no.040 増援
よろしくお願いします。
コウタの信号が途絶えたことは、直ぐにメニカ達にも伝わった。
当然、メニカは助けに行くと騒ぎ立てる。
「ケイト、すぐスタジアムまで飛ばして!」
「駄目。ボクたちが言ってもなんにもならないって、さっき自分で言ってたでしょ」
慌てふためき、焦る様子をつくろおうともしやいメニカとは対極に、ケイトは努めて冷静に優しげな声音でそう言って、荒ぶる妹分をなだめる。
しかしその程度で収まるのなら、はじめから取り乱さない。メニカは当然食い下がる。
「だけど……!」
その目は涙こそ浮かべていないが、明らかに不安が見て取れる。口元からはいつものニヤけた笑顔は消えており、ぎゅっと結ばれている。
いつもの自信に満ちた様子とは違い年相応の、例えるなら怯えた子犬のような頼りない表情だ。
「隊長命令だよ、メニカ。たとえ恩人が、弟が、想い人がそうなろうと、相手は堕者だ。絶対に前線には出ちゃいけない。ボクたちに出来ることは一般人の避難と、隊長たちの無事を祈ることだけ」
ケイトはやはり、努めて冷静だ。冷静になるよう努めていると言い換えてもいい。
「……ボクだって、今すぐ飛んでいきたいよ」
そうつぶやくケイトの表情は、冷静な声音や様子を差し引いても、やはり浮かない。
操縦桿がミシミシと異様な音を立てて、圧力超過のアラートが虚しく機内に響く。
隊員のバイタルは、当然コウタ以外も全てモニタリングしている。ハークの容態が危険なことは、主治医のケイトが最も把握している。
努めなければ、痛みでごまかさなけば。恩人の命の危機に冷静でいられるはずがないのだ。
それを察して、メニカもその考えを改めた。
「……ごめんケイト。取り乱した」
「いいよ。たまにはお姉ちゃんに頼ってね」
「姉じゃないってば……ありがと」
メニカはそうとだけ返すと、白衣の袖でぐしと顔を強く拭った。
気を取り直し、メニカは持ち前の頭脳をフル回転させて現状を推論していく。
「冷静に考えたら、ユーリから生き延びたコータ君が堕者にやられてしまう可能性より、高濃度の魔素やそのほか何らかの影響で通信自体が途絶してる方が可能性として考えやすい」
「確かに……」
「てことは今心配すべきは隊長だね。アミスちゃんの情報によると槍と炎を扱う堕者らしいから、十中八九あの女だと思う」
「サラさんに連絡は?」
GIIIの隊員は新参者のコウタとアミス以外、全員ハークの家族と面識がある。特に最年少かつ抜きん出た才能を持つメニカは、妻のサラに妹のように可愛がられており、電子メールを頻繁にやり取りする仲だ。
「30分前にメール送ったけど返信はないね。そもそもどこにいるのかもわからないし……彼女の増援は期待できない」
「……敵の増援は来てるけどね」
襲撃が判明しておよそ一時間。神器の収奪に単騎で来るはずもなく、回収班を兼ねた魔王国サタニアの軍勢がスタジアムに押し寄せていた。
アスト国軍や、ゴンザレスをはじめとする大会に参加しにきていた手練れなどが応戦しているが、依然として膠着状態だ。
「あの雑兵を一掃したとしても、スレンヒルデが居る限り全滅する可能性は大いに有り得る」
「そうだね、なんとか時間を稼いで勇者が――」
メニカがそう言いかけた次の瞬間。ごぅん、とブルースワローが揺れた。
「な、なに!?」
『詳細は不明。なにかが当機の付近に墜落したようです』
「モニター!」
『表示します』
メニカは慌てて周囲の状況を確認するが、落下の影響による土煙が邪魔してほとんど何も見えない。
「……メニカはここにいて。ボクが見てくる。ハッチ開けて」
『ハッチオープン』
「気を付けて! なにかあったらすぐ逃げるから戻ってきてね!」
ケイトは備え付けの小銃を携え、ハッチを開けて恐る恐る衝撃の原因を確認しに行く。
そう離れていない場所に、直径5メートルほどのクレーターが出来上がっていた。深さはそこまでではなく、土煙がもうもうと立ち込めている。
「……誰かいる」
その煙幕の中にのそりと起き上がる影がひとり分あるのを目視で確認すると、ケイトはそっと小銃のセーフティを外す。
土煙が高くまで立ち上るほどの勢いで落下してきたというのに、時間を置く間もなく平然と動き出す。そんなアンノウンにケイトは警戒を強める。
「あいたたた……ですわ。やはり急いでいるからと言って、飛び降りるものではありませんわね」
その人物はやはり平然と立ち上がると、埃でも払うかのようにひとなぎで邪魔な煙を取り払った。
そこから現れたのは、なめらかな布地ながら豪奢なドレスと金糸のような縦ロールの髪がよく似合う、絵に描いたようなお嬢様スタイルの女性であった。
「誰? みたとこ一般人……って訳でもなさそうだけど。セレブのパーティ帰り?」
そのセリフこそ冗談めかしているが、ケイトは依然として警戒を続ける。
落下してきたことを度外視しても、やはりそのお嬢様は異様だった。上背は190を優に超えており、その四肢の逞しさは同体格の男性にも引けを取らないが、同時に肢体は目を引く豊満なバストをはじめとした女性らしさも兼ね備えている。
「わたくしは――」
体格に似合わぬ甲高い声だったが、その言葉を遮るように、空から火球が降り注いだ。
「うわ……! ケイト!」
『警告。当機周辺の気温が急激に上昇。速やかにこの付近から離れてください』
「大丈夫! エンジンかけといて!」
幸い直撃こそしなかったが、当たりが一面が瞬く間に火の海となってしまった。
その放火を引き起こした犯人は、メニカたちの数十メートル上空で様子を伺うように旋回していた。
12メートルはある体躯に赤い鱗。シンデレラと同じ種の、サラマンダーの成体である。
その背には幾人かが乗っており、その全てが胸にサタニアのエンブレムを掲げている。
「ドラゴン……!? 連れてきてたのはシンデレラだけじゃなかったのか……! 強そうなお嬢さん、敵じゃないなら逃げて! ボクが時間を稼ぐから! メニカもはやく!」
「ケイト……!」
相応の焦りを見せるメニカとケイトだが、そのお嬢様はその非常事態に微塵も動じていない。それどころか、その表情はどこか嬉しそうですらあった。
そして、とんでもないことを口走った。
「あら、肉厚で美味しそうなドラゴンですこと」
どこから取り出したのか、1メートルほどの角のような形状の筒を肩に担ぎ、いつの間にか凛とケイトの前に立っていた。
「キミ……!?」
「わたくしの名はマリア。以後お見知りおきを」
「マリア……? どこかで聞いたような……?」
その名に聞き覚えがあるのか、メニカは首を傾げて記憶を辿る。しかしそんな暇はないのか、すぐにマリアは指示を出す。
「かわいらしいお二方。ご自分の耳をふさいでいただけますか?」
記憶を手繰るケイトをよそに、マリアはすううと大きく深く息を吸い込む。
その吸気量と肺活量は明らかに人間の域を超えており、ただでさえ豊満な胸がはちきれんばかりに張り上げられていく。
そして上空を旋回するサラマンダーに狙いを定めると、手のひらを筒状にして口元に添えた。
「いただきます――わ!!」
マリアの咆哮が、天の龍へと放たれた。
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