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機人転生 魔法とSF科学の世界に来たはいいけど、身体が機械になった上にバトルの八割肉弾戦なのなんで?  作者: 島米拾尺
第二章 力を持つ者が惹かれ合うのは物理学的にも証明されている。
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no.044 静かなる怒り

よろしくお願いします

 

 肉が肉を打つ音――とは思えないような鈍い音が、筋肉淑女の殴り合いから奏でられる。

 お互いクリーンヒットは最初の一撃のみで、その後は防ぎ、すかし、いなしていた。その余波だけでも、容易に足を踏み込めない。



「なんで魔法バトルじゃないんですか? 擬人化ゴリラの殴り合いなんて見飽きてますよもう」

『コウタさんがそうであるように、相手がある程度の耐久力を超えてくると遠距離攻撃ってリスクの方が大きいんですよ。隙もリソースも大きいですし、生撃ちだと特に』

「なるほど……?」



 首を傾げてはいるが、コウタはこの解説にそこそこ納得がいっている。

 そもそもコウタ自身、ユーリとの一件で確実にフルブラストを当てるために策を弄している。だからこそ、アミスの言うことをあらかじめ知っていた訳ではないが、どこか体験から来る納得のようなものを感じていた。



「……少々不利ですね。このままでは」



 数合の殴り合いののち、スレンヒルデはマリアから距離を取った。

 技術や手数では軍属経験のあるスレンヒルデに軍配が上がるが、スタミナや一撃の威力は体格で勝るマリアが優勢だ。

 普段はそれだけで退きはしないが、万全でやってきたマリアと連戦の自分、そしていまだ動きのないコウタを警戒してのことだ。



「……流石の剛力ですね。豊穣の勇者、またの名を炊き出しの勇者マリア」

「おほほ、とても誇らしいニックネームですわ」



 マリアは勇者となった現在も、恵まれぬ人々の支援に心血を注いでいる。その範囲は勇者となってからの方が遥かに広く、揶揄よりはむしろ親しみを込めてそう呼ばれている。

 スレンヒルデもそれを知っているが、更に表情を嘲るような笑みに変えた。



「あなたこそを偽善者と呼ぶのでしょうね。自己満足の、その場しのぎにしかならない救済とも呼べぬ自己愛に満ちたおぞましい行為だと、いつになったら気付くんですか?」



 スレンヒルデの言うことは無論、詭弁だ。

 善悪の区別は当人達にのみ定める権限がある。外野がなにをとやかく言おうと、なにも成していない者の戯言でしかない。

 そんな戯言を聞くのは、最早マリアのルーティンのひとつとなっていた。

 そして、まさかスレンヒルデからその言葉を聞くとは思ってもおらず、余程それが面白かったのか、マリアは肩を震わせて笑い声はじめた。



「おほ、おほほほほ! まさか愛の堕者スレンヒルデが、そんなつまらないことを口するなんて! 笑いすぎて腹筋がコロネになってしまいますわ〜!」



 マリアはそう言ってひとしきり笑い飛ばすと凛とした態度と表情で、もはや定型文と化している反論を述べた。



「やらない善よりやる偽善とは皆様よく仰られますが、そもそも何もなさっていないのなら、それは善以下とされている偽善ですらありません。やらない善などというおたわごとは、現実には存在しませんのよ?」



