考えていた矢先。



『バリア解除っと』

「は?」



 瞬く間に梯子を外され、コウタは素でそう返す。

 メニカも疑問に思ったのか、アミスに尋ねた。



「あれ? アミスちゃん、なんでバリア消したの?」

『燃費が悪いんですよねぇ』

「あの、なんかヤバそうな音するんですけど」



 エイプは武装を掻き鳴らし、まるで威嚇するようにエンジンを大仰にふかす。



『バリア使用時はアークのエネルギー生産が止まっちゃうんですよ。もちろんさっきより長い間使うことも出来ますが、節約にこしたことはないのです』

「あの、今にもこっち来そうなんですけど」



 タイヤのスキール音も混じえて、エイプは今か今かと突撃のタイミングを見計らっている。



「ふむ、あくまでエネルギー吸収はあくまでバリアの副作用ということだね。つまりこれはれっきとした防衛手段で、コータくんのボディが決して無敵ではないことを暗に示していると思っていいね」

「聞いちゃいない!」



 全く話を聞く気のない二人に対し、コウタの胸中には怒りを通り越して、困惑しか湧いてこなかった。

 真面目に相手するだけ無駄かとコウタが思い出したその頃、メニカが耳元でぽそりと。




「コータくん、足止めをお願いしたいんだけど……大丈夫?」

「うん、無理――」

『任せてください!』

「無理ですけど!? あんなデカブツを止めろと!? 助けに来たのは助けに来ましたけど、脚活かして逃げるつもりだったんですよ僕は!」



 食い気味な許諾なしのアミスの了承にもめげず、コウタは自身の意見を主張する。

 体格差でも倍以上、体重差に至っては十倍ほどある。正面からのぶつかり合いは、素人のコウタからでも不利とわかる。

 しかし、アミスは依然として能天気に。



『大丈夫ですって! タイミングよくぶん殴るだけですから! それに、逃げなくてもコウタさんなら倒せますよ! そっちのほうがカッコイイですし!』

「……信じますよ?」



 ――確かにバリアを見れば、一概に倒せないとも言いきれない。伝えてこないだけで、びっくりドッキリ機構があるのかもしれない。



「この人を信じていいのか……? いやしかし、確かに逃げるよりはカッコイイけど……」

『それじゃあお願いしますね! 私はメニカちゃんのお手伝いしますから!』

「これのどこが僕専属アシスタント……?」



 アミスはメニカの傍らに飛んでいくと、そのまま談笑もとい、作戦会議を始めてしまった。

 コウタはぽつんと一人、五体以外の武器をろくに持たず、疎外感を感じながら、エイプと正面から対峙することになった。

 わいわいと盛り上がってる女子会に対し、マシン会はとても静かだ。



「……こうなりゃヤケだ。エイプ、悪いけど実験台になってもらう!」



 コウタは意を決して一歩を踏み出した。

 一歩、また一歩と近付いてゆき、あっという間にエイプの懐へ潜り込んだ。



「喰らえ、えーと、メタルパンチ!」



 加速の勢いを乗せて、エイプの胴体に素人丸出しのテレフォンパンチを叩き込む。


 ――重い金属音と衝撃がジーンと響く。貫きこそしなかったが、エイプを少しぐらつかせた気がした。


 しかし、コウタのメタルパンチ(笑)はその無敵ボディの強みをなにひとつとして活かせていない、言ってしまえばゴミカスの一突きだ。

 エイプに少々の損傷と引き換えに、新たな情報を与えてしまう。



『再計測 脅威度D 優先排除対象を変更します』

「やべっ」



 その腑抜けすぎるパンチからコウタは取るに足らない相手だと判断し、エイプは再びターゲットをメニカに変えた。



『プラン再構築までおよそ5秒』

「行かせない!」



 成り行きとはいえ任せろと言った手前、コウタはそうはさせまいと、全身全霊でエイプに体当たりする。

 がっぷり四つとはいかないが、エイプの腰に抱きつくようにしがみつき、両脚を杭のごとく踏みしめ、身一つでその進撃の機人に抗う。



「ぐぬぬおおお……!!」



 踏みしめた足を一歩、また一歩と出し、コウタはエイプもろとも力づくで前に進む。

 その驚異的な膂力に対し、エイプはまた評価を改める。



『再計測 脅威度B 優先排除対象変更 目標拘束 無力化を開始します』

