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no.003 自称天才少女メニカちゃん

よろしくお願いします。




 


 コウタの二度目の飛び落り他殺から時は少しばかり遡り、同じくメカーナのフォレスト3に設置されている大型オートロイド用実験所、通称ロイドパーク。

 そこには鋼の巨人と、一人の少女がいた。

 少女は時折考える仕草をしたり、なにかを書き込んだり、カタカタ打ち込んだり、ケーブルを繋げたり外したりと、忙しなく動いている。

 透き通るようなプラチナブロンドの髪を鼻歌交じりにリズム良く揺らし、まとった白衣を必要以上にはためかせ、あれやこれやと作業を進めていく。



「これでよし……と」



 少女の名はメニカ・パーク。

 世界一の科学大国メカーナをして天才と言わしめる科学者兼発明家であり、自称天才美少女であり、試設サイボーグ部隊GIII(ジースリー)の創設者でもある。

 つまるところ、メカ好きの変態である。



「こほん。やぁ画面の前の諸君。知は無限大でお馴染みのみんな大好きメニカちゃんだよ。今日はコンテスト用に作ったオートロイドの最終調整をやってくよ」



 備え付けたカメラににぱっと笑いかける。

 メニカはこうして日々の研究を動画にし、後世のためという建前の元、自身の研究欲とナルシズムを満たすため世に広めている。



「今回のコンテストは賞金が高いし、上の無能……お偉方も見に来る。私の素晴らしい頭脳を見せつけて、ついでにお金を稼いじゃおうって魂胆だね。さすが私、したたか!」



 えっへんと豊かな胸をわざとらしく張り、ひとしきり自画自賛を終えると、メニカは再び作業に戻る。

 言うだけあって、彼女はその頭脳と技術力により数々の実績を積んでいる。

 16という若さでメカーナの第五国営研究所の所長に就任し、その権力を使いG3を創設した。

 プライベートでも数々の賞や競技会を荒らし回っており、学会からは問題児扱いされつつも、なんやかんやで可愛がられている。

 そのせいでナルシズムが凄まじいことになっているのだが。

 今回発表予定の、完全自律型拠点防衛機装兵、通称【エイプ】も、考案設計から実験まで、彼女一人で行ってきた代物だ。



「さーて、長話が嫌いでせっかちな諸君のことだ。さっさとエイプの紹介をして欲しいんだろう? 仕方ないなぁ! じゃあ、早速起動!」



 ポチリと起動のスイッチを押す。

 駆動音が静かに響き、やがてそのモノアイが青く光る。膝を着いた状態からゆっくりと立ち上がり、エイプはメニカを視界に捉えた。



「無事起動したね。さてエイプ、私がわかるかな?」

『メニカ・パーク 天才美少女 天才科学者 天才発明家 稀代の天才 千年に一人の天才 天才創造主 天才――』

「もういいもういい! それ全部消して!」



 エイプは無機質な音声で機械的に淡々と、創造主を称えまくるその情報を読み上げる。

 一昨日、三徹のテンションでメニカ自ら入力した情報だ。

 ナルシズムが強めの彼女でも、流石に自身で造ったマシンに自身を褒め殺しさせるのは気恥ずかしいのか、若干顔を赤くしてエイプを制した。



「一昨日の私、一体何考えてたんだ……。まぁ、私が誰かはわかるってことで。今日はまだ入力したデータのみにしているけど、データベースに接続するか、日々運用していけば入力しなくとも勝手に情報をインプットして学習するよ。これは個人情報だけに限らない。戦略や戦術も学び取る。つまり、戦えば戦うほど強くなるんだ」



 エイプは個人の能力や武装、コンディション等で危険指数を測定し、それに応じた戦略をリアルタイムで組み立てることが出来る。

 司令塔にもなり、火兵にもなり、殿にもなる。そんな汎用ロボだ。



「じゃあ、試しに私の潜在脅威度を測定してみようか。エイプ、頼んだよ」



 ぱっと両手を広げてメニカはエイプの前に立ち、武器は持っていないぞとアピールする。

 エイプの為でなく、動画的にわかりやすくするためだ。



『メニカ・パーク 脅威なし』



 そう発し、それきりエイプは動かない。

 脅威度は10段階で、エイプ単体で対処可能なものを中間としておいている。

 単体での対処が困難になると、ものによってはエイプは一か八かの自爆特攻を仕掛ける。

 ちなみに、メニカに下した脅威なしは、相手をする価値もないクソ雑魚という判定である。



「エイプは単純な脅威度だけじゃなく己であらゆる数値を測定判断して、それに応じて武器や戦略を変えるんだ。私のこの素晴らしい頭脳が考慮に入ってないのは学習不足感が否めないし誠に遺憾ではあるけど……あれ?」