 文句はやってから言ってみろ、カネもワザもモノもヒトも出さない外野は黙れ。マリアはそう言っているのだ。



「それはそれは、とても素晴らしい考えをお持ちですね」

「誰かの寄る辺となる者として当然の心構えですわ。なんの責任も持たない者のきれいごとに四苦八苦していては、救うべき方たちに届きませんもの」



 スレンヒルデの返答は明らかな皮肉だが、マリアはやはり意に介さない。

 ふんと鼻で笑い、高らかに宣言する。



「くだらないことを述べるお三下さんは力で叩き潰して差し上げてますわ。貴女も同じように、おなかいっぱいにして突き返してあげますわ!」



 マリアはそう言って、目の前の三下と評した女に掴みかかる。熊手に象られた両の手は頭蓋を握りつぶさんと射出されるが、それは同じ両の手によって阻まれた。

 一秒に満たないごく短い時間で五十をゆうに超える 攻防が繰り広げられた。

 やがて収束するかのように、諸手で力を競い合うがっぷり四つの体勢になった。



「真正面から……! というか握ってて熱くないのか!?」

『お二人の周辺温度、上昇していきます!』



 金属をこすり合わせるような鋭い音が、ギャリギャリと鳴り響く。高い密度の筋肉と魔力が擦れ合うことにより、金属音に似た音が鳴るのだ。


 ――それが拮抗していたのはほんの数秒で、やがて片方へと身体が傾き始めた。



「スレンヒルデに力で押し勝ってる……!?」



 コウタが驚くのも無理はない。

 何せスレンヒルデは、ハークとコウタを片腕ずつで御し切るほどの剛力だ。しかし、マリアはそれを正面から押さえ付けているというのだからとてつもない。

 しかし、さしものマリアと言えど余裕しゃくしゃくとはいかず、その美しい顔と逞しい筋骨群の至る所に青筋を立たせながら激を飛ばす。



「コータさん、なにをしていらして! はやくベンジャーさんを!」

「わ、わかりました! じゃあ少しの間お願いします!」

「おまかせあれですわ!」



 ――檄のおかげで少し惚けていた状態から覚醒し、慌ててアミスを連れて傷病人の元へ駆け出す。幸いマリアのお陰でスレンヒルデからの邪魔は入らず、すんなりとたどり着いた。



「隊長……!」



 力なく地面に伏す師のその姿は、コウタにとって想像だにしないものだった。普段の頼りがいがありすぎる姿からは信じられないような無惨な姿。命を繋げているのはスレンヒルデの気まぐれでしかない。

 トレードマークの義手は根元から消えており、義眼も砕かれ、常人なら死に至る量の出血が凄惨さを物語っている。裂傷と火傷、創傷は合わせると百を下らない。



「隊長、起きてください! 逃げますよ!」

「ぐ……」



 肩を乱雑に揺さぶって、無理やりにハークを叩き起こす。凄まじい戦闘がすぐ側で行われているというのに、未だ気を失っている。

 コウタは師の痛ましい姿をしっかりと受け止め、目に焼き付けた。



「……アミスさん、バイタルは?」

『ほぼ全身が骨折してしまってます。特に両足がひどいです。折れた状態で無理に動かしたからでしょうが……。意識を保てているのが不思議なくらいです』

「火傷とかの外傷の具合は?」

『血はほとんど止まってます。そこまで深くもないです』

「じゃあちょっとくらい激しく動いても大丈夫ってことですね。隊長、痛いでしょうが我慢してください」

「ああ……」

『えーと、あそこがいちばん近いですね。ピン刺したのでそこ行ってください』



 コウタは遠慮なしにハークを背負うと、アミスが示した脱出口まで歩き始める。


「……コータ、奴は?」

「今は豊穣の勇者のマリアさんが相手してくれてます」

「勇者……来たのか」

「彼女曰く、メニカたちは無事らしいです」

「そう、か……」

「……隊長?」



 ハークは安堵したような声音でそう返すと、眠るように意識を失った。



「……生きてますよね?」

『気を失っただけですね。むしろこの重傷で意識を保てていた方がおかしいですので当然ですが……。とにかく治療しないと。メニカちゃん達のところに連れていきましょう』

「……」



 コウタは少し押し黙る。だが、なにかを取り繕うかのように、すぐに口を開いた。



「……アミスさん、隊長担いで飛んでいけますか?」

『今の装備と出力では厳しいです。速度的にもコウタさんが運んだ方が効率的かと』

「了解。メニカに今から行く旨を伝えてください」

『了解です』



 ――アミスが通信を繋げようとした途端、ノータイムでメニカが出た。かなり慌ただしい様子だ。



『もしもしコータくん!? よかった無事で!』

「ツールに自爆機能着いてたおかげで助かったよ。ありがとう」

『よくわかんないけど、役に立ったならなによりだよ』

「それで、追加武装とかもうないよね?」

『今回は調査だけだったから、テストだけできればと思って……』



 メニカは少し申し訳なさそうにそう言ったが、コウタは特に何も言ったり咎めたりせず、短く「わかった」とだけ返した。



「じゃあ今から隊長連れてくから、受け入れの準備してて。すぐ行く」

『了解! ケイト聞いた? コータくんが隊長連れてくるからオペの用意して!』

『オッケー!』



 コウタはその慌ただしい様子を聞いてから通信を切ると、己と身体とハークを、アミスのマニュピレーターでぴったりと括りつける。

 そして、マリアの方へと向きなおり。



「マリアさん、その女をしばらく頼みます」

「おまかせあれ、ですわ……!」

 


 マリアからの了承をとると、コウタはそのまま出口へと目をやり、一旦立ち止まってしっかりと地面を確認するように何度か踏みつけた。



「……アミスさん、しっかり掴まっててください」

『了解です!』

「行きます」

『は――うひぃ!?』



 コンクリートの地面が爆砕し、コウタらしき黒い影が一瞬で駆け抜ける。

 殺人的な初速で駆け出し、そのままノンストップで脱出ルートを辿ってゆく。つい先ほどまで呑気に歩いて脱出しようとしていたのに、打って変わったように、マリアとスレンヒルデに一瞥もくれず、ほぼ全速力で地下から抜け出した。

 

 

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