no.048 壁
よろしくお願いします。
――何故だ、何故なのだ!
困惑しながら、コウタの一撃を食らうまいと、金色に光る髪をなびかせ、男は縦横無尽に駆け回る。コウタもそれに追随し、もう随分とメニカたちから離れたところに来てしまっていた。
男――堕者直下の特務隊【セブンス】第1隊長、プライ・シンの速度は獣化したハスキィにも劣らず、機敏なフットワークは敵の判断を好き放題翻弄する。
しかし、コウタはその翻弄を余りある脚力で踏みつけにしながら追い縋る。
「ちょこまかと……。こっちは速すぎて小回りが利かないんだ!」
――手数も技量もセンスも経験も、全て我が勝っている! 力が強いだけのデクなど、今まで幾人も屠ってきた!
コウタの出した蹴りをたやすく掻い潜り、その三倍の数叩き込む。決して軽い蹴りではなく、プライのそれは鉄筋コンクリートすらクッキーのように砕け散る。
しかし、コウタの生命には欠片たりとも届かない。それどころか、その体幹を崩すことすらままならない。
「すごい蹴りだ。構えてないと吹っ飛ばされるな」
――だと言うのに、なぜ……!
プライは内心歯噛みする。ここが戦いの場でなければとても苦い顔をしている事だろう。
加速に魔力強化を加えた、渾身ではないにしろ自信の一撃を、平然な様子で防ぐことすらせずにただ受けて耐えた。
そしてコウタはいつもどおり、耐久による分析でプライの戦力を紐解いていた。
「これならハスキィさんが手こずるのも……アレックスさんを吹っ飛ばしてきてたな。つまり火力の高いなにかがある。アレックスさん、体重何キロですか?」
コウタは遅ればせながら着いてきていたアレックスにそう問う。うら若き乙女に対しとんでもなくデリカシーの欠けた質問だが、当の本人はやけに照れくさそうに、それどころか若干嬉しそうな顔さえ見せていた。
「えぇっ!? そ、そんなに軽くみえちゃう……? ええと、ハスキィくんはなんかこっちの力がそのまま返ってきたとか、そんなこと言ってた気がする!」
「……カウンタータイプ、増幅して返すのはない……とは言えないか。そんなに近くで戦闘はないし、巻き込まないように単独行動なのかも」
「えへへ、あたしってそんなに軽く見えるかな……えへ。コータっち……コーくんって呼ぶね」
「コーくん……?」
なぜかもじもじと嬉しそうに照れながらその巨体をゆっさゆっさと揺らし、謎のあだ名をつけてきたアレックスに、内心首を傾げるコウタだが、プライから目を切らしはしない。警戒しているのもあるが、情報収集が主だ。
慎重派のコウタが未だ主だった策を立てていないのと同様に、プライもまた、攻めあぐねていた。
――何故こうも、勝てる気が微塵もしないのだ……!?
負ける想定はコウタの動きを見るからに到底つかないプライだったが、同時に勝てる想像も出来なかった。
不遜で傲慢たるプライとて、自分より上の者が居るのは当然身に染みて知っている。だが、その数の数千万倍、自分より下の人間は存在する。そんな自分が、たった一機のマシンひとつ落とせない。
自他ともに傲慢と認めるプライの自尊心が、大きく揺らいでいた。
「貴様、何者だ……!」
相手が勇者クラスの場合、プライほどの実力があれば雰囲気だけで絶対に勝てないとわかる。しかし、目の前のマシンはどうだ。動きは素人に長めの毛が生えた程度、およそセンスのある動きは皆無だ。だと言うのに、ただ果てしなく硬いというだけで勝てる気がしない。
プライには意味がわからなかった。
「そういえば自己紹介してなかったな。時間ないから手短に。僕はオートノイドのコウタ。そっちは?」
「サタニア堕者直属特務隊【セブンス】の第一隊長、プライ・シン」
セブンスは、7つの大隊からなる一個師団だ。
堕者の直属部隊とされているが、具体的にどの堕者にどの隊が就くなどは決められておらず、堕者からの命令でのみ動く、と言ったこともない。普段は他の師団となんらかわらない。
堕者の出撃に際してのみ、任務の規模と動向を察知し、独断で支援するための集団となる。
「直属特務……よくわかんないけど、たぶんあんたが事実上のアタマか。いや、スレンヒルデがトップだろうけど、あっちは集団行動取りそうにないしね」
コウタは強者特有の協調性のなさから、プライが事実上の指揮官であると判断した。そしてそれは間違っておらず、現にスレンヒルデは【セブンス】に対して「勇者との一騎打ちを邪魔するな」以外の指示をほとんど出していない。
「……どうであろうな」
「その口調で雑兵だったら不遜にも程があるよ。それで指揮官さん、大人しく軍を引いてくれるととても助かるんだけど」
宇宙最強の金属と、無限炉による半永久的なエネルギー。言うなれば圧倒的なフィジカル。コウタが持っているのはそれだけだ。それだけで、プライを圧倒していた。
しかしプライは臆しない。予想もしない強さに面食らったとはいえ、それがこの世にいることは想定内だ。
気を取り直し、お前は違うのだという意味も込めて吼える。
「……はっ、ぬかせ! 質の暴力にモノを言わせおって……! 戦士としての誇りはないのか!」
誇り、プライド、自信。どれも人間を突き動かし、支え、立ち直らせるのに必要なもので、実力者ほどこれを持っており、最近コウタにも芽生え始めたものだ。
しかし、コウタの思う誇りはプライが主張するものとは少し違っていた。
「それ必要? 僕は別に戦士や戦闘狂じゃない。ありきたりな理由だけど、身の回りを守るためにこの力を使うって、一応決めてるだけ。仕事だしね」
戦士としての誇りなど、戦い始めて二ヶ月にも満たないコウタに芽生えようはずもない。それはこれからもそうだ。
キガミ・コウタにとって、強さとは、手段でしかない。得るため、守るため、そして、義務を果たすため。
戦うため、戦うことにそれらを置き重視するなど、コウタは考えもしない。
「じゃあ時間ないし、かなり早いけど最終ラウンドだ――よっ!」
瞬間、地面が爆ぜるとともに、コウタは駆ける――否。これは疾走ではない。これはむしろ飛翔に近い。
重さ200キロの高密度の物体が、マッハ0.5で、指向性と意思を持って飛んでくる。
凶悪極まりないが、プライほどの実力があればその弱点が見えてくる。
「言われたことはないか! 直線的すぎると!」
無論、その速度に対応できないプライではない。
「力学魔法・反転」
回避と反撃を兼ねた魔法を周囲に設置し、着弾予測地点から普段の五倍の距離を取った。
数コンマ遅れてやって来て、紙一重で届かなかったコウタを突き放すように、その魔法は炸裂した。
――全身が一瞬、浮遊感に包まれた気がした。そしてそれは、凄まじい後方への推進力へと変換された。
「うおっ――!?」
殴られるでも投げられるでもない、ボールが跳ね返る反作用によく似た現象で、コウタは己が生み出した速度で数十メートルほど弾き飛ばされ、車両をいくつも巻き込んで着弾した。
ありがとうございます。