 手元のタブレットに表示されているエイプのステータスグラフが一瞬だけ激しく乱れ、メニカは首を傾げた。



「端末の故障かな? 全く、支給品はこれだから」



 安物の機器を支給してきた管理部に悪態をついてわざとらしく肩を竦め、メニカはエイプの方へ歩いてゆく。

 人機問わずエラーなど日常茶飯事で、エイプに原因がないことは、何度もチェックしたメニカからすればわかりきっていることぁが、最終調整時に重大なエラー発覚など目も当てられない。念には念を押して、だ。



「さーてエイプ、どこが悪いのかママに教えてごらん?」



 メンテナンスハッチを開いて、ケーブルを繋ぎ同期させる。

 一通り確認していってもこれといった異常はなく、メインカメラから爪先まで、正常に動作している。

 本当に支給端末の異常だとメニカが結論づけようとしたその時。

 警告音が鳴り響いた。



「うるさっ……!?」

『警告 深刻なエラー発生 付近の人員は退避してください 繰り返します 深刻なエラー発生 警告警 告 警告警告 警 告警告 警告警 告』

 


 狂い放つノイズ混じりのその音声と共に、エイプはなにかに抗うように、あちこちの部位を忙しなく駆動させている。



「エイプ、どうしたの!?」



 この異常は開発者たるメニカからみても異常で、予想外だ。メニカ自身ははなんの操作もしておらず、そもそもこんな意味不明なエイプの行動は、設計上起きないはずだからだ。



「強制停止、再起動、シャットダウン……! ダメだ、受け付けない!」

『無効……操作 不能 制御……不近の人員は……た……いひ……』



 音声はプツリと途絶え、エイプはモノアイを消し沈黙してしまったかに見えた。

 しかし、そのすぐあと。今度はモノアイが赤く光った。



『標的確認 優先排除対象 メニカ・パーク 脅威判定 B-』

「排除!? 親なのに!?」

『排除開始』

「わひゃあ!?」



 問答無用のグラップルテールが射出され、メニカは咄嗟に飛び退いて避けた。

 間一髪かわしたテールは遠くで深く壁にめり込んでおり、それを見てメニカは冗談では済まないことを肌で理解した。

 汗が一筋、たらりと垂れる。



「マシンの実験に暴走はつきものだけど……! ジャマースモーク放出!」



 よりによって今かと、メニカは内心悪態をつきながら、多機能白衣から各種妨害効果のあるスモークを放ち、姿をくらませた。

 既に救援は要請しており、あとはどう凌ぐかだ。

 メニカ自身はひ弱で、エイプが小突こうものなら骨折はおろか下手を打てば普通に死ぬ。救援が来るまでの少なくとも十数分の間、逃げ続け、避け続けなければならない。

 しかし、メニカは微塵も諦めていなかった。



「(エイプの装填弾数は二回分ずつ。対してこっちは多機能白衣と試作品のビームガントレット……。危険指数B-で私単体ってことは、下手に抵抗すると殺されちゃうかもしれないけど……。タダで死んでやるほど安くないのさ)」



 身を潜め、現状を把握し、できうる作戦を構築していく。

 エイプの物理的及び機能的死角、不備がある箇所、マシンであるが故の隙、生みの親故に知りうる弱点。あらゆる要素を組み合わせ、最善手を探す。



『目標ロスト 優先排除対象につき、広範囲に有毒ガスを散布します 付近の人員は退避してください』



 メニカを襲う以外は正常らしく、エイプはプログラム通り警告を出しながらガスの散布を始める。

 これは神経性のガスで、吸えば死にはしないものの、数呼吸で全身が麻痺するシロモノだ。

 メニカは実弾を込めた先刻の自分を恨みつつ、白衣のフードを被り、機能の一つであるガスフィルターを展開した。



「(予想通りガスを使ってきた。エイプも視界が埋まるだろうけど、赤外線も備えてる。けど、既に白衣の冷却機能で室温と同化してるから見つかりにくい……はず)」



 息を潜め、ガスが充満するのを待ちながら、メニカは出口までのルートを確認する。

 最短でおおよそ二十メートルの距離だが、そこに至るまでほとんど遮蔽物がない。白衣には一応防弾機能もあるとはいえ、機銃掃射でもされた場合、全く対処出来ずにメニカは蜂の巣になるだろう。



『ソナー起動 付近の人員は耳を塞ぎ 伏せてください』



 エイプには視覚による探知機能の他に、聴覚による探知機能が備えられている。だが、エイプを設計したのはメニカ本人だ。



「(そう来るだろうと思ってたよ。我が子だからね!)」


 

