no.035 嫉妬の炎(物理)
よろしくお願いします。
「コータ避けろーっ!」
ハークの怒号が飛ぶ。
コウタは超反射的にのけぞり、今度はスレンヒルデの一撃を回避する――その流れで後転し、過ぎ行く槍の軌跡を見送りながら、下あごに蹴りを放つ。
しかし、スレンヒルデもまた、それを難なく回避する。
互いに距離を取り、十数メートルの間合いを確保する。
「ちっ」
「あら、流石に二度目は避けますか」
「こっちの不意打ちを平然と避けておいてよく言う」
「ふふ、私もハーク先輩にしごかれた時期があるので、近接格闘もそこそこできるんですよ。こんな風に」
スレンヒルデはコウタに一歩で迫ると、そのまま重い蹴りを放つ。爆炎をまとった特別製の蹴りだ。
ごうんという音と、爆炎にコウタは飲み込まれる――が。
「なめるな」
「あら……?」
コウタは防ぎも避けもしなかった。ただ、突っ立っているだけ。それだけでスレンヒルデの爆炎脚をなかったことにした。
「刃脚一閃!」
コウタは斬撃の如き蹴りを放つが、やはり容易く得物で防がれ、足を弾かれてしまう。
「では、これはどうでしょう」
スレンヒルデは槍に炎を吸収させると、そのまま肩に担ぎ、弓のように狙いをつけて引き絞る。
それを見て、コウタは本能的に大きく飛び退いた。しかし、スレンヒルデの投槍はそれすらも捉える。
「グングニル・フルガ」
スレンヒルデが槍を放ったその瞬間。圧縮された爆炎が槍の推進剤となり、焔を纏った超音速の槍がコウタに直撃する。
それは今までの比ではない推進力で、コウタを容易く浮かし、そのまま突き進んでゆく。
「がっ……!」
豪熱と衝撃に一瞬意識をもっていかれそうになるが、コウタはなんとか気合いでこらえる。
「ブースト/スクエア……!!」
咄嗟の判断でブースターを下方向に最大噴射し、コウタはなんとかその槍から逃れた。
弁を失った紅蓮の激流は、まるで定規で引いた線のように、一縷のぶれもなく天井を貫いた。
「あっつ……!」
地面に激突するように、なんとか着地したコウタだが、その足元には既にスレンヒルデが爆炎を撒いていた。
「今ので倒れすらしないとは。とてつもない頑強さですね。それだけなら勇者すらも凌駕しているかもしれません」
「それはどう……も!!」
コウタは地面を踏み砕き、消火と同時に土煙を巻き上げさせる。
「――フッ!!」
コウタに気を取られている隙を、ハークは背後から狙い打つ。
コウタですらダメージを負う超暴力が、容赦なくスレンヒルデに襲い掛かる。
完璧なタイミング、コウタの目くらましによる揺動、そして二体一という状況。
しかし、それすらも。
「コナーさん、失礼」
「へ?」
「!」
スレンヒルデはコウタの胸倉を寸分違わず掴み取ると、そのまま盾にしてハークの一撃を防いだ。
「ぐぼえあ!」
「……すまん!」
「ぐおおおお……!」
思わぬ一撃にダウンするコウタをよそに、スレンヒルデはハークへとぶーたれる。
「ハーク先輩、邪魔しないでください」
「邪魔? 先に俺の可愛い部下の晴れ舞台を邪魔したのは貴様だ」
「かわ、いい……?」
その言葉に、ゆらり。スレンヒルデの影が揺れた。そして、地団駄のように、槍を地面にがん、がんと叩きつけはじめた。
「妬ましい、羨ましい、恨めしい……!! 私はハーク先輩にかわいいなんて、一度だって言ってもらったことないのに!!!」
スレンヒルデの絶叫に呼応し、今までの比ではない爆熱が迸る。地面は溶解し紅いマグマと化し、ふつふつと沸き立つ。
「あっつ……! もう! 隊長、火に油ですよ!」
「気にするな。大して変わらん」
「そりゃどっちにしろめちゃくちゃ熱いってことは変わりないでしょうけど!」