「お手柔らかに――うおぁっ!?」



 エイプは再び目標を変えると、グラップルテールを伸ばしてコウタの右脚を捕まえて宙吊りにした。

 そしてそのまま、コウタを地面に叩きつけはじめた。



「がっ、ごっ、ぎっ……!」



 200キロある金属製の剛性極まるコウタを、布製のタオルかなにかのように軽々持ち上げ、空を切って地を割らんが如くぶん回す。

 二十回ほど叩きのめすと、エイプは仕上げと言わんばかりにグルグルと頭上で回し、ついにはつるし上げた。



「あぁあぁあ目がまわわわるるるる」

『目標依然健在 無力化継続』



 そして吊し上げたままバラバラにするつもりなのか、エイプはドリルやら丸ノコやらチェンソーやら、とても抉るのが上手そうな刃物を起動させた。



「う、この音は……!」



 ――ぎゅいんぎゅいんと、歯医者のアレによく似た、本能が拒絶する不快な回転音が耳元で劈く。



「くそ、この、この!」



 なんとか逃れようと手当り次第に暴れ、殴り付けるコウタだが、エイプの拘束は緩む気配すらない。むしろ強まっている。

 そして、抵抗が収まるのを待たずして、容赦なく刃の雨がコウタに襲いかかった。



『攻撃開始』

「ぐっ……!」



 思わず想定される激痛に視界を閉ざすコウタだが、次の瞬間やってきたのは、痛みでもなんでもなかった。


 ――ばきんと、金属の破砕音が聞こえた。



「……痛くない」



 刃の群れはコウタのボディに触れた瞬間、全て砕け散っていた。依然変わらぬ、傷一つない黒いボディがそこにあるだけだ。



「は、はは……! こんなに硬いのか僕の身体は……!」



 思わず笑いが出てしまうくらいに、圧倒的な防御力。

 このかたい事実により、コウタのメンタルにいくばくかの余裕が出始めた。


 ――機銃掃射はなまじ刺すような痛みを断続的に感じたゆえに恐怖感があったものの、今回のこれはせいぜい背中をはたかれたくらいの痛みがそれも一度きりで、怖くともなんともない。


 コウタはいっそエイプの攻撃を無視して、この状況を打開するための思索をめぐらせることした。



「……無我夢中でパンチばっかり打ってたけど、蹴りはどうなんだ? 時速450キロを出せるってんなら結構すごいんじゃないか?」



 ――この身体の脚力の強さは尋常ではない。つまり、下手な蹴りでも結構な威力になるんじゃないか?


 本来足技はそこそこ難易度が高く、転倒するリスクも高く、隙も大きいが、宙ぶらりんの現在、コウタにはもはや足を掬われて転倒する、隙を突かれて窮地に陥るなどといった懸念は存在しなかった。なぜなら、転倒するよりひどい状態で、隙は既に突かれた後だからだ。

 コウタは漫画か映画かなにかで見たように、身体を思い切りしならせて、力の限り蹴りを放った。



「……こうか?」



 次の瞬間、重い衝撃音が轟いた。


 ――どこか遠慮していたさっきのヘナチョコパンチとは違い、全力で放ったその蹴りはエイプに少なくないダメージを、というよりも明らかに突き刺さっていた。



「すっげぇ僕の脚……! こんな分厚い金属を易々と……!」



 深く突き刺さりすぎて脚が抜けず、結果として拘束が深まったが、コウタはそれを焦ってはいなかった。たかが蹴りで、金属装甲を突き破ったことに感動しているからだ。



「豪脚……鋼脚のコウタと呼ぼう」



 コウタが少年らしく自身の豪脚にちなんだ二つ名を考慮していると、いつの間にか傍らにアミスが戻って来ていた。



『なに楽しそうなことしてるんですか? 混ぜてくださいよ』

「げ、アミスさん」

『作戦会議終わりました。さぁ、反撃開始ですよ! まずは拘束から逃れましょうか、ちょっとお身体動かしますね』



 ――アミスがそう言うと、身体が勝手に動きはじめて、刺さっていた足をするりと抜いてしまった。

 今更、勝手に体を操作された程度で驚きはしない。



『足を抜いて、と。フォース・リベンジ!』



 ――一拍おいて、エイプが超高速で前方に吹っ飛んだ。



「……は?」



 アミスがしたことはコウタの身体を勝手に動かし、突き刺さった足を抜き、とんと手のひらで軽くエイプに触れただけだ。それだけだというのに、エイプは超高速でぶっ飛んでいった。



