no.043 勇者 VS 堕者
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【豊穣の勇者】マリア・グレイスは由緒正しき上流階級の生まれだ。君主制の時代は、当然のように貴族階級に属していた。爵位は公爵だか侯爵だかとかなり高い地位にあった。
グレイス一族はそんな自分たちをとても恵まれていると考え、力を持つ者の責務として、一族をあげて奉仕活動や支援活動を率先して行っている一族だ。
マリアもその例に漏れず、幼い頃からその慈善事業に進んで参加し、中でも飢餓に対する支援には特に力を入れて活動している。
そんなマリアが勇者となったのは今から3年前。彼女が16歳の頃だ。
元より他者より遥かに強大な力を自覚していたマリアは、それを人々の役に立てていた。
しかし、マリアは勇者になろうとは少しも思わなかった。
ただでさえ恵まれ、金や権力、ありとあらゆる力を持つ自分がそれ以上の力を手にしてしまうことは、不公平だと考えているからだ。さらに勇者のどこにも属さないという性質は、皆で手を取り合って歩みたいというマリアの理想から大きく違っていたからだ。
そんなマリアの人生観を変える出来事があった。
マリアは恋をした。それも奇妙なことに、勇者のひとりに恋をした。その勇者が大量殺人を犯し幽閉されたり、なんやかんや紆余曲折あり、勇者となったわけだ。
「また濃いのが来たな……」
超高身長バキバキムチムチドレス縦ロール女である。全身黒づくめの金属であるコウタから見ても明らかに属性過多である。
しかし、マリアはコウタのそんな無礼な発言を全く気にすることなく、その怪しげな黒いオートロイドに話しかけた。
「その姿かたち……。あなた、コータさんでよろしくて?」
「そうですけど……どこかで会いました?」
コウタは名を知られていることに若干訝しんだが、その疑惑はすぐに晴れた。知り合いの名がマリアから出されたからだ。
「ユーリさんからお話は聞いてましてよ。なんでもお友達だとか」
「ええ、まぁ、一応……」
――病弱ゆえあまり友人というものが作ってこれなかったからか、友であると周知されるのはどこか気恥ずかしいものを感じてしまう。
マリアはそんな心情をお構いなしに、威風堂々コウタの心にずけずけ詰め寄る。
「ユーリさんのお友達ならばつまりシェリーちゃんのお友達、つまりわたくしのお友達でもありますわ」
「えぇ、まぁ、一応……?」
――納得がいくようないかないような、納得いかなくても友達宣言はそもそも嬉しいので否定する必要もないような、そんなよく分からない感情を抱いた。
コウタは複雑な感情を抱きつつも、そもそも窮地を助けられたことも思い出し、マリアに対する警戒を解いた。
「メニカちゃん、ケイトさんは無事ですわ。外にはまだ敵軍がいますが、アスト軍も増援が来ていますわ」
「ほ、ほんとですか! よかった……! ありがとうございます!」
「かまいませんわ。力を持つものとして当然の責務ですもの」
コウタがメニカらの無事にほっと胸を撫で下ろしたその瞬間、ふたりを容赦なく飲み込む規模の爆炎が襲い来る。
「――!」
コウタは咄嗟にマリアを庇おうと前に出ようとするが、ぐわしと肩を掴まれ、凄まじい力で引き戻されてしまう。その力の根元にいたのはマリアだ。
マリアはコウタを力づくでどけると、そのまま迫る爆炎に立ちはだかった。
「です――わ!」
マリアがそう叫ぶと、人間から発せられたとは到底思えない轟音と豪風が吹き荒れ、目前まで迫っていた爆炎がすべてかき消された。
「……すげえ」
『さすがは勇者……』
「熱はつまるところ振動。音も振動。ぶつければ弱まるのは必然ですわ」
得意げにえっへんと豊満な胸を張ってそう語るマリアを横目に見つつ、コウタはぽそりとアミスに尋ねる。
「……そうなんですか?」
『熱音響効果というものがあるんですよ。熱を音波に変えて冷却したり逆に音波を熱に変えたりって感じです。けどマリアさんのは、肺活量と超音波で炎を掻き散らしてるだけですね』
「そっちのほうがすごいですねー」
コウタは秒速で理解を諦めた。慣れたものである。
「じゃあ……グレイスさん」
「お友達なんですから、マリアでよろしくってよ」
「じゃあ、マリアさん。少しの間だけスレンヒルデを任せても大丈夫ですか?」
「お任せあれ。勇者というものを見せて差し上げますわ」
マリアはコウタらの一歩前に先んじると、ぶんぶんと豪快に角笛を振り回しはじめた。風が巻き起こり、土煙が舞い上がり、やがては薙ぎ払う嵐へと大きくなってゆく。
スレンヒルデもそれに対抗するため、横たわるハークから距離を取ると、自身の周囲へ炎の嵐を解き放った。それは明らかに先程コウタに使ったものより大きく、赤が深く濃い炎だ。
「なんだあれ……! さっきまでと全然違う!」
『いずれ来る勇者に向けて、力を温存していたってところでしょう。隊長さんが近くに居たことも起因してそうですが、幾度かの攻撃でコウタさんには通じにくいって悟ったんでしょうね。コウタさん、これが魔法の高度戦闘です。よく見ててくださいね』
「だから遠くにぶっ飛ばされたのか……」
『いやまぁ、あれは完全に跡形もなく殺す気だったと思いますけど』
「よかった! 宇宙一硬くて!」
コウタが己の身体の硬さに心からの感謝を覚えた頃、マリアとスレンヒルデに動きがあった。
「スレンヒルデ。投降するつもりはありませんこと?」
「貴女はとてもお腹がすいているとき、ご馳走を食べ残しますか?」
「愚問ですわ。たとえお腹がいっぱいだったとしても、この世の全てに感謝して美味しくいただきますわ」
「そう、つまりそういうことです」
「……なるほど。わかりましたわ。ひとまずおボコさんにして差し上げますわ!」
両者はまるで示し合わせたかのように、ほぼ同時に不敵な笑みを浮かべた。
そして。
「焼け死になさい!!」
「おくたばり遊ばせ!!」
互いに拳を握り、そしてその顔面に炸裂させた。クロスカウンターを互いに食らった形になる。
両者は一歩も引かず、そのままそれをゴングとして殴り合い始めた。マリアに至っては神器をそこに放置してしまっている始末だ。
『クロスカウンターッ!! これは互いに一歩も譲る気なさそうです! コウタさんならどうしますか?』
「うーん、そうですね。こんな身体なっても男ですし、時代錯誤と言われようとあんまり女性の顔殴ったりしたくないのでボディ狙いですね」
『紳士なのかヘタレなのかわかんないですね!』
「言い方!」
コウタは一呼吸おいて。
「いや、魔法は!?」
若干魔法バトルを期待していたコウタのその渾身のノリツッコミが、地下に響き渡った。
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