 タイミングを合わせ、用意していた逆位相の音波をぶつける。

 こうすればなんやかんやで音波が相殺され、いい感じに位置を捕捉されないという寸法だ。

 耳鳴りのような、キィィンと甲高い音が鳴り響いた。

 そして、エイプがメニカを補足した。



『目標捕捉』

「なっ……!?」



 驚くのも束の間。メニカの傍をテールが掠め、またも壁面に深く突き刺さった直撃は免れたが、彼女が状況を理解するまで時間を要した。



「(何が起きた……!? 私はエイプのソナーを打ち消したはず……!)」



 そもそもエイプはソナーを起動していなかった。メニカだけが音を掻き鳴らし、まんまと自分の場所を知らせたのだ。

 エイプは彼女を欺くため、メニカの裏をかき、ブラフを張ったのだ。



「……ブラフだって? そんなのはまだ教えてないよエイプ」

『解 学習の成果です』

「おお、えらいね! さすが我が子! 鼻が高いよ。ハハハ、ハハ、ハ……」



 メニカはわざとらしく、自嘲するような笑みを浮かべたが、それもすぐ消えた。


 自嘲でさえ、笑っていられない。

 暴走した時から、メニカはある可能性を考えていた。それがほぼ的中してしまったからだ。



「……エイプ。君は私が一から作ったんだ。おはようからおやすみまで、ずっと一緒だった。将来的にそうなるかもしれないけど、今の段階じゃまだ早すぎるんだよ。君は()()エイプじゃない」



 メニカはそう断じた。万物がいずれ、異常をきたすのは世の常。しかし、その異常にも整合性やルールがある。

 明らかに、エイプの成長曲線は人為的な作為によって歪められていた。



「誰かが私に気付かれずにこっそりゴキブリみたいに忍び込んで、プログラムを書き換えて襲わせた。……全く、なんでそんなありがちな筋書きにするかな。センスないよ。黒幕辞めたら?」



 メニカには、黒幕はどうにかしてこの状況を見ているだろうという確信があった。

 それはエイプのカメラか、ここの監視カメラか、記録用カメラか、現地に来ているのかは定かではない。だがそれはどうでもいい。

 静かに、けれど確かに、メニカは怒っていた。



「よくもまぁ、世界の至宝たる私の頭脳から生まれた素晴らしい我が子のバースデーパーティを台無しにしてくれたね」



 命を狙われたことよりも、科学者としてのプライドを傷付けられたことよりも、我が子同然のマシンを好き勝手にいじくり回された。それが許せないのだ。



「さぁこいエイプ! 隊長仕込みの逃げ足を見せてやる!」



 虚勢で吼えて、気合い充分。いつでも逃げる準備は出来ていた。

 しかし、待てど暮らせどエイプは何故か動かない。

 それどころか、メニカから視線すら外して、何かを探すようにキョロキョロと見回していた。



「……煽りが効いたのかな?」



 当然メニカは警戒する。先程はブラフをかけられたのだ。

 油断させておいて、なんてことは充分に有り得るだろう。故に、動けなかった。

 だが、それも次の瞬間には杞憂に終わった。



『警告 警告 アンノウン高速接近中 付近の人員は退避してください』



 エイプはアラートを発すと、じっと天井を見つめて動かなくなる。

 何事かと同じように上を見るメニカだが、相も変わらずコンクリの天井だ。

 しかし、確かに耳を澄ますと微かになにか叫ぶような声が聞こえてくる。



「……悲鳴?」



 メニカがそう、ぽそりと呟いたその瞬間。

 天井が爆裂し、黒いなにかがエイプを撥ね飛ばした。



「うわっ……!?」



 突如撒き散らされる土煙や瓦礫から身を守りながら、メニカはそろりとその落下物を確認する。

 その落下物――否、落下者はなにか、誰かと話している様子だ。



「いてて……アミスさん、ほんとにアシストする気あります?」

『ありますとも! 多少空振りするのはご愛嬌では?』

「多少って言うか今のところ打率0割なんですが」

『0ってなんかカッコイイですよね!』

「話逸らすの下手すぎでしょ」



 人影がひとつ、その傍らに浮く謎の影がひとつ。

 やがて土煙が晴れると、メニカはエイプが暴走したことすら忘れたかのように、その黒いオートロイドから目を離せなくなっていた。



『コウタさん、女の子は無事です! 最後なにかにぶつかったのが気がかりですが……』

「高いものだったらアミスさんがアシスタントらしく全責任を負うんですよね?」

『はい! アシスタントとして恥じぬ……え?』



 その仕草は人工知能のプログラムされた無機質なものでなく、明らかに人としての生を過ごしてきた者のそれだった。

 立ち居振る舞いも完全に人のそれで、シルエットと声だけならば十人が十人、間違いなく人と判断するだろう。




「あ、そうだ。えーと、君……大丈夫?」

『バイタルは安定してますね。見たところ怪我もないですが、何故か放心状態です』



 しかし、その姿に人の要素はどこにもない。

 肌は黒い鋼の質感をしており、目は緑色に光り、胸から漏れる青い光がより一層、人外さを引き立てる。

 それはまさに、メニカが長年追い求めている理論上の存在そのものだった。



「オート、ノイド……」



 気付けば、メニカはその単語を口にしていた。

 人であり機械でもあり、人の心に機械の体を持つ存在。広義的な意味で機械を表す【オート】に、同じく広義的な意味で人を表す【ノイド】。故にオートノイド。

 メニカ・パークが、長年追い求めている理論上の存在。これが、コウタとメニカの出会いだった。



ありがとうございました。感想、ブクマ、評価等いただけると励みになります。

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