『どうですかコウタさん! これがアークの力ですよ!』

「いや、意味がわからんのですけど」



 ――勝手に身体が動いて、触れたらエイプが吹っ飛んだ。いまさっき目の前で起きたことはそれだけだ。意味がわからない。



『まぁ説明は後ほど。メニカちゃん、お願いします!』

『ふふふふ。コータくん、見せてもらおうか、君の真価を!』

「通信が繋がってる……。ちなみに拒否権は?」

『ないよ! アミスちゃん、お願い!』

『ガッテンです!』



 ゴツめの腕時計のような、白いベルトのようなものをアミスは取り出した。そして有無も言わせぬまま、コウタの左手首に巻き付けた。



「なにこれベルト型爆弾?」

『爆弾じゃないよコータくん。確かに巻付き爆弾作ったことあるけども。解説聞く?』

「手短にお願いします」

『試作品の展開式ビームガントレットさ。見たところコータくんには武装がないみたいだし、実験のついでと思ってね』



 要は携帯式のビーム兵器で、メニカが着想から試作及び実験まで担っている。待機時の大きさをポケットサイズまで縮め、いつでもどこでもビームを撃てるようになるというスグレモノである。

 ただし、回路や配線が装甲と一体化しており、ガントレットと呼称されてはいるがほとんど防御性能はない。また一度展開すると二度と収納はできず、使い捨てである。



「こんな状況で実験……!? 科学者の鑑だね君は!」

『そう? 照れるなぁ。ありがとう』

「皮肉が効かない……!」

『何を言ってるんですかコウタさん。早く腕を振って展開してください』

「あぁもう……なるようになれ!」



 コウタは半ばやけになりながら、かなり乱雑に左腕をぶんと振った。

 微かな電子音とカチリという駆動音が聞こえ、左手にはめたグローブが展開し、指先から肘の先までを蛇腹状に折り畳まれたプレートが広がる。それらは互い違いに隙間を埋めてゆき、ものの数秒もしないうちにコウタの左腕は真っ白なガントレットを装備した。



「かっこいい……!」



 そう漏らしたのはコウタだ。あまりマシンに関心のない彼ですら、心動かされるものがあったのか、もの珍しそうに白くなった左手を眺めていた。

そしてそんな少年の心を取り戻した彼とは裏腹に、己の変態性を惜しみなく繰り出す変態がいた。それもふたり。



『うひひひ、い、今の展開の仕方ヤバかったですねぇ……! すごくえっちでしたねぇ……!』

『あ、わかる? こういう展開式の物はやっぱり展開部分にこだわっちゃうんだよね。昨今はコンパクトな品ばかり持て囃されるけど、私は物理的な機構にこそ素晴らしさがあると思うんだ。それこそアミスちゃんの言うエロスを醸し出してこその機械だと思うんだよね』