元から狂った女が嫉妬の炎にも狂った女になっただけだ。どちらもヤバいということには変わらない。
「コナーさん、ハーク先輩の可愛いは私のものです! 死んでください!!」
「コータ、来るぞ!」
スレンヒルデは槍を片手に携え、膝を落として踏み込み、地面を蹴った。
瞬間、スレンヒルデの後方の大気が大きな爆発音とともに爆ぜる。爆風の勢いに乗って、時速300キロでまっすぐコウタに迫る。
「速い……! けど、ユーリより……僕より遅い! ブースト/スクエア!」
コウタはその速さに怯むことなく、自身も爆発力を活かしたロケットスタートを決め込む。スレンヒルデを上回る速度で、その突貫を更なる突貫で迎え撃つ。
スレンヒルデの突貫を、コウタは止めた。質量と速度で上回っているのだから当然だ。
「コータ、そのまま抑えておけ!!」
剛体と神槍の激突で生じる、衝撃波と熱波が重なり合い混ざり合った殺人的なそれを、ハークは難なく突き進む。
「熱い……! 隊長、そう長くは保ちませんよ!」
コウタは槍の穂先と柄を握りながら、スレンヒルデが逃げぬよう、握りつぶさんばかりの力で捉えている。
だが。
「正面から止めるとは大したものですね……それで?」
「熱っつ!?!?」
両の手に伝わった先程までの比でない爆熱に、コウタは反射的に手を離してしまう。スレンヒルデはフリーになると、追撃の槍を振るう。
しかし、スレンヒルデが一瞬足を止めたその隙を、ハークは狙っていた。容赦なく放たれた銀腕の鉄拳が迫る。
コウタも一瞬遅れながらも、崩れた体勢から無理やりに蹴りを放つ。
衝撃が轟く。
「……流石にヒヤリとしましたよ」
スレンヒルデは、槍を容易く手放し、それらを素手で止めていた。ハークの剛腕も、コウタの豪脚もものともせず、持ち前の力で掴み取っていた。
「なんてパワー……! これ、隊長より……!」
たった片手でのホールド。コウタが振り払えないはずがないのだが、それでも引き剥がせない。
「ぐ……! コータ、お前だけでもなんとか逃げろ!」
ハークの義手は秒数を重ねる毎にめきめきと嫌な音を立ててへこんでいく。
「さて、ハーク先輩は傷付けないよう……とは思いますが、義手は取っちゃいましょうか。コナーさんは焼殺で」
スレンヒルデが力を強めると、ハークの義手はべきべきめきめきとより一層嫌な音を奏で、その原型をなくそうとしていく。残るコウタの脚を握る方の腕からは、とんでもない高熱が伝わっている。
「熱い! 熱い! 熱い! いやむしろ逆に痒い!」
「この……! 放せ!!」
ハークは残る右腕で振り払おうとするが、スレンヒルデには届かない。拳は虚しく空を切り、強い風が吹く。
「あぁ、愛しいひと。敵わないと身体で理解しているはずなのに、部下に説得されて恐怖を押して戦えるひと。なんと素晴らしい愛でしょうか。その愛を私に向けてくだされば万事解決の世界平和なのですが……まぁ、それはコナーさんを火葬してからおいおい決めましょう」
物理的にも握られている生殺与奪。忌むべき代名詞をとてつもなくひしゃげられ、気持ちの悪い視線を間近で受け続けるハーク。現在進行形で激痛の中焼かれ続けているコウタ。
――絶体絶命のピンチに、まるで見計らったかのように、彼女は来た。
『コウタさん、シンデレラちゃんはなんとかケイトさんに預けてきました! 設備も揃ってましたので、一命は取り留めるかと――今度はこっちが死にかけてる!?』
シンデレラをケイトに届け、そのまま射出用砲台でぶっ飛んで来た、アミスがあらわれた。
ありがとうございます。ゴールデンウィーク9連投稿チャレンジ2投目です。