 常人には到底理解できない思想と言動を前に、コウタは何言ってんだこいつらと言いそうになる。そんな気持ちをぐっと堪え、なんとか話を逸らすために口を開いた。



「かっこいいけど、これで倒せるの?」

『ふふん、いいでしょ? 携行用展開手甲型光撃砲、名付けて【どこでもブラスター】さ!』

「それはダサい」

『そんな!』



 メニカにはおよそ芸術的センスと呼べるものがない。マシン以外の絵は描けないし、マシン関連以外の歌もド下手だ。ネーミングセンスも基本的にない。

 エイプも元は【拠点絶対守るくん】と仮称されていたが、コンテストに出す作品にしては品位が無さすぎるということで、彼女以外の仲間内で無難な名前に落ち着けたのだ。



『お名前はともかく大変カッコよくて素晴らしいアイテムです。しかし携行用だけあって素の出力が低いですね』

『携行用だからねぇ。どうしても内蔵エネルギーは少なくなっちゃうんだ。試作品だし、用途も緊急用の使い捨てだしね』

『生身でも大丈夫なようリミットがかけられてますが、コウタさんには無用なので外します。限界突破です。いっかいこっきりで壊れちゃいますが極大出力を出しましょう』

『そういうの好きだよ私! どんどんやってくれたまえ!』

「もう僕の意見聞く気はないんだな」



 限界突破だの極大出力だののフレーズにメニカは大興奮だが、コウタからすればそれをやらされるのは自分なのだ。しかも提案者が絶賛前科モリモリ中のアミスだ。

 不安しかなかったが、抗うことも出来ないので半ば自暴自棄になっていた。



『コウタさん、左手を突き出して、右手で支ええ狙い定めてください。メニカちゃんはもーっと離れててくださいね』

『了解さ! あ、発射の掛け声は『フルブラスト』だからねコータくん! かっこよく叫んでくれたまえ! じゃあ私は屋外に避難するよ! また後で!』



 反論を許してくれる気配はなく、もう無茶は決定事項だとコウタは悟り、諦めた。



「……なるようになれ!」



 半ばやけくそに、コウタは言われるがままに構える。左手を突き出し、右手で支え、両脚で踏ん張る。そして左手の先にエイプを見据えた。

 恐怖はもちろんある。焦りだってある。これが生身ならば、謎の震えと汗がとめどなく溢れていたであろう。

 その点は機械になって良かったと、コウタはこの時だけはそう思った。



『チャージ開始です!』



 アークから左腕のどこでもブラスターへと、熱いものが伝わってゆく。

 それは明らかに限界を超えて蓄積され、ガントレットがみしみしと奇妙な音を立て、ぶすぶすとおかしな煙を吹いても止むことはなかった。



『損 多数 機能低 下 制圧 難と断定 付近の 員は 速 やか 対比し ください 繰り返 ます 付近人』



 またしても瓦礫の中からエイプが立ち上がる。

 所々からスパークを放ちながらふらふらとした様子だ。およそ時速400キロで吹き飛ばされたことにより、エイプの各種機能はかなり損傷していた。

 その速度で飛んでくるものにぶつかっても耐えられるが、エイプ自身はその速度で動く設計をされていない。ブレーキもなしにぶつかったとあればそのダメージは少なくない。



『チャージ完了! コウタさん、やっちゃってください!』



 エイプが立ち上がったのを見て、アミスは合図をする。

 自爆特攻を仕掛ける気だと、メニカの説明から推察していた。

 マシンの多いメカーナでは、試作の段階から自壊機能を付けることを義務付けられている。それを利用した大爆発をプランとしてエイプが算出していてもおかしくない。

 爆薬は充分にある。脅威となっているコウタにひと泡吹かせ、防衛すべき拠点の重要データを抹消する。それくらいはやってのけるだろう。

 この時既に、コウタの恐怖心や焦りは既にどこかへ掻き消えており、それどころか充足感が心を満たす。


 ――時間の流れがとてもゆっくりに感じられた。



「フルブラスト!!」



 白い光の帯は瞬く間にエイプにぶつかり、凄まじい衝撃波と熱波を発生させる。強化ガラスを粉々に砕き、目も開けられない暴風を巻き起こす。

 エイプは負けじとブースターを全開にし、何としてもコウタ諸共消し飛ばさんと進み続ける。



「熱い……!」

『オーエスオーエス! 頑張ってくださいコウタさん!』



 体を巡る熱いものは絶え間なく流れ続け、その熱さが一周回って逆に気持ち良くなってきた頃、ビームがエイプを押しのけ始めた。エイプの駆動系が完全にダウンしたのだ。



「いける……!」



 このまま耐え続ければいずれ勝てる。コウタはそう感じた。実際その通りで、エイプは駆動系以外も殆どのシステムがダウンしており、武装も融解していた。

 このまま、ものの数十秒でエイプを完全にスクラップに出来たはずだった。しかし。



『デビュー戦にしては派手さが足りませんねぇ』

「……は?」



 しかし、この非常に厄介なアシスタントはそんな地味な勝ち方を求めていなかった。

 栄えあるデビュー戦、ド派手に勝利を収めたがっていた。無論、コウタの意見ははなから聞いていないし、聞くつもりもない。



『コウタさん、もっとしっかり踏ん張っててくださいね! 出力300%――あ、一桁間違えちゃいました! てへ!』



 ――わざとらしいそのテヘペロがが聞こえたその瞬間。胸にある熱い何かが、爆発的に溢れた。



『3000%フルブラスト!! です!!』

「あんた何やってんです――アッッッツ!!!」



 アミスが叫ぶと、アークから左腕への導線が紅く輝く。

 腕がはち切れんばかりに膨らんだと勘違いするほどの莫大なエネルギーが一気に流動、放出され、コウタの視界全てが白で埋め尽くされた。

 体感温度も30倍になり、気付けばコウタは絶叫していた。



「熱い熱い熱い熱い熱い熱い! 死ぬ死ぬ死ぬ!」

『死にゃあしませんよ! 嘗めないでください!』



 30倍もの出力を強いられたガントレットは殆どその原型をなくし、辛うじて残った照射部だけが容赦なく酷使される。

 エネルギー供給機構はコウタのものを直接使っているため、全身、特に左腕がとんでもなく熱くなっている。

 体表温度がおよそ摂氏一万度に達した、その瞬間。



「うぐぁあああーー!!!」



 コウタの断末魔とともに、エイプは消し飛んだ。

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